聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚

雷覇

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第36話:グラディア帝国へ攻め入る

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グラディア帝国皇帝ザガレスは玉座に腰かけたまま、報告書を手にしていた。

「……デルオルスが、落ちた?」

低く唸るような声に、廷臣たちは顔を強張らせた。

「しかも、あの男……カインが率いる黒の軍勢に、だと?」

「はっ。信じ難いことですが、確かな情報でございます」

一人の将軍が答える。傍らでは帝国宰相が静かに頭を垂れたままだ。
ザガレスの瞳が鋭く光る。

「……いよいよ、王国の腐臭が我が領内にも届いたというわけか。エルヴァンの傲慢さが、災厄を引き寄せた」

彼は立ち上がり、窓の外を見つめる。

「いいだろう。帝国は黙ってはおらぬ。奴らが我が国境を侵す前に、こちらから迎えてやろう」

その目は冷静でありながらも、帝国の獣が目覚めるような凄みを帯びていた。

一方その頃――
王国軍は、グラディア帝国南端の集落へと進軍を続けていた。
ロイの指揮のもと、先遣隊は密林地帯を抜け、川沿いの野営地に布陣していた。

「ここから先は慎重にな」

ロイの言葉に、部下たちがうなずく。
ミリアムは手綱を引き、並んでいたフィリアに目を向けた。

「本当に……この先にカインがいるの?」

「可能性は高い。実感が湧かないけど……」

フィリアの声は硬く、けれど揺れていた。
そして、その背後で無言を貫く男ガレス槍の刃を磨いていた。

「……もし彼が目の前に現れたら、どうするつもりだ?」

フィリアの問いに、ガレスはしばし黙り、低く呟いた。

「斬るさ。過去を語る資格はもうない」

ガレスの声は、乾いた風に溶けるように消えていった。
フィリアは目を伏せたまま、そっと拳を握る。
かつて、彼の隣で戦っていたあの日々――
カインの背中を追い、誇り高くあろうとした自分を思い出していた。

「……私たちは、何を守ろうとしてきたんだろうね」

言葉というより、独り言だった。
それに返事はなかったが、隣で静かに立っていたミリアムが、ぽつりと漏らす。

「私……信じたかった。最後まで、先輩は間違っていないって」

彼女の声はかすかに震えていた。
幼い頃から剣を学び、ずっと憧れていた背中――
それが今、国家の敵として討たれようとしている現実。

「でも、もし……先輩がこの戦場に現れたら」

ミリアムの視線が、夜の帳に沈む東の空を見つめる。

「私の剣で、先輩の想いを聞きたい」

フィリアが驚いたように顔を向ける。
だがその瞳には、迷いと覚悟、両方が宿っていた。

「……あの人を斬りたくはない。でも、信じているだけでも、もう届かない気がして」

「……甘いな」

ガレスが低く言った。

「だが、俺も似たようなもんだ。……あいつの覚悟がどこにあるか、それを確かめるために俺は槍を振るう」

その言葉に、ふたりは押し黙る。
風が吹き、焚き火の炎が小さく揺れた。

グラディア帝国・北方都市
雲に覆われた空の下、遠くの地平から重く鈍い震動音が響いた。
それは地鳴りのように街を揺らし、静寂の中で異様な存在を告げる合図だった。

「っ……何だ、あの音は――!?」

塔の上で見張りをしていた兵士が、思わず双眼鏡を落とした。
視界の先に、巨大な黒き影が現れた。
鱗の一枚一枚が闇の中で燐光を放ち、全身から瘴気をまとうそれは、
すでにこの世のものではなかった。

――ドラゴンゾンビ、ガルザイル。

かつて神罰と呼ばれた災厄の竜は、今や不死と呪詛の象徴として蘇り、
空を裂いて帝国へ牙を剥く。

「敵襲! 敵襲だァァッ!!」

叫びが街を駆け抜けるも、間に合わない。
瘴気をまとった巨体が一閃、息を吐いた。
次の瞬間、街の一角が漆黒の火に呑まれた。

瓦礫が飛び、塔が崩れ、逃げ惑う兵士たちの叫びが夜空に響く。
しかしその声さえ、すぐに業火にかき消された。

ガルザイルの咆哮が轟く。
それとともに、空を覆うように舞い降りたのは――黒の軍勢。
カインに従う戦士たちが、竜の影から次々と姿を現した。

「構えろ! 防衛線を死守しろ!!」

帝国将校の声が飛ぶも、その兵たちは次々と闇の戦士たちに飲み込まれていく。
黒い鎧をまとった戦士が、ひと振りの剣で五人をまとめて斬り伏せた。

反撃するも矢が刺さらず、火矢も通じない。ガルザイルから作られた鎧には傷一つ付けられなかった。

「怪物かよ……なんなんだコイツらは……!」

誰かの絶叫とともに、街の門が粉砕される。
戦場の遥か後方、崖の上に立つカインが、沈黙のまま眼下の惨状を見下ろしていた。
その隣で、アリアが静かにたっていた。

「この国以外は戦闘に特化した国ではない。ここを亡ぼせば連合軍の武力面での結束は不可能になる」

カインはただ、目を細めて言った。
竜の咆哮が再び響き、グラディア帝国の夜空を焼き尽くす――。
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