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第2章 ランベルトスの陰謀
第35話 砕け散った希望
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研究所内、入口付近の大広間。ボルモンク三世と対峙した状態のアリサとミーファ、そして後から現れたジェイドに加え、ついにエルスまでもが戻ってきた。
「エルスっ! 無事でよかったっ……!」
「おー! さすがはご主人様! 卑劣な罠には屈しなかったのだー!」
「心配かけちまッたな、アリサ! ミーファ!」
入口から向かって左奥の、太い通路から出てきたエルス。彼は懐かしげに二人の顔へと目を遣ったあと、ジェイドの姿に視線を留める。
「まさか、ジェイドまでいるとは思わなかったぜ!」
「ハッ! やっと役者が揃ったか!」
「ああッ! あとはニセルがいてくれりゃなぁ……」
「何だ、おらんのか? あの野郎のことだ、そのウチ現れるだろうよ!」
ニセルとジェイドは旧知の間柄であり、幼馴染の関係でもある。ジェイドはどこか思わせぶりに言い、大口を開けながら笑ってみせた。
敵の増援を阻止することには成功したものの、依然として状況は芳しくない。エルスはボルモンクに短杖を突きつけながら、実力行使の宣言をする。
「クレオールを解放しねェつもりなら、もう力ずくでいかせてもらうぜッ!」
「ふぅむ。どうやら貴方に対する評価を、大幅に改める必要がありそうですね」
ボルモンクは自身の顎髭を撫でながら、感心したように息を漏らす。
「ザグド、計画変更です。直ちに魔水晶に瘴気を充填させなさい!」
「シシッ……! 博士、それだけはどうか……」
「失望しましたよ、ザグド? くれぐれも覚悟しておくことですね――!」
内心では焦りがあるのか。ボルモンクはザグドからの抗議を遮った後、彼を無理矢理に押しのけて、機械の起動スイッチを押した。
「あッ、この野郎ォ! フレイト――ッ!」
風の精霊魔法・フレイトが発動し、風の結界がエルスを包む。そして結界を纏った彼は宙を翔び、魔水晶を目がけて突撃する。
「捕らえなさい! 魔導兵!」
創造主からの命令に従い、周囲の魔導兵たちがエルスに向かって目を向ける。途端、彼の身体は空間に縫い付けられたかのように、ピタリと空中で停止した。
「ぐあッ……!? これッ……、なんとかなんねェのかよッ……!」
「エルスっ!」
「俺は大丈夫だッ! 二人とも、早くクレオールを!」
ボルモンクが機械を作動させたことにより、魔水晶の内部は闇で満たされ、すでにクレオールの姿を確認することもできない。
自由を奪われたエルスは必死にアリサたちに呼びかけるも、彼女らの間には魔導兵の群れが立ち塞がっており、ジェイドもゼニファーとの交戦を始めている。
「魔導兵の念動捕縛。貴方に対しては、特に有効なようですね」
ボルモンクは冷笑を浮かべつつ、宙に浮かされたままのエルスを見上げる。
「これは対象の魔力素に働きかけ、運動を阻害する機能。魔導兵一体では、せいぜい動きを鈍らせる程度の効果しかないのですが……」
事実、魔導兵らの能力が、アリサたちに効果を発揮している様子はない。ボルモンクは眼鏡を外して首を振り、自身の額の汗を拭う。
「エルスと言いましたね? どうやら貴方の内には、大いなる〝力〟が潜んでいる……! 魔力素の根源とも呼ぶべきもの。つまりは〝精霊〟の力です!」
「精霊ですって……?」
主の言葉を耳にした瞬間、ゼニファーの動きが止まる。それでは自身が十三年の、あの時に見た〝銀髪の人物〟は――。
「ハッ! よそ見をしている場合かっ!? ヴィストォ――!」
「ハァ……。貴方の顔なんて、マトモに見る必要ないじゃない?」
ジェイドが放った風の魔法を〝結界〟で去なし、彼女も同じ魔法を撃ち返す。
こうした結界は呪文に依らず、体内の魔力素そのものを放出して展開される。ただし、制御には大量の魔力素の消費に加えて魔術士としての熟練も必要となり、実質的にゼニファーやボルモンクのような、〝エルフの血族〟らの専売特許となっている。
*
「うー! こうなったら、ミーが魔水晶を破壊してやるのだー!」
ミーファは斧で魔導兵らを振り払い、闇色に染まった水晶に狙いを定める。
「無駄ですよ、ミーファ様。その瞬間、増幅された闇が一気に流れ込むでしょう。言うまでもなく、クレオール嬢の躰にね!」
「じゃあ、その〝変な箱〟を壊しちゃえば……!」
「これは〝機械〟という、一種の魔導装置です。説明は割愛いたしますよ」
ボルモンクは機械の操作板を叩きながら、二人の少女へ視線を遣る。現在、彼女らは魔導兵によって、完全に行く手を阻まれている。すでに状況は磐石だろう。
「どちらにせよ手遅れです。――さあ、完成の時間ですよ!」
「ぐぅッ……! クレオール……ッ!」
エルスは悔しげに奥歯を食いしばり、為す術もなく魔水晶を睨みつける。やがて内部に渦巻いていた〝闇〟はクレオールの躰へと収束し、中の様子が露になった。
魔水晶の空洞内で目を閉じたまま、十字架に縛られているクレオール――。すると突如、彼女が白目を剥き、その美しい顔面を歪ませた。
「アッ……!? アアガアッアッ……! ガゴァッ……!? グッガガッ……!」
言葉にもならぬ呻きを叫げ、クレオールが束縛されたままの全身を激しく捩る。彼女の体内では何かが這いずり回るかのように、肉体のいたる所が膨張しはじめる。
そして次の瞬間、それらが大きく破裂した。
「まッ……!?」
エルスは大きく目を見開いたまま、言葉を発することができない。
魔水晶の内壁には真っ黒な液体が張りついており、それは粘性を持っているかのように、ゆっくりと下方へ流れ落ちてゆく。
「クレオールさん……」
流れる闇を見つめながら、アリサが静かに小さく呟いた。すべてが流れ落ちた後に残ったのは、闇色をした液体に佇んでいる、木製の十字架のみだった。
「エルスっ! 無事でよかったっ……!」
「おー! さすがはご主人様! 卑劣な罠には屈しなかったのだー!」
「心配かけちまッたな、アリサ! ミーファ!」
入口から向かって左奥の、太い通路から出てきたエルス。彼は懐かしげに二人の顔へと目を遣ったあと、ジェイドの姿に視線を留める。
「まさか、ジェイドまでいるとは思わなかったぜ!」
「ハッ! やっと役者が揃ったか!」
「ああッ! あとはニセルがいてくれりゃなぁ……」
「何だ、おらんのか? あの野郎のことだ、そのウチ現れるだろうよ!」
ニセルとジェイドは旧知の間柄であり、幼馴染の関係でもある。ジェイドはどこか思わせぶりに言い、大口を開けながら笑ってみせた。
敵の増援を阻止することには成功したものの、依然として状況は芳しくない。エルスはボルモンクに短杖を突きつけながら、実力行使の宣言をする。
「クレオールを解放しねェつもりなら、もう力ずくでいかせてもらうぜッ!」
「ふぅむ。どうやら貴方に対する評価を、大幅に改める必要がありそうですね」
ボルモンクは自身の顎髭を撫でながら、感心したように息を漏らす。
「ザグド、計画変更です。直ちに魔水晶に瘴気を充填させなさい!」
「シシッ……! 博士、それだけはどうか……」
「失望しましたよ、ザグド? くれぐれも覚悟しておくことですね――!」
内心では焦りがあるのか。ボルモンクはザグドからの抗議を遮った後、彼を無理矢理に押しのけて、機械の起動スイッチを押した。
「あッ、この野郎ォ! フレイト――ッ!」
風の精霊魔法・フレイトが発動し、風の結界がエルスを包む。そして結界を纏った彼は宙を翔び、魔水晶を目がけて突撃する。
「捕らえなさい! 魔導兵!」
創造主からの命令に従い、周囲の魔導兵たちがエルスに向かって目を向ける。途端、彼の身体は空間に縫い付けられたかのように、ピタリと空中で停止した。
「ぐあッ……!? これッ……、なんとかなんねェのかよッ……!」
「エルスっ!」
「俺は大丈夫だッ! 二人とも、早くクレオールを!」
ボルモンクが機械を作動させたことにより、魔水晶の内部は闇で満たされ、すでにクレオールの姿を確認することもできない。
自由を奪われたエルスは必死にアリサたちに呼びかけるも、彼女らの間には魔導兵の群れが立ち塞がっており、ジェイドもゼニファーとの交戦を始めている。
「魔導兵の念動捕縛。貴方に対しては、特に有効なようですね」
ボルモンクは冷笑を浮かべつつ、宙に浮かされたままのエルスを見上げる。
「これは対象の魔力素に働きかけ、運動を阻害する機能。魔導兵一体では、せいぜい動きを鈍らせる程度の効果しかないのですが……」
事実、魔導兵らの能力が、アリサたちに効果を発揮している様子はない。ボルモンクは眼鏡を外して首を振り、自身の額の汗を拭う。
「エルスと言いましたね? どうやら貴方の内には、大いなる〝力〟が潜んでいる……! 魔力素の根源とも呼ぶべきもの。つまりは〝精霊〟の力です!」
「精霊ですって……?」
主の言葉を耳にした瞬間、ゼニファーの動きが止まる。それでは自身が十三年の、あの時に見た〝銀髪の人物〟は――。
「ハッ! よそ見をしている場合かっ!? ヴィストォ――!」
「ハァ……。貴方の顔なんて、マトモに見る必要ないじゃない?」
ジェイドが放った風の魔法を〝結界〟で去なし、彼女も同じ魔法を撃ち返す。
こうした結界は呪文に依らず、体内の魔力素そのものを放出して展開される。ただし、制御には大量の魔力素の消費に加えて魔術士としての熟練も必要となり、実質的にゼニファーやボルモンクのような、〝エルフの血族〟らの専売特許となっている。
*
「うー! こうなったら、ミーが魔水晶を破壊してやるのだー!」
ミーファは斧で魔導兵らを振り払い、闇色に染まった水晶に狙いを定める。
「無駄ですよ、ミーファ様。その瞬間、増幅された闇が一気に流れ込むでしょう。言うまでもなく、クレオール嬢の躰にね!」
「じゃあ、その〝変な箱〟を壊しちゃえば……!」
「これは〝機械〟という、一種の魔導装置です。説明は割愛いたしますよ」
ボルモンクは機械の操作板を叩きながら、二人の少女へ視線を遣る。現在、彼女らは魔導兵によって、完全に行く手を阻まれている。すでに状況は磐石だろう。
「どちらにせよ手遅れです。――さあ、完成の時間ですよ!」
「ぐぅッ……! クレオール……ッ!」
エルスは悔しげに奥歯を食いしばり、為す術もなく魔水晶を睨みつける。やがて内部に渦巻いていた〝闇〟はクレオールの躰へと収束し、中の様子が露になった。
魔水晶の空洞内で目を閉じたまま、十字架に縛られているクレオール――。すると突如、彼女が白目を剥き、その美しい顔面を歪ませた。
「アッ……!? アアガアッアッ……! ガゴァッ……!? グッガガッ……!」
言葉にもならぬ呻きを叫げ、クレオールが束縛されたままの全身を激しく捩る。彼女の体内では何かが這いずり回るかのように、肉体のいたる所が膨張しはじめる。
そして次の瞬間、それらが大きく破裂した。
「まッ……!?」
エルスは大きく目を見開いたまま、言葉を発することができない。
魔水晶の内壁には真っ黒な液体が張りついており、それは粘性を持っているかのように、ゆっくりと下方へ流れ落ちてゆく。
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