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【9】 三年目の花が咲く キラキラは罪を生む
⑤ 盗まれた花の行方
しおりを挟む花荒しの報告をすると、父も優大も驚き、納屋がある森の入り口まで駆けつけてくれる。美羽も一緒にやってきたが、無残な花の姿を見て、また真っ青になって震え、父にしがみついて泣き出してしまった。
「証拠がないかぎり、なんとも言い出せない。だが、一応、内密に警察には届けておこう。店側から、このことを公にして発信しないようにしよう。いいね」
オーナーがまだ大事にするなという判断をしたので、舞も優大も怒りを抑えつつ、従うことにした。
「しかたがない。お客様にへんな気遣いはさせたくないことと花畑の景観を損ねると思って迷っていたけれど、監視カメラを導入しよう。舞、他にも花に被害がないか見て回り、見つけたら撮影をしておくように」
わかったと返答し、その日は日が沈んだので翌日の早朝の開店する前に見回りをすることにした。
翌朝、美羽も父も早起きをして見回ったら、いくつかの花が摘み取られていることがわかった。咲き頃のデルフィニウムや、大輪のシャクヤク。カモミールなんかは無残に引きちぎられていたのだ。もう、悔しくて叫びたくて……、でも我慢をして舞は証拠を残すために撮影に努めた。
「ごめん……。守れなくて。ちゃんと元に戻すからね」
その出来事は父から三島先生へ、そして近隣で親しくしている商売仲間にも周知された。
リージャン・ロード・クライマーの花がちぎられた三日後だった。
次の週末までに、無残な姿にされたところだけでも見栄え良くしておこうと、舞が修繕作業をガーデンで勤しんでいた時。鈴のように白い花を揺らしているカンパニュラとデイジーが小路に首を傾げている群生を通って、優大がやってきた。
「舞、ちょっといいか」
白いコックコートに黒いバリスタエプロンをしている優大が、持っているスマートフォンを舞へと差し出してきた。
舞もどうしたのかと、カモミールの新しい株を植えていたそこから立ち上がり、彼の手元を覗き込んだ。その画面を見てまた『あ』と顔をしかめることに。
《遠い田舎の花畑に行かなくても、札幌でもお花はたくさん楽しめる。お庭の手入れが好きな親戚から分けてもらいました。リージャン・ロード・クライマーに、デルフィニウム、シャクヤクです》
香水瓶アイコンの彼女のタイムラインだった。
「これ、うちからなくなった花ばっかりじゃない!」
「そうなんだよ。オーナーにも見せたんだけれど、証拠がないって切り捨てられた。でも、あの穏やかなオーナーが、すげえ恐ろしい顔になったから、俺、それ以上なにも言えなくて」
「いつもは穏和な父親だけれど、怒ったら本当は怖いんだからね。だから、本気になっちゃうかもお父さん。にしても、腹立つ! わざわざ札幌でもお花は楽しめると書き込んでいるところが、うちを目の敵にしているって気がつかないのかな!」
「だろ! とにかくさ、またいつ削除されるかわかんねえから、スクショしておいたからよ」
「私もしておこう!」
自分のスマートフォンを取り出し、香水瓶彼女のSNSとコメント画面まで辿る。舞もスクリーンショット操作で、画像ファイルにして保存した。
「あとさ、木村先輩にも相談したんだよ。そしたら、奥さんたちが協力してくれて、週末はボランティアで花畑の見回りをしてくれることになったからな」
「え、ほんとに? そんな、うちのお店の問題なのに」
「奥さんたちはこのカフェを日頃の社交場として平日使っているし、先輩は卵を置いてもらっているだろ。うちの義姉ちゃんも手伝ってくれると言っている。兄ちゃんも、うちの親父も母ちゃんも、めちゃくちゃ怒っているんだぜ。この町の同じ商売仲間として、この店も大事な拠点だからと皆、同じ気持ちなんだよ。先輩の気持ちだから、そうさせてやってくれないかな」
「くれないかな――なんて。むしろ有り難いよ。そんなボランティアで、なんて……」
じわりと熱いものが込み上げてきた。目尻に涙が滲むと、優大がそっとそばに寄ってきてくれる。
「父ちゃんと二人だけで頑張れることなんて、限界があるだろ。甘えたらいいんだよ。俺とか同じ町の仲間に。札幌では、そういうことなくてもやっていけたかもしれねえけれどよ――」
「もう、札幌の人間じゃないよ。でも……」
「木村先輩だって、この店に卵を置いてくれたり、予算無視で卵を大量に使う商品のために仕入れてくれたりで世話してもらったから、協力してくれるんだよ。あとは、おまえの父ちゃん。誰にも好かれて、誰もが惹きつけられるあの魅力的な父ちゃんのこと、この町のみんなも虜になっちまっているんだよ。店にいろいろなものを置いてくれたり、アドバイスしてくれたり。俺もそうだよ。俺はもうこの店に全てを捧げるつもりでいるからな」
また優大らしい大げさなまでの情熱だったので、涙ぐんでいた舞は笑ってしまっていた。
「おまえもだぜ。本当にあの父ちゃんが育てた娘なのかというぐらいに愛想がない、可愛げのない女だけどよ。マダムハーディのグリーンアイみたいな凜とした芯をもっている。根っこがしっかりしていて、ちゃんと物事を奥まで見通してくれるのは父ちゃん譲りだ。こんな見事なガーデンを作り上げる職人魂を、町のみんなが認めてくれているんだからな。どれだけ大変なのかよくわかってくれているんだよ。それにこのガーデンはもう、この町の自慢だ。俺たちで守って当然だろ」
声にならず、舞は涙を拭きながらこっくりと頷いていた。
「ありがとう、優大君」
舞の目の前で、優大が黒髪をかきながらため息をついている。
「すんげえ張り詰めた顔をしていたからさ。怒ってるんだな、怒れないんだな。泣きたいんだな、可愛げないから泣けないんだなと思ってたんだよ」
その通りなので、もう涙を拭きながら無言で頷き続けるしかなかった。
「で、この女の投稿のことは、美羽には伝えていないからよろしくな」
そこまで気遣ってくれ、舞はまたもや無言で頷く。そのうちに優大からサッとその場からいなくなった。なかなか泣けない舞のために、気を利かせて去ってくれたのも通じていた。
気持ちを落ち着けようと、舞はひとまず納屋へと戻ることにした。
開けたガーデンとは異なり、納屋は背丈のある植物に囲まれて、ひっそりとしている。天日干しにしているカモミールのザルのそばにカラスが一羽止まっていた。
そのカラスがくちばしに、少ししぼんでしまったマダムハーディの枝を咥えていた。あきらかに、舞がカラク様にと切り取ったものだった。しかもカモミールのザルにはすっかり干からびたリージャン・ロード・クライマーの花もひとつ置かれている。
「カラク……様……?」
カラスが咥えていたバラの枝を、ちょんとザルに乗せて離すと、また翼を広げてバサッと飛び立っていった。
お友達のカラスがなにかのお遣いにきていたようだったが、舞にはなにを伝えに来たのかわからなかった。
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