花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~

市來茉莉(茉莉恵)

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【9】 三年目の花が咲く キラキラは罪を生む

① 茶道講師インフルエンサー 三島先生

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 瞬く間に、花が庭いっぱいに埋め尽くす。

 去年と変わったことは、庭の数カ所に『お花の苗があるので畑には入らないでください。お花は摘まないようお願いします』という看板を立てたこと。景観を損ねないようなものを父が発注してくれた。ガーデンの入り口にも大きめのものを、カフェのボードや店内のレジや壁など、目に付きそうなところに置いた。これで効果があることを望むしかない。


 ついに今年も森の入り口に、珊瑚色のバラが咲き始める。森の植物や木を頼って蔓が上へ上へと延びながら、そこらじゅうに花をつけて、本当にバラのヴェールのようだった。

「これがリージャン・ロード・クライマー。お姉ちゃんの女王様なんだね」

 今日もスケッチブック片手に、美羽がそばにいる。
 学校が終わると美羽はすぐに着替えて、庭にいる姉を探すようになった。そしていつも一緒にいる。リバティプリントのブラウスが気に入った美羽は、父からも数枚プレゼントしてもらって、着回している。

「あと十日もすれば、ここ一面が珊瑚色になるの」
「少し咲いただけで、いい香り」

 目を瞑ってピンク色のバラに鼻先を近づける、あどけない顔の愛らしさ。これこそ絵本のような世界ではないかと舞は見とれている。この子が東京に帰っても、同じような精神状態で過してほしいが、都会と田舎と環境に差がありすぎる。本当に帰京しても大丈夫なのかと、舞も苛む。

「あら、いらっしゃったわ。こんにちは」

 納屋と森の入り口で、妹とバラについてあれこれ話していると、わざわざこの奥までお客様。その方を見て、舞も笑顔になる。

「三島先生、いらっしゃいませ」

 このカフェを一番最初にSNSで拡散してくれたインフルエンサー、茶道の先生だった。あれからも二ヶ月に一度は顔を出してくれるようになった。

「そろそろバラが咲きそうと思って寄ってみたの。それに、優大君からダイレクトメッセージをいただいたから、そのお返事に」

 常連様となった三島先生は、父とも懇意となった。パンも最初に買いたいと言ってくれた方だけあって、優大のことも非常に気に掛け応援してくれる。季節ごとのSNSでの紹介も欠かさずに投稿してくれ、スミレ・ガーデンカフェを支えててくれる大きな存在となっていた。

 やがて、優大がまた思わぬ企画を打ち出す。『三島先生のお抹茶とコラボした予算度外視企画をやりたい』と言い出した。父を通して親しくなっていた茶道の先生だったこともあり、オーナー許可も出たが、『だったら、今回の交渉や管理はすべて優大君に任せる』ということになったのだ。だから優大から三島先生へと直接の連絡が届いたのだ。

「直接お返事をいただくことになって、優大君がそわそわしていましたよ。すぐにDMでのお返事ではなく、わざわざ来てくださって返答をするなら断る理由を伝えに来るのだと不安そうにしていました」
「ふふ、その逆よ。もう素敵なお誘いで嬉しくて。すぐに話し合いをしたいから、そう伝えただけ」
「え、そうしましたら、企画コラボに参加していただけるんですね」

 舞も嬉しくなって、いつも以上に笑顔になっていた。

「お抹茶にあう焼き菓子やパンでしょう。剛さんがお抹茶を点ててセットで出すなんて楽しそうだもの。私も参加する企画だけれど、お客として食べに来ちゃうわね」

 また優大の企画が動き出す。きっと彼はまた素敵な焼き菓子を作り出すだろうと、舞もわくわくしてくる。

「こんにちは。美羽ちゃん」
「お久しぶりです。三島先生」

 妹が楚々とお辞儀をした。こんな時、美羽は東京でお嬢様らしく躾けられたまま、上等の品を醸し出す。それを三島先生も、おりこうさんねと微笑んで挨拶してくれる。

 美羽との初対面は、今年の春、舞が最初に三島先生に伝えた『カフェを囲むスミレの群生』や、球根草にエゾエンゴサクが咲くのを見に来てくれた雪解けの頃だった。
 既に親しくしていた父が、もう一人の娘を預かることになった事情を伝えていたようで、異母姉妹であることもご存じであって、そして、その部分には美羽の前では触れずに、本当にずっと前から一緒に暮らしている姉妹のように接してくれていた。

 だからなのか、根掘り葉掘りと聞かれなかった分、美羽も三島先生には、おりこうさんな挨拶をした後は、子供らしい顔を見せて受け入れているようだった。

「あら、美羽ちゃん。それなあに」

 美羽が小脇に抱えているスケッチブックに気がついた。美羽が恥ずかしそうに差し出す。そのスケッチブックに描かれている無数の植物のイラストを見て、先生が目を瞠る。

「まあ、素敵! 美羽ちゃん、上手ね。いいえ、上手なだけじゃないわね。雰囲気が凄くある。ほら、お菓子屋さんの包装紙の柄にもなっている自然画家の坂本直行さんみたいな画風ね」
「直行先生が描いた植物のイラストも好きですが、ターシャ=テューダーが憧れなんです」

 舞の前では無邪気なばかりの妹が、大人びた口調で答える。三島先生も物怖じせずに自分のことが言える美羽を、慈しむ笑みで受け答えをしてくれる。

「私も好きよ、ターシャおばあちゃん。うん、ターシャ=テューダーらしさも、ちゃんと出ているわね。ねえ、美羽ちゃん。これSNSで紹介していいかしら。美羽ちゃんの名前は出さないし、お庭でスケッチしていたものを撮らせてもらったとだけ添えるから。こんなに素敵なんだもの、皆さんにも見てもらいましょうよ」

 先生が責任を取るからねと言ってくれるが、美羽はまず姉の舞へと視線を向けてきた。どうしたらいいかという戸惑いがわかる。

「せっかくだから、紹介してもらったら? ここの子が描いたというのは伏せて」
「いいの? 東京のお母さんとの約束で、SNSは禁止されているのに」
「じゃあ、パパにまず聞いておいで」

 たくさんの人に自分の絵を見て欲しい機会を得るのは、美羽にも嬉しいことなのだろう。パパに聞いてくるとスケッチブックを手に、カフェへと石畳の小路へと駆けていった。

 それを舞は三島先生と見送る。

「SNSは禁止。そうよね、出来れば中学生ならばまだ触れない方がいいわよね。こちらに来られるときに、スマートフォンは没収、禁止になったそうね」

 父がなにもかも、この先生に打ち明けていることも、娘の舞は知っていた。ようは、父にとっても先生はよき相談相手になっているのだろう。

「塾の送り迎えで必要だからと持たせていたようですが、その結果、家出をした時に、見知らぬ大人と会うことになりそうだったので。北海道へ来る前に、こちらの家でもスマートフォンは禁止。夕方、帰宅後と宿題を終えた後に、『パパ』の許可を得て時間制限付きということになったんです。でも、美羽はちゃんと従って、それにもうネットもそんなに必要ないみたいですね。やらない日も多いんですよ。絵を描いたり、絵本や小説を読んだり、お友達とお茶会をして騒いだりで事足りているようです」
「一度、SNSを使いこなしてしまっていたら、また大人たちが知らないところでどう使うかわからないものね。でも、良かったわ。この町で、子供らしく過ごせているようで。本来なら、子供ってこれが自然な育ち方のはずなのよね……」

 都会で私立だ将来のためだ――と、子供たちに学習が優先される現代的な子供の環境に、年配者の先生はため息をつくばかりだった。

「あのイラスト、本当に素敵よ。あのまま、なんとか伸ばしてやれないかしらね」
「父も美羽を帰す時には、あちらのご両親に、勉学以外の息抜きで絵を描かせてあげてほしいと伝えると決めているようです」
「だったら、先生も美羽ちゃんを応援しちゃうわよ。きっとフォロワーさんも素敵と言ってくれるはずよ」

 先生のお墨付きならきっとそうなれるだろうと、舞も『よろしくお願いいたします』と頭を下げた。

 カフェに戻ると三島先生のご主人が、父と会話をしながら珈琲を味わっているところだった。美羽は父と話し終えたのか、一緒にカフェに入ってきた姉と先生へと嬉しそうに駆けてくる。

「先生が言うとおりに、ここのカフェの子が描いたとわからないようにしてくれたらいいよって、パパが言ってくれた」
「あら、よかった。すぐに撮影しましょ!」

 また外へと、そのお花がある場所がいいと二人で楽しそうに出て行った。
 撮影を終えて、先生は『帰宅して、ちゃんと文面も考えて、いろいろチェックをしてからアップするわね』と美羽に伝える。三島先生が帰るとき、舞と父が一緒にいるところへと挨拶にやってくる。

「こちらのお写真も是非、アップさせてほしいの。庭に遊びに来た子とも、ここの子ともなにも伝えずに。見て、本当に素敵な絵本みたいね」

 先生が差し向けてくれたスマートフォンの画面を父と覗き込んだ。

 そこには、青空に白い雲、向こうには緑の丘が一つ二つ三つと重なって、サフォークの羊がのんびりとしていて、手前には初夏の花畑がメドウ的牧草地のように広がり、そこに羊の丘を眺めている少女の後ろ姿があったのだ。舞が譲ったリバティプリントのブラウスを生意気に着込んで、大きなつばの麦わら帽子、艶やかな黒髪をひとつにまとめて、デニムのオーバーオール姿。片隅に、煙突がある北国風洋館のカフェがちらりと写る。のどかな風情がそこにあった。

「すごい、かわいい」

 舞もつい感嘆の声が漏れる。それはもう父も、自分のカフェと娘のガーデンと、小さな娘がかわいらしく写っているそれには目元が緩みきって、満面の笑みを浮かべていた。

「たまたま撮った言うことにしておくけれど、どうかしら。剛さん」
「ありがとうございます。そのように扱っていただけるなら是非。うちのカフェと娘たちの良いところが全て写っていますから」
「あら、やっぱり娘さんたちが可愛くて仕方ないのね。お父様にもこの画像を送信しておきますね」

 父が照れたので、舞は先生と一緒に笑っていた。

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