桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

文字の大きさ
27 / 56
本編

第二十七話 秋の夜長は睡魔に勝てない

しおりを挟む
たかはし葵さん作【Blue Mallowへようこそ】とのコラボエピソードです。


++++++++++


 暑かった夏が終わって夜は随分と過ごしやすくなってきたから、こういう時こそ普段はなかなか出来ない夜更かしして途中読みになっている読書の続きを……と思っているのに現実の私は夜更かしどころか昼間も超眠い状態。最近は食欲よりも睡魔の方が深刻なのでとうてつさんに寄らずに自宅に直行することも多くて、そういう時は嗣治さんが帰ってくるのさえ気が付かない時もあったりする。

 出産経験のある先輩曰く吐き気がともなう悪阻つわりに比べれば随分とマシよってことらしい。だけど嗣治さんからしたら私がちゃんと夕飯を食べているのかどうかってのが心配らしくて、今まで以上にあれこれ煩く言うようになった。いわゆる尋問生活再びってやつね。ちゃんと食べてるよ~~と言ってもなかなか信用してくれないのはきっと嗣治さんと出会った頃の私の食生活が酷かったせいなんだと思う。

 事と次第によっては産休・育休の後に嘱託職員になる可能性もあるので御迷惑をおかけしますって所長に報告したら、モモニャンがとうとうお母さんになるのかあと感慨深げに呟いて体を大事にしないとねと言ってくれた。この前、自分のせいで私が泣いたわけじゃないってことが分かってホッとしていたらしいというのは、ここ暫く所長と一緒に残業をしている澤山君からの報告だ。

 お昼、仕事も一息ついたのでいつものように嗣治さんが持たせてくれたお弁当をのんびり食べているとメールが来た。こんな時間に誰だろうって画面を確認すると璃青さんだ。そう言えば肩こり談義、あれからしてないなあ……と思い至る。

『桃香さん、ご無沙汰です! お仕事どうですか? 涼しくなってきたことですし第二回肩こり会合を林整骨院でしませんか? ちなみに私は秋の新作を作りすぎて肩が岩みたいです』

 今回は肩こりを解消しながらのお喋りしませんかってことですね、璃青さん。って言うか岩みたいってどうなんだろう、璃青さんも根つめすぎなんじゃ?と心配になってしまう。手作りのアクセサリーが人気なのは分かるしオーダーメイドも受けているってのは七海ちゃんから聞いて知っているけど、璃青さんの手は二本しかないんだからほどほどにしないと……。とは言えあまり人のこと言えないか、私も。

「林さんかあ……」

 せっかく澄ママから紹介されていたのに結局のところ未だ行けてないんだよね、林整骨院。そう言えば桜木茶舗の御隠居さんも何度か腰痛でお世話になっているとか言ってたっけ。……えっと、返事をしなきゃ。確か今度のお休みは……と頭の中にカレンダーを思い浮かべる。

『こちらこそなかなか連絡出来なくてごめんなさい。次の休みは璃青さんのお店の定休日と重なってます。平日だから林さんもやっていると思いますがどうでしょう? 何か予定は入ってますか?』

 送信すると直ぐに返事のメールが返ってきた。

『私は嬉しいですけど良いんですか? 旦那様とお出かけの予定とかは?』
『旦那さんは普通にお仕事なので大丈夫ですよ~』
『じゃあ、お昼からの予約、入れておきますね♪ 行く前にランチでも御一緒にどうですか?』
『はい、是非に! 楽しみにしてますね^^』

 おお、あっという間に二回目の会合の日にちと場所が決まってしまった。

「……」
「桃香ちゃん、なに笑ってるの?」
「え、笑ってました?」
「うん。それも何だかちょっと黒さが混じってた」
「え、そうですかあ?」

 まあ菅原さんのその指摘は当たらずも遠からずってやつかな。夏の花火大会の時にユキ君と璃青さんが歩いているのを見かけてからずっと気になっていたんだよね、あの二人のこと。私って日中は仕事でいないし夜も遅いからなかなか二人の様子を窺い知ることが出来ないんだけれど、篠宮の御主人の話とか七海ちゃんが何気なく話す内容からして、二人の仲が進展しているようなしていないようなという微妙な状態だってことだけは何となく理解できた。

 だから!!

 次に璃青さんと会う時には絶対に聞いてみたいと思っていたんだ、璃青さんとユキ君がどうなっているのか。もちろん無理に聞き出すつもりはないし聞かされたことを誰かに話すつもりはないけれど、せっかくできた同世代のお友達だしそういう話もしてみたいなって思う訳。ただ、今の私の状態だともしかしたら話している途中で寝ちゃうかもしれないってのが唯一の心配事ではあるかな。

「あ、ってことは……」

 璃青さんにも赤ちゃんができたこと話しても良いのかな。あ、それと林さんって妊婦さんでも大丈夫なのかな? 行く前に聞いてみた方が良いかな? 菅原さんが隣で何やらクスクスと笑っている。

「どうしたんです?」
「なんだか桃香ちゃんが百面相しているからおかしくて」
「え……」

 そんなコロコロと表情を変えてた?

「なんだか楽しそうだなって。旦那さんとお付き合いを始めたって聞いた時にも感じていたんだけど、桃香ちゃん、最初にここに来た時よりずっと表情が豊かになったしね。きっと新しい彼氏さんやお友達が出来て充実した生活を送れているんだなって思ったのよ」
「入って来た時とそれほど変わったとは思わないですけど……」
「一番変わったのはこれよね」

 そう言って食べかけのお弁当を指でさされた。

「確かに食生活は段違いに充実してます」
「よね。最初の頃なんてモニターみながらチョコレートを齧ったりしていたもの。この子、大丈夫かしらって心配していたのよ?」
「そうなんですか?」
「今は旦那さんがきちんとしてくれているから安心よね」
「なんだか世間様からしたら真逆なんですけどね……」
「旦那さんがそれで満足しているんだから世間がどうかなんて関係ないわよ」
「そりゃそうなのかもですけど」


+++++


「モモ」

 肩を揺すられて慌てて目を開けて起き上がる。嗣治さんがこちらを覗き込んでいた。

「お帰りなさい、嗣治さん」
「こんなところで寝ていたら風邪をひくぞ。寝るならベッドで寝ろ」
「今日こそ起きて待ってようって思って頑張ってたんだよ」
「待たなくても良いって言ってるだろ? 今のモモは普通の体じゃないんだから眠いのに無理して起きてることないんだぞ」
「でも、そんなことしたらますます嗣治さんと話したりする時間が少なくなっちゃうじゃない」
「ずっと続くわけじゃないって言われてるんだから少しの辛抱じゃないか。それとも今日は何か話したいことでも?」

 嗣治さんは私の隣に座るとこちらに体を向けてきた。

「えっとね、次のお休みの日、璃青さんと会うことになったの。ランチも一緒にどうですかって」
「璃青さん……ああ、Blue Marrowの」
「うん。それで黒猫さんの上にある林整骨院さんに一緒に行くつもりなんだ」
「……医者?」
「ほら、二人とも肩こりが酷いでしょ? 澄ママが一度あそこでマッサージしてもらったらどうだって勧めてくれていたから二人で一緒に行ってみようってことで」
「なるほど。そういうのって妊娠していても大丈夫なのか?」
「うん。それは帰ってきてから問い合わせしてみたんだ。ちゃんとそれ専門の施術があるから施術前に言ったら問題ないですよって」
「なるほど、だったら安心だな」

 私も気になって職場でパソコンを使ってこっそり調べてみたんだけど、そういう質問をしている人って既に八か月になっていたりしてお腹の大きな人が殆どで結局のところ妊娠初期だとどうなの?って良く分からなかった。だったら直接聞いてみたら良いじゃないってことで林さんに電話してみたんだよね。

「念のために言っておくとね、多分、私の施術は女の人がしてくれると思うよ」
「俺は何も言ってないだろ?」
「何ていうか、一応言っておいた方が良いかなって思えた」
「……」
「ほら、安心したって顔してる」

 私に指摘されて嗣治さんがちょっとムッとした表情をした。あ、やっぱり図星だったんじゃない。

「うるさい。風呂は入ったのか?」
「まだだよ」
「だったら一緒に入るぞ」
「えー」
「えーじゃない、風呂に入らず今まで寝ていたのはモモだろ」
「無理して起きてなくて良いってさっき言ったじゃない」
「それとこれとは話は別。ほら」

 そう言って嗣治さんは私をお風呂場に連行した。別に何かしようって思っている訳じゃないのは分かってるんだけどね。ただ私がなんとなく恥ずかしいってだけで。

 今週は璃青さんとの肩こり談義! カレンダーの約束の日に大きく赤丸をつけてちょっと満足。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 少し時を遡ること十数年。商店街の駅前にある花屋のお嬢さん芽衣さんと、とある理由で駅前派出所にやってきたちょっと目つきの悪いお巡りさん真田さんのお話です。 【本編完結】【小話】 こちらのお話に登場する人達のお名前がチラリと出てきます。 ・白い黒猫さん作『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 こちらのお話とはコラボエピソードがあります。 ・篠宮楓さん作『希望が丘商店街 正則くんと楓さんのすれ違い思考な日常』 https://ncode.syosetu.com/n3046de/ ※小説家になろうでも公開中※

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

【光陵学園大学附属病院】鏡野ゆう短編集

鏡野ゆう
ライト文芸
長編ではない【光陵学園大学附属病院】関連のお話をまとめました。 ※小説家になろう、自サイトでも公開中※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...