20 / 105
第1章 ファスティアの冒険者
第20話 クエストクリア
しおりを挟む
はじめてとなる激戦を、無事に乗り切ることができたエルスとアリサ。疲労し、体力や魔力素を消耗した二人ではあるが、しばらく休めば問題なく回復するだろう。
アリサは先ほどから、怪我人の治療を行うリリィナの姿を、憧れの目で見つめている。エルスは冷たい石の床に座り、退屈そうに周囲を見回した。
この部屋の壁や柱、天井などはヒビ割れ、所々が大きく崩れている。風化した滑らかな断面を見るに、今回の異変の遥か以前から、このような状態だったようだ。
「団長、遅っせェなぁ。俺たちも行ってみるか?」
「うーん。『休息を!』って言われたし、勝手に動かない方がいいんじゃないかなぁ。もし迷惑かけるといけないし、言われたとおり休もう?」
アリサはリリィナに視線を向けたまま、そうエルスに答える。
暇を持て余したエルスは手持ち無沙汰に、冷たい床の上へ手を滑らせている。すると、所々に窪みのような、指先の感触が違う部分があることに気がついた。
エルスはなんとなくそれが気になり、窪みに溜まった土埃を手で掃う。
すると石床の上に、〝MYSTLIA〟という形が浮かび上がった。
「なんだこれ? 神聖文字っぽいけど……。俺、これ苦手なんだよなぁ。アリサ、これ読めるか?」
エルスはアリサの太腿を軽くつつき、立っている彼女に問いかける。それに反応したアリサは隣にしゃがみ込み、彼の指先へ視線を移した。
「うーん、なんだっけ? どこかで見たような気がするけど……」
「これは〝ミストリア〟ね。神聖文字で、そう書いてあるわ」
いつの間に近づいたのか。
リリィナが二人の背後から、優しげな顔を覗かせていた。
「ミストリア? あぁ、創生神だか再世神だかの名前だっけ……」
「ええ、そうよ。基本的にミストリアといえば、再世神さまを指すわ」
「これ、そう読むんだ? 物知りだなぁ、お姉ちゃん!」
リリィナに煌く眼差しを向けるアリサに対し、エルスは再び床へと視線を戻す。
「……そういえば、なんで遺跡ってボロボロなんだ? 俺の家みてェに、魔王にブッ壊されたのか?」
何らかの理由で破壊されたとしても〝霧〟によって修復されるはず。
エルスはリリィナに向け、〝当たり前〟の疑問を口にした。
「確かに、そういう場所もあるけれど。いま現在、再世紀において遺跡となっている場所には、ずっと霧が出ていないのよ」
「言われてみれば確かに、ここって魔力素も少ねェし、何か息苦しいよな」
「そうなの? 大丈夫? エルス」
アリサは心配そうに、エルスへと視線を移す。
しかし彼は床に目を落としたまま、何やらブツブツと呟いている。
「……霧が出ねェから遺跡になる……霧が出ねェから魔力素が少ない……」
エルスは引き込まれるように、床の文字へと指を這わせる。リリィナはアリサの頭を優しく撫でながら、座り込んだままのエルスを軽く睨んだ。
「珍しく熱心ね、エルス? 遺跡に興味があるのなら、研究者になってみる?」
「へッ! ちょっと気になっただけさ! それに……」
そんなことは「時間の無駄だ」と言いかけ、エルスは思わず口をつぐむ。
「それに?」
「いや……。俺には魔王を……。あの魔王メルギアスを倒すッて目的があるし、そんな余裕なんかねェよ……」
「エルス。メルギアスは、もう――」
リリィナがそう言いかけた時。
不意に拠点広間の方向から、カダンの大声が響き渡った。
「皆さんッ! 勇者殿が! ロイマン殿が! やってくれましたぞぉぉ!」
戻ってきたカダンからの吉報に、冒険者たちからは歓声が上げる。
高く掲げられた彼の手には、何やら黒い棒きれが握られているようだ。エルスも詳細を知るべく、一目散にカダンの元へと駆け寄ってゆく。
「団長ッ! それで、ロイマンは?」
「おお、エルス殿! 勇者殿は王都へ向かわれました! 今日中に辿り着きたいとのことで!」
「そうなのか……。追いかけたい気もするけど、王都は俺らが来た方角だしなぁ」
エルスは考え込むように、自身の顎に拳を当てる。
そんな彼の両肩を、カダンが大きな両手でガッシリと掴んだ。
「それよりも! 実はロイマン殿が動いてくださったのは、エルス殿のおかげなのですよ!」
「はぁッ? な、何でだよッ!?」
カダンいわく。彼が勇者への報酬を訊ねたところ「エルスに免じて無料で良い」との返答を貰ったとのこと。これは戦力面以上に〝財政面〟に問題を抱えている自警団にとって、まさに願ったり叶ったりな言葉だった。
「いやぁ! 流石は、ロイマン殿ご推薦の冒険者ですな!」
カダンは興奮した様子で大喜びし、今度はエルスの手を掴んで上下に振ってみせる。予想外の結果に驚く彼に対し、周囲の冒険者たちからは口々に、エルスへの称賛の声が上がりはじめていた。
「おいおい、すげぇな! あのニイちゃん!」
「ありゃ昼間、酒場で大暴れしてた冒険者か? 勇気あるな!」
「あのロイマンを動かしちまうとは、大したモンだ!」
日中の酒場で浴びた嘲笑との温度差に、しばし唖然となるエルス。そんな彼の元へ、アリサとリリィナが遅れてやってきた。
「エルスの頑張りが通じたんだよ。きっと」
「そう……なのか? よくわからねェな……」
「あの団長の言う通りなら、あなたの行動が〝勇者〟の心に響いたのでしょうね」
未だ冷めやらぬ称賛の大合唱。
しかし当のエルスとしては、この結果に納得できない部分も多い。
リリィナは戸惑う彼の背中にそっと触れながら、さらに言葉を続ける。
「ほら、人々からの称賛に応えることも〝勇者の責任〟よ? あなたも魔王を倒し、いずれ勇者となるのなら――今は、彼らに応えてあげなさい?」
「勇者の……責任……? ええいッ! まぁいいやッ!」
エルスは意を決し、冒険者らの前へと一歩進み出た。
そして高らかに拳を突き上げ、自分なりの労いの言葉を叫ぶ。
「みんなッ! お疲れさんッ! 今日は美味い飯でも食って、思い切り寝ようぜェ!」
「ウム! あとの処理は自警団にお任せを! 皆様、ご協力ありがとうございました! 今宵はパーっと、祝杯を挙げましょう!」
依頼の完了を告げる宣言に、周囲の冒険者たちからは大きな歓声が巻きおこる。その大歓声は暫くの間、〝はじまりの遺跡〟を揺らさんとばかりに響き渡るのだった。
アリサは先ほどから、怪我人の治療を行うリリィナの姿を、憧れの目で見つめている。エルスは冷たい石の床に座り、退屈そうに周囲を見回した。
この部屋の壁や柱、天井などはヒビ割れ、所々が大きく崩れている。風化した滑らかな断面を見るに、今回の異変の遥か以前から、このような状態だったようだ。
「団長、遅っせェなぁ。俺たちも行ってみるか?」
「うーん。『休息を!』って言われたし、勝手に動かない方がいいんじゃないかなぁ。もし迷惑かけるといけないし、言われたとおり休もう?」
アリサはリリィナに視線を向けたまま、そうエルスに答える。
暇を持て余したエルスは手持ち無沙汰に、冷たい床の上へ手を滑らせている。すると、所々に窪みのような、指先の感触が違う部分があることに気がついた。
エルスはなんとなくそれが気になり、窪みに溜まった土埃を手で掃う。
すると石床の上に、〝MYSTLIA〟という形が浮かび上がった。
「なんだこれ? 神聖文字っぽいけど……。俺、これ苦手なんだよなぁ。アリサ、これ読めるか?」
エルスはアリサの太腿を軽くつつき、立っている彼女に問いかける。それに反応したアリサは隣にしゃがみ込み、彼の指先へ視線を移した。
「うーん、なんだっけ? どこかで見たような気がするけど……」
「これは〝ミストリア〟ね。神聖文字で、そう書いてあるわ」
いつの間に近づいたのか。
リリィナが二人の背後から、優しげな顔を覗かせていた。
「ミストリア? あぁ、創生神だか再世神だかの名前だっけ……」
「ええ、そうよ。基本的にミストリアといえば、再世神さまを指すわ」
「これ、そう読むんだ? 物知りだなぁ、お姉ちゃん!」
リリィナに煌く眼差しを向けるアリサに対し、エルスは再び床へと視線を戻す。
「……そういえば、なんで遺跡ってボロボロなんだ? 俺の家みてェに、魔王にブッ壊されたのか?」
何らかの理由で破壊されたとしても〝霧〟によって修復されるはず。
エルスはリリィナに向け、〝当たり前〟の疑問を口にした。
「確かに、そういう場所もあるけれど。いま現在、再世紀において遺跡となっている場所には、ずっと霧が出ていないのよ」
「言われてみれば確かに、ここって魔力素も少ねェし、何か息苦しいよな」
「そうなの? 大丈夫? エルス」
アリサは心配そうに、エルスへと視線を移す。
しかし彼は床に目を落としたまま、何やらブツブツと呟いている。
「……霧が出ねェから遺跡になる……霧が出ねェから魔力素が少ない……」
エルスは引き込まれるように、床の文字へと指を這わせる。リリィナはアリサの頭を優しく撫でながら、座り込んだままのエルスを軽く睨んだ。
「珍しく熱心ね、エルス? 遺跡に興味があるのなら、研究者になってみる?」
「へッ! ちょっと気になっただけさ! それに……」
そんなことは「時間の無駄だ」と言いかけ、エルスは思わず口をつぐむ。
「それに?」
「いや……。俺には魔王を……。あの魔王メルギアスを倒すッて目的があるし、そんな余裕なんかねェよ……」
「エルス。メルギアスは、もう――」
リリィナがそう言いかけた時。
不意に拠点広間の方向から、カダンの大声が響き渡った。
「皆さんッ! 勇者殿が! ロイマン殿が! やってくれましたぞぉぉ!」
戻ってきたカダンからの吉報に、冒険者たちからは歓声が上げる。
高く掲げられた彼の手には、何やら黒い棒きれが握られているようだ。エルスも詳細を知るべく、一目散にカダンの元へと駆け寄ってゆく。
「団長ッ! それで、ロイマンは?」
「おお、エルス殿! 勇者殿は王都へ向かわれました! 今日中に辿り着きたいとのことで!」
「そうなのか……。追いかけたい気もするけど、王都は俺らが来た方角だしなぁ」
エルスは考え込むように、自身の顎に拳を当てる。
そんな彼の両肩を、カダンが大きな両手でガッシリと掴んだ。
「それよりも! 実はロイマン殿が動いてくださったのは、エルス殿のおかげなのですよ!」
「はぁッ? な、何でだよッ!?」
カダンいわく。彼が勇者への報酬を訊ねたところ「エルスに免じて無料で良い」との返答を貰ったとのこと。これは戦力面以上に〝財政面〟に問題を抱えている自警団にとって、まさに願ったり叶ったりな言葉だった。
「いやぁ! 流石は、ロイマン殿ご推薦の冒険者ですな!」
カダンは興奮した様子で大喜びし、今度はエルスの手を掴んで上下に振ってみせる。予想外の結果に驚く彼に対し、周囲の冒険者たちからは口々に、エルスへの称賛の声が上がりはじめていた。
「おいおい、すげぇな! あのニイちゃん!」
「ありゃ昼間、酒場で大暴れしてた冒険者か? 勇気あるな!」
「あのロイマンを動かしちまうとは、大したモンだ!」
日中の酒場で浴びた嘲笑との温度差に、しばし唖然となるエルス。そんな彼の元へ、アリサとリリィナが遅れてやってきた。
「エルスの頑張りが通じたんだよ。きっと」
「そう……なのか? よくわからねェな……」
「あの団長の言う通りなら、あなたの行動が〝勇者〟の心に響いたのでしょうね」
未だ冷めやらぬ称賛の大合唱。
しかし当のエルスとしては、この結果に納得できない部分も多い。
リリィナは戸惑う彼の背中にそっと触れながら、さらに言葉を続ける。
「ほら、人々からの称賛に応えることも〝勇者の責任〟よ? あなたも魔王を倒し、いずれ勇者となるのなら――今は、彼らに応えてあげなさい?」
「勇者の……責任……? ええいッ! まぁいいやッ!」
エルスは意を決し、冒険者らの前へと一歩進み出た。
そして高らかに拳を突き上げ、自分なりの労いの言葉を叫ぶ。
「みんなッ! お疲れさんッ! 今日は美味い飯でも食って、思い切り寝ようぜェ!」
「ウム! あとの処理は自警団にお任せを! 皆様、ご協力ありがとうございました! 今宵はパーっと、祝杯を挙げましょう!」
依頼の完了を告げる宣言に、周囲の冒険者たちからは大きな歓声が巻きおこる。その大歓声は暫くの間、〝はじまりの遺跡〟を揺らさんとばかりに響き渡るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる