政治家の嫁は秘書様

鏡野ゆう

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番外小話 1

【駅前商店街夏祭り企画】先生の女勇者?

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「さーちゃん、着ぐるみの中に入ったんだって?」

 遊説先から戻ってきた幸太郎先生が、笑いながら問いかけてくる。なんという早耳、一体ぜんたい何処の誰が、そんなことを先生の耳に入れたのか。杉下さんじゃないとすれば倉島さん? こういう愉快な話題の担当は、だいたい倉島さんだって決まってるものね、うん、明日にでもちょっと問い詰めてみよう。

「ほら、前に商店街で騒動を起こした、マスコミ関係の人が取材に来ていたらしくて。マスコミの人、キーボ君は苦手みたいだから、中に入って隠れてなさいってお豆腐屋さんの御主人が」
「まったく、まだ懲りてないのか、あの連中は」

 呆れたやつらだな、そろそろ総務省を通して、各会社に圧力かけるか?なんて怖いことを呟いている。あーあー、私はなーんにも聞こえませんよ~~!!

「しつこいのがマスコミ、でしょ?」
「それはそうだか、当事者になると笑うに笑えないな」
「他の人が追い掛け回されているのを見て、笑ってたんだ」
「そりゃ、人の不幸はなんちゃらってやつで?」
「性格悪いよ、先生」
「そりゃ政治家ですから」

 その言葉が妙に説得力があって、思わずなるほどって呟いたら、何でそこで納得するんだ?と先生に文句を言われてしまった。何よ、自分が言ったようなもんじゃない、性格悪いのは政治家だからだって。

「で、今回の子供コンテストで優勝したのはね、男の子なんだよ。意外でしょ? 歌舞伎の見栄をはる演技が、妙にうけちゃってね。皆それぞれ可愛かったんだけど、今年は、笑いを取ったもの勝ちだったみたい」
「へえ、写真撮った?」
「うん。参加者の子達と審査員で記念撮影した。現像できたら、事務所に届けてくれるって」
「そりゃ楽しみだ」
「ところで先生?」
「んー?」

 先生の背広をハンガーにかけながら、不思議に思っていたことを口にしてみる。

「商店街のコンテストなんだからさ、住人の皆さんも出れば良いのに、なんで参加しないのかな。自治会の女性陣はコンテストには参加できないって、お豆腐屋の御主人が言っていたけど、浴衣とか着物とか、素敵に着こなしている人もいるのにもったいないないよ」

 私が知っているだけでも、呉服屋さんの奥さんや居酒屋さんの女将さん。それに桜木茶舗の大奥さんは、普段から着物をしているし、居酒屋さんに限って言えば、夏祭りの間は店員さん達も浴衣を着て仕事をしている? 大人部門を見物させてもらった時に、ちょっと疑問に思ってたんだよね。

「それは、審査員に旦那連中が多いからだよ」
「ダンナレンチュウ?」
「ああ。最初にこのイベントを始めた時は、商店街の住人も参加していたんだ。だけど、自分の嫁に投票する役員が続出して、横一列に並ぶという珍事が起きたんだ。それで、よそから来た人にできるだけ楽しんでもらえるようにってことで、地元住人は参加しないのが、暗黙のルールになったらしい」
「自分の嫁に……」
「そう。どんだけ皆、自分の嫁が好きなんだよって話だよな。かくいうウチのオヤジも、議員時代に審査員として参加して、自分の嫁に投票したんだと。まったく大人げないって言うか、どうして呼ばれたのか考えろって話だろ」

 だいたい自分の嫁をコンテストに出すか? お袋もよく出ること承諾したよな?って、当時のことを思い出したのか、呆れたように笑っている。

「そういうわけで、商店街の住人は出ないんだよ。さーちゃんは、俺と結婚していない今ならギリギリ出られたんじゃないのか? まだここの住人じゃないし」
「うーん……だけど私はほら、もう婚約者だし、ちょっと立場が微妙でしょ? だから今回は、キッズ部門の審査員だけさせてもらったの」
「それこそもったいないない。せっかく新しい浴衣を作ったのに」
「だけどその日は、花火大会でどっちにしろ出られなかったじゃない」

 そう言いながら、自分の顔が赤くなるのがわかった。そうだよ、あの日は結局、花火どころでもなくなっちゃったんだよ。私てきには、バルコニーでスイカを食べながらのんびり花火見物をしたかったのに、先生のせいでなーんにも見れてない。あんな特等席のマンションで花火が見れなかったなんて、ショックすぎて記憶から抹殺しちゃいたいぐらい。

「あ、それで思い出した」
「な、なにを?!」

 先生がそういう口ぶりでなにかを思い出す時って、本当にロクでもないことが多いから……。

「このマンションさ、とりあえずはキープしておくことにした」
「ええ?!」

 ほら、ロクなことじゃないよ……。悪戯っぽい笑みを浮かべてこっちを見ているんだもん、なにを考えているのか丸わかりで本当に笑えません。

「せっかくの花火大会特等席の物件だし、手放すのが惜しくなったっていうか」
「……ふーん」
「それに、初めて沙織と結ばれた場所だし」
「それは言わなくてもいいの!!」
「だけど周囲にはバレバレっぽいよなあ、イカが出回ったのを見るからに。ここを手放さないって話になったら、絶対にやっぱりねって思われるに違いないな」

 イカ!! 先生は呑気そうに笑っているけど、本当にあれは商店街の七不思議だ。今はともかく、あの時はイカが爆発したなんて誰も知らなかったはずなのに。だいたい、私と先生が一緒にこのマンションにいるのを見ているのって、神神しぇんしぇん飯店のオクシさんと娘さんだけなのだ。あの二人が、そのことを誰かに話すなんてことは絶対に有り得ないし、恐るべし商店街情報網。

「先生」
「なんだい?」
「ここはサクッと売り払ってください」
「やだね。夏の花火大会の日は、可能な限り来るつもりでいるんだから」
「もったいないよ、使わないのに」
「使うだろ、俺と沙織が。どう使うか詳細に説明しようか?」
「いりません!!」

 もう、そのニヤニヤ笑いはやめましょう!! イラッとしながら寝室を出ると、背後から先生の笑い声が追いかけてくる。キッチンに逃げ込もうとする途中で捕まってしまった。

「もう! 恥ずかしくて商店街を歩けないじゃない……」

 先生に抱き締められながら文句を言ってみる。

「そんなことないさ。皆からなにか言われたことはあるか? それらしいことを匂わされたとか」
「ないよ」
「だろ? あそこの住人は、人様の色恋のことを温かく見守ることはあっても余計なお節介はしないし、マスコミ騒動の時に匿ってくれた時のことを考えれば、絶対に下世話なネタにもしない人達だ。だから普通にしていれば良いんだよ」
「それは先生が、ここの住人みたいなものだからでしょ?」
「そうさ。だから、俺の婚約者のさーちゃんも同じってことだよ。さーちゃんも俺と同じで、商店街の人達とは大きな家族みたいなもんなんだよ」

 たしかに、あの商店街の人達はとても仲が良くて、傍から見ていると大きな家族みたいに見える。そんな人達に愛されている先生がすごく羨ましいって感じることはあったけど、自分もその輪の中に入れて貰えているなんて、考えもしなかった。

「ま、ちょっとした商店街の、救世主みたいな扱いになってたのかもな。いや、女勇者かも」
「勇者?」
「だって俺と結婚することになるから」

 先生と結婚するのかどうして勇者なの?

「先生ってもしかしてラスボス?」
「そんなことないさ。しがない村人その1程度だよ」

 うーん、それはちょっと異議あり。

「こんな偉そうな村人その1なんて、見たことないけど……」
「俺は、さーちゃんにとって唯一人の勇者なら、それで満足だ」
「将来は総理大臣にって張り切っている後援会の人が気の毒……」
「だからそういう爺様達を満足させるために、普段は政治家に化けてるって話。さ、話はここまで。買ってきたケーキを食べよう。倉島一押しのケーキらしいからな。まずかったら、倉島は明日から向こう二か月は休暇なしだな」
「ひど~い」
「政治家ですから」

 クスクスと笑いながら、二人で並んでケーキとお茶の用意を始める。

「倉島さんって、色々なお店知ってるんだね」
「なにか欲しいものがあって何処で買うか迷ったら、倉島に聞いてみると良いよ。大体の店は頭の中に入っているらしいし、今のところハズレは無い。だからこのケーキも大丈夫だと思う」

 そう言って先生はニッコリと笑った。
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