才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇

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第1章

第38話:王国への船旅

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船が港を離れる頃には、見慣れた街並みもすっかり小さくなっていた。
帆を張った小型船は、順風を受けて静かに外海へと進んでいく。甲板の上では潮風が吹き抜け、帆がぱたぱたと心地よい音を立てていた。

蒼真は船の縁にもたれながら、遠ざかっていく陸を見つめていた。
しばらく戻れない場所。
けれど、確かに背中を押してくれた仲間たちの想いが、今も胸にあった。

そこへ、そっと隣にセリスが立つ。

「……静かですね。海って、もっと騒がしいものかと思っていました」

「嵐の日はすごいらしいけどな。今日は穏やかで助かったよ」

蒼真は横目でセリスを見る。

「船、平気か? 酔ってたりしないか?」

「今のところは大丈夫です。けど、もし具合が悪くなったら……そのときは、支えてくださいね?」

セリスは冗談めかして笑い、蒼真は肩をすくめた。

「頼りない奴だな。まぁ、そのときはちゃんと支えてやるさ」

ふと、彼女が空を仰ぎながら言った。

「王国までは……どのくらい、かかるんでしょう?」

「この船の速度だと、おおよそ一週間って言ってた。天候が良ければ、だけどな」

「一週間……」

セリスはその言葉をかみしめるように、ぽつりとつぶやいた。

「長いようで、短いですね。でもきっと、その間にもいろんなことが起こるんでしょうね」

「そうだな。どんな出来事でも、ちゃんと目を開いて受け止めるさ」

蒼真の言葉に、セリスは小さく頷いた。
そのまましばらく、ふたりの間に静かな時間が流れる。

波の音と風のざわめきだけが、世界を満たしていた。
やがて、セリスがぽつりとつぶやくように口を開いた。

「……王国に着いたら、私たちは別の道を歩くことになりますね」

蒼真は視線を海から外さず、ただ黙ってその言葉を受け止めた。
セリスは続ける。

「私は勇者たちと合流します。巫女として、王の命に従う立場ですから。……あなたのように、自由に歩けるわけじゃない」

その声に、どこか寂しさがにじんでいた。

「けど、それでいいんです。私の役目は、誰かを導くことじゃなくて、ただ視ること。そう思ってました。でも……」

言葉を切り、セリスは蒼真の横顔を見つめた。

「蒼真さんと出会って、少しだけ変わったんです。視るだけじゃ足りないって、初めて思えたから」

蒼真は小さく息を吐き、ゆっくりと彼女に顔を向けた。

「……じゃあ、王国に着いたら終わり、なんて決めつけるのは早いんじゃないか?」

セリスの目がわずかに見開かれる。

「旅が終わっても、縁は終わらない。そうだろ?」

それは、彼なりの照れ隠しのようにも聞こえたが、嘘のない言葉だった。
セリスはふっと笑みをこぼし、風に揺れる髪を耳にかける。

「……そうですね。私、まだ少しだけ欲張ってみてもいいですか?」

「欲張れるうちに、欲張っとけよ」

そう言って笑う蒼真の隣で、セリスは初めて心からの微笑みを浮かべた。
風がまた、ふたりの間を優しくすり抜けていく。
旅の終わりが近づく一方で、心のどこかには、確かにこれからが芽吹いていた。

風がゆるやかに帆を揺らし、波の音が遠く低く響いている。
ふたりの間に静けさが満ちる中、蒼真がふと思いついたように口を開いた。

「なあ、セリス。お前……魔族のこと、どう思ってる?」

セリスは一瞬だけ目を瞬かせ、それからそっと視線を海へと滑らせた。

「……どう、というのは難しいですね」

「答えづらかったか?」

「いえ。……ただ、魔族という言葉そのものが、あまりに大きく、あいまいで」

セリスは言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。

「王国の教義では、魔族は災厄をもたらす存在とされています。人の理を乱し、神の加護を穢すものだと。でも……私が視てきた限り、それだけではない気がするんです」

蒼真が静かに頷いた。

「それって……魔族の中にも、悪意のない奴がいるってことか?」

「はい。かつて、ほんの一度だけですが……戦場で傷ついた魔族の少年と出会ったことがあります。彼は、怯えた目で人間を見ていて、こちらが手を伸ばすと……震えながらも、それを受け取ったんです」

「……そいつは、戦おうとしなかった?」

「はい。ただ、逃げようとしていました。敵というより、追われる者のようでした」

セリスは海風に髪をなびかせながら、淡々と語る。

「もちろん、凶暴で恐ろしい魔族も存在します。人を喰らい、焼き払う者たちも。けれど……一括りにはできません。魔族にも、きっと生きる理由があって、戦う理由がある」

蒼真は黙ってその言葉を噛み締めるように、船の縁へと目を落とす。

「魔族には師匠しか会ったことがない。だから、お前の話が初めてなんだ。どんな姿をしてて、何を考えてるのか――まるで想像もつかない」

セリスはそっと笑う。

「想像できないものを、恐れてしまうのは仕方のないことです。でも……目をそらさないでいてくれるなら、それだけで意味があると思います」

「……そらさないさ。たとえ相手が魔族だろうと、ちゃんと見て、話して、戦うことになったら……そのときは、俺なりに答えを出す」

「きっと、蒼真さんなら……自分で選びますね。誰の言葉でもなく、自分の目と心で」

その声には、信頼と祈りのような温かさがあった。
風が再びふたりの間を通り抜け、帆を高く鳴らす。

その先に待つ王国では、魔族との戦いが新たな局面を迎えようとしていた。
だが蒼真はまだ知らなかった。
――自分のその問いかけが、やがて彼自身の運命を大きく揺るがす扉となることを。
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