9 / 19
生活能力0のギャップ
橘圭吾との奇妙な共同生活が始まって、一ヶ月が過ぎた。
あれだけ非現実的だと思っていた毎日も、繰り返されるうちにすっかり俺の日常として馴染んでいた。
朝五時半に起き、完璧な和朝食を用意し、時間ギリギリまで爆睡している圭吾を叩き起こす。
嵐のように朝食をかきこみ、アイドルスマイルを貼り付けた圭吾を叩き出すように送り出す。
それが、俺の朝のルーティン。
学校では、徹底して「他人」を演じる。
廊下ですれ違っても、決して視線は合わせない。
女子たちが彼の話題で盛り上がっていても、興味のないフリで耳を塞ぐ。
家に帰れば、疲れた顔の彼を「おかえりなさい」と迎え、温かい夕食を用意する。それが、俺の昼と夜のルーティン。
最初は、とてつもない緊張とストレスだった。
だけど、人間の適応能力とは大したもので、今ではそれも当たり前の風景になっていた。
そして、この一ヶ月で俺が学んだ、最も重要なこと。
それは――。
「うわあああ!せんぱーい!助けてください、泡が、泡が溢れてきますぅ!」
「またかよ!だから洗剤はキャップ一杯って言っただろ!」
リビングに響き渡る、圭吾の情けない悲鳴。
俺は盛大にため息をつくと、読んでいた文庫本をテーブルに置き、のっしのっしと洗面所へ向かった。
そう。俺がこの一ヶ月で学んだこと。
それは、国民的アイドル・橘圭吾は、神が与え給うた完璧な容姿と引き換えに、人間として生きていく上で必須であるはずの「生活能力」というものを、そのへその緒と一緒にどこかへ置いてきてしまった、究極のポンコツ男子である、ということだ。
洗面所のドアを開けると、そこは地獄絵図だった。
最新式のドラム式洗濯機から、おびただしい量の泡がぶくぶくと溢れ出し、床一面が泡の海と化している。その中心で、圭吾はただオロオロと立ち尽くしていた。
「だって…洗濯物がいっぱいだったから、洗剤もいっぱい入れたほうがキレイになるかなって…」
「なるか!説明書読めって言ったよな!?」
「字がいっぱいで、眠くなっちゃうんですもん…」
口を尖らせて言い訳する姿は、とても高校生とは思えない。大きな体をした、駄々っ子そのものだ。
俺はもう一度、天を仰ぐほど深いため息をつくと、腕まくりをして泡の海へと足を踏み入れた。
「いいか、よく見とけ。まず運転を停止して、排水。それからこの泡を全部片付けるんだ。手伝えよ」
「は、はいぃ…」
二人掛かりで、床に溢れた泡を雑巾で拭き取っていく。圭吾は言われた通りに動くものの、その手付きは驚くほどおぼつかない。雑巾の絞り方すら、なっていない。
「まったく…これでよく今まで一人で生きてこれたな…」
「桜井先輩が来るまでは、洗濯は全部クリーニングに出してましたから…」
「金持ちめ…」
「でも、先輩が洗ってくれたTシャツのほうが、なんか太陽の匂いがして好きです」
「…っ!」
不意打ちで、そんなことを言う。
泡まみれの手で、無垢な瞳をこちらに向けて、当たり前のように。
心臓が、きゅっと掴まれたような音を立てる。俺はそれを誤魔化すように、わざとぶっきらぼうに言った。
「うるさい!それより、靴下!また裏返しのまま入れてるだろ!ちゃんと直してから入れろって、いつも言ってるよな!」
「えぇー、だって、脱いだままの形で入れたほうが楽じゃないですかぁ」
「こっちの手間を考えろ、手間を!」
こんなやり取りも、今や日常茶飯事だ。
最初のうちは、「雇い主になんて口を…」と遠慮もあった。だが、彼のあまりのポンコツぶりに、そんな遠慮はとっくの昔に消え失せた。今では、年の離れた手のかかる弟が一人増えたような気分だ。
あれだけ非現実的だと思っていた毎日も、繰り返されるうちにすっかり俺の日常として馴染んでいた。
朝五時半に起き、完璧な和朝食を用意し、時間ギリギリまで爆睡している圭吾を叩き起こす。
嵐のように朝食をかきこみ、アイドルスマイルを貼り付けた圭吾を叩き出すように送り出す。
それが、俺の朝のルーティン。
学校では、徹底して「他人」を演じる。
廊下ですれ違っても、決して視線は合わせない。
女子たちが彼の話題で盛り上がっていても、興味のないフリで耳を塞ぐ。
家に帰れば、疲れた顔の彼を「おかえりなさい」と迎え、温かい夕食を用意する。それが、俺の昼と夜のルーティン。
最初は、とてつもない緊張とストレスだった。
だけど、人間の適応能力とは大したもので、今ではそれも当たり前の風景になっていた。
そして、この一ヶ月で俺が学んだ、最も重要なこと。
それは――。
「うわあああ!せんぱーい!助けてください、泡が、泡が溢れてきますぅ!」
「またかよ!だから洗剤はキャップ一杯って言っただろ!」
リビングに響き渡る、圭吾の情けない悲鳴。
俺は盛大にため息をつくと、読んでいた文庫本をテーブルに置き、のっしのっしと洗面所へ向かった。
そう。俺がこの一ヶ月で学んだこと。
それは、国民的アイドル・橘圭吾は、神が与え給うた完璧な容姿と引き換えに、人間として生きていく上で必須であるはずの「生活能力」というものを、そのへその緒と一緒にどこかへ置いてきてしまった、究極のポンコツ男子である、ということだ。
洗面所のドアを開けると、そこは地獄絵図だった。
最新式のドラム式洗濯機から、おびただしい量の泡がぶくぶくと溢れ出し、床一面が泡の海と化している。その中心で、圭吾はただオロオロと立ち尽くしていた。
「だって…洗濯物がいっぱいだったから、洗剤もいっぱい入れたほうがキレイになるかなって…」
「なるか!説明書読めって言ったよな!?」
「字がいっぱいで、眠くなっちゃうんですもん…」
口を尖らせて言い訳する姿は、とても高校生とは思えない。大きな体をした、駄々っ子そのものだ。
俺はもう一度、天を仰ぐほど深いため息をつくと、腕まくりをして泡の海へと足を踏み入れた。
「いいか、よく見とけ。まず運転を停止して、排水。それからこの泡を全部片付けるんだ。手伝えよ」
「は、はいぃ…」
二人掛かりで、床に溢れた泡を雑巾で拭き取っていく。圭吾は言われた通りに動くものの、その手付きは驚くほどおぼつかない。雑巾の絞り方すら、なっていない。
「まったく…これでよく今まで一人で生きてこれたな…」
「桜井先輩が来るまでは、洗濯は全部クリーニングに出してましたから…」
「金持ちめ…」
「でも、先輩が洗ってくれたTシャツのほうが、なんか太陽の匂いがして好きです」
「…っ!」
不意打ちで、そんなことを言う。
泡まみれの手で、無垢な瞳をこちらに向けて、当たり前のように。
心臓が、きゅっと掴まれたような音を立てる。俺はそれを誤魔化すように、わざとぶっきらぼうに言った。
「うるさい!それより、靴下!また裏返しのまま入れてるだろ!ちゃんと直してから入れろって、いつも言ってるよな!」
「えぇー、だって、脱いだままの形で入れたほうが楽じゃないですかぁ」
「こっちの手間を考えろ、手間を!」
こんなやり取りも、今や日常茶飯事だ。
最初のうちは、「雇い主になんて口を…」と遠慮もあった。だが、彼のあまりのポンコツぶりに、そんな遠慮はとっくの昔に消え失せた。今では、年の離れた手のかかる弟が一人増えたような気分だ。
あなたにおすすめの小説
魔王様の執着から逃れたいっ!
クズねこ
BL
「孤独をわかってくれるのは君だけなんだ、死ぬまで一緒にいようね」
魔王様に執着されて俺の普通の生活は終わりを迎えた。いつからこの魔王城にいるかわからない。ずっと外に出させてもらってないんだよね
俺がいれば魔王様は安心して楽しく生活が送れる。俺さえ我慢すれば大丈夫なんだ‥‥‥でも、自由になりたい
魔王様に縛られず、また自由な生活がしたい。
他の人と話すだけでその人は罰を与えられ、生活も制限される。そんな生活は苦しい。心が壊れそう
だから、心が壊れてしまう前に逃げ出さなくてはいけないの
でも、最近思うんだよね。魔王様のことあんまり考えてなかったって。
あの頃は、魔王様から逃げ出すことしか考えてなかった。
ずっと、執着されて辛かったのは本当だけど、もう少し魔王様のこと考えられたんじゃないかな?
はじめは、魔王様の愛を受け入れられず苦しんでいたユキ。自由を求めてある人の家にお世話になります。
魔王様と離れて自由を手に入れたユキは魔王様のことを思い返し、もう少し魔王様の気持ちをわかってあげればよかったかな? と言う気持ちが湧いてきます。
次に魔王様に会った時、ユキは魔王様の愛を受け入れるのでしょうか?
それとも受け入れずに他の人のところへ行ってしまうのでしょうか?
三角関係が繰り広げる執着BLストーリーをぜひ、お楽しみください。
誰と一緒になって欲しい など思ってくださりましたら、感想で待ってますっ
『面白い』『好きっ』と、思われましたら、♡やお気に入り登録をしていただけると嬉しいですっ
第一章 魔王様の執着から逃れたいっ 連載中❗️
第二章 自由を求めてお世話になりますっ
第三章 魔王様に見つかりますっ
第四章 ハッピーエンドを目指しますっ
週一更新! 日曜日に更新しますっ!
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
殿堂入りした愛なのに
たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける)
今日からはれて高等部に進学する。
入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。
一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。
両片思いの一途すぎる話。BLです。
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
とあるΩ達の試練
如月圭
BL
吉住クレハは私立成城学園に通う中学三年生の男のオメガだった。同じ学園に通う男のオメガの月城真とは、転校して初めてできた同じオメガの友達だった。そんな真には、番のアルファが居て、クレハはうらやましいと思う。しかし、ベータの女子にとある事で目をつけられてしまい……。
この話はフィクションです。更新は、不定期です。
【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。
或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。
自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい!
そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。
瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。
圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって……
̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶
【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ
番外編、牛歩更新です🙇♀️
※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。
少しですが百合要素があります。
☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!