永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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捨てたのではなく失くした

( 一 )

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 神田はcometへ来るなり、最悪だとぼやいて最悪なものの真逆の端に座った。 
 一番最悪なのは俺だよと甲斐が思わず呟いたら、神田は更に最悪そうな顔をした。
「かんちゃん、なに飲む?」
「てきとー、任せる」
 そう言われたから、甲斐はせめて彼の一番好きなバーボンをストレートで出した。
「俺、あれの引き取り先探したい」
「迷惑だからお前がちゃんと預かれよ」
「やだ」
 甲斐はそう言うと本気でスマホを片手にカウンターを出て行ってしまった。
 どうして今に限って他に誰も居ないんだと神田は頭を抱えたくなった。
 カウンターの最奥に陣取る最悪なもののせいで店内の空気がやたらと重く感じる。
 甲斐はすぐに戻って来た。
「かんなが引き取ってはやらないけど来てくれるって」
 すると神田は可哀想なものを見る目で最悪なものを見た。
「なんでかんななんだよ。天ちゃんとかにしろよ」
「天ちゃんが可哀想じゃん」
「じゃあ、夜とかあずみちゃんとか先生とかマスターとか」
 他にもっと適任者がいるだろうと、神田は適当に色んな人の名前を並べ出す。
「あずみちゃんは面識ないでしょ」
「面識なくてもいいだろう、この際。適当に占いとかしてもらって、あれを持ち上げてくれれば問題ない」
 かんなでは、持ち上げるどころか更に落としにかかる気がしてならないと神田は思う。
「俺たち、なにがあってああなったのか知らないし」
「だからってなんでかんななんだよ」
「留美ちゃんて先生がいて、かんなは留美ちゃんからあいつのこと色々聞いてるはずだから。今回は適任で良くない?」
 留美の名前が聞こえて、最悪なもの扱いをされている篤も最悪になった。
 重苦しさだけ背負ってやって来た時から大人しかった篤が遂に口を挟んだ。
「お前、最悪。よりにもよってなんでかんな呼ぶんだよ」
「だって俺たちなにも知らないし」
 神田がそう言うと甲斐が言った。
「俺、恋愛苦手だからなにも言えないし」
 自分のことを身も蓋もなく言ってのけたなと神田は思ったが、スマートな甲斐の方が篤よりいくらも上手なのは間違いない。ただ単に面倒くさいだけに決まっている。
「かんちゃん聞いて」
「やだよ」
 じゃあ甲斐でもいいと言い出す前に、甲斐も「いやだ」と言った。
「お前らひどい。親友が落ち込んでるのに」
 その篤の物言いに甲斐と神田は顔を見合わせた。
「お前のそういう時ってさあ」
「大抵、馬鹿みたく単純だから逆に面倒くさい」
 一応落ち込んでいるところにそう言われた篤がぶすっとした。
 放って置いても構ってやっても、彼は結局拗ねるのだ。
「単純じゃないから、俺悩んでるんだけど」
 甲斐と神田には悩んでいるというよりは落ち込んでいるようにしか見えないし、篤もさっき自分で落ち込んでいると言っていたはずだ。
「悩んでるんなら聞かないこともない」
 篤の口から悩んでるという言葉が出てくることが珍し過ぎて、甲斐は譲歩してやった。
「かんちゃん、聞いてよ」
 聞いてやると言ったのは神田ではなく甲斐だ。
「お前も十分ひどいよ」
 そう言った神田は帰りたくなった。
 かんなが早く来てくれないと甲斐が怒りそうな気がする。
 玲二が来れば玲二に押し付けてもいいかもしれないと神田は考えた。日頃の意趣返しだ。
「かんちゃーん。もうさ、来れそうな奴、片っ端から声かけてよ」
 普段なら怒りだすまで篤の相手をしてやる甲斐がもう投げ出した。
「俺、お前が羨ましい」
 甲斐は篤の前にやって来ると、染み染みとそう言った。
「は? 俺、悩みがあるって言ってるよな?」
「どんな悩みか知らないけど、お前の悩み事の内容が羨ましい」
 そんな風に言った甲斐が、少し前から恐ろしく複雑な悩みを抱え出したことを神田だけが知っていた。
 仕方なく神田はスマホを弄り出した。
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