37 / 67
4月 The Last Emperor
第37話、雨酔草
しおりを挟む
「こうして、雨の西本願寺の御堂で、君と向き合って座っていると、雨音と蝋燭の揺れる熱、線香の残り香に誘われて、場所も時間も、感覚として失われてしまう気がするな」
「見上げてみれば 遥かなる
遠き人見た 月明かり
起きもせず 寝もせで明かす 草俵
藍蒔く田畑に 結ぶ氷よ
まあ、お堂がタイムマシンでタイムトンネルにでも入った、のかもしれない」
「遥か彼方から、変わらぬ月明かりに照らされる君の心は、愛を捧ぎしも、憎しみに沈みしも夢のあの子にだけしか、動くことはない。愛を蒔く田畑は凍りついてしまったのだから」
「感情とは精神の運動なのかもしれない。肉体と同様に運動していなければ錆びついてしまう」。
「ああ、雨が強くなってきた。どれ、そのストーブの上のやかんを取ってくれ。さて、妹は死んだ。君はジャスクラリネット奏者としては優秀だが、所詮は一般庶民のちんどん屋。由緒ある銀行家の娘で、著名な小説家の妹が嫁ぐ家柄ではない。女性にとって結婚は人生設計、恋愛でするものではない」
「今現在、あいつは死んだし、僕はもういない。貴方は、なんで、今頃になって、僕に会いに来たのか、僕には、わからない。しかし、せめて急須ぐらいはなかったのか、ぐい呑みに茶漉しをぶっ刺して飲むとは、山賊もかくや」
「アルマーニのスーツを着た山賊。新たな本が書けそうだ」
「さぞかし、見掛け倒しで品のない山賊が活躍する昼ドラを、僕は見たくない」。
「さて、妹が死んだ原因は、直接的には、急性虫垂炎、左腹が破裂した。原因は気患いで、君ではない相手と結婚すること。遺書にあった手遅れになるまで、腹部の痛みを黙っていたことの爛れた恨み、父やその秘書たちに対する濡れた復讐は、私が読んでもゾクリとする素晴らしい文章の才能に溢れていた」
「日本文壇の最高権威である貴方に褒められたなら、あいつも喜ぶでしょう。あんたがたが、金の卵を産む鶏を殺したのを、悔しがる様子を心から」。
「おや。線香が切れてしまったか、どれつけ直すとしよう。君は我が父の説得によりアメリカへ留学し、あの子と離れた。父が指摘した通り、日本だけで音楽をやっていく現実は、あまりに厳しい」
「続けて」
「ほら、これでよし。どれ、立ち上がりついでに、やかんに茶っぱも足しとくか。そして、そのままアメリカでデビュー。演奏者としての階段をさらに上がり、あの子が死んで、気がつけばドイツはハイデルベルク大学付属の市民学校の日本語講師になっていた」。
「あのー、過去形にするのはよして頂きたい」
「なら、なんでついてきたと訊く野暮にはならんよ。まず、君からの手紙は本物か」
「本物だ。僕はこの手紙とともにクラリネットをあの子に贈り、約束をした。いつか、君が街角で、僕の音色を聞くだろうと」
「本来なら三回忌に開示される予定だったあいつからの手紙には、一緒に君からのクラリネットがついていて、遺書にはこのクラリネットを壊せとある。しかし、このクラリネットはすでに壊れていて、音が出ない」
「ああ、そしてこの「遺書」」
「この遺書を託されていた母から、間に合わなくなる前に、君に会いに行けと言われた」
「わかりませんか?なら、そのクラリネット、僕にください」。
「見上げてみれば 遥かなる
遠き人見た 月明かり
起きもせず 寝もせで明かす 草俵
藍蒔く田畑に 結ぶ氷よ
まあ、お堂がタイムマシンでタイムトンネルにでも入った、のかもしれない」
「遥か彼方から、変わらぬ月明かりに照らされる君の心は、愛を捧ぎしも、憎しみに沈みしも夢のあの子にだけしか、動くことはない。愛を蒔く田畑は凍りついてしまったのだから」
「感情とは精神の運動なのかもしれない。肉体と同様に運動していなければ錆びついてしまう」。
「ああ、雨が強くなってきた。どれ、そのストーブの上のやかんを取ってくれ。さて、妹は死んだ。君はジャスクラリネット奏者としては優秀だが、所詮は一般庶民のちんどん屋。由緒ある銀行家の娘で、著名な小説家の妹が嫁ぐ家柄ではない。女性にとって結婚は人生設計、恋愛でするものではない」
「今現在、あいつは死んだし、僕はもういない。貴方は、なんで、今頃になって、僕に会いに来たのか、僕には、わからない。しかし、せめて急須ぐらいはなかったのか、ぐい呑みに茶漉しをぶっ刺して飲むとは、山賊もかくや」
「アルマーニのスーツを着た山賊。新たな本が書けそうだ」
「さぞかし、見掛け倒しで品のない山賊が活躍する昼ドラを、僕は見たくない」。
「さて、妹が死んだ原因は、直接的には、急性虫垂炎、左腹が破裂した。原因は気患いで、君ではない相手と結婚すること。遺書にあった手遅れになるまで、腹部の痛みを黙っていたことの爛れた恨み、父やその秘書たちに対する濡れた復讐は、私が読んでもゾクリとする素晴らしい文章の才能に溢れていた」
「日本文壇の最高権威である貴方に褒められたなら、あいつも喜ぶでしょう。あんたがたが、金の卵を産む鶏を殺したのを、悔しがる様子を心から」。
「おや。線香が切れてしまったか、どれつけ直すとしよう。君は我が父の説得によりアメリカへ留学し、あの子と離れた。父が指摘した通り、日本だけで音楽をやっていく現実は、あまりに厳しい」
「続けて」
「ほら、これでよし。どれ、立ち上がりついでに、やかんに茶っぱも足しとくか。そして、そのままアメリカでデビュー。演奏者としての階段をさらに上がり、あの子が死んで、気がつけばドイツはハイデルベルク大学付属の市民学校の日本語講師になっていた」。
「あのー、過去形にするのはよして頂きたい」
「なら、なんでついてきたと訊く野暮にはならんよ。まず、君からの手紙は本物か」
「本物だ。僕はこの手紙とともにクラリネットをあの子に贈り、約束をした。いつか、君が街角で、僕の音色を聞くだろうと」
「本来なら三回忌に開示される予定だったあいつからの手紙には、一緒に君からのクラリネットがついていて、遺書にはこのクラリネットを壊せとある。しかし、このクラリネットはすでに壊れていて、音が出ない」
「ああ、そしてこの「遺書」」
「この遺書を託されていた母から、間に合わなくなる前に、君に会いに行けと言われた」
「わかりませんか?なら、そのクラリネット、僕にください」。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる