ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第2章 ランベルトスの陰謀

第37話 創造された生命

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 研究所内の大広間。ついにクレオールもニセルによって救出され、ボルモンクさんせいを追い詰めたエルスたち。――しかし、その矢先。身代わりの〝人形〟が入れられていた魔水晶クリスタルの内部が不気味にうごめき、そこに〝なにか〟が誕生した。

「あれはッ……! また目玉かよッ……!」

「ハッ! 目玉アレを見ると、奪われた右腕がうずきやがるぜ!」

 魔水晶クリスタルに溜まった暗黒の粘液はスライムのようにれ動き、巨大な目玉を形成していた。さらには高速で増殖を繰り返し、またたく間に空洞内を〝闇〟で満たす。

「おお、おお! これは素晴らしい!」

「なっ、なによんあれ……。博士センセ、奥の転送装置テレポータで逃げましょ?」

「何を言うのです! あの〝人形〟はしょうしんしょうめいの創りもの、いわば命なきたい! それがこうして、命を得たのですよ!? これはどうへいを越える快挙です!」

 ゼニファーの言葉を早口でけ、ボルモンクは食い入るように魔水晶クリスタルを見つめる。すでに粘性の闇は魔水晶クリスタルから染み出しており、魔水晶クリスタル全体を包み込むように、絶え間ない増殖を続けている。

 その時。不意に巨大な青い瞳が、創造主ボルモンクの方を向いた。

「シシッ! 博士!」

「ぐおうっ――!」

 目玉から放たれた念動波サイコウェイブによって、ボルモンクのからだは装置の方へと大きく弾き飛んでゆく。そんな彼をかばう形で、とっにザグドがあいだに入った。

「グギアッ……!」

 骨のきしむ音と共に、ザグドがにぶうめげる。装置に強く頭をぶつけてしまったのか、彼の頭部からは紫色の血が流れている。

「ははは! これは素晴らしい、素晴らしい!」

 身をていして己を庇ったザグドには目をくれず、ボルモンクはられたかのように、再び魔水晶クリスタルへと足を進めた。


「シッ……! だめですのぜ、博士!」

 ふらつきながらもかろうじて立ち上がり、ザグドはボルモンクの前へと出る。そして彼は魔水晶クリスタルに手をかざし、素早く対抗呪文を唱えた。

「む、やめなさいザグド!」

「デスト――」

 しかし、ザグドが魔法を解き放とうとした瞬間――。
 ボルモンクが払いのけるように、彼のからだを突き飛ばした。

 小柄なザグドは宙を舞い、そのまま広間の壁へと激突する。

「ザグド!」

 ニセルがザグドの名を呼ぶも、彼からの反応は返ってはこなかった。

             *

「なんてヤツだ! あんたを庇ってくれたッてのによッ!」

 エルスは右手に短杖ワンドを構え、ザグドが唱えていた呪文を唱える。

「デストミスト――ッ!」

 解呪の闇魔法・デストミストが発動し、杖の先から紫色の光が伸びる。光が照射された部分からは紫色の泡が生み出され、少しずつの表面へと広がってゆく。

「闇魔法まで使うだと!? ええい!」

 ボルモンクは乱暴に装置を操作し、広間に充満していたしょうを内部へ吸引する。そして集めた瘴気を一気に〝闇〟へと注ぎ込んだ。

「さあ、エサの時間です! 成長しなさい! 新たなる生命よ!」

 大量の瘴気によってエルスの魔法はされ、さらに〝闇〟が勢いを増す。だいに闇のかたまりからは二本の脚が生え、がゆっくりと立ち上がる――。

巨人族ジャイアントか……?」

 誰ともなくつぶやかれる。

 球状だった闇は縦長をしたえんとなり、肩に相当する位置からは二本の細い腕が伸びている。対して、巨体を持ち上げるに至った両脚は、たいぼくのように成長した。

 さらに楕円形をした〝胴体〟の頂点には半球状の〝こぶ〟が現れ、そこに巨大な目玉が生成される。そして闇色をした巨人は眠りから覚めたかのようにき、青い単眼をぐるりと一周させた。

             *

「素晴らしい! まさに新たなる〝しゅ〟の誕生です! 失われた古代文明にならい、これを〝魔導生命体ホムンクルス〟と名付けましょうか!」

「おい、あんた! コイツをなんとかできねェのか!?」

 エルスはこうこつの表情を浮かべたままの製作者ボルモンクへ向かって叫ぶ。状況からしても〝戦う〟以外の選択肢は無さそうだが、まだエルスには迷いがあった。

「おや、おや! じつに面白いことを言いますね! この場面、ぼうかつせんりょな冒険者が取る行動は〝ひとつ〟でしょう!?」

「ふっ。しかないようだな」

 軽く息を吐きながら、ニセルは右手にクロスボウを構える。アリサたちも武器を構え、魔導生命体ホムンクルスの動きを注視している状態だ。

 するとは足元の小人を見下ろすかのように、再び目玉を回転させた。


索敵サーチ……。カンリョウ……。ハイジョ。シマス」

 どうへいよりも声らしい音を発し、魔導生命体ホムンクルスどうこうが大きく見開かれる。直後、全周囲へ向けて、高出力の念動波サイコウェイブが放たれた。

「わわっ! ぶっ飛ばされるのだー!?」

 ミーファは斧を床に突き立て、その場へ必死にしがみつく――。

「きゃ!? もうっ、冗談じゃないわよん!」

「うおッ!? ぐああ――ッ!」

 対してゼニファーは大きく突き飛ばされたかのように転倒し、さらにエルスに至っては、遠く広間の壁際まではじき飛ばされてしまった。

「エルスっ! 大丈夫!?」

 アリサは背後をいちべつし、すぐに敵へ視線を戻す。彼女もミーファと同様に、あまりダメージは受けなかったようだ。


「どうやら魔力素マナとの相性が良いほど、の影響を受けやすいようだな」

 ニセルは周囲を見回し、さきほどの攻撃を分析する。大きく吹き飛ばされたエルスに比べ――ドワーフ族のミーファや、どうたい魔力素マナを奪われている彼自身は、少しバランスをくずされた程度で治まっている。

「エルス――! ありがとうございます、ニセルさま!」

 クレオールはニセルに礼を言い、すぐにエルスの元へ走る。彼女はニセルが壁になってくれたためか、無傷で済んでいたようだ。

             *

「想像以上の成果です! しかし、これ以上の観測は、我々にも危険が及びますね」

 ボルモンクはよろめきながらも立ち上がり、新しい眼鏡を掛けなおす。彼も念動波サイコウェイブによって吹き飛ばされ、頭をぶつけたのか赤い血液を流している。

「ゼニファー、引き上げますよ! 奥の転送装置テレポータへ!」

「ふぅ。承知したわん」

 あるじの言葉を待っていたかのように、ゼニファーが広間の奥へと歩きだす。念動波サイコウェイブによる衝撃で傷が悪化してしまったのか、彼女は腹のあたりを押さえている。

「おおっと! 逃がすかよ――!」

 ジェイドはものを右手に構え、ゼニファーへとかる。
 しかし、そんな彼の目の前に〝闇の柱〟がふさがる。


「テキ。カクニン。コウゲキ。シマス」

「チィ! このデカブツめ、よくも俺様の邪魔を!」

 ジェイドに向かって〝腕〟を振り下ろした魔導生命体ホムンクルスは単眼を彼に向けたまま、ゆっくりと歩行を開始する。それに気づいたアリサとミーファ、ニセルも応戦すべく、ジェイドの元へと駆けてゆく。

 そのすきを突くかのように、ボルモンクとゼニファーは広間に隠されていた転送装置テレポータへと辿たどいた。どうやら装置これはザグドが現れた際に、彼が使用した物のようだ。

 装置のそばにはまんしんそうのザグドが倒れ、大きな瞳をボルモンクへと向けている。


「シシ……。は……、博士……」

「ザグド、あとで結果を報告しなさい! さもなくば弟は……。わかっていますね?」

「どうか……! どうか待っ――」

 ザグドが言い終えるよりも早く、ボルモンクは装置を起動させる。直後、彼とゼニファーは光に包まれ、こんせきもなく姿を消した。

「そん……、な……」

 一人残されたザグドは涙を流し、冷たい床に大きな顔面を押し付けた。

             *

「エルス、大丈夫ですか?」

 クレオールはエルスに駆け寄り、速やかに治癒魔法セフィドを唱える。目立った傷は無いものの、彼は机や機材にもれたせいもあり、いたる所から出血している。

「痛ェ……。何か、ものスゲェチカラで押しつぶされた気分だぜ……」

「こんな事になるなんて……。わたくしが捕まったせいで、ごめんなさい……」

「何言ってんだ、わりィのはボルモンクだ! とにかくアイツを何とかしねェと」

 傷がえたエルスは立ち上がり、ほこりくずを軽くはらう。

「ふぅ、楽になった! ありがとなッ!」

わたくしにはこれくらいしか……。せめて後方支援は任せてね?」

「へへッ、心強いぜ!」

 とはいえエルス自身も、すでに剣を失っている。彼が前方の魔導生命体ホムンクルスに目をると、すでにアリサたち四人が戦闘を始めていた。一方で視界の範囲内に、ボルモンクたちの姿は見当たらない。

「んー。前衛まえはアリサたちに任せて、俺も後衛うしろに回った方がよさそうだな」

 そのようにエルスがつぶやくと、ニセルが振り返ってうなずいてみせた。どうやら彼の〝左耳〟には、今の声が聞こえたようだ。

「よしッ、決まりだ! さあ、俺たちのチカラを見せてやるぜ――ッ!」
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