アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)

文字の大きさ
7 / 19

学校での生活と「ただいま」

しおりを挟む

学校でのルールは、ただ一つ。「絶対に、他人のフリをする」。

俺は、橘に言われた通り、細心の注意を払って学校生活を送っていた。
橘圭吾がいる一年生の教室があるフロアには、できるだけ近づかない。移動教室で近くを通る時も、決して彼の教室を覗いたりしない。彼の名前が会話に出ても、興味のないフリを貫く。

「ねえ、聞いた? 今日の橘くんも、マジ王子様じゃなかった?」
「わかるー! 廊下で目が合っちゃったんだけど、にこって笑ってくれて! 死ぬかと思った!」

昼休み。クラスの女子たちが、興奮気味にそんな会話をしているのが聞こえてくる。
俺は弁当の唐揚げを口に運びながら、心の中でだけツッコミを入れた。

(そいつ、家では寝癖だらけで、俺が起こさないと起きれないポンコツだけどな…)

そんなことを考えていると、なんだかおかしくなってきて、少しだけ笑ってしまった。

その日の放課後。
俺が廊下を歩いていると、前方にひときわ大きな人だかりができているのが見えた。その中心にいるのは、言うまでもなく橘圭吾だった。
彼は、数人の女子生徒に囲まれ、完璧なアイドルスマイルを振りまいている。一つ一つの質問に丁寧に答え、時折、髪をかき上げる仕草をするだけで、女子たちから黄色い悲鳴が上がる。

家での彼とは、まるで別人だ。
プロのアイドル、橘圭吾。
ステージの上だけではなく、学校という日常の舞台でも、彼は完璧な「王子様」を演じきっている。

俺は、彼らとは住む世界が違うのだと、改めて思い知らされた。
そっと、その場を離れようとした、その時だった。
ふと、橘と目が合った。
女子たちの会話に笑顔で相槌を打ちながら、その瞳は、一瞬だけ、確かに俺を捉えた。
俺は心臓が跳ねるのを感じ、慌てて視線を逸らす。ルール通り、知らないフリ。すぐに背を向けて、その場を足早に立ち去った。

ほんの数秒の出来事。
だけど、彼の視線が、やけに頭に焼き付いて離れなかった。

先に家に帰り、夕食の準備を始める。
今日のメニューは、野菜たっぷりのカレーライスだ。コトコトと鍋を煮込んでいると、ガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。

「…ただいまです」

聞こえてきたのは、少しだけ疲れた声だった。
リビングに顔を出したのは、制服を着崩した橘だった。学校でのキラキラしたオーラはすっかり消え、どこか気だるげな雰囲気をまとっている。

「おかえりなさい。お疲れ様」

俺がエプロン姿のままそう言うと、橘は少しだけ驚いたように目を見開き、そして、ふっと表情を緩めた。

「…はい。ただいま、先輩」

その顔は、学校の王子様でも、テレビの中のアイドルでもない。
ただの、腹を空かせた高校一年生の顔をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談?本気?二人の結末は? 美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。 ※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

人気アイドルが義理の兄になりまして

三栖やよい
BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。

或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。 自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい! そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。 瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。 圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって…… ̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶ 【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ 番外編、牛歩更新です🙇‍♀️ ※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。 少しですが百合要素があります。 ☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

隣のエリートが可愛すぎる件について。

伏梛
BL
割と顔が良いと自覚のある学生・翔太は、高校の近いアパートに一人暮らしをしている。ある日、アパートの前で眠り込む社会人を家にあげてしまうが、その日から限界エリートの彼と親交を持つようになる。 「じゃあ僕は行くから、翔太くん、また。」 「みんなの期待がおもくて、こたえなきゃってがんばると疲れるし、でもがんばんなきゃって……もーやだよ……!」 酔っている時はつらつらと愚痴をこぼすくせ、翌日にはけろりとしていてそっけない。そんなギャップに翔太はどんどんと惹かれていって……?

風紀副委員長はギリギリモブなはず…

そう
BL
名家の子息ばかりが集まる鳳凰学園。 俺はそこの風紀副委員長をしている。 題名 風紀副委員長の王道学園→風紀副委員長はギリギリモブなはずに変更しました

【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています

大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。 冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。 ※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です

処理中です...