Ancient Artifact(エンシェント アーティファクト)

黒之輪

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第二章 父の面影

30.【前編】魔劫界《ディスアペイア》

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 朝。
 一行は目覚めて身支度をしていた。昨夜のスープをあたため、朝御飯にする。キャスライが近くの木から食べられそうな果実を持ってきた。食べるととても甘く、聖南は二つも食べた。
 後片付けをする。ここからすくそばに小川が流れていた。顔を洗ったり鍋を洗ったりした。

「さて、と」

 ルフィアが神殿の術式に魔力を送る。掠れた陣が少しずつ線を繋げた。

「起動できそうか?」
 ラインが様子を見に来た。ルフィアは頷く。

「もうすぐ起動完了だよ。待っててね」
 ウインクして返事する。ラインはルフィアの頭をぽんぽんと軽く叩いた。ルフィアが嬉しそうに微笑む。

「片付け、終わりー!」
 聖南が両手を突き上げる。焚き火も消した、荷物も片付いた。ラインは亜空間にものを片付けた。

「みんな、できたよ!」
 ルフィアから声がかかる。転移の紋が光り輝いていた。
 聖南が移動しようとしたとき、何者かに捕まった。声を聞いてフェイラストとキャスライが振り返ると、小汚ない男達を引き連れた、太鼓腹の男が現れた。

「そこまでだっ!」

 ドスの効いた声が響いた。聖南が捕まって暴れている。隣の男が鞭で聖南を叩いた。聖南が泣きそうな顔になる。

「てめぇらの人生は、おれに見つかった瞬間から奴隷になるんだぜぇ。おら、武器を捨ててとっとと鎖に巻かれろ! 高そうな奴は全部おれのモンだ!」

 理不尽な言いぐさをライン達は睨むことで返した。聖南がまた暴れる。同じように鞭で叩かれた。

「いだい、いだい!!」
「聖南に乱暴しないで!」
「奴隷の分際で反抗するからいけないんだぜぇ。お前ら、あいつらを縛れ」

 取り巻きの小汚ない男達が鎖のついた首輪と手錠を持ってきた。後退りする彼らにじりじりと近づく。

「逃げたらこのメスガキに好き放題していいってことだよなぁ?」

 太鼓腹の男が聖南に近づいて頬に触れる。聖南は気持ち悪くて顔を振った。男はなんの前触れもなくビンタした。

「やだ、やだぁ!」
「抵抗するともっとひでぇ目に遭うぜぇ?」

 ラインは考えていた。聖南を助けてこのまま魔劫界ディスアペイアに行く。そのためには全員が転移の紋に乗らなくてはいけない。このまま奴らに捕まれば、奴隷として一生を過ごすことになるだろう。

「ルフィア、紋の起動は?」
「できてる。あとは聖南を助けてくれば、私が起動させる」
「分かった」

 ラインは足に力を込める。姿勢を低くした。

「フェイラスト、キャスライ、紋まで走れ!」

 二人が反応して駆け出す。ラインが瞬速を発動した。鎖を持つ男達の眼前に現れたラインは跳び上がって豪快な蹴りを見舞う。着地。もう一人の男には顔面に左ストレートを放った。

「何してやがる! 奴隷を捕まえろ!」

 ラインは瞬速で移動し、太鼓腹の男に火をまとった回し蹴りを顔に見舞った。倒れるのも見ずに、聖南を捕らえた男達に近寄る。

「く、来んな!」

 男がナイフを向けてくるが、ラインは横にゆらりと揺れながら迫る。刹那、聖南が男の腕に噛みついた。力の緩んだ一瞬を狙って腕から逃げる。聖南がラインに抱きつく。彼は反動を利用してターンし、ルフィア達のところへ駆ける。

「待て! てめぇらはおれの奴隷だ!」

 太鼓腹の男が叫ぶが、彼らは聞いていない。

「じゃあな」

 ラインと聖南が紋の上に乗ると、ルフィアはすぐに転移を起動した。紫色の光に包まれ、彼らは魔劫界ディスアペイアへと転移した。
 残された男達は転移の紋を調べるが、使いかたが分からず途方に暮れた。

*******

 紫色の光が転移の紋から上がる。魔劫界ディスアペイアの固定転移紋が久方ぶりに起動した。崩れた建造物が光に吹き飛ばされた。濃い紫色の空気が渦を巻く。光からライン達が現れた。

「ここが、魔劫界ディスアペイア
「そのはずだぜ。まとめた紙には、空が赤く気温も低くて寒いって話だ」

 フェイラストの言う通り、空は赤く雲は黒い。太陽も黒く穴があいたように重くのしかかっていた。風が吹くと身震いした。いてて、と声を出した聖南の傷が痛々しい。ルフィアが治癒術をかけて治してあげた。

「ちょっと寒いね」
「うん、冷え冷えだよ」
「ぼ、僕、寒くて凍えちゃう」

 ラインの中でサラマンダーが蠢いた。魔劫界ディスアペイアに来たことを感知しているようだ。

「サラマンダー、魔劫界ディスアペイアのことは知っているか?」

 ――悪魔ノ住マウ地ニ来タカ。城ヲ目指セ。魔王ガ待チ受ケル。

「城……」

 遠くに見える黒雲まとう城。サラマンダーが目指せと言う城はそこだろう。

「魔物は出てきそうだが、それ以上に悪魔が出てくるはずだ。気を引き締めて行こう」

 ラインを先頭に未知の世界へ歩み出す。踏み締めた大地は黒ずんでいて、濃紫色の砂が風に乗って飛んでいく。

「荒れ果ててるね」
「世界三つ分かれの時は、まだ空が赤くなかったって本に書いてあったぜ。地上と同じような世界だったと言われてる。悪魔が生来内包する穢れによって大地や空が汚染され、こんな色の空や土に変わっていったそうだぞ」
「へぇー、地上と同じ色だったんだ」

 話しながら数分。着いた先はレンガ造りの家が立ち並ぶ村だ。住人が外に出てきた。黒いローブをまとった女性だ。

「あの、すみません」

 ルフィアが話しかけると、ぎょっとしてすぐ家に引き返した。唖然としていると、家の窓から先ほどの女性が顔を出す。

「ここは天使が来るところじゃないよ!」

 バタンと窓を閉められた。驚いてびくりと体がはねた。

「門前払いかよ。ライン、どうする?」
「サラマンダーが城を目指せと言っていた。恐らくあの黒い城のことだろう」

 遠くに漆黒の城がそびえ立っている。そこならば文化的な生活をしているだろうか。今の女性のように、人の姿をしている悪魔がいるかもしれない。

「話ができそうな人を探そう」
「キャスライは、何か音聞こえる?」

 聖南がキャスライを見る。彼は耳をぱたぱたして音を探る。

「コウモリの鳴く声みたいなキーキーした音がするよ。あと、しゃがれた声とか子どもの声とかするよ」
「悪魔の生態は謎だらけだから興味があるぜ。とりあえず、城を目指してみるか?」
「あぁ。行くしかないな」

 ラインを先頭にして進む。異様な視線を感じながら一行は村を抜けた。見上げた空は重く赤い。黒ずんだ濃紫色の大地は穢れが染み込んでいる。歩いているだけで、足から穢れを吸い込んでいる気分になる。ルフィアが歩いていくと、元の土の色が戻った足跡が現れた。後ろを歩く聖南が気づいた。

「ルフィアが歩くと綺麗になる!」
「えっ、なに?」

 立ち止まって後ろを振り返ると、穢れが浄化された足跡ができていた。どこを歩いたかはっきりと浮かんでいた。

「あらら、私が歩いたとこ浄化されてるみたい」
「面白いねぇ。僕達はなんともないみたいだ」
「ラインの足跡は色が変わらないね」
「俺は穢れが沈着しているから、浄化されないんだろう。それに、ルフィアほど浄化の力が強くないからな」

 再び歩き出す。ルフィアの足跡をなぞるように聖南が歩いた。それを見て、寒さに震えていたキャスライが微笑んだ。


 やがて城下町にやって来た。
 レンガ造りの家々は変わらない。悪魔が町を闊歩していた。悪魔と一口と言っても姿・形は個体によって様々。人型の悪魔もいれば、悪魔と言う字面通りの種もいる。人型の悪魔は文化的な生活をしているが、それ以外は好き放題過ごしているので秩序はそれほど良くない。

 城下町を眺めながら進む。武器屋や食料品店があったが、どれも不気味なものを売っていた。食料品も、果物らしき丸い果実を売っていた。濃い緑色をしていて食欲は湧かない。悪魔が好んで食べるのだろうか。

「ねぇねぇ、あたし達の後ろについて来るよ」

 インプ達がルフィアの浄化された足跡をぴょんぴょん踏みながらついてくる。フェイラストが後ろを振り返って確認する。ついてくるな、と注意したが、インプはけらけら笑ってついてくる。他の小型悪魔も集まって楽しそうだ。

「何かのお祭りなのかな」
「オレ達が珍しいんだろ。魔劫界ディスアペイアに人間とラスカ族と天使が来てるんだ。しかもルフィアが歩くと浄化されて足跡が残るんだぜ」
「悪魔達が遊んでるな」
「ね、そっとしておこうよ」

 敷き詰められた石畳も、ルフィアが歩くと浄化されて色が変わる。かつての色を取り戻していくのが面白いのか、悪魔達はきゃいきゃい声を上げて遊ぶ。そんな悪魔達を引き連れて、彼らは城へと辿り着いた。

「お邪魔しまーす」

 聖南が声をかける。返事は無かった。城の内部は荒れていた。蜘蛛の巣が天井に張られていて、ほこりがかかって汚れていた。垂れ下がる太い糸も蜘蛛の巣の部品だった。

「サラマンダーは魔王に会えと言っていた。奥にいるのか?」
「グランディオス様にご面会かな?」

 姿無き声がした。探すと、天井に立つ青い顔の紳士がいた。彼は地上に下りてくる。マントがばさりと翻った。

「人間と天使と、ラスカ族か。面白い組み合わせのパーティですな」

 青い顔の紳士は口から牙を生やしている。吸血鬼の一族だと話してくれた。上品な仕草でお辞儀をする。ルフィア達もお辞儀をした。

「ねぇ、グランディオスって?」
「様をつけろ、無礼者」

 聖南が叱られびくりとした。ごめんなさいと謝った。

「あうう。じゃ、じゃあ、グランディオス、様は、どこにいるんですか?」
「グランディオス様は奥の部屋にいますよ。ここからまっすぐ行った先の大扉の向こうにおられます」

 ルフィアが丁寧にお礼を言った。ヴァンパイア紳士は笑顔で手を振った。
 言われた通りまっすぐ進む。城の中に来ても、小型悪魔達がついてきた。それどころか城の中にいる悪魔もついてきて、まるでパレードのように賑やかになっていく。ルフィアに興味を持った小さなインプが、彼女の胸に飛び付いた。

「わわっ!」

 びっくりしたルフィアはインプを摘まむ。きゃいきゃいと鳴き声を上げて手足をわさわさ動かした。手のひらに乗せてあげると嬉しそうな顔をした。

「なんか、なついちゃったみたい」
「どうなってるんだ、全く」
「すごいよ、あたし達の後ろ悪魔だらけ」
「おっさん何がなんだか分かんねぇぜ」
「ひぇえ、僕は食べても美味しくないよぉ……!」

 口々に感想を述べ、彼らは悪魔を引き連れて大扉まで来た。途端、ついてきた悪魔達が散っていった。ルフィアの手に乗ったインプも、小さな翼を羽ばたかせて飛んでいった。

「みんないなくなっちゃった」

 賑やかさが急に失われて静かになった。ラインが大扉をドアノッカーでノックする。返事があった。観音開きの扉をゆっくり開ける。中へ入ると、鎧で全身を包んだ長身の男が立っていた。背のマントが揺れる。

「はるばる地上から来た者達だな」
「あなたが、グランディオスさん?」
「いかにも。第七代魔王のグランディオスだ」

 兜から唯一見える瞳は赤い。彼らはグランディオスの前に並ぶ。

「俺達は冥府アビシアに行くために魔劫界ディスアペイアへ来ました。この世界に冥府アビシア行きの固定転移紋があると聞いたのですが、ありますか?」

 ラインの問いに、グランディオスは頷く。

「その通り。この世界に冥府アビシアへ行く道が用意されている。しかし、針山の中に隠されている転移の紋は、見つけるのが難しい。悪魔達でもあまり近づかぬのだ」
「悪魔でも近づかない場所か……」

 と、大扉が勢いよく開いた。二足歩行の大きなゴートが鼻息を荒くして入ってきた。

「グランディオス様、またひずみが現れました!」
「破壊を司る者が消滅させたというのに、また出たか」
「黒いローブの奴らが大量に城下町を飛び回ってます。我らに浄化はできないというのに、このままでは……」

 ルフィアが手を上げて話に割って入る。

「私なら浄化ができます。ひずみの場所に連れていってもらえませんか?」

 ルフィアを見たゴートが驚いて一歩身を引いた。

「て、天使が魔劫界ディスアペイアに何故いるのだ!」
「グランディオスさんに用があったので」
「俺達でひずみを食い止めます。事が済んだら、冥府アビシア行きの詳しい話を聞かせてください」

 グランディオスは首を縦に振った。承諾した、と一言伝える。皆はゴートにひずみの場所へ案内を頼んだ。

 城下町に繰り出すと、黒服達が上空に何体も飛び回っている。皆は武器を手に取り構える。屋根の上を跳ぶ。フェイラストが速射で数体撃ち抜いた。聖南の光の術式が黒服に刺さる。

「ルフィア、援護するぞ!」
「お願い!」

 ルフィアが浄化の術式を唱えている間、ラインが迫る黒服をさばく。キャスライも援護に加わった。
 ひずみから次々と黒服が溢れ出てくる。悪魔達は同じ闇属性として黒服を吸収して食べるが、濃厚な穢れも体に取り込んで汚染されていった。悪魔であっても多すぎる穢れは体に良くないのだ。

「黒服、多すぎぃ!」
「地上でやりあった時よりやたらと元気がいいじゃねぇか!」

 聖南とフェイラストが文句を言いながら黒服を倒していく。フェイラストがマガジンを浄化の力がこもった弾に切り替えた。撃ち込めば一瞬で黒服が浄化されて消えた。
 ルフィアに迫る黒服はラインとキャスライが倒していく。背中合わせになり、囲む黒服を睨んだ。

「浄化の力よ、お願い!」

 ルフィアが浄化の術式を発動する。ひずみが光を浴びて修復していく。ひずみの消滅と同時に黒服は霧散して消えた。城下町に平和が戻っていく。

「これでひと安心だね」

 警戒を続けても特に変化はない。武器を収めて、皆はグランディオスのもとに向かう。

魔劫界ディスアペイアに天使が来てるぞ!」
「珍シイナ!」
「グランディオス様のところに行くみたいだゼ!」

 浄化の術式を間近に見ていた悪魔がわちゃわちゃと騒ぎ出す。城に向かうライン達のあとを追った。


 謁見の間。グランディオスは玉座から立って待っていた。ついてきた悪魔がライン達の背後でざわざわしていた。

「ひずみを解消してくれたようだな。魔劫界ディスアペイアを代表して感謝する」

 ルフィアは一礼した。ラインが冥府アビシアの話を聞く。グランディオスは頷いた。

冥府アビシアはここ魔劫界ディスアペイア以上に暗く、闇に満ちた世界だ。不浄なる魂を永劫の檻に閉じ込め、むごい苦しみを与えるための場所。冥王ディリュードの下に成り立つ世界」
「冥王ディリュード?」
冥府アビシアを統括する者だ。奴は元々インキュバスだったが、力を持ちすぎた。見かねた創造源神が冥王に任命したと言われている。真実かどうかはその目で確かめるがよい」

 ラインが針山のことを聞く。背後の悪魔がざわざわと騒がしくなった。

冥府アビシアに行くための固定転移紋だが、私でも場所をはっきりと覚えていないのだ。ただ、針山のある島、三つのうち真ん中にあるというのは覚えている。昔、同じように冥府アビシアを目指した冒険者に教えた覚えがある。それは確かな情報だ」
「へぇー、先駆者がいたんだな」
「左様。お前達はその道筋を辿るがいい」

 情報は掴んだ。ならばあとは目指すのみ。お礼を言って謁見の間を出ようとすると、大扉前に悪魔達が固まっていて出られなかった。

「ねぇねぇ、通してー!」
「お前ら、ついてくるだけついてきてなんなんだよ」

 悪魔達はけらけら笑う。客人に興味津々なのだ。グランディオスが退けるように優しく言うと、彼らは素直に言うことを聞いてくれた。城の中を歩いていくと、悪魔達が後ろをついてくる。

冥府アビシア行くまでずっとこんな感じかよ」
「でも、僕は楽しいと思うよ」
「あたしは気になりすぎて集中できないんだけど」

 ラインは後ろを向いた。悪魔はきゃっきゃと声を上げて笑っている。何が楽しいのかさっぱりだ。

「やれやれ」
「楽しくていいじゃない。そっとしておこうよ」

 かくして彼らは針山のある三つ子島を目指すことになる。ついてくる悪魔達は城下町を抜けると少なくなった。彼らの楽しそうな声を聞きながら、ライン達は三つ子島へ向かった。
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