拝啓 愛しの部長様

鏡野ゆう

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第三部 バレンタインと元嫁襲来の巻

第二十話 踊る勘違い女

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第二十話と第二十一話は小説家になろうにてトムトムさんが企画された【コンビニスイーツでI Love You】のフレーズや設定などを使わせていただいた企画関連の作品となります。


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『 君に会いたい……だから君を想う 』

「なかなか良いんじゃないのか、男女どちらからもアプローチが出来そうで」

 企画商品のキャッチコピーを目にした時に部下に向かって言った感想だ。その時はまさかこのキャッチコピーのせいであんな事態になるとは思ってもいなかったんだが。


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「部長、今日できあがってきたCМ映像見たんですけど、楓太ふうた君が見ていた後ろ姿の女性ってマコちゃんですよね?」

 結局、夕飯は俺が独断で自宅の近所に新しくできた小料理屋にした。愛海はダイエットがぁと文句を言ったが、却下で強制連行だ。そして選んだのはテーブル席ではなく座敷になっている個室。こっちの方が落ち着くから良いと同僚から聞いていたからで、料理が出てくる頃になると愛海もブツブツ言いながらも美味しいと喜んでいた。

「当り。彼女の出演はカメオみたいなものだから公式には無名のジェーン・ドゥだ。アイドル同士の共演は難しいらしくてな、特にこの商品シリーズは恋愛絡みのストーリーになっているから、どちらの事務所もファンの反応が気になったらしい」
「へえ。楓太君ファンからするとマコさんの顔がはっきり見えないぶん自分を投影して妄想できるし、マコさんファンからすれば切ない片思いに共感できるかもですね」
「妄想、なのか」

 空想とか想像ではなく、なんで妄想なんだ?と内心では首を傾げる。

「だと思いますよ? 何ていうか女の子ってそういうお話が好きですから。ハッピーエンドでもアンハッピーエンドでも」
「そういうものか……」
「女の子の頭の中には別の小宇宙が存在するんです」
「……それは年をとっても変わらないものなのか?」
「小宇宙がですか? うーん、どうなんだろう。でもどうして?」

 そんな訳で、俺は愛海が帰った後に会社で起きたことを話してやることにした。


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 愛海と瀬能を送り出した後、残った部下達に仕事に関して幾つか指示をしてから長野がいるであろう接客室へと向かった。接客室なんて贅沢だ倉庫で充分とは奴の言葉だが、そうもいかないのが会社の面倒なところだ。

「宮内さんは?」
「ああ、今日は帰した。瀬能に送らせたよ」
「それがいい。合鍵持ってるんだろう? お前の家に行かせれば良かったのに」

 長野、お前それワザと言ってるだろ?と奴の顔を見れば案の定だ、目元が笑っている。

「ま、後でお前が迎えに行けば問題ないんだけどな」
「それは後で考えるさ。で、こいつは何の用なんだ?」
「こいつだなんてご挨拶ね。元妻に向かってそれはないんじゃない?」

 相変わらず綺麗な女ではある。笑みを浮かべた顔のメイクは女優並みに完璧だし、服装も洒落ていて嫌味がない程度に艶やかだ。だがその本性を知っている自分としては、その笑みを向けられても白けるだけだし、その媚びるような口調は癇に障るだけだった。

「お前と結婚していたことは俺の中では黒歴史だな。で? 何度も言わせるな、用向きは何だ。誰に会いに来た」
「正樹さんに決まっているじゃないの。貴方に会いに来たのよ、私」
「今更どのツラ下げて、だな。恥知らずもいいところだ」

 長野が嘲笑うように言葉を吐き捨てる。

「お前の今の旦那が会社に留まることが出来る条件として、俺とは二度と関わらないという話だったと思うんだがな」
「あら、でも貴方から会いたいって言ってきたんじゃないの」
「はあ?」

 思わず長野と顔を見合わせる。

「今の海藤は愛海ちゃんのお陰で満たされきってるもんなあ。あんたの勘違いじゃないか、それ。別の浮気相手とかな」

 長野は本当に容赦がない。こいつだけは敵に回したくないものだ。

「あの商品のキャッチコピーを使った商品って貴方の部署で作ったものでしょ?『 君に会いたい……だから君を想う 』って」

 それとこれとどういう繋がりがあるんだ?と問いただそうとしていた俺の横で長野が爆笑した。しかも涙を流さんばかりに。いや、もしかして流れているかもしれない。これが噂のアレなのかなどと言いながらひーひー笑っているのだから意味不明だ。爆笑している親友と憮然としている女を交互に観ながら俺は戸惑うばかり。

「長野、説明しろ」
「そ、そうだな、この女に喋らせても良いが時間の無駄だ。俺が説明してやろう」

 時折こみ上げる笑いの発作を何とか食い止めた長野はニヤニヤしながら口を開いた。

「お前がさ大学の時にこいつと付き合いだした時って、お前の方が熱烈にアプローチしたんだよな?」
「……ああ、そうだが」

 今あの時の俺に会うことが出来るなら、絶対にこの女はやめておけと言うだろうな。

「そんな経緯があるから、結婚してからもお前が心底惚れているから何をしても大丈夫だなんていう盛大な勘違いをしてたわけだが、その勘違いは未だに続いていたと言うわけだなあ。当たっているだろ」
「正樹さんはまだ私を愛してくれている筈よ。だって結婚指輪をしたままで誰とも付き合っていないんだもの。それは私を忘れられないからだって友人が言っていたわ」

 やけに自信満々だな。確かに以前はしていたがそれは未練ではなく女避けの為だったんだが。

「おい海藤、お前まだ指輪してるのか?」

 長野はわざと驚いたような声で俺に尋ねてくる。こいつ楽しんでやがる。

「いや。そんなものをしたままで愛海を抱けるわけないだろ。初めて泊まった日に外したよ」

 左手を見せてやった。外したばかりの時は跡が残っていたが今は形跡すら消えてなくなっている。

「だよな。えらく古い情報を拾ってきたもんだ。で、だ。その勘違いの第二段がれいの商品のキャッチコピーということだな」
「ちょって待て長野。それは有り得んだろ」

 やっと分かった。長野が言っている“噂のアレ”は未だに分からんが、目の前にいる元妻が何を勘違いしたのか。

「どう考えても有り得んぞ? あれを考えたのは部下で俺はまったくノータッチだ。俺がしたことと言えば、聞かされたフレーズの感想を言ってプレゼンに出すという書類に承認印を押したぐらいだぞ。なんでそれが個人的なメッセージだなんて勘違いされるんだ?」

 君に会いたい? 有り得ん、絶対に有り得ん話だ。君を想う? 無い無い、さっきまで存在すら忘れていた。

「そんなの知るか。理解したいとも思わん。ちなみに俺達はCМ作成には全くノータッチ。つまりあの後ろ姿の女性があんただって話も有り得ない。顔を見せないのは採用した人間が所属する事務所の都合だ」

 マコさんのトレードマークでもある長い黒髪。確かに以前はこいつもあんな感じに伸ばしていたか。

「そんなこと無い筈よ。私達の子供だっているんだから」
「それもない。お前が妊娠した頃には既にセックスレスに入って半年以上が経っていた」

 やれやれ、あの泥沼の再来か。頭が痛くなってきた。DNA鑑定をしたことも忘れているのか、こいつは。

「それはそうと、俺の前に現れたということは西條さんは首になるってことでいいんだな」
「貴方が私に会いたいと」
「言うわけないだろ」

 俺と長野の上司だった佐竹部長と西條部長との派閥争いにまで発展した俺とこいつの離婚裁判。不倫相手だった西條部長の雇用継続と慰謝料の減額の条件として俺に二度と関わらないというものがあった筈なんだが。

「あーあー、気の毒にな西條さん。せっかく会社に残ることが出来て何とか役員待遇にまでなったのに、この馬鹿嫁のせいでパーか、いやいや気の毒なこった」

 長野、お前全然気の毒だと思ってないだろ? 慰謝料の減額なんてすることはない、満額ぶんどってやればいいんだよと言っていたのはこいつだったよなあ。

「まさか会社には言わないわよね、正樹さん」
「そういうことは受付に押しかけてくる前に考えるべきだったな」

 俺の言葉と同時に部屋に入ってきたのはニコニコ笑っている黒川社長と青ざめた西條部長、いや今は取締役の一人か。

「やあ久し振りだね、西條夫人。僕は長年この会社に尽くしてくれた西條君の経歴のことを鑑みて恩情をかけてくれるようにと、海藤君の弁護士に伏して頼んだんだが、それも無駄になったようだね」
「そんな! だってこの人が」
「西條君、このまま大人しく解雇されるかね? それとも責任を持って自分の妻を監視するかね?」

 社長は反論しようとする彼女を無視して西條さんに声をかけた。

「申し訳ありません、社長。二度とこのようなことがないよう、妻は私が責任をもって監視いたします」
「貴方!!」
「少し早いが人事異動があってね。西條君にはサンフランシスコの子会社に社長として出向いてもらう。もちろん西條夫人、君も同行するように。拒否すればどうなるか分かっているね」

 そう言うと社長は俺の方に目を向けた。

「すまないね。色々と思うところもあるだろうが、我々としても優秀な人材を溝に捨てるような真似はしたくない。これが今の私にできる精一杯のことだ。むろん、君側の弁護士とはきちんと話をつけるつもりだ。それで納得してくれるか?」

 確かに今にして思えば西條さんは仕事に限って言えば良い上司であったと思う。ただ私生活と女にだらしなかったというだけで。いや、そこが大問題に発展したわけだが。

「自分としては、西條夫人が私の前に二度と現れないのであれば問題はありません」

 それが偽らざる気持ちだった。しばらく引き摺ってはいたが、離婚したその女のせいで新しくスタートした愛海との生活に波風が立つのだけは御免こうむりたい。

「但し弁護士に頼んで追加して欲しい条件が一つありますが」
「ふむ。それは?」
「私との接触の禁止は当然のことですが、私の恋人への接触も禁止していただきたいのです」
「なるほど、至極もっともな話だ。その件に関しては弁護士を交えて話し合わなくてはならないな。後日ということで良いかね?」
「はい」
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