政治家の嫁は秘書様

鏡野ゆう

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番外小話 1

政治家の嫁はメイド様?

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「あ」

 新居に荷物を運び込んでいた時に、なにやら見たことのあるものを、衣装箱の一番下に見つけて思わず声をあげた。

「どうした?」
「なんでもないよ」

 後ろで荷物を運んでいた先生が立ち止まったので、慌てて上から服を積み重ねていく。

「なんだよ、俺に見せたくないもの?」
「そんなことないよ、たぶん幸太郎先生も見たことがあると思う」
「だったら隠すことないじゃないか、見せてみろよ」
「えー……」

 幸太郎先生は持っていた荷物を机の上に乗せると、こちらにやってきた。

「さーちゃん、なにを隠したんだ?」
「隠したっていうか、まさかこんなのが入ってるとは思ってなくて」
「ほら、見せて」
「えー……」

 渋々ながら衣装箱の底にしまった服を出す。服っていうか衣装っていうか。

「これは……」

 私が出した服を見て、先生がおかしそうに笑った。その様子だと、しっかり覚えていたらしい。

「久し振りに見たな、それ。あの時の写真はまだ残ってるよ」
「え?!」
「当然だろ? あんな可愛いメイドさんと、一緒に撮った写真なんだからさ」
「やだーっ!! 捨ててよぉぉぉ」
「やだね、本当は、大きく引き伸ばして飾っておこうかと思ったぐらいなんだから」

 ぎゃーっ! マジですかっ!

「今は机の中にしまってあるよ。あ、見つけて捨てようなんて思うなよ? 元データはさーちゃんが触れないところに保管してあるんだから」

 そう言うと、幸太郎先生は意地悪そうな笑みを浮かべた。出てきたのは私がまだ高校生の時、学校の文化祭で着ることになったメイドさんの衣装だ。どうして今まで残っていたのか、謎だけど……。


+++++


「足元がスース―する……」

 喫茶店のバックヤードで着替え終わって、最終チェックをしながら自分の足元を見た。最初にクラスでメイドさんカフェをするって聞いた時、嫌な予感しかしなかったんだよね。なんでメイドさんなのさ、執事カフェでも良いじゃないかって言った子もいたんだけど、うちのクラスの男子って、なぜかごっつい体育会男子ばかりが集まっていて、どうやっても執事にはなれないってことで、メイドカフェになっちゃった。

 そして肝心のメイドさんをどうやって決めるかってんで、無記名投票で五名ほど選出ってことになり、なぜか私まで選ばれてしまった。もっとすらっとした子いるじゃない?! なんで私なの?!

「久遠さんは小動物系の癒し担当メイドさんって感じだね」

 などと先生にまで意味不明なことを言われ、そのまま押し切られ今に至る。まあ百歩譲って文化祭の出し物なんだから、メイドさんをするのは我慢する。だけど問題はこの衣装!! スカートの丈が短くないですか?! そりゃ生足じゃないけど、野郎どもの視線が足に集中しているような気がするんですけど!

「こんな恰好、お父さんに見られたら叱られるよ……」

 普段から厳格な、父親のしかめっ面を思い浮かべて溜め息をつく。幸いなことに、今日は得意先の社長さんとゴルフと言っていたから、見られることはないと思うけど。やだなあ……と呟きながら、笑顔をはりつけてお店に出た。まあほとんどは見知った友達とお母さん達だったので、それほど恥ずかしい思いをすることもなく、お昼前まで忙しく接客をしていた。

「あれ、さーちゃん?」

 受け持ちの時間があと十分でとこで、聞き覚えのあるがした。げっ!! この声はっ!! 恐る恐る振り返ると、そこには幸太郎お兄ちゃんとお友達の姿が。そうだった、お兄ちゃん達はここのOBなんだよね、来ないはずがないんだ……。

「なんなんだよ、その恰好」
「うちのクラス、なぜかかメイド喫茶することになってね、んで、私、メイドさん」
「可愛いじゃないか、沙織ちゃん。すごく似合ってるよ」

 横にいたお友達のお兄さんの一人が、ニコニコしながら話しかけてきた。

「お前らジロジロ見るな」
「なんでだよ、可愛いじゃないか。眼福眼福。女子高生のメイド姿なんて早々お目にかかれないし。しかも綺麗なおみ足で、なかなか素晴らしいじゃないか」

 あからさまにジロジロ見られて居心地が悪くなって、その場でもじもじしていたら、幸太郎お兄ちゃんが着ていたジャンパーを肩にかけてくれて、行こうかと声をかけてきた。

「行くってどこに?」
「お昼ご飯、これからだろ? 休憩時間は何時まで? もしかしてお弁当持ってきた?」
「えっと、学食で食べようかなって思ってた」
「この時間だといっぱいだな。とにかく行こうか。ってなわけで別行動な」

 突然のことに、お友達のお兄さん達はポカンとしていたみたいだけれど、その中の一人のお兄さんがやれやれと首を振りながら、わかったからさっさと行けと手を振って、私と幸太郎お兄ちゃんを送り出してくれた。

「ご飯、どこで食べるつもり?」

 校舎の中を歩きながらお兄ちゃんに尋ねる。

「お昼休みまで、先生の出欠チェックは入らないよな?」
「多分……」
「だったらさ、商店街まで行ってそこでなにか食べない? あそこだったら、まだこの時間はすいているだろうし。さーちゃんの好きな神神しぇんしぇん飯店の中華、食べに行こうか?」
「本当?! 行くーっ♪」


+++++


「わあああっ」
「なんだ、どうした?」
「あの時、竹野内さんにも見られてるよね、メイド姿っっっ」

 そうだ、あの時、私と幸太郎先生を呆れた顔をしながら送り出してくれたのは、間違いなく政策秘書の竹野内さんだ。今の今まで気がつかなかった!!

「私の黒歴史を知る人間が、もう一人いたなんて……」
「おいおい、なんて顔してるんだ。大丈夫だよ、あいつは覚えていたとしても、言い触らすようなことは絶対にしないから」
「当然です!!」
「ところでさ、それってまだ着られる?」
「へ?」

 突然の質問に首をかしげてしまった。

「あの頃とそんなに変わってないよな、さーちゃん。ってことは、そのメイドさんの服、まだ着れるんじゃないかな」
「なに言い出すかと思えば。そんな変態プレイはしたくないです」
「変態プレイなんて言ってないだろ? ただ着てみて欲しいって言っただけで」
「顔の表情が変態っぽい」

 私の指摘に、幸太郎先生は気まずそうな顔をした。ほら、やっぱり。

「そりゃ下心ありありだからな。あの時のさーちゃんはまだ十七歳の何も知らない女の子で、触れることもできなかったけど、今は違うだろ?」
「だからって、なんでメイド服を?」
「んー……あの時にできなかったことを、俺が色々としたいから」

 そこでニヤリと笑う幸太郎先生。もう暗黒すぎて笑えない。

「ついでに、御主人様なんて呼んでくれると、嬉しいんだけどなあ……」
「バカは休み休みでも言わないでください」
「なんだよ、着てくれないのか? だったらあの時の写真、ひきのばして部屋に飾っておくかなあ」
「卑怯者ーっ!」
「どっちが良いか、さーちゃんに選ばせてあげるよ。あの時の写真を、引き伸ばして俺の書斎と執務室に飾るのを認めるか、二人っきりのここでその衣装を着るか」

 ひ、酷いよ幸太郎先生、そんな選択肢しかないなんて!!

「なんで二択なのよぅ」
「ほらほら、さっさと選ぶ」
「ううう……だったら着替える…」

 先生がにんまりと笑った。

「だったら寝室で待ってるよ。逃げたりするなよ? そんなことしたら、捕まえてお仕置きだからな?」
「……」

 先生はそのまま部屋を出ていった。手にした衣装を目の前で広げてみる。きちんとクリーニングしてしまってあったので、見たところ虫食いもないし綺麗なままだ。その衣装と一緒に、レースの縁取りがある黒いニーハイのソックスも入っていた。こ、これも履けってことだよね……。幸いなことに、服のサイズはそれほど変動がないから、着ることができるとは思うけど。

「写真を事務所に飾られるよりマシだよね」

 そんなことを呟きながら、着替えに取り掛かった。

 そして三十分後、幸太郎先生が待っている寝室のドアをそっと開けた。先生は難しい顔をして何か読んでいたようだけど、ドアが開いた気配に顔を上げ、私の顔を見てニッコリと笑った。

「やあ、なかなか似合うね」
「あの時は、髪の毛をまとめておくキャップみたいなのがあったと思うんだけど、それは見当たらなかった」
「そうか、でも今のさーちゃんも可愛いよ」
「二十歳過ぎになってこんなの着るなんて、恥ずかしすぎるよ……」

 手招きされたので、部屋に入って先生の前に立つ。

「あの文化祭は、さーちゃんのお父さんに結婚の申し込みを断られた直後だったんだよな。あの時、メイド姿のさーちゃんを見つけて、かっさらって何処かに閉じ込めてやろうかって、真剣に思ってたんだよ」
「そうなの?」
「昼ご飯を食べている時に、竹野内から気持ちはわかるが早まるなよってメールが入ってさ。それで諦めたわけだ。あのメールが来てなかったら、俺、さーちゃんをちゃんと学校に送り届けられていたか、自信が無いな」

 そんなやりとりがされていたなんて、まったく気がつかなかった。先生は私を引き寄せて、迎え合わせになるように膝の上に座らせる。

「それで? これで満足してもらえた?」

 ちょっと首をかしげてからそう言うと、先生がニッコリと笑った。

「ちゃんと御主人様に、御奉仕しなくちゃいけないんじゃないのか、メイドさんなんだからさ」
「御奉仕って……」
「竹野内のメールで諦めたこと、今夜は全部してもらってもいいかな」
「全部ってそんなこと覚えてるの?」
「そりゃもう。そのメイドさんの衣装を見て、あの時のこと全部が鮮やかによみがえってきた」

 うわあ……まさにうっかり藪をつついて蛇が出たって感じ。しかも特大サイズの蛇さん。ソックスのレースに指を這わせていた幸太郎先生は、素肌の部分に触れるとフッと息を吐く。そして私の顔を見て、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながらキスをしてきた。

「じゃあメイドさん、御奉仕をお願いしますよ?」

 私の御主人様がどんな御奉仕をお求めになったか? もう言わなくても分かるよね?
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