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第三部 バレンタインと元嫁襲来の巻
第十八話 有り得ない!
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いきなりトイレの個室から失礼します、ちょっと部長の仕打ちにムカッ腹を立てている最中の宮内愛海、二十一歳です。なんて言うか、なんて言うか……とにかくムカッ腹です。直前に吉村さんの名前が出ていたので、きっと彼に関係したことでスイッチが入ったんだと思うけど、その辺の事情が分からないこちらとしては、いわゆる、やられ損、下品でゴメンなさいお母さん、とにかくそんな気分です。ムカムカ。
「ふう……」
れいのゴミを厳重にティッシュに包んで捨てながら溜め息が出てしまった。でもあんな訳の分からない状態で、しかも社内だっていうのにしっかり感じちゃうんだから私って本当に部長には弱いんだなあ。しかもその時のことを思い浮かべたら体が火照っちゃうし一体どうしたら。え、部長のテクニックが凄いのでは? そんなの比較対象がないので分かりませんよ!
「あうあうあう、なさけなーい!!」
便器に座ったまま自分でも意味不明な声を出しながらドアを両手でバンバン叩く。
「ま、愛海? 大丈夫?」
「千夏ちゃん?!」
人がいるとは思わなくて遠慮無しに叫んだら人がいたよ。
「えっと、大丈夫。そこにいるの千夏ちゃんだけ?」
「うん。私だけ」
そっとドアを開けて顔を出すと千夏ちゃんが困惑した顔で立っていた。
「具合でも悪いの?って感じじゃない叫びだったけど、何か嫌なことでもあった?」
「……ううん、何もないよ」
同期で仲良しの千夏ちゃんだけど、資料室で部長とエッチしちゃいましたなんてさすがに言えないよ。あははと笑いながら手を洗ってトイレを出ようとすると、千夏ちゃんに腕を引っ張られた。
「愛海、ブラウスのボタンを上まではめておいた方が良いと思うよ?」
「え?」
「鏡、よーく見て」
「ん? ……げっ」
鏡に顔を寄せてよく見れば、襟のところから赤い痕が見え隠れしている。これはどう考えてもさっきつけられたキスマーク。こんなところにまでっ!! 慌ててボタンをはめながら呻いてしまった。
「有り得ない……」
「話、聞いて欲しい?」
千夏ちゃん、笑いを堪えながら尋ねるのはやめて欲しいよ。面白がっていることが丸分かりなんだから。
「近くに新しく開店したカフェがあるでしょ? あそこのランチが美味しいって話だから行ってみない?」
つまりはその時に洗いざらい話しやがれってことですね?
+++++
「ぷっ」
「いや千夏ちゃん、笑い事じゃないから」
「ごめんごめん。でも、あの部長がねえ……人は見かけによらないって言うけどまさにそれよね」
「いやいや、問題はそこじゃないから」
「会社の書庫でエッチなんて、小説か漫画の中だけの話だと思ってた」
「だよねえ……。私も朝まではそう思ってた」
優しい味のカボチャスープに口をつけながらぼやきまくり。確かに聞いている分には面白いのかもしれないね。だけど当事者としては笑っていられない事態でもあるのよ、千夏ちゃん。
「ヤキモチ妬く気持ちは分からないでもないかなあ。年が離れているっていうのもあるし、やっぱり若い男には警戒しているんじゃないの? 何気に愛海ってもてそうだから」
「私は部長一筋だよ? 他の人には目を向けるつもりはこれっぽっちも無いんだから」
「愛海はそうでも周囲の男はそうじゃないでしょ? 今は後押ししてくれた部署にいるから感じないだけで、事情を知らない部署に異動になってごらんなさいよ、きっとアプローチしてくる男はいるわよ」
「えぇぇ、私は今の部署から動きたくない……」
でも、と思う。今日の部長が気にしていたのは吉村さんなんだよね。吉村さんは同じ洋菓子スイーツの部署の人で今まで何ともなかったのに、どうしてスイッチが入っちゃったんだろう? 肩を叩いたぐらいで消毒とか言い出すなんてどう考えてもおかしい。
「もしかしたら、愛海が気が付かないだけで、吉村さんが部長の前で愛海に気のある素振りをしたのかも」
「有り得ないよお……」
「分かんないわよ、人の気持ちなんて」
そんなこと言われたら明日からっていうか午後から吉村さんと顔を合わせにくくなっちゃうよ。ほんと、今日は有り得ない連呼の日だ。これ以上の有り得ないに遭遇しませんようにと祈らずにはいられなかった。
で。
普段からそんなに信心深いわけじゃない、いわゆる困った時“だけ”の私の神頼みなんてのは大体において神様には聞き届けてもらえないわけで。まあ聞き届けてもらえないぐらいなら良いんだけど、こういう時って大抵ロクな目に遭わないんだよね。
会社に戻ると一階の受付でなにやら揉めている。我が社の三女神とも言われている横山先輩が酷く困った顔をしながら応対をしているのが分かった。だけどゴメンなさい、横山先輩。私達は関わり合いたくありません、受付嬢ではないし嫌な予感しかしないので。
「あ、宮内さん!!」
え、何でそこで私に声をかけるんですか?! 思わず千夏ちゃんの後ろに隠れてみた。
「ちょっと愛海」
「だって嫌な予感しかしないもの」
「だからって私を盾にしない」
横山先輩の声で受付前に立っていた人が振り返った。わ、凄い、左右対称の顔を持った人なんて初めて実際に見ましたよ。こんなの女優さんしかいないと思ってたけどそうでもないのか。しかもストレートの黒髪がとっても綺麗でまるで日本人形のような美女。……ん? まるで日本人形のような? どこかで聞いたことのあるフレーズだけど、どこでだろう? そんなことを考えている私の方へとその人が近付いてきた。
その人は私達の前に立つと、何故か私をじっと見詰めた。なんだかまるで観察される虫にでもなった気分。
「ふーん……貴女が」
貴女がってどなたが?
「随分とちんくしゃな小娘を選んだものね」
「……千夏ちゃん、ちんくしゃって言われてますよ?」
「いや、言われたのは愛海だと思うよ?」
「え、私?」
「うん」
確かにその人の目は私に向けられているけど、初対面の人にちんくしゃって言われる筋合いは無いよね、例えそれが事実だったとしても。
「あのぅ……初対面の人に挨拶もなしにちんくしゃだなんて有り得ないんですけど。そういう事を言っていると品性が疑われますよ?」
「あら、だったら貧相な小娘とでも言い換えるわ。それで御満足?」
「二字熟語にしたから良いとかじゃないです。馬鹿ですか?」
あ、しまった。うっかり口が……。
「何ですってっ」
赤くマニキュアが施された爪が伸びてきて叩かれるのを覚悟したんだけど、その手は千夏ちゃんによって止められた。
「ちょっと、私の友達になにするんですか、おばさん。先に無礼なこと言ったのはそっちでしょうが」
なかなか強烈な一撃だよ千夏ちゃん。グサッとか相手に刺さっていそう。
「ところでどちら様ですか? 初対面の人に貧相とかちんくしゃな小娘呼ばわりされる筋合いはないですし、ここは会社なので部外者はさっさと出ていって頂きたいのですが。ちなみに生命保険と宗教の勧誘ならお断りします」
うわっ、お人形さんが般若になった。しかもその般若が笑みを浮かべているんだから半端なく怖い。ホラーだよ、オカルトだよ!
「まったく貴女みたいなの、どこが良くて選んだのかしら。もしかしてベッドでは凄いテクニックを持っているとか、そういうことなのかしら?」
いくらここに男性がいないからって余りにも下品だと思う。それにこの人、誰だか分かっちゃった。
「もしかして、貴女、海藤部長の元奥さんですか?」
「ああ、れいのトンでもないビッ〇な人かあ……そりゃ品が無い筈だわ」
千夏ちゃん援護感謝……酷い言い草だけど。横山先輩、ゴメンなさい。受付前で物凄いことになってしまった。どうしたら良いんだろうと考えていたらエレベーターの扉が開いて部長と長野部長が降りてきた。二人とも物凄く怖い顔してる……。
「何しに来た」
急に般若がまたお人形さんに戻った。その変わる速さに私と千夏ちゃんは思わず顔を見合わせる。
「あら、ご挨拶ね。私の夫はここの役員なのよ? 忘れた?」
「役員ねえ……」
その言葉に長野部長が鼻で笑った。なんだかいつもの長野部長じゃないみたい。けど二人が来てくれてホッとしちゃってその場に座り込んでしまいそうになった。
「大丈夫か?」
部長が少しだけ気遣わしげにこちらを見た。
「部下の教育、ちゃんとした方が良いんじゃなくて? 来客者に向かって言いたい放題だなんて呆れるわ」
「無礼なことを言ったのはそっちが先でしょ!」
怒っている千夏ちゃんの肩にもたれながら、頭の中はもう有り得ないよの連呼状態。初対面の人に馬鹿ですかなんて言っちゃったし、自分自身も有り得ない。もう今日はこれ以上の有り得ないことは勘弁して欲しいよ。
「海藤、ここは俺に任せて宮内さんを連れて行け。瀬能、お前も戻れ」
長野部長は私の肩に手をやると部長の方へと押しやった。千夏ちゃんはまだ何か言い足りないのか、部長の元奥さんを睨んでいる。私はもう今日はお腹いっぱいなので言い返す気にもなれない。
「なんで泣いてるんだ」
「え?」
部長に言われて自分が泣いていることに初めて気がついた。
「何を今更! あれだけ言い返しておいて!」
「うるさい、黙れ。愛海、どうして泣いてるんだ、この女に何か言われたか?」
「しょ、初対面の人なのにっ、しかも会社の受付前で、馬鹿ですかって言っちゃったんですよ私。社会人として有り得ないですよ。ここは会社の顔でもある場所だからきちんとしなさいって社長からも言われているのに。社長に怒られちゃいますよぉ」
「そっちが心配で泣いてるのか」
部長は呆れたように微笑むとあやすように背中を叩きながら抱き締めてくれた。
「大丈夫だ心配するな。この程度のことで社長は怒ったりしないさ。さあ戻るぞ。瀬能、お前も来い」
私達は部長に促されてエレベーターの方へと向かった。背中越しに長野部長の静かだけど険しい口調で何か言っているのが聞こえてきたけど、理解する気にもなれなかった。
「ふう……」
れいのゴミを厳重にティッシュに包んで捨てながら溜め息が出てしまった。でもあんな訳の分からない状態で、しかも社内だっていうのにしっかり感じちゃうんだから私って本当に部長には弱いんだなあ。しかもその時のことを思い浮かべたら体が火照っちゃうし一体どうしたら。え、部長のテクニックが凄いのでは? そんなの比較対象がないので分かりませんよ!
「あうあうあう、なさけなーい!!」
便器に座ったまま自分でも意味不明な声を出しながらドアを両手でバンバン叩く。
「ま、愛海? 大丈夫?」
「千夏ちゃん?!」
人がいるとは思わなくて遠慮無しに叫んだら人がいたよ。
「えっと、大丈夫。そこにいるの千夏ちゃんだけ?」
「うん。私だけ」
そっとドアを開けて顔を出すと千夏ちゃんが困惑した顔で立っていた。
「具合でも悪いの?って感じじゃない叫びだったけど、何か嫌なことでもあった?」
「……ううん、何もないよ」
同期で仲良しの千夏ちゃんだけど、資料室で部長とエッチしちゃいましたなんてさすがに言えないよ。あははと笑いながら手を洗ってトイレを出ようとすると、千夏ちゃんに腕を引っ張られた。
「愛海、ブラウスのボタンを上まではめておいた方が良いと思うよ?」
「え?」
「鏡、よーく見て」
「ん? ……げっ」
鏡に顔を寄せてよく見れば、襟のところから赤い痕が見え隠れしている。これはどう考えてもさっきつけられたキスマーク。こんなところにまでっ!! 慌ててボタンをはめながら呻いてしまった。
「有り得ない……」
「話、聞いて欲しい?」
千夏ちゃん、笑いを堪えながら尋ねるのはやめて欲しいよ。面白がっていることが丸分かりなんだから。
「近くに新しく開店したカフェがあるでしょ? あそこのランチが美味しいって話だから行ってみない?」
つまりはその時に洗いざらい話しやがれってことですね?
+++++
「ぷっ」
「いや千夏ちゃん、笑い事じゃないから」
「ごめんごめん。でも、あの部長がねえ……人は見かけによらないって言うけどまさにそれよね」
「いやいや、問題はそこじゃないから」
「会社の書庫でエッチなんて、小説か漫画の中だけの話だと思ってた」
「だよねえ……。私も朝まではそう思ってた」
優しい味のカボチャスープに口をつけながらぼやきまくり。確かに聞いている分には面白いのかもしれないね。だけど当事者としては笑っていられない事態でもあるのよ、千夏ちゃん。
「ヤキモチ妬く気持ちは分からないでもないかなあ。年が離れているっていうのもあるし、やっぱり若い男には警戒しているんじゃないの? 何気に愛海ってもてそうだから」
「私は部長一筋だよ? 他の人には目を向けるつもりはこれっぽっちも無いんだから」
「愛海はそうでも周囲の男はそうじゃないでしょ? 今は後押ししてくれた部署にいるから感じないだけで、事情を知らない部署に異動になってごらんなさいよ、きっとアプローチしてくる男はいるわよ」
「えぇぇ、私は今の部署から動きたくない……」
でも、と思う。今日の部長が気にしていたのは吉村さんなんだよね。吉村さんは同じ洋菓子スイーツの部署の人で今まで何ともなかったのに、どうしてスイッチが入っちゃったんだろう? 肩を叩いたぐらいで消毒とか言い出すなんてどう考えてもおかしい。
「もしかしたら、愛海が気が付かないだけで、吉村さんが部長の前で愛海に気のある素振りをしたのかも」
「有り得ないよお……」
「分かんないわよ、人の気持ちなんて」
そんなこと言われたら明日からっていうか午後から吉村さんと顔を合わせにくくなっちゃうよ。ほんと、今日は有り得ない連呼の日だ。これ以上の有り得ないに遭遇しませんようにと祈らずにはいられなかった。
で。
普段からそんなに信心深いわけじゃない、いわゆる困った時“だけ”の私の神頼みなんてのは大体において神様には聞き届けてもらえないわけで。まあ聞き届けてもらえないぐらいなら良いんだけど、こういう時って大抵ロクな目に遭わないんだよね。
会社に戻ると一階の受付でなにやら揉めている。我が社の三女神とも言われている横山先輩が酷く困った顔をしながら応対をしているのが分かった。だけどゴメンなさい、横山先輩。私達は関わり合いたくありません、受付嬢ではないし嫌な予感しかしないので。
「あ、宮内さん!!」
え、何でそこで私に声をかけるんですか?! 思わず千夏ちゃんの後ろに隠れてみた。
「ちょっと愛海」
「だって嫌な予感しかしないもの」
「だからって私を盾にしない」
横山先輩の声で受付前に立っていた人が振り返った。わ、凄い、左右対称の顔を持った人なんて初めて実際に見ましたよ。こんなの女優さんしかいないと思ってたけどそうでもないのか。しかもストレートの黒髪がとっても綺麗でまるで日本人形のような美女。……ん? まるで日本人形のような? どこかで聞いたことのあるフレーズだけど、どこでだろう? そんなことを考えている私の方へとその人が近付いてきた。
その人は私達の前に立つと、何故か私をじっと見詰めた。なんだかまるで観察される虫にでもなった気分。
「ふーん……貴女が」
貴女がってどなたが?
「随分とちんくしゃな小娘を選んだものね」
「……千夏ちゃん、ちんくしゃって言われてますよ?」
「いや、言われたのは愛海だと思うよ?」
「え、私?」
「うん」
確かにその人の目は私に向けられているけど、初対面の人にちんくしゃって言われる筋合いは無いよね、例えそれが事実だったとしても。
「あのぅ……初対面の人に挨拶もなしにちんくしゃだなんて有り得ないんですけど。そういう事を言っていると品性が疑われますよ?」
「あら、だったら貧相な小娘とでも言い換えるわ。それで御満足?」
「二字熟語にしたから良いとかじゃないです。馬鹿ですか?」
あ、しまった。うっかり口が……。
「何ですってっ」
赤くマニキュアが施された爪が伸びてきて叩かれるのを覚悟したんだけど、その手は千夏ちゃんによって止められた。
「ちょっと、私の友達になにするんですか、おばさん。先に無礼なこと言ったのはそっちでしょうが」
なかなか強烈な一撃だよ千夏ちゃん。グサッとか相手に刺さっていそう。
「ところでどちら様ですか? 初対面の人に貧相とかちんくしゃな小娘呼ばわりされる筋合いはないですし、ここは会社なので部外者はさっさと出ていって頂きたいのですが。ちなみに生命保険と宗教の勧誘ならお断りします」
うわっ、お人形さんが般若になった。しかもその般若が笑みを浮かべているんだから半端なく怖い。ホラーだよ、オカルトだよ!
「まったく貴女みたいなの、どこが良くて選んだのかしら。もしかしてベッドでは凄いテクニックを持っているとか、そういうことなのかしら?」
いくらここに男性がいないからって余りにも下品だと思う。それにこの人、誰だか分かっちゃった。
「もしかして、貴女、海藤部長の元奥さんですか?」
「ああ、れいのトンでもないビッ〇な人かあ……そりゃ品が無い筈だわ」
千夏ちゃん援護感謝……酷い言い草だけど。横山先輩、ゴメンなさい。受付前で物凄いことになってしまった。どうしたら良いんだろうと考えていたらエレベーターの扉が開いて部長と長野部長が降りてきた。二人とも物凄く怖い顔してる……。
「何しに来た」
急に般若がまたお人形さんに戻った。その変わる速さに私と千夏ちゃんは思わず顔を見合わせる。
「あら、ご挨拶ね。私の夫はここの役員なのよ? 忘れた?」
「役員ねえ……」
その言葉に長野部長が鼻で笑った。なんだかいつもの長野部長じゃないみたい。けど二人が来てくれてホッとしちゃってその場に座り込んでしまいそうになった。
「大丈夫か?」
部長が少しだけ気遣わしげにこちらを見た。
「部下の教育、ちゃんとした方が良いんじゃなくて? 来客者に向かって言いたい放題だなんて呆れるわ」
「無礼なことを言ったのはそっちが先でしょ!」
怒っている千夏ちゃんの肩にもたれながら、頭の中はもう有り得ないよの連呼状態。初対面の人に馬鹿ですかなんて言っちゃったし、自分自身も有り得ない。もう今日はこれ以上の有り得ないことは勘弁して欲しいよ。
「海藤、ここは俺に任せて宮内さんを連れて行け。瀬能、お前も戻れ」
長野部長は私の肩に手をやると部長の方へと押しやった。千夏ちゃんはまだ何か言い足りないのか、部長の元奥さんを睨んでいる。私はもう今日はお腹いっぱいなので言い返す気にもなれない。
「なんで泣いてるんだ」
「え?」
部長に言われて自分が泣いていることに初めて気がついた。
「何を今更! あれだけ言い返しておいて!」
「うるさい、黙れ。愛海、どうして泣いてるんだ、この女に何か言われたか?」
「しょ、初対面の人なのにっ、しかも会社の受付前で、馬鹿ですかって言っちゃったんですよ私。社会人として有り得ないですよ。ここは会社の顔でもある場所だからきちんとしなさいって社長からも言われているのに。社長に怒られちゃいますよぉ」
「そっちが心配で泣いてるのか」
部長は呆れたように微笑むとあやすように背中を叩きながら抱き締めてくれた。
「大丈夫だ心配するな。この程度のことで社長は怒ったりしないさ。さあ戻るぞ。瀬能、お前も来い」
私達は部長に促されてエレベーターの方へと向かった。背中越しに長野部長の静かだけど険しい口調で何か言っているのが聞こえてきたけど、理解する気にもなれなかった。
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