永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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行方の在り処を誰も知らない

( 三 )

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 その日、甲斐はいくつかグラスを割った。

 最愛を諦めた彼は諦めることが得意になったが、一度だけ無我に必死になったことがある。その結果、大切な人の願いを叶えたけれど、その時に諦めたものがあった。
 彼だけがその時諦めた。
 一緒に必死になった篤ともうひとりの友人はなにも諦めなかったのに、彼は最愛の彼女の為の大切なギターを諦めた。

 ラストオーダー前、ひとりの女性が訪れた。
「かんな、どうして今日来るかなあ」
 甲斐は一緒に必死になったもうひとりの友人、宇田川かんなにいきなりぼやいた。
 友人とはいえ、客は客だというのに。
「失礼だな。急に予定空いたのよ」
「ラストオーダー近いから一杯くらいしか飲めないよ」
「飲み終わるまで居ていいなら、別に一杯でいいよ」
 居座る気満々のようにかんなが言った。
 今日はやたらと長い一日だなと甲斐は思ったが、かんなが来たことで少し気持ちが楽になった。しかし、おかしい今日の自分がばれてしまうような気はする。
「ロングアイランド。あんたも飲みなさいよ」
「ロングアイランド?」
「……好きなの飲めばいいじゃん」
「同じのにする」
 しばらく無言でかんなは酒を嗜み、客は彼女だけだからとある程度片付けをしてしまう。いつも通りのことだった。
 手の空いた甲斐は煙草に火を点けた。
「今日さ、久々にグラス割りまくった」
「いつものことだろ。ストックちゃんとあるの?」
 馬鹿らしそうにかんなが言った。
「あるから、そのストックのストック明日買いに行く」
「ストックのストックのストックまで用意しておいた方がいいんじゃない?」
「……そこまで割らない」
「……どーだか」
 かんなはいつも忙しく、大抵今日のようにふらっと現れる。
 彼女は甲斐の高校の後輩だ。彼が高校三年生の時に彼女と天が入学して来た。その年に、篤はかんなとふたりで天文部を立ち上げた。
「篤に好きな女出来たらしいって話聞いた?」
 甲斐はあの時のあの話だろうとため息を吐いた。
「ため息吐くような相手ね」
「誰から聞いたの?」
「篤」
「あー、恋愛は誰としようが自由でしょ。というか、かんな。別に興味ないだろ」
「ない」
 かんなは即答したが、顔はにやりと歪んでいる。
 とんでも人間篤の恋愛事ほど面倒くさくてどうでもいいことはないが、酒の肴としては極上ではある。
「甲斐は気になるんだ? 珍しい」
「なんで俺が気にしなきゃならないの」
「ため息吐いたじゃん」
 ただ単に相手が気の毒で哀れんだと甲斐が言うと、かんなは確かにねと笑いもせず言った。
「相手を知ってたら教えてあげるけど、相手を知らない」
「全力で拒否っても全力で逃げても負けだってね」
 追いかけるのに飽きた姿と上手くいってもすぐに幻滅される姿を思い浮かべて、甲斐とかんなはからから笑った。
「ひどい親友だな、相変わらず」
 白々しくかんなが言った。
「人のこと言えないだろ」
 同じように白々しく甲斐も言った。
「そういや、旦那元気?」
「元気だけどあんまりイチャつく時間がない。あんた、篤でうちの旦那思い出したでしょ」
「そうじゃないよ。よろしく伝えて。しばらく会ってない気がする」
「こき使ってもいいらしいって伝えとく」
「やめて! やだ!」
 全力で拒否した甲斐をヘタレとかんながこけおろした。
「そーいや、新のとこ、ふたり目」
「えー、俺、新からも可奈子からも聞いてないんだけど」
 可奈子は新の嫁で、既にふたりには男の子がひとりいる。可奈子も後輩で、かんなと天の同級生だ。
 置いてあったスマホを弄ったらふたりの着信履歴が残っていた。時間はちょうど、智也と花純が来ていた頃だ。
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