ミストリアンエイジ

Ｍルート：金髪の少年の戦い

第22話 黒き怨嗟は砂塵に消えゆく

　二度目の侵入ダイブにて迎えた、十四日目。

　ランベルトス南の砂漠を南下していた傭兵団は、ついに敵である砂漠エルフたちの本拠地へと迫りつつあった。

　しかし、そういった戦況に反し、僕らの状況は危機的なものへと陥おちいることとなってしまった。

「ぐっ……！　これはどうしたことだ!?　このような砂すな嵐あらしなど……！」

　最終地点にキャンプを張り、一いっ気き呵か成せいに攻め入ろうとしていた矢先。突とつ如じょとして発生した激しい砂嵐によって、傭兵団は孤立してしまったのだ。


「これは魔・術・によるものか……。まさか、蜃しん気き楼ろうの結界か？」

「あんだってぇ!?――ってことは奴ら、自分てめぇらを守る結界を、俺らにぶつけてきやがったのか!?」

　これまで砂漠エルフたちは、自身らの生み出した蜃気楼内に集落を創り、外敵の眼を欺あざむいてきた。当然ながら巨大な結界の生成と維持には多大なる時間と魔力素マナを要するため、一いっ朝ちょう一いっ夕せきに行なえる芸当ではない。

「つまり、罠わなを張っていた？　でも、自分たちの拠点を曝さらけ出だしたってことは……」

「ふん……。ようやく巣穴から出る気になったか」

「ああ、まさに破れかぶれ。相手も必死なのだろう」

　リーランドは平静を装よそおいながら、砂嵐の舞う空を見上げる。

　天上は土色のドームによって完全に遮しゃ断だんされ、太たい陽ようの光さえも届かない。吹き荒れる強風によって篝かがり火びを焚たくこともできず、周囲には照明魔法〝ソルクス〟によって生み出された光の球が、光こう蟲ちゅうのごとく浮遊している。

　◇　◇　◇

「とにかく、砂嵐これをなんとかしないと。王子の居る本隊は、無事でしょうか？」

　来たる最終決戦に備え、アルトリウス王子にはガルマニア正規軍率いる〝本隊〟へ移動してもらっている。見たところ周囲には、僕ら〝突撃部隊〟と少数の〝支援部隊〟を除き、他の仲間らの姿は見当たらない。

「本隊を指揮しているのは〝ガルマニアの盾〟たる総将軍インペラトル・クィントゥスだ。――奴らは易やす々やすと敗れはせんさ」

「だがよぉ、リーランド。このままじゃ俺たちも身動きができねぇぞ？」

「ああ。それに自うぬ惚ぼれているわけではないが――オレたち突撃部隊は、いわば〝主力〟だ。場合によっては、外の部隊がジリ貧にも陥おちいりかねん」

　カイゼルの言うとおり、これまでの戦いにおいて、僕らは常に最前線を切きり拓ひらいてきた。相手の残存戦力は不明であるが、この状況が続けば砂漠のど真ん中で消しょう耗もうすることは避けられない。

　――そう。僕らの周囲には、まるで〝敵〟の姿が見当たらない。

　つまり相手の全戦力が、この〝牢ろう獄ごく〟の外に存在している可能性が高いのだ。

　◇　◇　◇

「隊長！　あちらの方角に、巨大な魔力素マナが観測されました！　おそらく、そこが砂嵐の中心かと……！」

　偵てい察さつに出ていた支援部隊の隊員が、リーランドに方向を指さし示しめす。隔かく絶ぜつされた結界の中では、もはや正確な方角さえも把は握あくできない。

「よし、わかった。我らが直ちに調査へ向かう！――突撃部隊、ゆくぞ！」

「おうよぉ！　へっへっ。俺らがこんな砂嵐、さっさとブッ飛ばしてやるぜぇ！　心配すんな！」

　僕らは青ざめた様子の隊員を鼓こ舞ぶし、リーランドと共に目的地へ向かう。

　些いささか無鉄砲とも思えるが、この不可解な状況で手を拱こまねいていては、隊の士気にも影響する。砂嵐の中では呼吸もままならず、多くの資材や食糧までも吹き散らされてしまったのだ。

　何より、総攻撃を受けているであろう、本隊の様子が気がかりだ。

　◇　◇　◇

　打ち付ける砂に逆らいながら、突撃部隊は砂嵐の中心を目指す。

　僕はアルトリウス王子から教わった結界魔法〝マルベルド〟を定期的に唱えながら、一いっ心しん不ふ乱らんに歩みを進める。

「アインス。無理をするなよ？」

「大丈夫です。いつも守られていますから。ここで頑張らないと」

「ああ。……頼りにしている」

　疲労と魔力素マナの減少による倦けん怠たい感かんに苛さいなまれる僕に、カイゼルとヴァルナスが労ねぎらいの言葉をくれる。

　どれほど追い込まれた状況であっても、この〝戦友〟たちとならば切り抜けられる。僕は心の底から、そう感じた――。

　◇　◇　◇

「見ろ……！　あれに違いない！」

「む……？　あの野郎は!?」

「ファランギス……！　砂漠エルフの、大族長ッ……！」

　砂嵐の中心には黄金色をした半透明の球体と、そ・れ・に左手をかざしながら傍かたわらに立つ、若いエルフ族が佇たたずんでいた。

　男は長い黒髪を靡なびかせながら、短い髭ひげに覆われた口元を、嫌いやらしげにツリ上げてみせる。

「クハハァ……。ここを嗅かぎつけるとはな。さすがは最強の傭兵部隊か。それでこそ、この儂わしが直じき々じきに分断した甲か斐いがあるものよ」

「過か分ぶんなる評価、畏おそれ入いる。だが御おん大だい将しょうたるファランギスどの自らが、よもや敵地に飛び込むなど」

「――憎きアルティリアと宿敵ガルマニアの〝要かなめ〟を排除できるのだぞ？　すでに儂わしは千年以上を生きた。老いぼれの命など軽いものよ」

　まさか〝ラスボス〟の方から出てくるとは。しかし目の前のファランギスは〝老いぼれ〟には見えないが、そ・こ・は本人の言う通りなのだろう。


「ふん、丁度いい。まずは貴様を血祭りにあげ、じっくりと外の連中を根絶やしにしてやる……！」

　すでにヴァルナスは大型剣を構え、殺気立った瞳をファランギスへと向けている。

「クッハッハァッ！　貴様とて同族であろうに！――いや、違うな？　その禍まが々まがしく穢けがらわしい瘴しょう気き、さては塵ごみに等しいマナリスタークか？」

「――貴様ッ!?　この身に受けた屈くつ辱じょくと恨みッ！　思い知れッ！」

「止よせ！　ヴァルナス――ッ！」

　リーランドの制止も空むなしく。

　ヴァルナスは咆ほう哮こうと共に、ファランギスに飛びかかる。しかし相手は動じることもなく、静かに右手をヴァルナスへ向けた。

「破ハァ！　閃センッ――！」

　気合いの言葉と共に。ファランギスの右手から発生した不可視の波動が、ヴァルナスを塵ちりかの如ごとく吹き飛ばす。

　さらに、続いて放たれた光の刃が、彼の躰からだを上下に切断した。

「――若造め。貴様ごときの恨みなど、我らが千年の怨えん嗟さに比べれば、実に無価値で軽いものよ」

　ヴァルナスは真っ赤な眼を見開きながら、無む惨ざんな姿で僕らの前へ落下する。リーランドらは即座に戦闘態勢に入り、僕はヴァルナスの許もとに膝ひざをつく。

「ヴァルナスさん……！」

「俺は……。ここまで……か……」

　漆しっ黒こくの涙を流しながら、ヴァルナスは力なく口を動かす。彼の胸から下は無・く・、すでに下半身は瘴しょう気きとなって消え去っている。

「すまない……。レクシィ……」

　その言葉を最期に――。

　ヴァルナスの肉体は黒い霧となり、跡あと形かたもなく消滅した。これがエルフ族への復讐に取りつかれた男の、あまりにも呆あっ気けない終しゅう焉えんだった。

「ヴァルナスさん。……僕らが、彼を倒します」

　私し情じょうで戦っていたとはいえ、僕らはヴァルナスの活躍によって助けられたことは事実だ。それに僕を含め誰だって、多少なりの私情で動いている。


　僕はゆっくりと立ち上がり、砂嵐を吐く球体と、傍そばに佇むファランギスを睨にらみつける。仇かたき討うちというわけではないが、彼は倒さなければならない。

「ほう？　あの気き功こう術じゅつの威力を見ても、まだ儂わしと闘たたかうつもりか？」

「はい。あなたを倒し、この戦争を終わらせます」