完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

文字の大きさ
30 / 72
三章 後宮編

3-8 夏椿

しおりを挟む
◇ ◆

 蒼瑛は、翠蓮と芙蓉フヨウ妃の不穏な噂を聞きつけ、貴妃宮に参上していた。

「すみません無理を言って」

「いいのよ」
 芙蓉妃の鎮痛な面持ちはこれからの話が何であるかを予感しているのだろうか。どこか落ち着かない様子で、侍女を下がらせた。


「それで……どうしたことかしら、あなたから会いたいだなんて。きっと良くない話なんでしょうね」

「そんな嫌味を言わないでください」

「ふふ、本気にしないでちょうだい」
 芙蓉妃は場の緊張を解すように微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻る。


「翠蓮のことね……?」

「はい……なぜお分かりになったのですか」


「今日、皇后さまがこちらへいらっしゃったわ」

――皇后
 その名前を聞き、蒼瑛は息を飲んだ。

 
「……皇后さまは何と?」
 
 芙蓉妃は口をつぐむ。机の上に置いた手が震えていた。やがて息をつくと重々しく口を開く。

「夜宴を開くとおっしゃったわ。そこで……翠蓮の歌を聴きたいと、そうおっしゃったの」


 今日、蒼瑛は、「面倒なことになる前に翠蓮と距離を置いてくれ」と芙蓉妃に頼むつもりでいた。

(間に合わなかったか――)
 蒼瑛は唇を噛んだ。
 芸事に関心が薄い皇后が、わざわざ一歌人の歌を聞くために夜宴を開く。その目的は違うところにあるのは明白だ。


 花茶からは、蓮の気品ある香りが漂う。芙蓉妃は立ち昇る煙を見て、伏し目がちに呟いた。

「蓮の花ので方を間違ってしまったわ。翠蓮は、私の寂しさを埋める人形ではないというのに……」

「母上……」
 
 蒼瑛は掛ける言葉がなかった。
 蓮の花びらが浮かぶ花茶は、芙蓉妃の表情を映している。
 その沈んだ色からは、翠蓮に対する愛情と、それ以上に深い後悔を感じさせた。
 
 寂しさを埋めるため――
 後宮の貴妃であり、皇帝の寵愛を一身に受けているというのに、母の心を孤独にするものは一体何なのだろうか。

 芙蓉妃は決心したように蒼瑛を見つめる。

「こうなった以上、後には退けません。あなたに迷惑をかけて申し訳ないけれど、翠蓮を守るために力を貸してほしいの」

 蒼瑛が頷いた時

――コンコン
 侍女が扉を叩いた。

「お話中大変失礼いたします。先程皇后さまの使いから、夜宴の詳細が届きました。一週間後に開催するとのことです」

 芙蓉妃は侍女に礼を言うと、眉をひそめる。

「一週間後だなんて、思った以上に急ね。
……あと十五分程で翠蓮が来ることになっているのよ。ちょうど良いので今から策を立てましょう」


 蒼瑛は書類にざっと目を通した。
 歌人と曲名の項目に目が止まる。

 歌人は、翠蓮と紫雲シーユンで決定していた。
 紫雲の名に、蒼瑛は嫌な予感がする。

「ここでも紫雲か……」

「紫雲? この歌人ですか?」

「ええ……。念のため目付役を紫雲に付けます。
曲まで指定されているとは……」


 翠蓮の歌が聴きたいと言って来た割に、皇后は曲を指定して来ていた。それも翠蓮が苦手なタイプのものを。

 芙蓉妃も眉を寄せる。
「ええ……てっきり揺りかごの歌かと思っていたわ……」

「伴奏も皇后さまの指定ですか」
 細工をされては、歌えなくなってしまう。

「母上、ここは私から交渉します。
紫雲も楽府の歌人ですし、伴奏は楽府で用意するのが自然です」


「頼みますね。ところで、翠蓮にはどこまで話しましょうか」

「私は、翠蓮の歌を政治の道具にしたくはありません」
 全て話せば、意図せず後宮の政治争いに巻き込むことになる。
 皇后の前での歌唱となれば只でさえ緊張するだろう。そこに加えて、翠蓮に余計な心配をさせたくなかった。

「そうね、私も同意見だわ」
  
 蒼瑛は、萎みかけた夏椿を見て胸騒ぎがした。

「少し到着が遅くはありませんか? 見て参ります」



 蒼瑛は、芙蓉妃の居室を出て、長い廊下を渡る。
 薄暗さが蒼瑛を不安にさせた。

「果たして守り切れるのだろうか……」
 後宮が舞台では、蒼瑛は圧倒的に不利だった。
 基本的に成人男性は、皇帝のみ足を踏み入れることを許される花園。貴妃の息子と言っても自由な出入りは制限される。


(皇后に目をつけられたというのか――)

 蒼瑛は身震いした。
 息子である炎辰に、皇后がしてきた仕打ち――
 それを思うと、敵対しているとはいえ、兄への同情を禁じ得ないほどだ。


 蒼瑛はまとわりつくような、じっとりした空気を振り払うように歩を進める。

 閉ざされた空間では、母の貴妃という位と、築き上げてきた人脈に頼るしかない。

 門をくぐり抜けた時、蒼瑛の鼓動が跳ね上がった。嫌な予感は当たっていた。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~

於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。  現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!  の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては…… (カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています) (イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)

『ゴミ掃除』が役立たずと追放されたが、実は『存在抹消』級のチートだった。勇者一行がゴミで溺れているが、俺は辺境で美少女と温泉宿を経営中なので

eringi
ファンタジー
「悪いが、お前のスキル『ゴミ掃除』は魔王討伐の役には立たない。クビだ」 勇者パーティの雑用係だったアレクは、戦闘の役に立たないという理由で、ダンジョンの最深部手前で追放されてしまう。 しかし、勇者たちは気づいていなかった。 彼らの装備が常に新品同様だったのも、野営地が快適だったのも、襲い来る高レベルモンスターの死体が跡形もなく消えていたのも、すべてアレクが『掃除』していたからだということに。 アレクのスキルは単なる掃除ではない。対象を空間ごと削り取る『存在抹消』レベルの規格外チートだったのだ。 一人になったアレクは、気ままに生こうと辺境の廃村にたどり着く。 そこでボロボロになっていた伝説のフェンリル(美少女化)を『洗浄』して懐かれたり、呪われたエルフの姫君を『シミ抜き』して救ったりしているうちに、いつの間にかそこは世界最高峰の温泉宿になっていて……? 一方、アレクを失った勇者パーティは、武器は錆びつき、悪臭にまみれ、雑魚モンスターの処理すら追いつかず破滅の一途をたどっていた。 「今さら戻ってきてくれと言われても、俺はお客さん(美少女)の背中を流すのに忙しいんで」 これは、掃除屋の少年が無自覚に最強の座に君臨し、幸せなスローライフを送る物語。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です

唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に 「王国の半分」を要求したら、 ゴミみたいな土地を押し付けられた。 ならば――関所を作りまくって 王子を経済的に詰ませることにした。 支配目当ての女王による、 愛なき(?)完全勝利の記録。

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

処理中です...