ミストリアンクエスト

幸崎 亮

文字の大きさ
21 / 105
第1章 ファスティアの冒険者

第21話 闇の夜空に封じられし心

しおりを挟む
 自警団からの依頼クエストを、無事に完了させた冒険者たち。彼らは街で祝杯を挙げるべく帰路につき始め、〝はじまりの遺跡〟に残った者も、すでにまばらとなっていた。


「私はもう少し、ここで治療を手伝ってから帰るわね。あとでエルスに渡したい物があるの。宿で待っててちょうだい?」

 リリィナはいまだ残っている負傷者たちに、治癒魔法を施しながら言う。

 魔法を使うことで消耗した魔力は、周囲の魔力素マナが体内に取り込まれることで回復する。そのため、魔力素マナ濃度の低い遺跡内では並みの冒険者や魔術士では魔力の回復が追いつかず、ほぼ彼女が一人で治療を行なっていた。


「そうか……。考えてみたら、今から歩いて帰るンだよな……」
「来る時は魔法で〝びゅーん〟だったもんね。エルス、あれできない?」
「一応やり方は見てたし、やれなくはねェけどよ。アレは万全だったとしても、今の俺にはキツイぞ……」
「仕方ないわね。――はい、これ。エルスなら使えるわね?」

 リリィナはためいきをつきながら、透き通った緑色の石をエルスに差し出す。それを見たエルスは、まるでおびえるかのように血相を変えた。


「げッ!? それは、風のせいれいせきか……?」
「安心なさい。属性は風に限定されているし、間違っても暴走しないわ」
「やったぁ。じゃあエルス、早く帰って美味しい物食べよう?」
「わッ、わかったよ! チクショウ……この二人がそろうと、いつもこれだッ……」

 エルスは渋々ながら、風のせいれいせきをリリィナから受け取る。彼女は満足そうにほほむと、上品な足取りで奥の救護室へと去っていった。



「お二方! 今から、お帰りですかな?」

 帰りたくをはじめていたエルスとアリサの元へ、カダンが近づいて声をかけてきた。彼はせわしなく動き回っていたのか、額に汗がにじんでいるのが見てとれる。

「ああッ! 団長は、まだ残ンのか?」
「この異変の調査が、我らの任務ですので! 今から現場へ行き、の正体も確かめねば!」

 カダンは手にした二本の棒切れを、はたのように振ってみせる。黒い石質をしたにはげたような断面があり、赤黒い汚れが全体的に付着しているようだ。

「そうそう、大事なことを忘れるところでした! 報酬は明日お支払いしますので、自警団本部までご足労頂けると幸いです!」
「わかった! じゃあ団長も気をつけてなッ!」

 二人にアルティリア制式の敬礼を決め、カダンは数人の団員らと共に扉の中へと入っていった。魔物のそうくつだった〝あの奥〟も、しばらくのあいだへいおんが訪れるだろう。


 カダンらを見送ったエルスは、何か引っかかるものを感じたのだが――。
 まだその正体を、ハッキリとはあくできない。


「エルス、さっき団長さんが持ってたのって、なんか見たことあるような?」
「うーん……。なんか、俺もそんな気が……」
「とりあえず、わたしたちも帰ろっか。お腹いたし」
「だなッ!――ッて、まだ俺にはひとごとあるんだったぜ……」

 エルスは深く息をを吐き、リリィナから手渡された小さな石を取り出した。これは術者の契約した精霊の力を増幅する、いわば〝守護符アミュレット〟の一種だ。

 魔法を扱う者にとっては極めて貴重な品であるだが、エルスにとっては恐怖にも似た、別の意味をもっていた。




 遺跡から出たエルスはひとが無いことを確認し、静かに呼吸を整える。そんな彼の背中に、アリサがピッタリとりついた。

「失敗しても恨まないでくれよ……?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが危ないもの渡すとは思えないし」
「……リリィナのヤツ、俺とアリサじゃ態度を変えやがンだよ……」

 エルスは風の精霊石を握りしめ、静かに石へと念を込める。続けて増幅の言葉と風の呪文を唱えると――だいに、彼の銀髪と瞳が緑色の光を帯びはじめた。


「我が風の力よ、けんげんせよッ! マフレイト――ッ!」

 風の精霊魔法・マフレイトが発動し、エルスの足元に緑色の魔法陣が浮かぶ。
 同時に風の結界が二人を包み込み、わずかに地面から浮上させた。

 そして二人を乗せた結界はファスティアの方角へ向け、高速で飛行を開始する!


「わぁ! すごいねエルスっ――速い速いっ!」

 高速で過ぎ去って行く景色をながめながら、アリサは嬉しそうに声をあげる。エルスが生み出した結界は小さく、アリサは彼の背中に密着しなければ収まりきれないほどに狭い。それでも速度は申し分なく、すぐに街まで戻れるだろう。


「あ……危ねェから、あんまり話しかけンなよッ!? 今日見たばっかの高位魔法を、いきなり使ってンだから……」

 震えるエルスの腰にしがみつきながら、アリサは暗黒の夜空を見上げる。

 太陽ソルルナへと姿を変え、柔らかな銀光ひかりを地上へ降らせている。その光に反応し、濃度の高い上空の魔力素マナが星々のごとく、キラキラと輝きを放っていた。


「よく見るとれいだよねぇ。夜空って」
「いッ……いつも、見てるじゃねェかッ……」
「うん。でも、いつもはゆっくりと見てられないから。今は特別なの」
「よッ……よくわからねェけどッ……。危ねェから……、黙ってしがみついてろよなッ……!」

 アリサは小さく「うん」とつぶやき、エルスの背中を見つめながら静かに微笑む。
 そんな彼女の眼から涙がこぼれていたことを、今のエルスは知るよしもなかった――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...