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始まらない初めまして
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俺とイブは山道をひたすら下っていった。山をぐるりと囲むように伸びていた道を半ばほど下りたあたりで目に飛びこんできた光景に、俺は感嘆の声を上げた。
「おお……すげえ」
眼下に広がっていたのは、石造りの壁に囲まれた大都市だった。
「あれがグラントリー共和国の中心、アシュトン。世界の中でも大規模に分類される都市です」
「あんたはあそこから来たのか」
「はい。……それと」
イブはわざわざ俺の目の前に回りこんできて、言った。
「あなたに『あんた』と呼ばれるいわれはありません。イブと呼んで下さい」
「……どっちでもいいだろ、そんなの」
「良くありません。不愉快です」
「そこまで?」
「常識ですよ。わきまえて下さい」
一方的に告げてから、イブはまたさっさと歩いていってしまう。
「……わきまえてくださ~い」
俺は何となくイブの口調を小声で真似してみた。
「何か言いましたか?」
「別に~」
耳聡く反応したイブに、俺は何食わぬ顔で空とぼける。
いつもこんな調子で話してて、疲れないのかね?
街の正門から中に入った俺を待ち受けていたのは、大都市の洗礼だった。人、人、人の群れ。人混みがさらに大波になって、二波三波と押し寄せてくるような勢いだった。
「待って! 死ぬ、死んじゃう!」
「ほんっとに情けないですね。もう手は引きませんよ。こっちです!」
人に押され、足を踏まれ、悲鳴を上げながらイブに付いていった先には、なんとも小ぢんまりとした一軒家が建っていた。調書を取るとか何とか言っていたから、もっと警察みたいなところに通されると思ってたんだけど。
「何ぼーっとしてるんですか。入りますよ」
「え、あ、うん」
生返事をして、俺はイブに続き建物の中に入った。
「おお、イブ。お帰り」
「ただいま戻りました」
木製の床に白い壁。玄関の脇には小さなカウンターがあり、そこに座っていた体格の良いおっさんがイブに声をかけてきた。
「回収はうまくいったかい?」
「一人は確保できました。けど、話によるともう一人連れがいたらしいので、時間を置いてからまた向かいます」
「そうか。明日になれば何人か戻ってくるから、無理はするなよ」
「追跡魔術の効果が切れる方が早いでしょうから。では、報告に行ってきます」
「あいよ。気をつけてな」
イブはもう俺には目もくれず、来た時と同じようにさっさと出ていってしまう。ドアに付けられた小さなベルがチリンチリンと鳴った。
「お、おい?」
「イブは忙しい娘でな。まあ、多少そっけないのは勘弁してやってくれ」
人のよさそうな笑顔のおっさんだった。何もかもがイブとは正反対だ。
「俺はブルーノ。お前さんは?」
「あ、淳、です」
「ふむ、待ってくれ。今調書を取るから」
ブルーノと名乗ったおっさんはカウンターを立ち、付いてくるよう俺に目配せした。
カウンターの奥には大人数が座れるテーブルがあり、俺はそこの椅子に腰かけた。俺の正面に、何やら数枚の書類を持ってきたブルーノが座った。
「名前は、アツシ……と。年齢は?」
「15歳。今年で16」
「イブと同じくらいだな。仕事は?」
「し、ごと?」
「何して稼いでる?」
「あ、アルバイトとかはちょっと……。学生です」
「ほう。学校に行ってるのか。頭は良いんだな」
ブルーノは流れるように紙にペンを走らせていく。ボールペン、ではなさそうだけど。
「技能はあるか? 特技とか」
「え? 資格とか? ……は、特に」
「長所は」
「……悩みがなさそうなところ、って言われたことはあります」
「なるほどなあ」
ペンの動きが少し鈍くなったような気がする。
「よし、これで最後だ。家族はいるか?」
「います」
「大事に思ってるか?」
そう尋ねられて家族のことを思い出した。
俺が楽しみにしてたBIGプリンを食べたのは、十中八九弟の洸太だ。俺はそれにキレて家出を宣言し、俺を上回るブチ切れで追いかけてきたのが母さん。父さんは仕事からまだ帰ってきてすらいなかった。
少し前まで当たり前に存在してた俺の家族。それが、今や手が届かないほど遠くに行ってしまった気さえする。緑色の肌の化け物も、この家も、俺の身の回りにあった日常とはあまりにもかけ離れている。
俺はぎゅっと両手を握った。
「……大事です」
「家族のもとに帰りたいか?」
ブルーノの声は柔らかく、安心する。気を張らなくても、弱音を吐いてもいいんだという気持ちにさせてくれた。
「帰りたいです……」
「……そうか」
ブルーノのペンの動きが止まった。完成したのだろう調書を、机の上で何回か立ててまとめ、改めて俺を見た。
「不合格だ」
「……は?」
突然の、笑顔の不合格宣言に、俺は言葉を失った。
「おお……すげえ」
眼下に広がっていたのは、石造りの壁に囲まれた大都市だった。
「あれがグラントリー共和国の中心、アシュトン。世界の中でも大規模に分類される都市です」
「あんたはあそこから来たのか」
「はい。……それと」
イブはわざわざ俺の目の前に回りこんできて、言った。
「あなたに『あんた』と呼ばれるいわれはありません。イブと呼んで下さい」
「……どっちでもいいだろ、そんなの」
「良くありません。不愉快です」
「そこまで?」
「常識ですよ。わきまえて下さい」
一方的に告げてから、イブはまたさっさと歩いていってしまう。
「……わきまえてくださ~い」
俺は何となくイブの口調を小声で真似してみた。
「何か言いましたか?」
「別に~」
耳聡く反応したイブに、俺は何食わぬ顔で空とぼける。
いつもこんな調子で話してて、疲れないのかね?
街の正門から中に入った俺を待ち受けていたのは、大都市の洗礼だった。人、人、人の群れ。人混みがさらに大波になって、二波三波と押し寄せてくるような勢いだった。
「待って! 死ぬ、死んじゃう!」
「ほんっとに情けないですね。もう手は引きませんよ。こっちです!」
人に押され、足を踏まれ、悲鳴を上げながらイブに付いていった先には、なんとも小ぢんまりとした一軒家が建っていた。調書を取るとか何とか言っていたから、もっと警察みたいなところに通されると思ってたんだけど。
「何ぼーっとしてるんですか。入りますよ」
「え、あ、うん」
生返事をして、俺はイブに続き建物の中に入った。
「おお、イブ。お帰り」
「ただいま戻りました」
木製の床に白い壁。玄関の脇には小さなカウンターがあり、そこに座っていた体格の良いおっさんがイブに声をかけてきた。
「回収はうまくいったかい?」
「一人は確保できました。けど、話によるともう一人連れがいたらしいので、時間を置いてからまた向かいます」
「そうか。明日になれば何人か戻ってくるから、無理はするなよ」
「追跡魔術の効果が切れる方が早いでしょうから。では、報告に行ってきます」
「あいよ。気をつけてな」
イブはもう俺には目もくれず、来た時と同じようにさっさと出ていってしまう。ドアに付けられた小さなベルがチリンチリンと鳴った。
「お、おい?」
「イブは忙しい娘でな。まあ、多少そっけないのは勘弁してやってくれ」
人のよさそうな笑顔のおっさんだった。何もかもがイブとは正反対だ。
「俺はブルーノ。お前さんは?」
「あ、淳、です」
「ふむ、待ってくれ。今調書を取るから」
ブルーノと名乗ったおっさんはカウンターを立ち、付いてくるよう俺に目配せした。
カウンターの奥には大人数が座れるテーブルがあり、俺はそこの椅子に腰かけた。俺の正面に、何やら数枚の書類を持ってきたブルーノが座った。
「名前は、アツシ……と。年齢は?」
「15歳。今年で16」
「イブと同じくらいだな。仕事は?」
「し、ごと?」
「何して稼いでる?」
「あ、アルバイトとかはちょっと……。学生です」
「ほう。学校に行ってるのか。頭は良いんだな」
ブルーノは流れるように紙にペンを走らせていく。ボールペン、ではなさそうだけど。
「技能はあるか? 特技とか」
「え? 資格とか? ……は、特に」
「長所は」
「……悩みがなさそうなところ、って言われたことはあります」
「なるほどなあ」
ペンの動きが少し鈍くなったような気がする。
「よし、これで最後だ。家族はいるか?」
「います」
「大事に思ってるか?」
そう尋ねられて家族のことを思い出した。
俺が楽しみにしてたBIGプリンを食べたのは、十中八九弟の洸太だ。俺はそれにキレて家出を宣言し、俺を上回るブチ切れで追いかけてきたのが母さん。父さんは仕事からまだ帰ってきてすらいなかった。
少し前まで当たり前に存在してた俺の家族。それが、今や手が届かないほど遠くに行ってしまった気さえする。緑色の肌の化け物も、この家も、俺の身の回りにあった日常とはあまりにもかけ離れている。
俺はぎゅっと両手を握った。
「……大事です」
「家族のもとに帰りたいか?」
ブルーノの声は柔らかく、安心する。気を張らなくても、弱音を吐いてもいいんだという気持ちにさせてくれた。
「帰りたいです……」
「……そうか」
ブルーノのペンの動きが止まった。完成したのだろう調書を、机の上で何回か立ててまとめ、改めて俺を見た。
「不合格だ」
「……は?」
突然の、笑顔の不合格宣言に、俺は言葉を失った。
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