完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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一章 楽府オーディション

1-1 忌み眼の少女と、二人の皇子

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 ここは陽国・陽華宮――

「返してください!」

 翠蓮スイレンの悲痛な叫びが、宮廷にこだましていた。
 彼女は宮廷音楽団、"楽府(がくふ)"の試験を受けに来ていた。


 それなのに、宮女たち三人に推薦状を奪われてしまった。

「推薦状がないと、楽府(がくふ)の試験が受けられないんです!」

「"忌み"の歌なんてお呼びじゃないわ」

 宮女の一人が、差別用語を翠蓮へ吐き捨てる。

 忌み眼――少女の翡翠の瞳は、この国では不吉を呼ぶとして嫌われる。
 そのせいで、育ての父は村人に殺された。



 翠蓮は頬を紅潮させ、書状に目一杯手を伸ばす。
 それも虚しく、書状は手の届かない高さまで上げられてしまった。
 宮女たちのせせら笑いが響く。
 
「ここに凶を呼び込まれたら敵わないわ」

「なんの根拠もない言い伝えじゃないですか!」
 翠蓮の必死の声と同時に、突風が吹いた。

「あ」

 宮女の指が開き、薄紙が空高く吸い込まれる――

 翠蓮は咄嗟に地を蹴るが、宮女に足をかけられ、顔から砂利の上に転がった。

「いった……」
 ずきずきとした痛みに耐え、顔を上げようとした時――

「何をしている」

 ――冷たい声
 飛びかけた推薦状は、胴鎧を着けた男性の手に収まっていた。

 宮女達は凍りつく。

「で……殿下」
 そう呼ばれた彼は、無表情に続ける。

「忌み眼など――差別用語を吐いたものがいるようだが?」

「……申し訳ありませんっ!」
 先ほどの態度が嘘のようだ。
 皆怯えたように、頭を下げたまま動かない。


「行け」
 そのひと言で、宮女達は蜘蛛の子を散らすように走り去った。


 彼はため息をつき、押し付けるように推薦状を返してくれた。
 炎を思わせる赤い髪。緋色の目には底しれぬ光を灯す。
 端正な顔立ちと、しなやか身体つきだけではない。
 人を惹きつけるなにかがあった。

 お礼を言うのも忘れ、しばし見入る。


「急ぐんじゃないのか?」
 翠蓮が我に返った時、彼は既に背を向けていた。

「ありがとうございました……!」

 届いたはずの声。しかし彼が振り返ることはなかった。


(見た目は少し怖かったけど、助けてくれたんだよね)

 翠蓮は推薦状を握りしめ、試験会場に走り出す。

 心臓が早鐘をうち、息が苦しい。

(もっと急いで……)

 扉が見えた。
 翠蓮は、躊躇なく扉を押し開いた。



「すみません、遅くなりました!」
 中に飛び込むと、正面に座る審査員たちの視線が、一斉に翠蓮に向いた。

 わずかに嫌悪の色が見える。


 無理もない。
 彼らの目に映った翠蓮の姿といったら――
 忌み眼のせいだけではない。
 顔と衣は泥にまみれ、おまけに少々遅刻していた。


 一人の女性が翠蓮の眼と、薄汚れた推薦状を代わる代わる見る。


 そして、ひと言告げた。

「時間厳守よ。残念だけど受け付けられないわ」


「そんな……」

 唇をきゅっと噛む。
 もう、行くところなどないのに――
 

「まぁまぁ、良いではないか」

 
 割って入ったのは、陽国の第二皇子。
 理知的な静けさを宿した蒼い瞳。低い位置で一つに束ねられた艶のある蒼い髪。
 天女を思わせるような優美な動きで袖が揺れ、中性的な美しさを醸し出している。


蒼瑛ソウエイ殿下、しかし、この者は……」


「事情があったのだろう、な?」
 柔らかな微笑みが、翠蓮の心に真っ直ぐ差し込む。
 思わず喉の奥が熱くなった。


 蒼瑛の瞳に、翠蓮の翡翠ひすいの瞳が映る。
 刹那、彼はぴたりと固まった。


(あぁ……)
 優しそうに見えるこの人も、やはりこの眼を嫌うのだろうか。そう思った時、審査員の声が聞こえてきた。


「……今回限りですよ」
 渋々、といった様子だが、機会をもらえるなら何でもよい。
 望みが、首の皮一枚で繋がった。


 足に力を入れて、しっかりと立つ。
 机の向こうの十人の審査員。皆厳しい顔だ。 
 翠蓮は、意気込む気持ちとは逆に、手が震えていた。

(駄目で元々――)

 腹に力を入れ、結んだ唇を開く。

 空気と調和するような柔らかな歌声に、乗り気でなかったはずの審査員達は目を閉じ、耳を澄ませる。

 次第に審査員たちの表情が変化して行く――

 翠蓮は歌い終わると小さく息をつき、頭を下げた。


 年かさの審査員が蒼瑛に尋ねる。

「殿下、合否はいかがなさいますか?」

 蒼瑛は、まるでその声が耳に入らないように、翠蓮を見つめて動かない。

「殿下?」
 返事はない。しばし静寂が流れる。


 そのに、翠蓮の鼓動はうるさく跳ね、強く握りしめた手には汗がにじんでいた。

(……落ちたの?)

 
 
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