俺の彼女は中の人

鏡野ゆう

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番外小話

お義姉さんからのプレゼント

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杏奈あんなちゃん、前に話していた荷物が届いたんだけど、今からでもそっちに届けようか?』

 祥子しょうこさんからそんなメールが来たのは、妊娠が分かってしばらくしてからのこと。そろそろ悪阻つわりが出てきた感じで、朝から吐き気がしたり何となくだるかったりで、休みの日はゴロゴロしていることが多くなっていた。

 今までは、マツラー君の中の人をしていたから平日も土日も関係なかったけど、さすがに妊娠したら、今までのように続けられないものね。備品庫のお家にいるマツラー君に会いに行ったら、心なしか悲しそうな顔をしていたのがちょっと辛いかな。

圭祐けいすけさん、祥子さんがうちに届け物があるって言ってるんだけど、来てもらっても良い?」

 キッチンでお昼ご飯の片づけをしていた、圭祐さんに声をかける。休みの日で二人がそろっている時は、ご飯の用意は私がして、片づけは圭祐さんがするという取り決めになっている。そして彼は、それをちゃんと守ってくれているのだ。ただ、圭祐さんが片づけると、私がした時よりもきちんとしているのが、少ししゃくなんだけど。

「ん? 杏奈の気分が良いんだったら、俺はかまわないよ」
「じゃあ来てもらう」
「分かった。俺はいない方が良いのかな?」
「どうして?」
「ほら、女の子同士の話とか、したいんじゃないかと思って」
「そんなことないよ。兄貴は来ないと思うけど、祥子さんは圭祐さんがいたほうが、喜ぶと思う」

 うん、それは間違いない。だって届けくれるのは、圭祐さんが使う予定のものなんだもの。だけど圭、祐さんは私の言葉を勘違いしたようで、首をかしげながら少しだけ困った顔をした。

「もしかして制服が見たいとか?」
「まさかまさか。祥子さん、兄貴の制服をイヤというほど見てるから、制服免疫はある人だから安心して。多分、逆に飽き飽きしていると思うから」
「……免疫って、制服は病原菌じゃないぞ」
「だけど見たがる人はそれに近いんでしょ?」

 ますます困った顔になるのがおかしくて、思わず噴きだしてしまった。そういう顔をしている圭祐さんって、本当に可愛い。

「そんなこと言ってないだろ? ……はっきりとは」

 結婚してからしばらくして、私の友達の一人が頻繁ひんぱんに連絡してくるようになった。表向きは新居を見たいってことなんだけど、何かにつけて旦那さんはいる?とかそんな感じの話を振ってくるから、滅多に連絡することもなくなっていた相手だっただけに、最初はもしかして略奪愛願望でもあるの?って勘ぐったぐらい。

 で、彼女が来た時は圭祐さんは仕事で不在だったんだけど、それを知ってあからさまに落胆した顔をされて、彼が帰宅するまで帰ろうとしないし。もちろん、帰宅するのが遅くなるから申し訳ないけど帰ってもらえるかなってことで、追い返したんだけど何なの?って不思議、ううん、この場合は不審に思ってたのよね。

 どうして彼女が圭祐さんが在宅しているのにこだわったかというと、それが制服。つまりは旦那さんじゃくて、旦那さんが着ている制服に会いたかったらしい。最初にそれが分かった時は、目的が圭祐さん本人じゃなくて良かったって安堵したのは事実。だけどあまりにひっきりなしに連絡してくるものだから、困って圭祐さんに相談して彼が知ることになった。で、その時に彼が「制服ってそんなに中毒性があるのか?」って呟いたのが、さっきの会話につながるわけ。

「そう言えば、最近は連絡はないのか? その例の人」
「うん。妊娠して悪阻つわりがひどいから、当分は御招待はお断りって言ったから」
「しばらくは静かってわけだ」

 あまりに制服熱をこじらせちゃって、どうしたものかって感じ。一花いちかに頼んで、例のお見合いにでも参加させてもらえば?って考えたんだけど、どうかな。それとなく他の友達に相談しておいたので、そのうち解決するとは思うけど、あの熱心さは私もマツラー君もビックリだ。

 そして三時少し前に、祥子さんはケーキを手土産にやって来た。ケーキはもちろん嬉しいけど、私が気になるのは、それと一緒に持っている紙袋の中身の方だ。圭祐さん、きっと見たら驚くと思うんだな。

「こんにちは。お休みで夫婦水入らずの日にゴメンね」
「いえいえ。今日は特に予定も立ててなかったし大丈夫ですよ。ところで祥子さん、それが例の?」
「うん、例のブツです。けどその前に、三時のおやつにケーキを買ってきた。レモンメレンゲパイが食べたいって言ってたでしょ? ちゃんと見つけてきたわよ」
「ありがとう、祥子さーん! まだちょっと早いとか言われて、なかなか見つけられなかったの!」

 ここしばらくの私は、レモン味に御執心。ここしばらくレモンメレンゲパイが食べたくて、ずっと頭の中をパイが駆け巡っていたのよね。

「じゃあ、俺がケーキとお茶の用意をするから、二人はゆっくりしていると良いよ」
「圭祐さんって優しいのね。うちの旦那氏もその十分の一ぐらい、気遣いが出来る人だと良いんだけどな」

 兄貴の名誉のために言っておくと、兄貴がグータラ亭主ってわけじゃない。ただ非番になると祥子さん曰く、普段より頻繁ひんぱんに電池切れを起こすんだとか。

「変にマメな兄貴なんて、想像つかないけど……」
「確かに。中身が誰かと入れ替わったんじゃないかって、心配になるかもね。で、これ!」

 リビングで落ち着くと、祥子さんが紙袋を差し出した。

「使うか使わないかは別として、色々と面白いのがあったから選んでみたわよ」
「お代金は払いますから」
「そんなの良いって。プレゼントだと思っておいて。ま、使うかどうか分からないけどね」
「そんなに派手なのばかり?」
「んー、健人けんとくんならためらわずに穿くと思うけど」

 祥子さんが持ってきてくれたのは、男物のトランクスとブリーフ。それもかなり賑やかな柄物ばかり。

「祥子さん、大漁旗柄がある……」
「海つながりで♪」
「なるほど」

 お茶の用意をして、トレーにケーキとお茶を乗せてリビングに戻ってきた圭祐さんが、テーブルに広げられたものを見て固まっている。

「これは一体……」
「兄貴のトランクスを穿いたことのある圭祐さんになら、似合うんじゃないかってお義姉ねえさんが」

 “お義姉ねえさん”という言葉を強調する。つまりは受け取りの拒否権はありませんよって意味。もちろん穿くかどうかは圭祐さんの自由だけどね。

「あの、お義姉ねえさん、お気遣いはありがたいんですが、これを職場に穿いていくことはちょっと……」
「うんうん、分かってる。特に夏の制服の時にこんなの穿いたら、ちょっとした事件よね」

 そう言いながら手にして広げたのは、お尻の部分がパンダさんの顔になっているボクサーパンツ。白黒だからきっと目立つに違いない。

「これは絶対に大事件だよね、圭祐さん」
「杏奈、笑いごとじゃない」
「けど穿いてほしい気はするな、パンダ可愛いし」
「おいおい……」
「可愛いのも好きかなと思って、こんなのも買ってみたのよ」

 次に広げたのは、可愛いクマちゃんとウサギちゃんのプリント柄。それに前の部分が象さんの顔になっていもの。さらには迷彩柄と思っていたら、よく見れば小さいパンダや狸さんが散らばっているものまである。

「……透ける透けないの問題じゃない気がしてきた……」

 象さんの顔を眺めながら、圭祐さんがつぶやいた。

「そう? あとは招き猫にシンプルなところで波涛柄ね」

 どのへんがシンプル?という圭祐さんのツッコミが聞こえてきそうだ。

「どんだけ買ったんですか」
「気に入りそうなものだけよ。他にフンドシとか、穿くっていうより付けるってのもあったんだけど、さすがにそれはやめておいたの」
「健人さん、本当に穿いてるんですか、この手のトランクスやブリーフ」
穿いてるわよ」

 うん、兄貴は穿いてる。しかも面白がりながら。


+++++


「お義姉ねえさん、本気でこれを俺に穿けと言ってるんだろうか」

 その日の夜、貰ったトランクスとブリーフをタンスにしまおうとベッドに広げていたら、圭祐さんが微妙な顔をしながら見下ろした。

「普段使いになら穿けそうじゃない? 人前でズボンを脱ぐことなんてないんだから」
「落ち着かないと思うんだ、こういうの穿いていたら」

 そう言いながら、指で摘まみ上げたのはクマちゃん&ウサギちゃん柄。

「そう? 派手派手な赤とかショッキングピンクとかじゃなかっただけでも、良かったと思うけど?」
「健人さん、そんなのも穿いてるのか?」
「うん。確か蛍光オレンジみたいなのもあった気がする」
「お義姉ねえさんの趣味は分からないな……」
「多分、兄貴の好みもあるんじゃないかな、こういう柄が好きで、Tシャツも派手なのが多いわよ」

 健人さんには勝てる気がしないとかブツブツ呟いている。そして次に摘み上げたのは象さん。

「なあ、これってさ」
「うん?」
「鼻の部分がちょうどな部分にあるんだよな。ってことはったら鼻が立体的になって、リアルな感じになるってことだろ?」
「なるほど……パオーンってことね」
「そう、パオーン」

 これだけは面白そうだから試してみたいけど、やっぱり落ち着かないだろうなと呟いた。

 ただこのパオーン、さらにレベルの高いパオーンが通販で売られていると知ったのは、それから通日後のこと。二人でパソコンの画面を見ながら、そんなの誰が使うんだ?って顔を見合わせてしまった。そして圭祐さんが、これは買っても絶対に穿かないからと、断固とした口調で宣言したのは言うまでもない。
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