永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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行方の在り処を誰も知らない

( 四 )

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 甲斐はスマホを置いて、再び煙草に火を点けるとストローを差してないグラスに口を付けた。
 困ったなと思う。
 よりにもよって今日かんなが来るとは思っていなかった。
 今日は数人の常連客が来たけれど、古参の知り合いは来なかったからグラスを割っても誤魔化せた。
「なにがあったの」
 かんなはなにかではなく、なにがと聞いた。
「生き方間違えたかなと思うようなことはあった」
 具体的になんて言えない。けれども本当のことだから、甲斐はそう言った。
「じゃあ、変えればいいじゃん」
 かんならしい発想だけれども、それがぱっと出来れば苦労しない。全身に染み込んだ感覚を追い出すことは困難を要する。
「あんた、そういうのは苦手そー」
 かんなの痛い視線が甲斐を刺した。
「たまには恋愛でもしてみればー?」
「相手がいない。探すの面倒」
「良い女紹介してやろうか?」
 きっぱり否定した甲斐に、かんながにやりとした。彼女の周りには少なくとも見た目の良い女が沢山いる。
「やだよ」
「なんでー」
「そっちこそなんなの」
「甲斐は紹介し甲斐があるんだよ」
「なんだよ、それ」
 良い男の条件がそれなりに揃っているくせに、とかんなは思う。
「……かんな、お前」
 甲斐の嫌な予感をかんなに確認をしようとしたら、先に言われた。
「あんたの写メが評判良すぎて面白い」
 かんなの所業は甲斐の想像通りだった。いつものことだがいい加減やめてほしい。
「ちょっと、なにを見せてるわけ? 俺に見せろ!」
「ケミカル反応を楽しむナルシスト」
 そう言われて甲斐は自分で色々阿呆らしくなってきた。
「常々思うんだけどさ。なんでみんな酒作ってる時の俺のことナルシストとかいうわけ?」
 甲斐はもれなく自分のことが好きそうだからじゃないかとみんなが思っているだけだ。しかし、茶化したかんなは本当はそうではないと知っている。そんな風に見えるだけでそうでないことは身近な誰もが知っている。でなければ生き方間違えたかもしれないなどという言葉が出てくるはずがない。


 酒を作っている時の甲斐はナスシストとは少し違う。
 ギターを弾く時と同じ顔でいつも彼はシェイカーを振っている。
 ラブレターのようなギターの代わりに、今度は愛のこもったカクテルでも誰かに届けたいのかねと時々呆れる。だったらギターも辞めなければよかったじゃないか。
 甲斐と篤は、関心への取り組み方のベクトルが違うだけで、実は似た者同士だとかんなは思う。
 貪欲な篤と欲がない甲斐、それは裏返せば同じではないだろうか。
 甲斐にギターを弾いてカクテルを作る相手がいるのだとしたら、それはずっと昔から続く気持ちに違いないのに、どうして彼はこんなに穏やかな顔をしていられるのだろうか。届かないことにもどかしさを感じないのだろうか。
 そんな風に思うかんなは、どちらかといえば甲斐ではなくて篤と同じ側の人間だ。
 幼馴染の新にかんなは甲斐のギターの秘密を教えてもらったことがある。
 甲斐のあれはさ、みたいに聴こえる見えるじゃなくて、本当なんだよ。でもたぶん、大切だけどそばに居られない人。
 いつだか天も新と同じようなことを言っていた。
 彼らの音楽は、それぞれの大切な想いを奏でることで成り立つ。
 だから「FEU」のふたりは今も甲斐の想いを一緒に届け続ける。




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