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初デート

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「お疲れさま」
「お疲れ様です。まさか本当に待ってたんですね……」
「運命の出会いは大切にしないと。お腹はちゃんと空いてるか?」
「ペコペコです」
「約束通り、良いステーキを食べさせてやろう。貸し切りにしたからドレスコードも気にしなくていい。オーダーメイドスーツはまた今度作ろう」

なに?貸し切り?ドレスコード?オーダーメイドスーツ?
そんな言葉テレビの中の世界でしか聞いたことがなくて、本当にそんなもの存在するんだという気持ちで驚いていたら運転手付きの高級車に乗せられる。僕は手の込みすぎな誘拐?お金ないよ?と震えながら、この街で一番高いビルの最上階に連れて来られた。
物理的にも高いが、ココが超高級店だということは天井からぶら下がっている特大のシャンデリアを見るだけでもわかる。圧倒的な雰囲気に思わず息を呑んでしまう。

「緊張しなくてもいい。僕らしかいないから」
「余計に緊張します」

彼にエスコートされながら店内を進むとぴっちりとスーツを着こなした店員さんたちにお出迎えされる。バイト終わりのTシャツ1枚の僕は場違いな気がしてならない。ドレスコードがあるとか言ってたから実際に場違いなんだろうけども。

「お酒は飲める?」
「一応、二十歳ですけど…あまり強くなくて…」
「それならお酒はやめておこうか。まだ知らないこともたくさんあるし、シラフで話したいと思ってたからちょうどいいね」

僕に気を遣わせないようにという優しさが感じられて少しときめいてしまったが、元はといえば強引にデートに誘われたんだと思ったらプラマイゼロだと思い起こす。

「名前は?」
「……川上翔です」
「良い名前だ。君によく似合ってる」
「よくある名前ですよ」

変わらず甘い言葉を贈ってくれるが僕がそんなに簡単に口説かれると思わないで欲しい。

「今、恋人はいない?」
「今っていうか人生でいたこと無いですよ」
「本当に?それはラッキーだな。君の初めてを全部貰えるわけだ」
「…あげません」
「でも初デートはもう貰ったよ」

ぐぬぬ、確かに口説かれながらこんな良い雰囲気のお店に連れて来られた経験をデートと呼ばずしてなんと呼ぼうか。
そんなことを思っていると前菜であるサラダが提供される。元々そんなに野菜は好きではないのだが、かかっていたソースが美味しくてぺろりと完食できてしまった。

「隆弘さんはモテそうですよね」
「否定はしないけど、大半はお金目的だから」
「やっぱりお金持ちなんですか?」
「まあな。だから君を養うことだって簡単だ。基本給として月に百万円、プラスでお小遣いもあげる。衣食住も保証するから僕の側にいてくれないか?」

今度はスープが運ばれてきた。冷製オニオンポタージュスープという名前から想像していたよりもずっと美味しくて、つい笑みが溢れると隆弘さんも笑顔を浮かべる。今のところ、残念な印象しかないけどやっぱり顔は整っている。

「お金で僕を買うつもりですか?」
「不快にさせてたら悪い。そんなつもりは無くて、ただ君が一番興味を示してたから。そういう素直なところも好きだ」
「結構嘘つきですよ」
「それはそれで良い」

高級なお店ではナイフやフォークを落としても自分で拾わないという暗黙のルールがあるらしいということはどこかで聞いたが、実際は拾えないのではないかと思う。無くなりそうになっていたグラスの水を目にも止まらぬ速さで補充される様子を見たからだ。きっとこの速さは貸し切りのせいだけではなく、日々の経験の賜物だろう。
慣れていないから申し訳無さもあるけれど、緊張のせいで無性に喉が乾くからありがたい。

「男と付き合うつもりは全くない?優良物件だよ?」
「悪い人ではなさそうだなって思いますけど…まだ、よく知らないし…」
「じゃあ自己紹介といこうかな」

もっと前菜とかなんやらかんやらが続くと思っていたのだが、予想に反して今度はメインであるステーキが届く。トウガラシという貴重な部位で肩から腕にかけての一部分らしい。へえ、と思いながらステーキにナイフを入れると柔らかくてナイフを当てるだけで切れていくようだ。赤身が多い部分なのでしっかりと肉の味はするのに、やわらかくて簡単に食べられてしまう。

「僕は九条隆弘、東京生まれのアメリカ育ち。大学卒業までほとんど向こうで過ごしてたんだ。今年で四十になるおじさんだけど、君に出会うまで結婚願望は無かったから交際経験は多くはない。それなりに大きい会社の代表取締役社長をしてます」
「ちょうど20歳差ですね」
「そう言われると口説きにくいな」
「年上がタイプなので年齢はあんまり気にしませんよ」

ああ、僕はなんて余計なことを。しまった…と思ったときには目の前のイケメンはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

「期待しても良いの?」
「…ダメ」

先程の皿が回収されると、今度もまたステーキが運ばれてくる。今度の部位はシャトーブリアン。さすがに僕でも名前は知っている部分だ。
本当に脂が多く、肉を切ったそばから肉汁が溢れて、涎までこぼれそうになる。誘われるがままにひとくち頬張れば、そのまま頬が落ちそうなほどに美味しい。お肉が甘いというのはこういう事なのか、と納得する味だ。今後の人生で自分では二度と食べに来ないだろうからしっかり味わって食べることにする。

「嫌でなければ君のことも知りたい」
「面白くないですよ」
「少しでも君のことを知れるなら幸せだ」
「僕は東京生まれ東京育ちの大学二年生。二十歳になったけど交際経験はゼロ。今はひとり暮らしです」
「質問。好きなタイプは?」
「僕を引っ張ってくれる人とか?」
「リーダーシップならあるよ。なんたって社長だから」
「……あと、可愛い子」
「僕も可愛いって言われたことがある」
「嘘つきは嫌いです」
「嘘じゃない」

最近の女子は特に顔が整った人間でもなんでも可愛いと言うから、そういう意味では可愛いのかもしれない。
お腹がいっぱいになってきたところで、最後にデザートが運ばれてくる。大きめのお皿に何種類ものデザートが乗っている形なのだが、本当にどれも宝石のようにキラキラしていて美味しそうだ。どれから食べようかすごく迷う。

「そんなに僕のこと好きなの?」
「好きだ。一目見た瞬間から運命だと確信した」
「運命って双方が感じそうなものですけど」
「神は僕が君を口説くというルートに決めたんだろう」

言ってることは映画の引用かっていうぐらいクサいのに彼が言うと似合ってしまうから困る。

「翔、結婚を前提に友達から始めてみないか?」
「結婚前提の友達?」
「付き合うのは嫌なんでしょ?でも僕は君と結婚したい。だからその間を取って結婚前提の友達」

真剣にそんなことを言うものだから僕は思わずなんだそれと吹き出してしまった。社長をするぐらいだからきっと賢いだろうに、出会い頭に告白してきたり色々と思考がぶっ飛んでるみたい。

「…まあ友達なら良いですよ」
「それなら早速、連絡先を交換しよう」

連絡先を交換してあげると隆弘さんは画面を眺めながら嬉しそうに笑った。連絡先を教えただけなのに不思議と良い事をしたような気持ちになる。

「もう遅いし、そろそろ帰ろうか」

その言葉に促されるまま、自然に彼に手を取られて席を立つ。そのまま店を出ようとするから僕は慌てて彼を止める。

「………あ、あの……お会計は……?」
「財布を出すまでもない。気にするな」

振り返って店員さんらの方を見てみるが、笑顔でお見送りをしてくれているから本当に問題ないらしい。
真のお金持ちは財布の駆け引きもしないのか。まあきっと僕のバイト代なんかじゃ到底支払えなかっただろう、ありがたく享受しておく。
いつの間にかタクシーも手配してくれていたようで、彼は僕を目の前のタクシーに乗せると運転手にお金を支払って、車のドアを閉めた。

「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。それで次はいつ会える?週末とか?」
「……日曜日なら空いてますけど…」
「それなら買い物に行こう。時間はまた連絡する」

僕に拒否権はないのかと思いながらも、すでに楽しみな自分もいたので大人しく彼が見えなくなるまで手を振って別れを告げた。

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