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本編
第二十六話 新しい家族が来る予感
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「モモニャン、出力した検査結果、取って~」
「……」
「おーい、モモニャーン?」
「え?! あ、はい、ちょっと待ってくださいね」
所長の言葉に慌てて立ち上がるとプリンターの方へと小走りで向かい、そこに吐き出されていた数枚の用紙を手にして戻る。これは確か、先週末に起きた強盗事件の現場に残っていたゲソ痕に付着していた花粉と土壌の分析結果だった筈。
「すみません、どうぞ」
「ありがとう。どうしたの、今日は珍しく心此処に在らずだね。もしかして病院で何処か悪いって言われた? ここしばらく様子が変だし」
いつもは一課の芦田さんに捕まって呑気な笑いを浮かべながら困ったね~と呟いている所長が、珍しく心配そうに私の顔を見上げてきた。そんな所長の顔を見ているうちに何だか急に悲しくなってきて目から涙が溢れてきたものだから、所長は大慌てで椅子から立ち上がって机の向こうからこちらへと出てくる。
「わわわわ、ちょっと!! 別に怒ってるわけじゃないんだよ?! ちゃんと仕事はしてくれているしね、ただ、いつも元気な君が元気無いからちょっと心配だなって思っていただけだから!! そんな泣くようなことじゃないから!! それとも本当にお医者さんで何か言われた?! だったら大学病院を紹介するから心配ないよ!! あそこの内科医の医師で知り合いがいるから!! ほら、何か大変な病気だったとしても心配ないよ?! ここの皆がついてるんだから!!」
あわあわしている所長さんの様子に五年先輩の菅原さんが何事かとやってきて、私が泣いているのを見てギョッとなってからすぐさま所長を睨みつけた。
「ちょっと所長、なに桃香ちゃんを泣かせてるんですか」
「い、いや、僕は何もしてないよ。ただモモニャンのことを心配しただけで! そうだよね、モモニャン?!」
ここでちゃんと頷いておかないと所長が菅原さんに酷い目に遭わされちゃうから頷いた。だって本当に所長は私のことを心配してくれただけなんだもん。自分でもどうして悲しくなっちゃったのか分からなくてますます泣けてきちゃうよ……。
「ああああ、そんな、泣かないでよ、モモニャン」
「所長がそんな風に迫ってきたら泣き止むものも泣き止みませんよ。ほら、桃香ちゃん、ちょっと休憩室に行こうか。そうすれば落ち着くから」
「……」
そう言うと菅原さんは休憩室に私を連れて行きソファに座らせると、皆が自由に飲めるようにって常設されたミネラルウォーターのサーバーから冷たいお水をカップに注ぎ、その横に置いてあったティッシュの箱と一緒に持ってきてくれた。
「大丈夫?」
「ごめんなさい心配させて。別に所長が何か言ったせいとかじゃないんです」
「うん。あの慌てようからしてそうだと思った。だけど確かにここしばらく桃香ちゃん変だもんね。今日、病院に行ったのと関係あるの?」
「えっと……」
いずれは話すことになるんだからこの場できちんと答えた方が良いに決まっている。だけど先ず一番に知らせるのは嗣治さんだって決めていたから、彼より先に菅原さんに話しちゃっても良いのかなって口にするのが躊躇われてしまう。
「悪いことじゃなくて……だけど……」
もじもじしている私の様子を黙って見詰めていた菅原さんは何かピンとくるものがあったらしくて、ポンポンと肩を軽く叩いてきた。
「ははーん……何となく分かったような気がする。だったら今日は聞かないでいてあげるから、もう体調不良で早退しちゃいなさい」
「え? ダメですよ、まだ芦田さんに頼まれている分析結果のまとめが出来てないんだから」
「あれはもう出力すれば問題ないところまで来てるわよ。桃香ちゃんは一課の連中を甘やかし過ぎ」
「そうかなあ……」
菅原さんは少しだけ怖い顔をする。
「あそこまで懇切丁寧に結果を並べなきゃ理解できないなら本庁の刑事なんて辞めちゃえば良いのよ。大丈夫、ちゃんと私から芦田さんに渡しておいてあげるから。今まで休暇が取れなかった分、こういうところでちゃんと取り戻さなきゃ。ね?」
「でも……」
「休むことに慣れないとこれから大変よ? 先は長いんだしちゃんと体を休めることを覚えて仕事を続けないと体調崩しちゃうわよ。そんなことになったら大変でしょ?」
「そりゃそうなんですけど……」
「じゃあ決まり!! 所長はあの様子だと桃香ちゃんが早退するなんて言いに行ったらパニックになるから、このまま帰りなさい。後のことは私がちゃんとしておいてあげるから」
半ば無理やりな感じでロッカーへと連れていかれ着替えるとそのまま職場を後にした。こんな明るいうちから帰るなんてこと、ここに来てから初めてだから何だか落ち着かないよ。いつもとはちょっと様子の違う普段の通勤ルートを自宅へと戻っていきながらそんなことを思いつつ、そうだ、どうやって嗣治さんに話そうかなって考える。あっさりと言うのが一番だよね、変にウジウジしていたら所長と同じような勘違いして大騒ぎになっちゃいそうだし。
「あ……こんな時間に顔を出したらそれこそビックリだよね……」
時間はもうすぐ四時になろうとしているけど私にしては有り得ない帰宅時間。お店はきっと夜の仕込みで忙しい筈だし、一度自宅に戻ってから改めてどうするか考えようかな……。そんなことを考えながら電車を降りて自宅マンションへと真っ直ぐ帰宅することにしたんだけど、考えてみれば商店街は顔見知りばかり。こんな時間に歩いていたら誰に何を言われるか分かったもんじゃない。
「んー……」
ちょっとだけ迷い、それから商店街から一本外側にある道を行くことにした。この通りなら顔を合わせたとしても昌胤寺の若奥さんぐらいだろうし。
「なんだか逃亡中の犯人みたい」
自分で呟いておかしくなってしまってちょっと笑いながら急ぎ足で家路へとついた。
+++++
「モモ!!」
いきなり体を揺すられてギョッとなって飛び起きた。目の前には心配そうな嗣治さんの顔。
「……あれ?」
「あれ?じゃない。時間になっても店に顔を出さないから心配して携帯にかけても全く出ないし、職場に電話したら今日は早退して帰ったって言われるし。心配したんだぞ」
そう言って私のことを引っ張り起こした。寝ていたのはリビングのソファ。帰ってから疲れちゃったのと少し気持ち悪くなってきちゃったのとで一休みしているうちに眠ってしまったらしい。うはあ……もう九時だよ……どんだけ爆睡していたんだか私。
「嗣治さん、仕事は?」
「そんなこと言ってる場合じゃなかっただろ? 籐子さんが自宅に戻ってるかもしれないからって少しだけ抜けてきた」
大空達がいて助かったぞと呟いている。
「ごめんなさい……」
「なんで早退なんてしたんだ? 何処か具合でも悪いのか?」
「ううん、悪いところはないんだ。今朝ね、病院には行ったんだけど」
「何処か悪いのか?!」
ああ、やっぱり危惧していた方向に反応されてしまったよ。もう少し落ち着いた雰囲気の中でちゃんと話したかったんだけどなあ……私のお馬鹿。
「違うの、そうじゃなくて!!」
「だったら何なんだ」
「ちょと嗣治さん、落ち着いて座って」
「……分かった」
渋々と言った感じでソファに座る嗣治さん。もう、せっかくの報告が何だかコメディみたいになっちゃうよ。はあ……。
「あのね、今日ね、籐子さんに紹介してもらった駅向こうのクリニックに行ってきたの」
「それで?」
「えっと……そこって言うのが産科婦人科の専門クリニックで……そのう……ほら、最近、夏バテかなとか超眠いとか言っていた原因が分かったって言うか……」
「何処か悪いところでも見つかったのか?」
「悪いとこなんて見つかってないよ。見つかったのは、新しい家族、かな」
「……え?」
「だから、新しい家族が見つかったの」
「何処で見つかったって?」
「ここ」
そう言って自分のお腹に手を当てた。嗣治さんはしばらく私の手を凝視していた。それからこちらを見る。
「新しい家族?」
「うん。えっとね、七週目だって言われた」
「それってあれだよな」
「うん、あれだね」
それからしばらくの間の嗣治さんの興奮状態と言ったらちょっとした見ものだった。冷静になってみてからその様子を携帯で動画にでも撮っておけば良かったかなって思ったぐらい。とにかく落ち着いてもらって一旦とうてつに戻ってもらったんだけど、あんな興奮状態でちゃんとお料理できるのかなって送り出してから心配になっちゃったのは私だけの秘密。
「……」
「おーい、モモニャーン?」
「え?! あ、はい、ちょっと待ってくださいね」
所長の言葉に慌てて立ち上がるとプリンターの方へと小走りで向かい、そこに吐き出されていた数枚の用紙を手にして戻る。これは確か、先週末に起きた強盗事件の現場に残っていたゲソ痕に付着していた花粉と土壌の分析結果だった筈。
「すみません、どうぞ」
「ありがとう。どうしたの、今日は珍しく心此処に在らずだね。もしかして病院で何処か悪いって言われた? ここしばらく様子が変だし」
いつもは一課の芦田さんに捕まって呑気な笑いを浮かべながら困ったね~と呟いている所長が、珍しく心配そうに私の顔を見上げてきた。そんな所長の顔を見ているうちに何だか急に悲しくなってきて目から涙が溢れてきたものだから、所長は大慌てで椅子から立ち上がって机の向こうからこちらへと出てくる。
「わわわわ、ちょっと!! 別に怒ってるわけじゃないんだよ?! ちゃんと仕事はしてくれているしね、ただ、いつも元気な君が元気無いからちょっと心配だなって思っていただけだから!! そんな泣くようなことじゃないから!! それとも本当にお医者さんで何か言われた?! だったら大学病院を紹介するから心配ないよ!! あそこの内科医の医師で知り合いがいるから!! ほら、何か大変な病気だったとしても心配ないよ?! ここの皆がついてるんだから!!」
あわあわしている所長さんの様子に五年先輩の菅原さんが何事かとやってきて、私が泣いているのを見てギョッとなってからすぐさま所長を睨みつけた。
「ちょっと所長、なに桃香ちゃんを泣かせてるんですか」
「い、いや、僕は何もしてないよ。ただモモニャンのことを心配しただけで! そうだよね、モモニャン?!」
ここでちゃんと頷いておかないと所長が菅原さんに酷い目に遭わされちゃうから頷いた。だって本当に所長は私のことを心配してくれただけなんだもん。自分でもどうして悲しくなっちゃったのか分からなくてますます泣けてきちゃうよ……。
「ああああ、そんな、泣かないでよ、モモニャン」
「所長がそんな風に迫ってきたら泣き止むものも泣き止みませんよ。ほら、桃香ちゃん、ちょっと休憩室に行こうか。そうすれば落ち着くから」
「……」
そう言うと菅原さんは休憩室に私を連れて行きソファに座らせると、皆が自由に飲めるようにって常設されたミネラルウォーターのサーバーから冷たいお水をカップに注ぎ、その横に置いてあったティッシュの箱と一緒に持ってきてくれた。
「大丈夫?」
「ごめんなさい心配させて。別に所長が何か言ったせいとかじゃないんです」
「うん。あの慌てようからしてそうだと思った。だけど確かにここしばらく桃香ちゃん変だもんね。今日、病院に行ったのと関係あるの?」
「えっと……」
いずれは話すことになるんだからこの場できちんと答えた方が良いに決まっている。だけど先ず一番に知らせるのは嗣治さんだって決めていたから、彼より先に菅原さんに話しちゃっても良いのかなって口にするのが躊躇われてしまう。
「悪いことじゃなくて……だけど……」
もじもじしている私の様子を黙って見詰めていた菅原さんは何かピンとくるものがあったらしくて、ポンポンと肩を軽く叩いてきた。
「ははーん……何となく分かったような気がする。だったら今日は聞かないでいてあげるから、もう体調不良で早退しちゃいなさい」
「え? ダメですよ、まだ芦田さんに頼まれている分析結果のまとめが出来てないんだから」
「あれはもう出力すれば問題ないところまで来てるわよ。桃香ちゃんは一課の連中を甘やかし過ぎ」
「そうかなあ……」
菅原さんは少しだけ怖い顔をする。
「あそこまで懇切丁寧に結果を並べなきゃ理解できないなら本庁の刑事なんて辞めちゃえば良いのよ。大丈夫、ちゃんと私から芦田さんに渡しておいてあげるから。今まで休暇が取れなかった分、こういうところでちゃんと取り戻さなきゃ。ね?」
「でも……」
「休むことに慣れないとこれから大変よ? 先は長いんだしちゃんと体を休めることを覚えて仕事を続けないと体調崩しちゃうわよ。そんなことになったら大変でしょ?」
「そりゃそうなんですけど……」
「じゃあ決まり!! 所長はあの様子だと桃香ちゃんが早退するなんて言いに行ったらパニックになるから、このまま帰りなさい。後のことは私がちゃんとしておいてあげるから」
半ば無理やりな感じでロッカーへと連れていかれ着替えるとそのまま職場を後にした。こんな明るいうちから帰るなんてこと、ここに来てから初めてだから何だか落ち着かないよ。いつもとはちょっと様子の違う普段の通勤ルートを自宅へと戻っていきながらそんなことを思いつつ、そうだ、どうやって嗣治さんに話そうかなって考える。あっさりと言うのが一番だよね、変にウジウジしていたら所長と同じような勘違いして大騒ぎになっちゃいそうだし。
「あ……こんな時間に顔を出したらそれこそビックリだよね……」
時間はもうすぐ四時になろうとしているけど私にしては有り得ない帰宅時間。お店はきっと夜の仕込みで忙しい筈だし、一度自宅に戻ってから改めてどうするか考えようかな……。そんなことを考えながら電車を降りて自宅マンションへと真っ直ぐ帰宅することにしたんだけど、考えてみれば商店街は顔見知りばかり。こんな時間に歩いていたら誰に何を言われるか分かったもんじゃない。
「んー……」
ちょっとだけ迷い、それから商店街から一本外側にある道を行くことにした。この通りなら顔を合わせたとしても昌胤寺の若奥さんぐらいだろうし。
「なんだか逃亡中の犯人みたい」
自分で呟いておかしくなってしまってちょっと笑いながら急ぎ足で家路へとついた。
+++++
「モモ!!」
いきなり体を揺すられてギョッとなって飛び起きた。目の前には心配そうな嗣治さんの顔。
「……あれ?」
「あれ?じゃない。時間になっても店に顔を出さないから心配して携帯にかけても全く出ないし、職場に電話したら今日は早退して帰ったって言われるし。心配したんだぞ」
そう言って私のことを引っ張り起こした。寝ていたのはリビングのソファ。帰ってから疲れちゃったのと少し気持ち悪くなってきちゃったのとで一休みしているうちに眠ってしまったらしい。うはあ……もう九時だよ……どんだけ爆睡していたんだか私。
「嗣治さん、仕事は?」
「そんなこと言ってる場合じゃなかっただろ? 籐子さんが自宅に戻ってるかもしれないからって少しだけ抜けてきた」
大空達がいて助かったぞと呟いている。
「ごめんなさい……」
「なんで早退なんてしたんだ? 何処か具合でも悪いのか?」
「ううん、悪いところはないんだ。今朝ね、病院には行ったんだけど」
「何処か悪いのか?!」
ああ、やっぱり危惧していた方向に反応されてしまったよ。もう少し落ち着いた雰囲気の中でちゃんと話したかったんだけどなあ……私のお馬鹿。
「違うの、そうじゃなくて!!」
「だったら何なんだ」
「ちょと嗣治さん、落ち着いて座って」
「……分かった」
渋々と言った感じでソファに座る嗣治さん。もう、せっかくの報告が何だかコメディみたいになっちゃうよ。はあ……。
「あのね、今日ね、籐子さんに紹介してもらった駅向こうのクリニックに行ってきたの」
「それで?」
「えっと……そこって言うのが産科婦人科の専門クリニックで……そのう……ほら、最近、夏バテかなとか超眠いとか言っていた原因が分かったって言うか……」
「何処か悪いところでも見つかったのか?」
「悪いとこなんて見つかってないよ。見つかったのは、新しい家族、かな」
「……え?」
「だから、新しい家族が見つかったの」
「何処で見つかったって?」
「ここ」
そう言って自分のお腹に手を当てた。嗣治さんはしばらく私の手を凝視していた。それからこちらを見る。
「新しい家族?」
「うん。えっとね、七週目だって言われた」
「それってあれだよな」
「うん、あれだね」
それからしばらくの間の嗣治さんの興奮状態と言ったらちょっとした見ものだった。冷静になってみてからその様子を携帯で動画にでも撮っておけば良かったかなって思ったぐらい。とにかく落ち着いてもらって一旦とうてつに戻ってもらったんだけど、あんな興奮状態でちゃんとお料理できるのかなって送り出してから心配になっちゃったのは私だけの秘密。
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