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二章 歌姫の競演
2-1 昊天の裁きと炎辰の挑発
しおりを挟む蒼瑛が朝見の場に入ると、廷臣達が既に整列していた。蒼瑛はその先頭に、炎辰と並んで腰を下ろす。
間もなく皇帝が姿を見せ、皆一斉に頭を下げた。
皇帝が軽く頷くと、冠の珠飾りが揺れる。彼は、ゆったりと玉座に収まった。
その思慮深い目がわずかに動くだけで、この場のすべてを掌握する。そんな雰囲気をまとっている。
蒼瑛から奏上を行なう。
「今月は北方の張氏が参内の予定にございます。
楽府では、陛下への謁見前夜の接待を担当いたします」
皇帝は目を細める。
「張氏は北方守護の要を担う者だ。
失礼があれば国威に関わる。もてなしに粗相のなきよう、心して当たれ」
皇帝の言葉が終わると、次の奏上者が進み出た。
「先の不正受験の件にございます。昊天殿は審査員を買収し、特定の受験者を蹴落とそうといたしました」
ざわめきが起こる。
昊天は俯いているが、炎辰はまっすぐ玉座を向いていた。その感情は読めない。
奏上者は、場を収めるように声を被せた。
「高官という立場を利用した罪は重い。よって、流刑が妥当かと存じます」
しんと外殿は静まり返る。
皇帝が承を示すより早く、昊天が叫んだ。
「皇帝陛下!……どうか恩赦を。妻と幼い子どもが待っています……どうか……」
炎辰は、汚いものを見る目で昊天を見た。
冷たい声が刺すように響く。
「見苦しいぞ」
「炎辰殿下……」
恐らく昊天の背後にいたであろう炎辰は、その彼の窮地を救うどころか、崖から蹴落とそうとしている。
昊天の大きな体は、普段の面影もなく縮こまり、震えている。それを見ると蒼瑛は、声を上げずにいられなかった。
「恐れながら皇帝陛下。その者の刑について、申し上げたいことがございます」
皇帝は目で続きを促す。
「その者は確かに罪を犯しました。しかし、楽府試験は滞りなく済んでおります。
私から減刑を願い出るのは、行き過ぎたことでしょうか」
「ほう、昊天を赦すというのか? だが、此度、一番被害を被ったのは……蒼瑛、お主ではないだろう」
蒼瑛は喉元で、ぐっと声を堪える。
皇帝の言う通り、一番辛い思いをしたのは翠蓮だ。自分がしていることは、翠蓮への裏切りとも取れた。
皇帝は黙した蒼瑛を見て、ふっと微笑んだ。
「昊天よ、蒼瑛に感謝するが良い」
昊天は額を床に擦り付け、涙ながらに声を絞り出す。
「皇帝陛下、蒼瑛殿下……このご温情、一生忘れませぬ」
皇帝は炎辰を意味ありげに見た。
「罪を犯すのも人、罪を裁くのも人――
果たして、どちらが罪深いのだろうな」
真の手引きをした者を牽制する言葉に思えた。炎辰は頭を下げたまま、眉一つ動かさなかった。
朝見が終わり、臣下たちが散っていく廊下。
蒼瑛が退出しようとすると、背後から声が飛ぶ。
「蒼瑛」
呼び止められ、蒼瑛は足を止める。
珍しい――炎辰から声を掛けてくるなど、まずないというのに。
「今回は、してやられたな」
「……そちらこそ、楽府員に余計な手を回すのはおやめいただけますか」
「ほう? ムキになるというのは、あの女に何かがあるのか?」
話にならない。これ以上は無駄だと判断して、蒼瑛は立ち去ろうとした。
炎辰は、わざとらしく口を開く。
「あの翡翠の鳥は――」
蒼瑛の眉がほんのわずかに動く。
「夜の帳が下りたら、どんな声で鳴くんだろうな」
「……何が言いたいのですか」
不快感から、声が震えそうになるのを必死に耐える。ここで挑発にのっては、炎辰の思うつぼだ。
「ふっ……"ただの"鳥の話だ。だが楽しんでもらえたなら何より。軍議があるので失礼」
炎辰は肩をいからせ、愉快そうに去って行った。
「……下品な」
蒼瑛は込み上げる怒りを必死に抑えた。
◇ ◇
炎辰は、執務室で机の上の茶を口に含むと、深く腰掛け直す。
「翡翠の鳥、か――」
一次試験で宮女達にからかわれ、泥に塗れていた少女。
揺りかごの唄の歌人だと、すぐにはわからなかった。
つと、胸の奥で何かが動いた気がしたが、炎辰はすぐにそれに蓋をする。
「それよりも、あの"声"……」
茶碗の水面が揺れるのを見つめていると、翠蓮が歌う揺りかごの唄が思い出された。
自分が切望しても得られなかったものへの苛立ちを覚え、すぐに打ち消す。
「所詮幻想だ……」
そう言い放った炎辰の顔には、もう感情の揺れは見当たらなかった。
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