拝啓 愛しの部長様

鏡野ゆう

文字の大きさ
17 / 37
第三部 バレンタインと元嫁襲来の巻

第十七話 オッサンだって嫉妬する?

しおりを挟む
 チョコレートに拘る必要は無いとかお菓子業界の陰謀と言われようが、バレンタインデーのチョコが世の中のカップルにとって大事なアイテムとして定着しているのは事実であって。もちろんコンビニスイーツの中にもそれを意識した商品が今年も限定販売される。ただ私は夏の限定商品のプロジェクトに参加しているので、今年のバレンタイン企画には参加していないんだけど。

「はい、愛海ちゃん。今年のバレンタイン企画第一弾の見本。本生産の前に届いたから食べてみな?」

 同じ課の吉村さんが机の置いたのはホイップクリームを添えたガトーショコラ。美味しそう!!

「今年は西風さん監修だから本格的だよ」
「へえ、あそこはなかなか難しいのに、よく引き受けて貰えましたね」
「一年間あそこに通ったからねえ……お陰でお腹がちょっとポッコリになった」

 その言葉でハッとなった。そうだ、ダイエット!!

「あれ、食べないの?」
「実はですね体重が若干増えまして、少しばかり制限中なのですよ……」
「どのくらい増えてる?」
「えっと……二キロぐらい?」
「そんなの変動誤差の範疇じゃん。あまり気にしない方が良いよ?」

 ポンポンと肩を叩きながら部長と同じことを言ってる吉村さんに苦笑い。たかが二キロされど二キロ。二キロに笑うものは二キロに泣く。現実はなかなか厳しいんだよう……。

「とにかく仕事だと思って食べてみて? 俺も他の人の反応が知りたくて配って回ってるわけだから」

 仕事だものね、仕方がないよと自分に言い訳をしてショコラにフォークを入れる。中にはジャムが入っているようだ。

「酸味のあるベリー系のソースを中に入れたんだ。ホイップクリームとソースでコストは上がったけど、まあプレミアムスイーツのシリーズだから販売価格には問題ないかという判断が出た」
「へえ……どれどれ」

 先ずはホイップクリームをつけずに一口。ほろ苦さと酸味がちょうど良いバランスだ。

「ホイップクリームが無くても美味しいですね、これ」
「だろ?」

 次はホイップクリームをつけて一口。うまーい!! あーやっぱりダイエットなんてしたくないよ。ケーキが食べられないなんて地獄だもの。ケーキだけ除外する? でもそれじゃあダイエットの意味が無いような。ああ悩ましい!!

「愛海ちゃんって本当に幸せそうな顔して食べるよね。こっちまで嬉しくなるよ。あ、クリームついてるよ」

 口の端についたクリームを吉村さんが置いてあったティッシュを引っ張り出して拭いてくれた。吉村さんって本当に世話焼きさんだ。うちのお兄ちゃんと同い年で確か下に弟さんと妹さんがいるところまでうちと同じ。その弟さんと妹さんを子どもの頃から世話をしていたから、それが癖になったとか言ってたっけ。妹さんが私と同い年らしく、私が部長とお付き合いしているのを見ると何だか微妙な心境になるよって愚痴ってた。

「宮内、ちょっと良いか?」

 軽く入口のドアを叩く音がして部長が顔を出した。

「あ、はい。なんでしょう?」

 御馳走様でしたと吉村さんにお礼を言って部屋を出る。部長は資料室のドアを開けると中に入るように無言で促した。

「和菓子・洋菓子スイーツの手掛けた企画モノの資料が初回から欲しい。データベースに入っていないだろ、昔のものは」
「ああ、確かにそうですね。そろそろ紙ベースだけではなくきちんとしたデータにしたいですよね」

 奥に並んでいるのは二つの部署が今までに手掛けた企画商品だ。もちろん没になった商品の資料も揃っている。コンビニ商品だけではなく、系列のファミレスで提供するデザートなど、考えてみると結構手広くやっているのだ、うちの部署。

「ところで吉村とは随分と親しい様子だな」
「そうですか? まあ洋菓子部門では年が一番近いですし」

 それに私がここに入ってきた時に色々と教えてくれたのは吉村さんだ。最初の頃はよく夕飯を御馳走になったりしていたっけ。

「さっきどっちの肩を叩かれた?」
「はい?」
「吉村にだよ」
「えーと……こっちだったかな」

 部長の妙な質問に首を傾げながら吉村さんに叩かれた肩の方に手をやった。すると部長は書棚に私を押し付けるようにして自分の方へ向かせると、何故だかブラウスのボタンを外し始めた。

「ぶ、部長、何してるんですか、ここ会社ですよ!」

 大声で叫ぶわけにもいかないので囁きながら部長の手を止める。

「やかましい。吉村に触られたところの消毒だ」
「消毒って……服の上から叩いただけじゃないですかあ……それに吉村さんですよ?」
「黙れ」

 ブラウスが開かれて肘の辺りまで引き下げられたかと思ったら、鋭い痛みが肩に走って思わず息を呑んだ。噛まれちゃった。

「いたい……部長ぉ、いたいです。こんなの消毒じゃないよぉ……」

 噛んだところを唇が這い次々ときつく吸われて痕が残されていく。どうしたのかな部長、こんなこと今まで無かったのに。胸の間で揺れているピンクゴールドのペンダントに触れて満足げに笑うと、そのままどんどん下へと唇が移動していく。え、ちょっと部長、どこまで……?!

「ぶちょ、人が入って……」
「鍵閉めたし、鍵は俺しか持ってない」

 ジャラリという音がして鍵束が書棚に置かれる。予備の鍵を全部持って来ちゃったみたい。どんだけ用意周到っていうか、じゃあ最初からそのつもりで私を呼んだの? スカートの中に手が滑りこんできたのでギョッとなった。まかさ、まさか、そんなことまで?!

「やっ……部長、それ以上は……やだぁ」
「声、出すなよ?」
「そんなの無理ぃ……あぁっ」

 私の前に部長が跪いて乱暴に下着が引き下ろされたと思ったらすぐさま部長の舌が私の中に入ってきた。声を出すななんて無理だよぉ。

「やだぁ……部長、こんな所でいやあっ……」

 更には指まで加わって私の中を掻き回しておいて声を出すななんて絶対に無理ぃ。書棚の支柱を指の関節が白くなるぐらい掴んで耐えていたら、指がそっと引き抜かれて部長が顔を上げた。あわわ、暗黒皇帝モードの顔してるよ。一体なにが気に入らなかったのかなあ。

「エロい顔だな」
「誰のせいだと思ってるんですかぁ……」
「俺のせいだな」

 部長が笑いながら立ち上がると同時に指より太いものが入ってきて息がつまった。

「あぅ、何で……っ」
「時間が無いから効率良く、だ」
「それ絶対におかしいですぅっ!」


+++++


 トイレの個室で溜息をつく。あの後、愛海はかなりご立腹な状態ながら、男の方の個室には汚物入れなんて無いから困るだろうと言って使用済みのゴムの処理を引き受けてくれた。ほんのりと上気した顔の愛海は怒っていてもとても綺麗だった。そんなことを言ったらきっとエロオヤジとか言って殴られていただろうが。

 吉村学は優秀な奴だ。性格も穏やかで仕事も迅速丁寧、なかなかの逸材だと思っている。年は29歳、愛海と近いせいか話も合うようでたまに話し込んでいるところは見かけていた。しかし長野率いる愛海の俺に対するアプローチを後押ししていた部署の人間ということで、それほど気にしてはいなかった。昨日までは。

「お前、本当はまだ宮内さんに惚れてるんだろ?」
「んー……まあなあ」

 そんな声を耳にしたのは喫煙室でタバコを吸っていた時。相手はパーテーションの向こう側のコーヒーの自動販売機の前に立っているらしかった。

「なんで伝えないんだよ、お前の気持ち」
「言い出す前に彼女が海藤部長に惚れている事が分かったからな。言い出せなかったんだよ」

 いじらしいくらいに一途だったからなと相手が笑った。

「宮内さんはまったく?」
「知る筈もないよ。俺もそんな素振りは一度も見せてないし。彼女は俺に好意を持ってくれているが、それは兄貴みたいな同僚としてだ」
「それで良いのかよ、お前……」

 ガコンと缶コーヒーが落ちる音がして、しばらくするとプルトップを開ける音がした。それと共に溜息も一つ。

「良いも悪いも。彼女の気持ちは分かりきっているからさ。だって俺も後押しした一人なんだぜ?」
「吉村……お前、お人好し過ぎだよ」
「だよなあ、俺もそう思う。部長からかっさらうぐらいの度量があれば良いんだが、今はただ彼女の幸せを見守るだけだよ」
「お前、マゾッ気でもあるのか?」
「かもな」

 あははと笑う声がする。

「だからさ、お前もあまり合コンとかに俺を呼ぼうとするなよ。俺の中ではまだ愛海ちゃんのこと、完全には吹っ切れてないんだしさ」
「分かった分かった。ドM期間をゆっくり楽しんでくれ」

 そんな会話が遠ざかっていくのを聞きながらタバコの煙を乱暴にはいた。持っていた缶コーヒーがへしゃげたことに気がついたのはしばらく経ってからだった。

 そんな矢先に先ほどの吉村と愛海の様子が目に入ったわけだ。出荷前のサンプルを部署で試食することは珍しいことではないのだが、親しげに肩を叩く様子や愛海の口元についたクリームを拭う様を見て珍しく頭に血が昇ってしまったのだ。元嫁にたいしても抱いたことのない嫉妬。まったく参った。

 溜息をついて流すボタンを押した。頭を冷やす場所、何処か他に見つけないといかんな。個室を出たところで吉村と鉢合わせした。やはり他の場所を見つけよう。

「海藤部長。先日の新年会では御馳走様でした」
「ああ、今年も宜しく頼むな」
「はい。……ところで」
「ん?」
「まな、宮内さんってダイエットしてるんですか?」

 名前を呼ぼうとして咄嗟に言い換えたところは褒めてやろう、吉村。

「らしいな。体重が増えたとか言ってるが要らん贅肉がついた気配が全く無いんだがな、何処で増えているのやら。そのうち俺にもダイエットメニューとか出しそうで怖いよ」

 女と言うのは謎だなあと、微妙な顔をしている吉村を後にトイレを出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...