4 / 12
始まらない救いの手
しおりを挟む
それは、鬼だった。
緑色のごつごつした肌。どんよりと濁った両眼。歯並びなんて問題外のノコギリみたいな歯。
両足で立ってはいるが、明らかに俺や樹と同じ人間には見えなかった。
「……い、樹」
「淳……」
ああ、分かるんだ。俺も樹もすっかりビビってお互いの名前を呼び合うのが精一杯だった。
見た目もヤバいけど、それより何よりあの鬼は武装していた。野球のキャッチャーが着てるような――あれよりはだいぶお粗末だが、プロテクターが胴を覆っている。そして、だらりと下げた手にはバット、もとい、殴られたらもっと痛そうな棍棒が握られていた。
いつの間にか、口の中がからからに乾いていた。が、何とか声を絞り出した。
「な、なあ。襲って、こないよな?」
「さあ……逃げた方がよさそう?」
「……下がろう」
俺と樹は互いに重なるようにしたまま、じりじりと鬼から後退した。相手は俺より頭ひとつは小さい。全力で走れば追いかけられても逃げ切れるんじゃないか。そんな風に期待していた。
「! 淳っ」
「!」
樹が何かに気づいた。俺は促されるままそちらを見る。
「……嘘だろ……?」
鬼との距離は広がるどころか縮まっていた。しかし、それは目の前の鬼との距離じゃない。
俺たちはとっくに囲まれていたんだ。
どいつもこいつも似たような姿をした鬼たちは、今度はあっちの方からじりじりと距離を詰めてくる。
足が震えてもつれそうになった。樹が肩を掴んでくるが、その手も震えていた。
「なあ」
「何?」
「あのキャンプさ、こいつらのだったのかな」
樹に言われて今さらながら思い出した。茂みの向こうにあったテント群。間違いなくあれにはこいつらが住んでたんだ。
見つけたときはこれほどの人数がいるようには見えなかったから、多分どこかに出かけて帰ってきたところで俺たちを見つけたんだろう。
「……オレのせいかな」
突然樹がそんなことを言い出した。
「え?」
「淳は危ないからって言ってたのにさ、オレが近づこうとしたから」
「おい何言ってんだ」
「淳に言われた時点でさっさとここから離れてればよかったのにな」
掴まれた肩にぎゅっと力が込められた。
「ごめんな」
やめろよ。そんな泣きそうな顔すんな。
誰だってこんな山の中にあるキャンプに化け物が住んでるなんて思わねえだろ。
こんなの、夢だ。だいたい家を飛び出してからこんな見知らぬところに来たこと自体がおかしなことだったんだ。
ありえないピンチに遭ったことで、俺はようやくこの状況の異様さに気づきかけていた。ここはどこだ。こいつらは何だ。俺はどこに迷いこんだんだ。あの電話の女は誰だ。
俺はどうして、こんな目に遭ってるんだ?
考え出したらたまらなくなった。俺は何かを吐き出すようにゆっくり口を開いた。
「うあ、うああ……」
意味のない呻きが溢れ出る。何事かと樹が俺を見る。でも、かまうもんか。
「うああああ、うああああああ!」
俺はただ叫んだ。叫ばずにはいられなかった。そうすれば理不尽な現実を吹き飛ばせるというように、俺は叫び続けた。
鬼たちがざわめく。武器を打ち鳴らし、威嚇めいた動きがさざ波のように広がっていった。
「淳、ヤバいぞ」
樹が俺を揺さぶる。それでも俺は叫ぶことを止められなかった。
「今すぐ、目を閉じて息を止めなさい!」
その時だった。一触即発の空気を切り裂くような声が辺りに響いた。
え? と思う間もなく、軽い破裂音と共に視界が真っ白になった。
同時に目と喉にツンとした痛みが走り、激しく咳き込む。たまらずしゃがみかけた俺の腕を誰かが掴んだ。
「走ってください、早く!」
声の主は無茶なことを平気で告げると、力任せに俺の腕を引っ張った。その強さときたら、根元から腕が引っこ抜けるかと思ったくらいだ。
「樹、こっちだ!」
俺は必死で樹に呼びかけた。
痛みがひどくて目が開けられない。おそらくこの事態を引き起こした声の主は、俺をどんどん引っ張っていく。
樹はちゃんとついてきているだろうか。俺は引っ張られている間、何度も樹の名前を呼んだ。
「ここまで来れば安全ですかね。さ、目を洗ってください。喉を潤すのも忘れずに」
俺は強引に地面に両手をつかされた。手の平に水が流れる感触がしたから、俺は夢中で顔を洗った。目を拭って恐る恐る開くと、そこは川のほとりのようだった。
「大丈夫なようですね?」
そこでようやく、俺は声の主を見た。そいつは頭からすっぽりと布の袋のようなものを被っていた。目の辺りにはゴーグルが縫い付けられている。一言で言って異様な雰囲気だった。
「あん……ゲホッ、誰……」
「騒乱鎮圧用の催涙煙幕を使いました。人体への後遺症はありませんが、無理すると辛いですよ」
間違ってもこちらを労わるような言い方じゃなかった。俺は警戒しながらも川の水で数回うがいをした。
「申し遅れましたね。私はイヴェット・イルクス。グラントリー共和国の治安維持部隊に所属している者です」
そいつは自己紹介しながら、頭の被り物を脱いだ。想像もしていなかった美少女がその正体で、俺は息を飲んだ。
「あなたを、迎えに来ました」
美少女は俺をまっすぐに見つめながらそう言った。
緑色のごつごつした肌。どんよりと濁った両眼。歯並びなんて問題外のノコギリみたいな歯。
両足で立ってはいるが、明らかに俺や樹と同じ人間には見えなかった。
「……い、樹」
「淳……」
ああ、分かるんだ。俺も樹もすっかりビビってお互いの名前を呼び合うのが精一杯だった。
見た目もヤバいけど、それより何よりあの鬼は武装していた。野球のキャッチャーが着てるような――あれよりはだいぶお粗末だが、プロテクターが胴を覆っている。そして、だらりと下げた手にはバット、もとい、殴られたらもっと痛そうな棍棒が握られていた。
いつの間にか、口の中がからからに乾いていた。が、何とか声を絞り出した。
「な、なあ。襲って、こないよな?」
「さあ……逃げた方がよさそう?」
「……下がろう」
俺と樹は互いに重なるようにしたまま、じりじりと鬼から後退した。相手は俺より頭ひとつは小さい。全力で走れば追いかけられても逃げ切れるんじゃないか。そんな風に期待していた。
「! 淳っ」
「!」
樹が何かに気づいた。俺は促されるままそちらを見る。
「……嘘だろ……?」
鬼との距離は広がるどころか縮まっていた。しかし、それは目の前の鬼との距離じゃない。
俺たちはとっくに囲まれていたんだ。
どいつもこいつも似たような姿をした鬼たちは、今度はあっちの方からじりじりと距離を詰めてくる。
足が震えてもつれそうになった。樹が肩を掴んでくるが、その手も震えていた。
「なあ」
「何?」
「あのキャンプさ、こいつらのだったのかな」
樹に言われて今さらながら思い出した。茂みの向こうにあったテント群。間違いなくあれにはこいつらが住んでたんだ。
見つけたときはこれほどの人数がいるようには見えなかったから、多分どこかに出かけて帰ってきたところで俺たちを見つけたんだろう。
「……オレのせいかな」
突然樹がそんなことを言い出した。
「え?」
「淳は危ないからって言ってたのにさ、オレが近づこうとしたから」
「おい何言ってんだ」
「淳に言われた時点でさっさとここから離れてればよかったのにな」
掴まれた肩にぎゅっと力が込められた。
「ごめんな」
やめろよ。そんな泣きそうな顔すんな。
誰だってこんな山の中にあるキャンプに化け物が住んでるなんて思わねえだろ。
こんなの、夢だ。だいたい家を飛び出してからこんな見知らぬところに来たこと自体がおかしなことだったんだ。
ありえないピンチに遭ったことで、俺はようやくこの状況の異様さに気づきかけていた。ここはどこだ。こいつらは何だ。俺はどこに迷いこんだんだ。あの電話の女は誰だ。
俺はどうして、こんな目に遭ってるんだ?
考え出したらたまらなくなった。俺は何かを吐き出すようにゆっくり口を開いた。
「うあ、うああ……」
意味のない呻きが溢れ出る。何事かと樹が俺を見る。でも、かまうもんか。
「うああああ、うああああああ!」
俺はただ叫んだ。叫ばずにはいられなかった。そうすれば理不尽な現実を吹き飛ばせるというように、俺は叫び続けた。
鬼たちがざわめく。武器を打ち鳴らし、威嚇めいた動きがさざ波のように広がっていった。
「淳、ヤバいぞ」
樹が俺を揺さぶる。それでも俺は叫ぶことを止められなかった。
「今すぐ、目を閉じて息を止めなさい!」
その時だった。一触即発の空気を切り裂くような声が辺りに響いた。
え? と思う間もなく、軽い破裂音と共に視界が真っ白になった。
同時に目と喉にツンとした痛みが走り、激しく咳き込む。たまらずしゃがみかけた俺の腕を誰かが掴んだ。
「走ってください、早く!」
声の主は無茶なことを平気で告げると、力任せに俺の腕を引っ張った。その強さときたら、根元から腕が引っこ抜けるかと思ったくらいだ。
「樹、こっちだ!」
俺は必死で樹に呼びかけた。
痛みがひどくて目が開けられない。おそらくこの事態を引き起こした声の主は、俺をどんどん引っ張っていく。
樹はちゃんとついてきているだろうか。俺は引っ張られている間、何度も樹の名前を呼んだ。
「ここまで来れば安全ですかね。さ、目を洗ってください。喉を潤すのも忘れずに」
俺は強引に地面に両手をつかされた。手の平に水が流れる感触がしたから、俺は夢中で顔を洗った。目を拭って恐る恐る開くと、そこは川のほとりのようだった。
「大丈夫なようですね?」
そこでようやく、俺は声の主を見た。そいつは頭からすっぽりと布の袋のようなものを被っていた。目の辺りにはゴーグルが縫い付けられている。一言で言って異様な雰囲気だった。
「あん……ゲホッ、誰……」
「騒乱鎮圧用の催涙煙幕を使いました。人体への後遺症はありませんが、無理すると辛いですよ」
間違ってもこちらを労わるような言い方じゃなかった。俺は警戒しながらも川の水で数回うがいをした。
「申し遅れましたね。私はイヴェット・イルクス。グラントリー共和国の治安維持部隊に所属している者です」
そいつは自己紹介しながら、頭の被り物を脱いだ。想像もしていなかった美少女がその正体で、俺は息を飲んだ。
「あなたを、迎えに来ました」
美少女は俺をまっすぐに見つめながらそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる