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第21話:失われた当主候補
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封霊機構・本部最奥《封議の間》。
重厚な石扉が閉じられ、外界との一切の通信が遮断された空間。
そこに集められたのは、たった四人――
当主・御門錬司。
そして、次期当主候補の三名――篠原美琴、朝霧蘭、秋津晶。
重い沈黙の中、御門が最初に口を開いた。
「……狩野悠雅が死亡した。正式に確認が取れたのは今朝方。
霊氣を喰われた形跡があった。おそらくは九尾の眷属の仕業だ」
美琴の顔色が変わる。
だが彼女は歯を食いしばり、口を開かなかった。
朝霧蘭が腕を組み、冷ややかに言った。
「……予測はしていた。あの男は、いつかやりすぎると思っていたからね。
ただ、それが災厄に殺されるとはね。皮肉というべきか、愚かというべきか」
「それでも、悠雅は当主候補だった」
御門錬司の報告を聞いた後、しばし重い沈黙が続いた。
だがやがて、秋津晶が静かに口を開く。
「……そもそも、狩野はなぜそんな場所にいたのです?」
朝霧蘭もそれに続くように冷笑を浮かべる。
「ふん、あいつのことだ。強者を狩って功績にしようとでも思ったんじゃない?
今の本部が、九尾のことで手一杯なのを逆手に取って。監視も薄くなっているからね」
「本当に、そんな自己判断で?」
美琴の声にはわずかに怒りがにじむ。
「報告も出さずに、命令も無視して、勝手に動いて――そして死んだ?
彼が当主候補だったというのなら、それは組織の体面にも関わるはずです」
御門が、重々しい口調で答える。
「……調査の結果、悠雅は正式な任務ではなく私的な動きで出ていた可能性が高い」
「つまり……勝手に動いた、と」
晶が目を伏せながら呟く。
蘭がさらに続ける。
「誰を追っていたのかは、まだはっきりしない。
だけど、私はひとつだけ心当たりがある。三神静馬という男」
美琴が小さく息を呑んだ。
「悠雅が死ぬ前に最後に調査していたのは彼よ。
そして、三神静馬も契約者としてある程度の霊氣を持つ存在になっていた。
悠雅にとっては排除の対象だった可能性もある」
御門が静かに頷いた。
「確証はない。だが状況証拠としては整合する。
仮にそうだとするなら――災厄と三神静馬、どちらか、あるいは両方を追っていたことになる」
「だとすれば……」
美琴は顔を上げ、少しだけ声を震わせて問う。
「悠雅は……彼を餌に、災厄を引き寄せようとした可能性もあるのでは?」
沈黙。
だが誰も、それを否定しなかった。
御門が最後に口を開いた。
「真相は不明だ。だが、重要なのは九尾の眷属が動いたという事実だ。
それを忘れるな。今後、いかなる個人的な感情も、判断の障害になる」
その言葉に三人は黙して頷く。
だが、美琴の胸の奥にはひとつの不安が灯っていた。
(静馬……本当に、あなたが関わっていたの?
もしそうなら、今度こそ――あなたを巻き込みたくない)
その想いを隠したまま、美琴は席を立った。
―――――
崩れた壁の上に腰かけ、三神静馬はうっすらと赤黒い痣の残る腕を見つめていた。
「……まあまあ痛えな、あのクソ野郎」
皮肉混じりの独り言を呟くが、その目はどこか沈んでいた。
あの戦い。そして、狩野悠雅が吐き捨てた一言が、ずっと頭に引っかかっている。
あの場面、美琴の名前が唐突に出てきた。
自分と美琴の関係を知っていたような口ぶり。
そして、まるで彼女が何か近くにいるような、そんな言い方だった。
「いや、まさか……美琴が機構の人間?」
口にした瞬間、静馬は自分で吹き出した。
「……ないない、絶対ない。あいつがそんな……」
――けど、じゃあ、なんで?
そう、自分のことを知っていたのはともかく、あの時の悠雅は明らかに美琴を見下していた。まるで、内部の人間同士のやりとりみたいに。
「……何か、あるのか?」
ラウラが近くで足音も立てずに姿を現す。
「どうしたの、顔が難しくなっているよ?」
「いや、ちょっと……知り合いの名前が出てきてさ。
偶然にしては出来すぎてるなって思っただけ」
ラウラは一瞬、考える素振りを見せたが、やがて首を横に振った。
「名前が出ただけで気に病むのは非合理的よ。
疑うなら会いに行って聞けばいいだけでしょ?」
「……そう簡単にいくかよ。少し前に振られた相手なんだぜ?」
静馬がぼやくように言うと、ラウラは一瞬だけ目をぱちくりさせた。
「……ああ、なるほど」
「なんだよ、そのようやく納得したみたいな顔は」
「いや、合点がいったのよ。
ずっと悩んでた理由、てっきり組織的な陰謀とか、もっとマシなことかと思ってたけど――」
ラウラは肩をすくめ、小さく笑う。
「要するに、気まずくて会いに行けないんでしょ。フラれた女に」
「言い方ァ!!」
静馬が思わず素でツッコむ。
「事実でしょ?そのくらいの自信持って堂々と会いに行けば?」
「……堂々と、ねえ」
静馬はふっと苦笑する。
拳では勝てても、心はそう簡単には整理できない。
「まあ……そのうち、会うよ。どうせ学園に行けば嫌でも顔をみるしな」
「そう。それでいいのよ。迷う前に動け、三神静馬」
ラウラは背を向け、扉へと向かう。
「再会して殴り合いとかしないでね」
「……誰がするかよ」
静馬はその背中を見送りながら、もう一度、夜空を見上げた。
――美琴に、会うべきか。
今さら何を言えばいいのかわからない。でも、聞きたいことは山ほどある。
(会って――確かめるしかないか)
拳を握りしめたその手には、戦いの痕がまだ残っていた。
けれど、今度の戦いは、きっともっと難しい。
心の奥で、静馬はそれを自覚していた。
重厚な石扉が閉じられ、外界との一切の通信が遮断された空間。
そこに集められたのは、たった四人――
当主・御門錬司。
そして、次期当主候補の三名――篠原美琴、朝霧蘭、秋津晶。
重い沈黙の中、御門が最初に口を開いた。
「……狩野悠雅が死亡した。正式に確認が取れたのは今朝方。
霊氣を喰われた形跡があった。おそらくは九尾の眷属の仕業だ」
美琴の顔色が変わる。
だが彼女は歯を食いしばり、口を開かなかった。
朝霧蘭が腕を組み、冷ややかに言った。
「……予測はしていた。あの男は、いつかやりすぎると思っていたからね。
ただ、それが災厄に殺されるとはね。皮肉というべきか、愚かというべきか」
「それでも、悠雅は当主候補だった」
御門錬司の報告を聞いた後、しばし重い沈黙が続いた。
だがやがて、秋津晶が静かに口を開く。
「……そもそも、狩野はなぜそんな場所にいたのです?」
朝霧蘭もそれに続くように冷笑を浮かべる。
「ふん、あいつのことだ。強者を狩って功績にしようとでも思ったんじゃない?
今の本部が、九尾のことで手一杯なのを逆手に取って。監視も薄くなっているからね」
「本当に、そんな自己判断で?」
美琴の声にはわずかに怒りがにじむ。
「報告も出さずに、命令も無視して、勝手に動いて――そして死んだ?
彼が当主候補だったというのなら、それは組織の体面にも関わるはずです」
御門が、重々しい口調で答える。
「……調査の結果、悠雅は正式な任務ではなく私的な動きで出ていた可能性が高い」
「つまり……勝手に動いた、と」
晶が目を伏せながら呟く。
蘭がさらに続ける。
「誰を追っていたのかは、まだはっきりしない。
だけど、私はひとつだけ心当たりがある。三神静馬という男」
美琴が小さく息を呑んだ。
「悠雅が死ぬ前に最後に調査していたのは彼よ。
そして、三神静馬も契約者としてある程度の霊氣を持つ存在になっていた。
悠雅にとっては排除の対象だった可能性もある」
御門が静かに頷いた。
「確証はない。だが状況証拠としては整合する。
仮にそうだとするなら――災厄と三神静馬、どちらか、あるいは両方を追っていたことになる」
「だとすれば……」
美琴は顔を上げ、少しだけ声を震わせて問う。
「悠雅は……彼を餌に、災厄を引き寄せようとした可能性もあるのでは?」
沈黙。
だが誰も、それを否定しなかった。
御門が最後に口を開いた。
「真相は不明だ。だが、重要なのは九尾の眷属が動いたという事実だ。
それを忘れるな。今後、いかなる個人的な感情も、判断の障害になる」
その言葉に三人は黙して頷く。
だが、美琴の胸の奥にはひとつの不安が灯っていた。
(静馬……本当に、あなたが関わっていたの?
もしそうなら、今度こそ――あなたを巻き込みたくない)
その想いを隠したまま、美琴は席を立った。
―――――
崩れた壁の上に腰かけ、三神静馬はうっすらと赤黒い痣の残る腕を見つめていた。
「……まあまあ痛えな、あのクソ野郎」
皮肉混じりの独り言を呟くが、その目はどこか沈んでいた。
あの戦い。そして、狩野悠雅が吐き捨てた一言が、ずっと頭に引っかかっている。
あの場面、美琴の名前が唐突に出てきた。
自分と美琴の関係を知っていたような口ぶり。
そして、まるで彼女が何か近くにいるような、そんな言い方だった。
「いや、まさか……美琴が機構の人間?」
口にした瞬間、静馬は自分で吹き出した。
「……ないない、絶対ない。あいつがそんな……」
――けど、じゃあ、なんで?
そう、自分のことを知っていたのはともかく、あの時の悠雅は明らかに美琴を見下していた。まるで、内部の人間同士のやりとりみたいに。
「……何か、あるのか?」
ラウラが近くで足音も立てずに姿を現す。
「どうしたの、顔が難しくなっているよ?」
「いや、ちょっと……知り合いの名前が出てきてさ。
偶然にしては出来すぎてるなって思っただけ」
ラウラは一瞬、考える素振りを見せたが、やがて首を横に振った。
「名前が出ただけで気に病むのは非合理的よ。
疑うなら会いに行って聞けばいいだけでしょ?」
「……そう簡単にいくかよ。少し前に振られた相手なんだぜ?」
静馬がぼやくように言うと、ラウラは一瞬だけ目をぱちくりさせた。
「……ああ、なるほど」
「なんだよ、そのようやく納得したみたいな顔は」
「いや、合点がいったのよ。
ずっと悩んでた理由、てっきり組織的な陰謀とか、もっとマシなことかと思ってたけど――」
ラウラは肩をすくめ、小さく笑う。
「要するに、気まずくて会いに行けないんでしょ。フラれた女に」
「言い方ァ!!」
静馬が思わず素でツッコむ。
「事実でしょ?そのくらいの自信持って堂々と会いに行けば?」
「……堂々と、ねえ」
静馬はふっと苦笑する。
拳では勝てても、心はそう簡単には整理できない。
「まあ……そのうち、会うよ。どうせ学園に行けば嫌でも顔をみるしな」
「そう。それでいいのよ。迷う前に動け、三神静馬」
ラウラは背を向け、扉へと向かう。
「再会して殴り合いとかしないでね」
「……誰がするかよ」
静馬はその背中を見送りながら、もう一度、夜空を見上げた。
――美琴に、会うべきか。
今さら何を言えばいいのかわからない。でも、聞きたいことは山ほどある。
(会って――確かめるしかないか)
拳を握りしめたその手には、戦いの痕がまだ残っていた。
けれど、今度の戦いは、きっともっと難しい。
心の奥で、静馬はそれを自覚していた。
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