Ancient Artifact(エンシェント アーティファクト)

黒之輪

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第三章 魔王の息子

45.ケルイズ国の真相

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 何十分、何時間経っただろうか。輸送車は鉱山を抜けて北ベルク大陸へ向かう。中では、レジスタンスのメンバー男女二人とライン達が話していた。眠っていた聖南もようやく目が覚める。

「聖南、大丈夫か」
「う、ん……あたし、生きてる?」
「生きてるさ」
「よかった。……怖かった」

 聖南がラインの腕を掴んで顔をすり寄せた。ルフィアが聖南を検査すると、リリスに睡眠の術式をかけられた以外は魔力の乱れも何もないという。無事でよかったと胸を撫で下ろした。

「いきなり出てきて怖かった。あの人がリリスっていうんだね」
「本当に何もされてなくてよかった。心配したよ聖南」
「でよ、これからどうすんだ。捕まるまではいいとしても、何されるか分からねぇぞ」
「拷問か、あるいは捕虜として取り引きに使われるか……」

 聖南がきょろきょろと辺りを見回している。どうしたと聞くと、心配そうな表情でラインを見る。

「黒いのは?」
「あいつには一度帰ってもらった。その時が来たら助けに来てくれるさ」
「そうなの。……大丈夫かな」
「大丈夫さ」
「あんた達、楽観的でいいな」

 レジスタンスのメンバーが話しかける。

「おれも助けてもらえるのか?」
「分からない。この先何が起きるか想像がつかないんだ」
「はは、だよな。……捕まった奴は誰一人として戻らなかった。きっと処刑されたんだろう。おれ達もきっとそうなるさ」

 ガコン、と大きな音がした。輸送車が止まる。どこかに着いたようだ。輸送車の扉が開いた。兵士が銃を構えている。何もしないという意思表示のため、両手を上げて車を降りた。兵士が術式でできた手錠をかける。魔力の綱を引いて、ライン達は連行された。後方からも兵士が銃を構えてついてきた。
 辺りを見回す。機械都市の名を冠するだけあって様々な機械が動いていた。かつて、リリスが文明を与えた神を信じぬ都市。本にはそう書いてあったか。

(兵士は機械のアーマーをまとっているのか)

 鉱山で斬り伏せた兵士は、人間の体に機械を埋め込んだような造りをしていた。人と機械を合成して造り上げた兵士が彼らなのか?

 自動で動く床に乗せられる。進行方向がまぶしい。自動床は透明なアーチの筒に包まれていた。北ベルク大陸にそびえる機械都市――ケルイズに到着した。

「す、すげぇ。ルレインシティの倍以上だ……」
「これが、機械都市……」

 フェイラストとキャスライが感嘆する。聖南がうわぁと声を上げる。ルフィアはきょろきょろと落ち着かない。

「ここがリリスによって文明を発展させた都市、ケルイズか」

 四角い建物が幾つもそびえたっている。まるで箱を何個も置いたようだ。高層ビルという名前なのはレジスタンスのメンバーが教えてくれた。緑の多いところは公園となっていた。子ども達が遊ぶのも見える。

 自動床は再び建物の中へ入る。動きが止まった。アーチの筒の一部が開く。ライン達は綱を引かれて連行される。

(どこへ連れていくつもりなんだ?)

 動く床に乗り移動した先は牢屋だった。自動見張り装置のボットが動き回っている。ラインの膝丈ほどの大きさ、丸みを帯びたフィルムの白い機械だ。
 ケルイズ兵は背中からケーブルを伸ばしてボットと通信する。情報交換が終わると、ボットは体を伸ばしてライン達の写真を一人ずつ撮った。すぐさまデータ化され、牢屋にそれぞれの顔写真が浮かび上がる。兵士は、手錠をしたままの彼らを一人ずつ顔写真と同じ牢屋に入れた。扉が閉められる。扉越しに会話することはできないようだ。六畳ほどの部屋だが、生活する上で必要設備は全て兼ね備えていた。

(さて、これからどうする)

 レジスタンスのメンバーが言う通り処刑されるのか。それとも王国及び帝国の取り引きに使うのか。拷問されるのか。果たして。

(外の景色は、……見えないな)

 窓は無い。あるのは壁に掛けられた四角いディスプレイだけだ。何かと通信する手段なのか。それすらも分からない。

(分からないことだらけだ。俺は、俺達はこの国を知らなすぎる)

 機械都市ケルイズ。その名前すら知らなかった。鉱山でケルイズ軍と名乗って初めて知ったばかりだ。
 ラインは椅子に腰かける。手錠が外れるか術式で干渉してみたが解除はされなかった。ルフィアを除く皆の武器は自分の亜空間に仕舞ってある。その気になれば反逆できるが、今はまだその時ではない。

(少し様子を見よう)
 ラインは足を組んで椅子の背もたれに体を預けた。

*******

 ライン達が捕まって一週間が経つ。牢屋の生活はさほど悪くはなかった。食事もきちんとしているし、トイレの設備も良い。壁掛けのディスプレイにはテレビ番組が映る。王国と帝国では、テレスフィアという彩星機関を用いた機械があるのだが、映像を空中に映す球体ではなく平面の四角に直接映すのは初めて見るものだった。

(ルフィア達は何をしているだろうか)

 通信術式は妨害されていて雑音しか流れなかった。相変わらず手錠は外されない。いつまでこの国にいればいいのだろうか。良からぬことが起きてなければいいが。

 ラインは扉にある小さく細長い窓から廊下を見る。ボットが動き回るだけで兵士は見当たらない。椅子に腰かける。ため息がひとつ漏れ出た。

「このままでは腐りそうだな……」

 独り言を呟く。恐らく傍受されていると感じている。テレビではコメディ番組が放送されていた。うるさいな、とリモコンで消す。

 扉をノックする音がした。ラインは顔だけ向ける。扉を開けたのは兵士だ。術式の綱を付けられた。

「来い」

 言う通りにするしかなかった。廊下に出ると、久方ぶりに皆の顔を見ることができた。レジスタンスの男女二人も無事のようだ。

「みんな無事でよかった!」
「うるさいぞ、静かにしてろ」

 聖南のはしゃぐ声を制するように怒られた。仕方なく黙る。聖南は口を尖らせていた。


 皆は丸いエレベーターに乗せられる。ドーム型の障壁が展開し起動する。下降している間もラインは一人考えていた。

(どこへ連れていくんだ?)

 自分達は、奴隷鉱山を襲撃した罪人として処刑されるのが筋だと考えていた。いい方向に転がるとしても、確実に何か犠牲を払った上でのことだと覚悟している。

(俺達はどこに向かっている)

 エレベーターが止まる。障壁が消え、出口の扉が開いた。待機していた護送車に乗せられる。全員の乗車が完了するとすぐに発車した。

「すごいすごい。こんな街、初めて!」

 早速聖南がはしゃぎ出した。見張りの兵がマスク越しに睨み付けた。ぶー、と聖南が口を尖らせる。
 ラインも窓の外を眺める。高層ビル群が割拠する機械都市には、自分達が通った自動床のアーチが空を跨ぐ。護送車が走る道路には車が何台も走っていた。

「ルレインシティでしか見たことないものが、ここでは当たり前のようにたくさんあるんだ……!」

 キャスライが興味津々に外を眺める。隣のフェイラストもルレインシティとの差に驚いていた。

「リリスの与えた文明によって発展した機械都市」

 ラインの隣でルフィアが呟いた。

「神様を信じない、天使の存在も否定する都市。本当に、これでいいの……?」
「ルフィア、今は黙っておけ」

 ラインが顎で示す。見張りの兵士はこちらを睨んでいた。ルフィアは咳払いしてうつむいた。


 数十分揺られて、護送車はある施設に到着した。ライン達は否応なく連れていかれる。見るからに研究所のようだ。学者然とした人々が機械に向かって何かを打ち込んでいる。ルレインシティで見たことがある。あれは確かパソコンというものだ。

「被験体はこれで全員か?」
「そうだ」

 ……今、なんて言った?
 ラインは眉をひそめる。

「では、まずは女性からいこうか。男性達は少し待ってもらおう」
「了解」

 無機質な声で兵士は返事をする。科学者はルフィア、聖南、レジスタンスの女性を別室へと案内する。

「待て、彼女達に何をするつもりだ!」
「それは君が知ることではない」

 連れていかれるルフィア達の元へ駆け寄ろうとした時、ラインの体に激しく電流が走る。

「が、はっ……!」

 思わぬ出来事に膝を着いた。科学者を鋭く睨みつける。どうやら兵士が電流を放ったらしい。

「ふむ。電流をくらっても平気か。見かけによらずなかなかタフだ」
「彼らはどうする」
「うむ。兵士にするにはもったいない。この紅い男は『ネメシス計画』に回せ。それ以外は兵士にしよう」
「了解した」

 兵士に立つように言われて仕方なく立ち上がる。ラインは兵士二人に連れられて別な場所に連行された。フェイラストとキャスライが名を呼ぶのを背中で聞いた。

*******

 研究所の地下に移動してきた。ラインは何度か暴れてみたが、どれも失敗して電流をくらった。肩で息をしているがまだ立っていられた。

「くそっ……」

 この状況を打破したい。手錠さえ外れてくれれば、武器を取り出すことはできる。反撃の糸口が見えるのだが、それは一向に訪れない。

「被験体A01、お持ちしました」
「暴れるので少々手荒な真似をしました。ご理解下さい」

 被験体という単語に、ラインは過去を引きずり上げられるようだった。

 ――「実験体No.2081」
 ――「お前は最高の素材だ」

 ゲヘナに誘拐され、実験をその身に受けた日々がよぎる。歯を強く噛み締めた。

(他の奴を兵士にすると言っていた。まさか、ルフィア達は)

 鉱山で斬り伏せた兵士を思い出す。機械と生身の人間が融合した姿を。

(この国の兵士は、まさか、そんな……)
 辿り着いた答えにラインは絶句した。

 ……連行してきた人間を素材にしている。

 恐らくレジスタンス以外にも、王国や帝国から連行し、素材の良し悪しを見定めて、兵士または自分のように別な計画に回されるのだろう。怒りに震えるラインは、静かに息を吸って、吐き出した。

「さて、被験体A01。君に投与する薬は比較的リラックスできる薬だ。肩の力を抜いて実験を受けるといい」
「……れが」
「兵士達、早く椅子に拘束しろ」
「了解した」

 兵士がラインの腕を掴む。反射的に振り払った。彼の顔は鬼の形相と化していた。

「誰が、貴様らの実験を受けてやるものか!」

 彼の感情に呼応して炎が渦巻く。気流が乱れ、科学者達は突風を受けて吹き飛んだ。厚い防弾ガラスにヒビが入る勢いで吹き飛ぶ者もいた。

 兵士が電流を走らせる。確かに彼は電流を受けた。それでも立ち続けた。やがて炎は術式の綱を分解して焼き尽くす。兵士のアーマーを焦がした。熱が上昇し、兵士を取り巻く機械が暴走し始める。

「サラマンダー!」

 炎蛇は彼の呼び声に応えた。体半分を出現させると、サラマンダーは手錠を噛み千切った。拘束は解かれた。ならばやることはひとつ。ラインは亜空間から聖剣を引き抜いた。刃を具現化させ、兵士を斬り伏せた。

「鎮静剤だ! 鎮静剤を持ってこい!」
「兵士は何をしているんだ!」

 科学者達の叫びなど知るものか。ラインは元来た道を駆け抜ける。エレベーターに乗り扉を閉めた。

「早く、早くしろ」

 もどかしい。下に行くときより長い時間を感じた。エレベーターが到着する。ラインが飛び出す。武器を持った男に科学者達が唖然としていた。近くの科学者の胸ぐらを掴む。

「おい、俺と来た奴らをどこにやった!」
「ひぃいいい!!」
「どこへやったと聞いている!」
「へ、兵士にするための施設に移動したよ! たたた、助けてくれ!」

 ラインは科学者を投げ捨てる。急いでルフィア達と別れた場所に戻ってきた。

「あの扉か」

 自動ドアが開いた。渡り廊下のガラスから街並みが望めるが今はそれどころじゃない。瞬速で一気に駆け抜けた。渡り廊下の先の自動ドアが開く。

「う、くっ……!?」

 ラインの頭に鋭い痛みが走った。壁に寄りかかって目を閉じ痛みをしのぐ。過去の映像がまぶたの裏で再生された。渡り廊下を行くのはルフィアと聖南、レジスタンスの女性。そして科学者と兵士。彼らはこの先の道を突き当たりエレベーターで下に行く。そこまで見えて映像は途絶えた。

(これは、以前キャスライの過去を見たときと同じ……)

 過去の出来事が見えたなら、進むべきはひとつしかない。ラインは科学者達を避ける。突き当たりのエレベーターを呼び出す。乗り込んで下ボタンを押した。

「無事でいてくれ」

 祈るように呟く。エレベーターが到着した。扉が開くとすぐに飛び出す。科学者達が自分を見つけると声を出して驚いた。無視してルフィア達を探す。

「どこだ」

 再び頭に鋭い痛みが走った。目を閉じて見えた景色は小部屋に入れられるルフィア達の映像。痛みが収まる。すぐに行動に移した。廊下を駆け抜ける。辿り着いた部屋の自動ドアが開く。突然の乱入者にその場にいた科学者が動きを止める。ガラス越しの部屋にいる聖南が、今にも手術台に乗せられるところだった。

「俺の仲間に手を出すな」

 怒り心頭のラインの周囲には炎が渦巻いている。科学者は恐れおののいて道をあけた。ガラスを斬り開く。駆け寄ってきた聖南が泣きそうな顔で抱きついてきた。ラインはあいた右手で受け止める。

「怖かったよう……っ!」
「無事でよかった。他のみんなは?」
「あっちの部屋にいる」

 聖南を連れて指差す方へ。自動ドアが開くと、ルフィアとレジスタンスの女性が椅子に座っていた。ラインを見てルフィアが立ち上がる。

「ライン!」
「聖南は無事だ。脱出するぞ」
「でも、フェイラストとキャスライが」
「分かっている。今から向かう」

 ルフィアとレジスタンスの女性の手錠を斬る。聖南は既に外されていた。亜空間から彼女の鈴を取り出して返す。

「行くぞ」

 自動ドアを抜けて、彼らはフェイラスト達の救出に向かった。


 フェイラストは手錠を外され、手術台に乗ろうとしていた。

(これに乗ったらオレはどうなっちまうんだ)

 不安がよぎる。足が進まない。兵士が背に銃を突きつけてきた。仕方なく手術台に寝そべった。両手両足、首に術式の輪がかけられ拘束される。動き出す機械。フェイラストは人生の終わりを感じて目を閉じた。

「何一人で終わろうとしてんだよ」

 突然の声に目を開ける。視線を向けると黒き彼女が腕を組んで立っていた。

「お前、なんでここに!」
「助けに来たよ。今ラインさんも走り回ってる」

 黒いのが手を横に振ると、一瞬で拘束の術式が消えた。フェイラストが手術台から下りる。ガラス越しの科学者達が驚いている。兵士も急に現れた存在に戸惑っていたが、彼女が親指を立てて首を刈るジェスチャーをすると、音を立てて崩れ落ちた。

「さ、行くよ」
「おう」

 自動ドアの向こうへ。キャスライとレジスタンスの男性は別室に連れていかれたとフェイラストが言う。

「そうかいな。じゃあ、こうしよう」

 パチンと指を鳴らす。すると転移術式が起動した。光が昇る。光が吐き出したのはまさに今探そうとしていた二人だ。

「え、あれ、僕、確か」
「どうなってるんだ」
「キャスライ、無事か!」
「フェイラスト!」

 驚くのも無理はない。恐怖でいっぱいだったキャスライはフェイラストに抱きついた。よしよしとフェイラストが頭を撫でる。

「もう数分遅かったら、手術されるところだった……」
「オレもだ。よく耐えたな」

 キャスライが離れる。黒いのと目が合うと、彼女はにゃはと笑った。

「じゃあ、ラインさんと合流しようかね」

 異論はない。黒いのを先頭に彼らは施設を駆け抜けた。


 ラインとルフィア、レジスタンスの女性はフェイラスト達を救出するため施設を駆けていた。研究材料が施設を動き回っているとのことで兵士も増えてきている。ラインはためらわずに兵士を斬り伏せた。ルフィアも氷の術式で足止めして協力する。

「どこにいる」

 兵士を斬る。進む先には廊下の横幅いっぱいに兵士が銃を構えている。撃たれる前に瞬速で横一閃。兵士の体が泣き別れた。血が噴出するが、鮮血ではなく濁った赤錆色だった。断面には機械と肉が入り交じった跡がある。

「ラインさん!」

 黒き彼女の声がした。曲がり角から彼女の姿が現れる。フェイラスト達を連れていた。

「お前、来てくれたんだな」
「約束だからね。これで全員かい?」
「あぁ。全員揃っている」
「よろしい。じゃあ転移するよ!」

 黒いのが転移術式を起動する。皆はようやく研究施設から脱出した。

*******

 彼らが転移してきたのは南ベルク大陸、先遣隊が拠点にしていた場所だ。魔物はいない。安全が確認できた瞬間、どっと疲れが襲ってきた。

「一時はどうなるかと思ったぜ」
「あたしも。怖かった……」
「僕も。翅を切られる寸前だった」

 ふぅ、とため息を吐く。ラインの怒りも、皆が無事だと分かった途端ゆっくり収まっていく。剣を片付けた。フェイラストとキャスライに武器を返した。

「おう、サンキュ。お前は別室に行ったみてぇだけど、何されそうになったんだ?」
「それはアジトに戻ってからでいいか?」
「おう。いいぜ」

 レジスタンスの男女を見ると、ルフィアが治癒術をかけて傷を癒していた。彼らも大変だっただろう。

「レジスタンスのアジトに戻る」
 皆に声をかける。アジトへ向かって歩き出した。


 レジスタンスのアジト。彼らは追っ手もなく無事に帰ってこられた。見張りの男に驚かれた。

「まさか、本国の連中に捕まって帰ってくるなんてな。あんた達が初めてだ。すごいやつだよ」

 称賛の言葉をもらった。リーダーに会いたい旨を伝える。リーダーは私室にいるとのこと。アジトの中を歩き回る。

「みんな忙しそうだねー」
「奴隷鉱山ひとつ落として来たんだ。奴隷を休ませたり、レジスタンスの連中の怪我を治したり、色々あるんだろうよ」

 一緒に捕まったレジスタンスの男女もリーダーに報告のため会うと言うので、共に歩き回っていた。彼らにリーダーの部屋へ案内してもらう。扉も無いアーチ状のくりぬきを通る。ミラが机に向かって書類を書いていた。

「リーダー、ただいま戻りました!」

 男が声をかけると一瞬驚いた顔をした。ミラがこちらにやって来た。

「お前達、よく帰ってきた」
「彼らのおかげです」

 女性がライン達を示す。ミラはラインに握手を求めた。握手を返す。力強く握られた。

「お前達なら必ず帰ってくると思っていた。メンバー二人も助けてくれてありがとう。よくやったな」
「こちらこそご心配おかけました」

 握手を終える。ミラはレジスタンスの二人と握手を交わし、部屋で休むように言った。彼らは報告をすると口にしたが、リーダーに休息を取れと指示されて引き下がり、部屋から出ていった。

「……何を見てきた?」

 ミラがラインを睨むように眼差しを向ける。彼女の翡翠色の瞳が、ラインの深海色の瞳と交錯した。

「俺達は……」

 ラインは自分達が見てきたことを話す。一週間牢屋に入れられていたこと。被験体と呼ばれて実験を受けそうになったこと。そして。

「ケルイズ軍の兵士は、連行した人間を機械と合成することによって造られているみたいです」
「そうか。難儀だったな」

 ミラが瞳を伏せた。本国は恐ろしいことをしていると再度認識した。

「あたし達のこと、兵士にするって言ってたよね」
「言ってたな。手術台に寝かせられて、拘束されてよ。きっと、兵士にするための手術をするつもりだったんだろうぜ」
「ラインは別なところに行ったよね。何されてたの?」

 ルフィアの問いに、ラインはひとつ息を吐く。ミラの視線を感じる。

「……『ネメシス計画』」
「なんだ、それは」
「正直分からない。電流を受けた俺を見て、その計画に回すと言って別室に連れていかれた。兵士ではない別なものに合成するつもりだったのか」

 黒いのが鋭い目付きで腕を組んで考えている。ケルイズで行われている『ネメシス計画』。たまたま選ばれたラインを用いて何かするはずだったのか。それとも以前からおこなわれているのか。

「私の知らんところで余計なことしやがって」
「何か言ったか、黒いの」

 ミラに問われて顔を上げる。なんでもないですと返した。

「今日はここで休んでいくといい。以前使っていた部屋は奴隷にされていた者で埋まっている。別な部屋を案内しよう」


 夕食を食べ、あてがわれた部屋で皆は思い思いに過ごす。聖南は糸が切れたようにベッドで潰れていた。

「今日まで色々あったな」
「そうだね。ありすぎたね」
「ルレインのご先祖サマは、あんな世界にいたんだな……」
「僕もびっくりだよ。長い箱みたいな建物がびっしり生えてるんだもん。ルレインシティのビルよりも大きな建物があった」
「リリスの与えた文明によって発展した都市。まさか、あれほどのものとは」

 ラインが黒いのを見る。静かに目を閉じて考え事をしているようだ。

「黒いの」
「なんじゃらほい?」

 目を閉じたままおどけた口調で返す。いつも通りで安心した。

「お前も知らないのか、『ネメシス計画』」
「知らんがな」

 ただ、と付け加える。

「強化人間を造るつもりだったんじゃない? 兵士は兵士で錬成して、それとはまた別の生き物を造る計画だったりしてね」
「兵士は、人間を機械と合成することによって造られていた。レジスタンスの人間が、連れていかれた者は二度と戻らなかったと言うのは、恐らく兵士に改造されたからだ」
「そうだね。それで当たりだよ」
「恐ろしい国だな、ケルイズ……」

 ラインは寝ると言って二段ベッドの上段に移動し横になった。おやすみ、とルフィアが声をかける。

「……『ネメシス計画』。天罰の名を冠するだなんて、皮肉が過ぎないかい」

 黒いのが一人ごちて、ラインの下のベッドに横になった。
 疲労が睡魔を呼び寄せる。起きていたルフィア、キャスライ、フェイラストもあくびをしてベッドに横になった。
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