始まらない物語

siruhi

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始まらない出会い

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「……え?」
 間抜けな声を出すのが精一杯だった。
 何だよこの野っ原。何だよこの好き勝手に繁った木。何だよあの遠くにそびえる山々。
 戻ろう。素直にそう思った。俺は振り返った。
 振り返ればそこにはなんの変哲もない、半分だけ磨りガラスの玄関のドアがあって、「ただいま」と家に入れば怒り狂った母親が待ち構えており、俺は思いっきり怒鳴られるか頭に強烈な一撃を食らうかのどちらかだと思った。
 そこには何もなかった。ただ、草が美しく生い茂っていた。
 俺は息を大きく吸いこみ、ゆっくりと吐いた。
「何でだよ」
 弱々しかった。ツッコミにもなってなかった。芸人だったら氷点下の客席に冷たく睨まれるのだろう有様だった。
「何でだよ……」
 ちょっと実感が込められた。何か手もぷるぷるしてきた。
「なん! でだ! よほおおおおお!!」
 届け、俺の魂の叫び。
 若干震えてた気がしないでもないが、俺の大声はあの遠くに見える何とか山にも響いたことだろう。謎の達成感に満たされた今の俺は、誰がどう見ても現実逃避している迷子だった。
「あのさ……」
 そんなところに「ちょっと寄り道しない?」的気軽さで、どこからか声をかけられたもんだから、死ぬほど驚いた。
 俺は魂の叫びどころじゃない意味不明な言葉をわめき散らしながら転げ回り、とりあえず目の前の木の幹に取りすがった。
「え、何? 誰?」
「オレオレ。いつき
「何だ、樹かよ」
 ギャグかよ、と思うだろうが俺だって混乱してるんだから大目に見てほしい。
 目の前に、困ってるのか困ってないのかよく分からない顔で立ってるのは、俺のご近所さん兼クラスメイトの樹だ。
 今日も一緒に下校して、樹の家の前で別れた。まだ制服姿なのを見ると、あれから着替えもせずに部屋でゴロゴロしてたらしい。俺もそうだけど。
「あのさあ」
 樹はさっきと同じことを言いかけ、黙って、一人納得したようにうなずいた。
「いや喋れよ」
「ん、お前何やってんのかなって」
「そんで?」
「ここどこなのかなって」
「そんで?」
「お前知ってんのかなって」
「そんで?」
「やっぱ知らないだろなって」
 俺はため息をついた。実のない会話とはこういうのなんだろうなと心底思った。
「一人で完結させんなって言ってんだろ? 会話しようぜ会話!」
「ん。じゃ、何してんの?」
「混乱してる」
「ここどこ?」
「知らん」
「……」
 樹の沈黙が俺を叩きのめしてるように感じた。会話しようがするまいが、知らんもんは知らん。
「お前口ほどにもねえな……」
「そこまで言うか? お前こそ何してんだよ」
「オレは……買い物してた」
 ふと気づいたように樹が手に持っていた物を見せてきた。樹の母親のものだろう、防水性のエコバッグ。に、入った何らかの品々。
「豆腐ねえから買ってきてって言われてさ」
「お前んち今日、何?」
「たぶん麻婆豆腐」
「お前辛いの無理じゃん」
「まじ無理。だから、あーやだなーって思いながら帰ったら……」
「……ここにいた?」
「そ」
 樹はうなずいた。こいつは案外冷静なのかもしれない。
あつしは?」
「え?」
「淳は何やってたのかなって」
 聞いたんだから、当然聞かれるだろうとは思っていた。俺は言葉を選びながら、探るような樹の視線から目をそらし続けた。
「か、帰ったら」
「帰ったら」
「昨日買ってきたBIGプリン、ちゃんと名前まで書いてたんだよ。見つけにくいように冷蔵庫の一番上に置いといて」
「置いといて」
「それが、なかった」
「なかった」
 樹の視線が俺の持つバッグに注がれてるのを感じる。これはエコバッグではない。断じて。
「……家出してきた」
「……お前……」
「楽しみにしてたんだよ! 言うなよ!」
「バカなの……?」
「俺だってバカなことしたと思ってるよ! 何だよ! 笑えよ!」
「無理だよ……面白くねえもん……」
「らふあっとみー!」
 俺は樹に掴みかかり、樹は何かもう心底めんどくさそうに適当に抗ってくる。
 悲しいけど、これが俺たちだ。悲しいくらい普通で、悲しいくらいありきたりな会話しかできず、よく分からないノリで泣いたり笑ったりする。こんな訳の分からない状況にあってすら、それ以上のことなんて何ひとつできない。それが俺たちだった。
 ひとしきり騒いでから俺たちは木の幹に寄りかかって座った。木漏れ日が暖かくて心地良い。よく晴れた日だった。
「腹減ったな」
「豆腐食う?」
「食わねえ」
「だよな……」
 樹は残念そうにエコバッグの中身を見ていた。それしかないのは分かるけど、豆腐勧めるか? 普通。
「あれだよな、豆腐って常温じゃマズイよな」
「まあ、買ってきたら冷蔵庫入れるよな」
「やばい。この辺冷蔵庫ねえかな?」
 急に樹が立ち上がった。ここに来て初めて見せる俊敏さだった。
「いや~……ねえだろ。大自然に冷蔵庫は」
「いや、本気の大自然じゃないかもしれない」
 本気の大自然って何だよ。
「もっとこう……あるじゃん、キャンプ場みたいな」
「キャンプ場、か? ここ」
「ちょっと探してくる!」
「何を!? 冷蔵庫を!?」
 俺の疑問には答えず、樹はすでに歩きだしていた。気持ち早足なのがあいつの焦りを表しているようだった。つか、走れよ。
「落ちついて考えろよ樹。どう考えてもキャンプ地に冷蔵庫はない」
「じゃあカレー作るときどうすんだよ」
「カレー?」
「腐るだろ、肉」
「知らねーよ!」
 だめだ。こいつの頭にはもう冷蔵庫のことしかない。まさか豆腐が樹をこんな意味わからん行動に走らせるとは思わなかった。
 そうして俺たちはあるかどうかも分からない冷蔵庫を求めて、見知らぬ土地を歩き回るはめになった。
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