42 / 103
【4】名もなき朝の私《さよなら、先生》
22.秀星の想い、叶う
しおりを挟む矢嶋社長の今年度の人事が言い渡される。
「篠田はそこで『一生メートル・ドテルをやれ』ってさ」
「……一生……?」
「君は、わかりやすすぎるんだよ。社長にバレてるって話だよ。『どうせそちらの大沼に帰ってきたら、篠田がお嬢様のこと云々と言い出すと思うから、お父様ご覚悟を、ですね』――って、笑っていたわっ」
「矢嶋社長には、葉子さんを連れて行った時点でそう思われることは覚悟していましたけれど、一生って……」
葉子も気になっていた矢嶋社長の人事の結果が『一生』という通達の意味がわからなくて、まだ落ち着かない。
なのに父がもう破れかぶれと言わんばかりに、蒼に負けない大声で叫んだ。
「俺も報告! 『フレンチ十和田』は、矢嶋シャンテグループの傘下に入りました。つまり、俺も、蒼君も、一生、矢嶋社長が雇い主。これからは、俺はオーナーのままだけど、君の直属上司で、同僚ってことだ。覚悟しておけ!」
「ぅぇえっ!? 社長からは、大沼に帰るころには、十和田シェフに返答しておくと聞いていたんですけど。ええ!!? どしてそんなことに」
葉子も『えええーっ!!』だった!
それって私も矢嶋シャンテの社員になるのかと、急な所属変更に、帰って来たばかりなのに目が回りそうだった。
「この一年。矢嶋社長と提携して、この人の配下でなら、もう一度『雇われシェフ』になってもいいなと思えたからだよ。しかも、俺が経営するより『予算』がつく」
「実は、俺もっ、神戸にいる時からそうすればいいのにと思っていたんですよ! 自営って大変じゃないですか! ただ、シェフの独立って、誰にも縛られたくないから独立するわけですから、十和田シェフもそうはならないだろうって思っていたんですよ。矢嶋社長なら、勝算あるところは予算をたくさんつけてくれるし……!」
「そういうことだ。つまり、今まで以上に自由に素材が使えるようになる。生産者にも今以上に還元できる。作り手なら、より腕をふるえる環境を選んで当然だろ」
「わー、それって! あの社長に相当気に入られているってことですよっ」
「そりゃそうだ。実力ってやつだ」
「さすが、十和田シェフ!!! うわ~、すげえ。俺、いま鳥肌立ってる!!」
また父が『あははは!! ほんっと君は楽しい』と大笑い。
父がまさかの自営を辞める決意をしていた。矢嶋社長の傘下にはいって、このお店ごと『矢嶋グループ』になってしまえば、蒼もおなじ社員でこの店を続けられる……ってこと?? 予想外の展開に、葉子はおろおろするしかできない。
「社長からの指示は、俺とメートル・ドテルの篠田で、この店を潰さないこと!」
そして、最後に父がぽつりと呟いた。
「これからは、俺と妻、娘と婿、家族で乗り切るぞ。いいな、蒼」
「シェフ……、いえ、お父さん。もちろんです!」
うそ、これで……もう……もしかして、蒼と離れなくていい?
また涙が溢れてきて、せっかく声が戻ったのに、なにも言葉がでてこなくなってしまった。
「あ~、葉子ちゃんが、また泣いてる。どうしたの、どしたの~」
「すまんな。手がかかる娘だと思うけどよ……。やっぱ、蒼君のような大人の男で安心だわ」
「すんません。ちょっと歳いっちゃってますけど」
「ま、いいわ。ポルシェより娘を選んでくれたからな」
「ポルシェと葉子ちゃんを比べたことなんて、ないっすよっ。なんの話っすか。ほんとにもう~。やっぱお嬢さんに婿ができて怒ってるんすよねっ」
「怒ってねえよ。五月に、広島のご両親がこちらに来てくれるんだって?」
「はあ、北海道北海道って浮かれていましたけど、よろしくお願いいたします」
「特別に腕をふるうって伝えておいてくれ。フルコースだけども気楽に来てくれって。両家でたのしい食事会にしよう」
小豆島を出た後、四国の海岸線を楽しんで、愛媛からしまなみ海道をドライブ、蒼の広島の実家へとご挨拶へ出向いた。
結婚云々より、蒼が『愛しちゃった彼女、かわいいでしょ。あのハコちゃんよ。俺ね、この子のそばで、ずっと支えてあげたいんだ』なんて紹介だったので、もう多くを告げずとも、あちらのご両親も理解してくれていた。
ご両親も、秀星のことをよくご存じだったので、葉子は驚く。それだけ、蒼が大好きな先輩だったということ……。むしろ、その秀星のために頑張って写真集まで辿り着いた女性として、受け入れられた感じでもあった。やっぱり、これも、秀星さんが運んでくれたことなのかなと葉子は思ってしまった。
そのご両親が、北海道までご挨拶にきてくれることになったのだ。
「あ、あと。広島出身の婿殿に言っておく。赤ヘル軍団の話はすんなよ」
「はあ? 俺、トラのほうなんっすけど」
「じゃ、いいや。ハムの敵じゃねえ」
「ひっど! なんでや阪神関係ないやろって言いたいですわっ」
「どこにも334ないだろ」
「あ、いま3時34……じゃないっすね。じゃあ、この肉の塊が334グラム!!」
「あっははーー。おもしろっ! はあ、蒼君が帰ってくると急ににぎやかになるな~」
やだ、もう。もしやこんな男の掛け合いを一生聞いていくことになるのかもと思えたら、涙が止まって葉子は笑い出していた。
秀星と父だったら、こんな掛け合いにはならなかっただろう。
でも秀星が運んでくれた遺してくれたことが、いっぱい。
秀星さん。ハコ、しあわせになるよ。
ありがとう。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる