ミストリアンエイジ

Ｍルート：金髪の少年の戦い

第23話 突き立てられし墓

　戦友・ヴァルナスを喪うしなってしまった。
　残された僕らは武器を構え、砂漠エルフの大族長・ファランギスと対たい峙じする。

「クハハァ！　儂わしを倒すだと？　面白い。それでは、まとめてかかってくるがよい」

　ファランギスはこちらを挑発するように、右手で〝来い〟のジェスチャをする。
　彼の左手は相も変わらず、黄金こがね色いろの球体に翳かざされたままだ。

「どうした？　口先だけか？　最・強・の・腰・抜・け・どもめ」

　未知の技を操るファランギスに僕らが攻めあぐねていると、彼は僕らを侮ぶ蔑べつするように、再び挑発の言葉を発する。すると一向に微び動どうだにしないファランギスを見て、カイゼルが静かに口を開いた。


「ふっ、なるほどな。貴公の目的は我々の隔離。そして、この砂すな嵐あらしを維持するためには、その魔ま術じゅつ核コアに膨ぼう大だいな魔力素マナを送り続けなければならない」

「ああ。加えて先ほどの気き功こう術じゅつとやらも、さほどの射程リーチは無いとみえる」

「そぅいやテメェ、ちぃとずつ顔色が悪くなってねぇかぁ？　まさかこのまま眺ながめてりゃ、勝手にブッ倒れたりしてな！」

　カイゼルに続き、リーランドとドレッドも冷静に状況を分析する。さらにドレッドは大笑いしながら、自身の尻を大おお袈げ裟さに叩きはじめた。

　そんな彼の態度を見て、ファランギスは忌いま々いましげに眉まゆを寄せる。

「おのれ、王族ともあろう者が……。低てい俗ぞくなアルミスタめ」

「はっはー！　俺の気品に気づいちまったかぁ？　ほぉれ、握手してしんぜよう！」

　ドレッドはからかうように言い、太く短い腕を振ってみせる。
　どうやら彼の金髪は、ドワーフの王族特有のものであるらしい。

　ファランギスは苦虫を噛み潰したような表情のまま、じっと左手を翳かざし続けている。そんな彼の額からは、いつしか汗が流れはじめていた。

　相手は僕らが仲間を喪い、自じ暴ぼう自じ棄きになることを期待したようだが。意外にも皆みんなは冷静だった。

　ヴァルナスが命と引き換えに遺のこしてくれた情報を生かし、なんとしても勝利する。それが共に戦った戦友に対しての、最大の弔とむらいとなるだろう。

　◇　◇　◇

　この不思議な睨にらみ合いはしばらく続き――。
　ついに痺しびれを切らしたのか、ファランギスが大きく動いた。

「……よかろう。そうまで望むのであれば、直接相手をしてやろう」

「おっ？　いよいよかぁ？　退屈すぎて、酒盛りでも始めるとこだったぜ！」

「ふざけおって。我が千年の恨みを以もって、貴様らを粉砕してくれる！」

　ファランギスは魔ま術じゅつ核コアから手を離し、ゆっくりとそ・れ・の背後にまわる。そして自らの両腕を大きく広げ、解読不能な呪文を唱えた。

「今こそ成じょう樹じゅの時、至いたり！　此こ処こを我らの新たなる楽園に！　そして貴様らの、死のオアシスに変えてやろう！」

　――その瞬間。

　大地が大きく振動し、ファランギスの肉体が激しい光を放つ。危険を察し、退避を指示するリーランドに従い、僕らは一いち目もく散さんに後方へ走る。

　背後からはバキバキという、とても聞き慣れた音が響いてくる。
　そう。これは植物の根が成長し、人間ぼくらを捕食する際の音だ――。

　◇　◇　◇

「うげぇっ……!?　なんだぁ!?　この馬鹿でけぇ大たい木ぼくは！」

　ドレッドの声に振り返ると、僕の想像通りの存も在のが在いた。大人が十数人で囲わんとするほどの、そびえ立った巨大な樹木。

　さらにそ・れ・は現実世界のものと同様に、生きた枝葉を腕のように大きく揺ゆらしている。

「核コアを取り込み、成じょう樹じゅしたのか？　自ら命を捨てるとは」

　周囲には依い然ぜんとして、激しい砂嵐が吹き荒れている。ファランギスは自身の肉体を〝樹木の壁〟とすることで、あの魔ま術じゅつ核コアを維持し続けているようだ。

　すると突とつ如じょ、地中から伸び出た根が、リーランドへと襲おそい掛かかってきた。彼は鋭利な根による刺突を軽々と躱かわすも、今度は別の根から放たれた波動によって、大きく砂地に叩きつけられてしまった。

「く……！　これは気功術か!?」

　リーランドは起き上がり、即座に両手で剣を構える。気づけば周囲の砂地からは夥おびただしい数の根が生え伸び、周囲の獲物を探している。


「クハハァ！　どうした？　儂わしを倒すのではなかったのか？　それとも、死するまで踊り続けてみるか!?」

　砂嵐の空間内に、ファランギスの勝ち誇ったような笑い声が響く。
　どうやら樹木と化した後も、意識を保っているらしい。

「尤もっとも――貴様らがどう足あ掻がこうと、戦いくさは直じきに決するであろう！　むろん、我らの勝利でな！」

　その高らかな宣言と共に、砂嵐の一部に窓のような隙すき間まが開く。そこからは大量の魔物と〝根〟に翻ほん弄ろうされる、友軍らの姿が垣かい間ま見みえた。

「ここの塵ごみどもを駆く逐ちくし、手始めにアルティリアまで根あしを伸ばすとしよう！　そして住民どもの魔力素マナを喰らい尽くし、我らの楽園オアシスとしてくれる！」

「ちぃ！　卑ひ怯きょうな真ま似ねしやがって！　このっ！　どぉーん！」

「あの魔ま術じゅつ核コアさえ破壊できれば。――ぬぅん！」

　地面からは太い根が、頭上からは鋭利な枝の矢が、絶え間なく僕らに襲い掛かってくる。ドレッドとカイゼルは魔法を宿した武器で、それらを次々と斬きり払はらう。

　僕もミルポルの剣に炎の魔法剣レイフォルスを掛け、リーランドと共に〝根〟に応戦する。どうにか攻撃を押し留めていると、再びファランギスの声が響いた。


「核コアを破壊できるものならば、破壊してみよ！　自らの命と引き換えになぁ！」

「なんだとぉ？」

「すでに核コアは、我が生命と同化した！　あれを破壊せし者には、我が千年に渡る恨みが、正義の刃と化して襲い掛かるであろう！」

　絶望的な状況に、リーランドらの表情にも悔しさが滲にじむ。このまま力尽きるまで戦い続けるか、誰かを犠牲に状況を打だ破はするか。

　――ならば、選択肢は一つしかない。

「では、僕が破壊します。リーランドさん、援護を頼みます」

「なに？　犠牲になるならば、隊長である私が」

「僕は旅人です。死んだとしても、元の世界に戻されるだけです。それに……」

　僕の脳裏に、アルティリアの農園とエレナの姿が浮かぶ。今回の世界ループでは絆を結ぶことはできなかったが、彼女が大切な存在であることに変わりはない。

「アルティリアには、守りたい人が居るんです。ここを脱出し、本隊と王子の許もとへ。――この戦争に勝利を。よろしくお願いします」

「わかった……。戦友のため、我が剣と誇りに誓って約束しよう」

　リーランドは僕に敬礼し、カイゼルとドレッドに援護を指示する。二人は一瞬の戸惑いをみせたものの、僕の決意を感じるや、力強く頷うなずいてみせた。

　◇　◇　◇

「よぉし！　この俺の斧で、でけぇ大穴をこじ開けてやる！　カイゼル！　うざってぇ枝えだどもの迎撃を頼んだぜ！」

「任せておけ。――アインス、おそらく核コアの位置は変わっていない。このまま真っ直ぐに突き進め！」

「わかりました！」

　カイゼルが飛来する枝の矢を斬り払い、リーランドが根に炎の雨を降らせ、ドレッドの斧が巨大な幹みきを着実に削り取ってゆく。

　勝利への作戦が決定したことで、僕らは〝突撃部隊〟としての勢いを、完全に取り戻すことができたのだ。


「はっはー！　こいつぁ、ドラムダ式掘ド削リ槍ルでも持ってくるべきだったかぁ？――とぉりゃ！　どぉーん！」

　大人ひとり分ほどの穴を穿あけながら、僕とドレッドは脈動する大木の中を突き進む。すると前方の木もく壁へきに、見覚えのある光が透けはじめた。

「あれは核コア？　そろそろですね。ドレッドさん、ここからは僕ひとりで」

「おぅ、大丈夫なのかぁ？」

「はい。こう見えて、植物の相手は慣れてますから」

「おし！　頼んだぜ、戦友」

　僕と最後のハイタッチを交わし、ドレッドは速やかに木道から脱出する。彼の背中を見送った僕は、炎を帯びた剣を構え、何度も木壁へ振り下ろした。


「貴様ァ！　やめろ……っ！　命が惜しくはないのか!?」

「惜しいですけど。やらなきゃいけないから、やるだけです」

「おのれぇ……！　我が積年の恨みが、こんなことで……！」

　響く怨えん嗟さの声を無視し、僕は無心で大たい木ぼくの内部を掘り進める。こうして植物を相手にしていると、嫌でも現実むこうのことを思い出してしまう。

　地表での生存競争に敗北し、地中へ追いやられた人間ぼくらにとって、すでに植物との戦いは無意味に等しい。それでも人ひ間ととして生き続けたければ、こうして戦い続けるしかない。

　生きたい。そして何より、大切な人に生きてほしい。
　それが僕の見つけた、戦いの意味だ。

　◇　◇　◇

　やがて前方の壁面が砕け散り、煌こう々こうと輝く魔ま術じゅつ核コアが姿をみせた。僕はミルポルの大型剣を逆手に構え、両手でしっかりと狙いを定める。

　周囲には割れんばかりの慟どう哭こくが響いているが、僕の心は研とぎ澄すまされたかのように穏やかだ。たとえ躰からだは消し飛ぼうとも、ここに突き立てられた剣だけが、僕の〝生きた証〟となる。

「これで、ゲームオーバー！　さよなら――！」

　全ぜん身しん全ぜん霊れいを両手に籠こめて、僕は剣を振り下ろす。

　その瞬間、凄まじい衝撃と共に視界が真っ赤に染まり――僕の意識は何ど処こまでも広大な、白の世界へと堕おちていった。