【R18】モブキャラ喪女を寵愛中

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 お昼が終わって尾台さんと一緒に更衣室に寄った。

「ちなみに、私は全く天使ではないけれどー」
「はい」
「恋のキューピッド! にはなってみたいなぁ」
「恋のキューピッド?」
「そう! こんな私でも誰かの役に立てて、そしてその人が幸せになってくれたら嬉しいでしょ! 好きな人がいるって本当に本当に毎日が楽しくなるんだよ吸う空気から変わるんだからビックリするよ。常にときめいちゃう…………はあ、はか……んんんっ! 何でもないです今のは忘れてください、こんなの本人の前では絶対言わないけどね」
「そうですか」
「あ、後これこれ、帰り遅くなるかもしれないから先に借りた本返しておくね」
「はい」
「それとさ鞄の中に落ちてたんだけどこれ寧々ちゃんのかな? このしおり」

 と渡されたのはドライフラワーのしおりで。

「ああ良かった。なくしたと思って探してたんです」
「気が付くのが遅くてごめんね。ひまわり? 綺麗だね、手作りかな」
「はい」
「そういえば昔、自由研究で花の押し花やったなぁ」

 受け取った本としおりを鞄にしまって尾台さんは何か思い出したように懐かしんでいた。

 自分の行動で誰かが幸せになってくれたら嬉しい…………か、それはもちろんそんな風にできたら素晴らしいけれど、私は他人に迷惑掛けないように生きていくのに必死だな。





 午後の業務が終業して残業の邪魔にならないよう、小さな声で挨拶を済ませてオフィスを出た。
 支度をして真っ直ぐ駅に向かう。

 地元の駅に着く前に、お母さんから買い物を頼まれてないか確認して、何もないようなので商店街を通って寄り道せずに帰った。

 毎日明るい八百屋さんの声が今日は小さい気がする。
 いつの間にか魚屋さんの子供が歩けるようになっていた、潰れそうで潰れないおもちゃ屋さんにホルマリンに浸けられた蛇が置かれてる漢方薬局、どら焼きが有名な和菓子屋さん、こないだ夕方のニュース番組の特集に出た肉屋さん。

 いつも通り変わらない今日に安心して、何も変われない自分に落胆する。

 辰巳さんは毎日こんな事考えたりしないんだろうな。

 魚屋さんの子が話せるようになっておっきくなって知らぬ間に私より先に結婚してたら泣けるなっとか思ったけれど、私に結婚は無理らしいので諦めます。
 ってゆうか、お母さん的には何歳になったら私は負けになるのかな60才独身の私と一緒にご飯食べて幸せなのだろうか。



 なんて、その答えは家に帰ってきて直ぐに聞くことができた。

 お母さんはその日、高校の同級生とランチ会をしていた。
 朝私がご飯食べている時、三年ぶりだから楽しみなんだと話していた。

 私より先に帰ってきた母は挨拶も早々にランチ会の話を振ってきた。

 キッチンに立って、ニンジンの皮を剥きながら溜め息から始まって。

 あ、ヤバイ逃げた方がいいかもしれないと思った。
 差し出されたお茶なんて飲まなければ良かった湯飲みの水面が震えた。






「もう孫がいる友達もちらほらいて、お母さん恥ずかしかったわ~」






 とどうやら私はついに負けに転じたようだ。


 そっか……前回の同窓会は子会社である事を伏せて、親会社の名前だけ出して私の就職先を披露して皆に羨ましがられたって笑ってた。

 その前は私と兄さんの大学を自慢してたっけ。

「可っ愛い孫におばあちゃん、だなんて呼ばれるなら年取るのも悪くないわね~って皆嬉しそうに写真見せてきて、私には見せる写真がなくて困っちゃったわ」
「そう」



「寧々は? 彼氏くらいいないの?」




 不満に満ちた声だった、どんな顔で言ったのかは知らない。
 私は下を向いていたから。


 そんなのお母さんが一番良く知っている癖に。

 それって言うのは、彼氏くらい作って結婚してさっさと子供生んで孫抱かせろって意味なのかな。
 次の同窓会では恥かきたくないから。

 恥、そう、恥なのか、私がこのまま生きていると恥ずかしいのか。







「ねえお母さん……私ってお母さんの何なの?」




 彼氏くらいいないの? の答えに全くなってないけど、何でかポツリと言葉が出た。
 昔みたいに怒鳴ったりしてない、でも何だか虚しくなってきて……生きてるって私の人生ってなんだろうって…………やだな、ちょっと泣きそうだ。


 仲良し親子の彼氏くらいいないの? ってこんな苦しくなる会話なの。

 お母さんの顔は分からない、せっかく顔を上げたのに今度はお母さんが下を向いてニンジンの刻みだしたから。
 目も合わせずにお母さんは答えた。




「そんなの可愛い娘に決まってるでしょ」





 何言ってるのよってまた溜め息だ。

 可笑しいな可愛いってそんなつまらなそうに言う言葉だっけ。
 さっきの、可愛い孫の時はもっと感情がこもってい気がするけれど。

 そしたら、何でか耳が……熱くなって突然昼間の事を思い出した。









【寧々ちゃんの可愛い顔もっと見せて……?】






 ああ、そうか胸が疼くようなあの感覚は何だろう思っていた。
 そう、昔は私も可愛いって言われていた。
 母にもっと真っ直ぐ優しい声で可愛いって、そして私もその可愛いが素直に嬉しかったんだ。


 そっか辰巳さんの可愛いは本心の可愛いなんだ、だからドキドキしたんだ。

 友達から言われた【寧々ちゃんの描く子は皆可愛いよね】が嬉しかったのも尾台さんの【今日も眼鏡が可愛いね】が恥ずかしかったのも、そうなんだよ心に響く本心の可愛いだったんだ。


 今のお母さんの可愛いには何の心もこもってなくて、いやむしろもっともっと前から褒める言葉の裏に見返りを求めているのが透けて見えてて、褒めてやるから結果を出せと道具として使われる称賛に何も感じなくなっていた。


「そう、でも私には結婚向いてないって言ってなかったっけ?」
「結婚なんて我慢して当たり前なんだから、そんな事言ってたら生き遅れちゃうわよ。お母さんもお父さんもいつまでも一緒にいられる訳じゃないんだから」




 ずるいよ。


 そうゆう答えが返ってくってわかってたけどね。
 分かってる。
 ここで私が、だったら何であの時ああ言ったんだこう言ったんだって返したってあの時は子供だったでしょう、とかでも今ちゃんと正社員で働いてるんだからお母さん間違えてなかったでしょ、立派な大学まで行けたんだからって……どう転んでもお母さんのいいようにすり替えられるんだ。

 湯飲みに注がれた毒をぐっと飲み干して息を吐いた。


「分かったよ、じゃあその返し一緒に夕飯を食べられなくても何も言ってこないでね」
「それとこれとは話が」
「別じゃないよ、だって彼氏と一緒に夕飯食べるかもしれないじゃん、その後家に帰ってこなくても電話掛けてきたりしないでね」


 有り得ないハッタリに湯飲みをカウンターに置いて背を向けて笑いそうになった。
 私が彼氏と夕飯食べて泊まるって何次元の話だよと。
 そんな非現実的な言葉よりも、ほら彼氏だよって鞄に入ったバイブでも投げ付け方が現実的だ。




 服も着替えないでベッドに転がった、夜になろうとしてる空、防災無線から流れる夕焼け子焼け、暗くなってもそのまま窓を見ていた。
 東京の夜は星なんか見えないのに、そこにあるように数えた、なんっちゅーメンヘラだ。
 でもいつか、私も空一面に広がる星空を好きな人と眺めてみたい。



 そしたら、背を向けていたドアをノックする音が聞こえた。

 ノックされたから入ってくるのは母じゃない、風と一緒に外の匂いが入ってくる。

「寧々」
「うん」
「夕飯食うの?」
「うん」

 フローリングがきしんでお兄ちゃんがこっちに来る。
 ぎしっとベッドが鳴った。




「何か嫌な事言われたのか?」










「ううん、言われてなッ……」







「遅くなってごめんな」



 頭に手が乗って、ないってハッキリ言えない私はどんだけ弱いんだ、お兄ちゃんが謝る必要なんてないのに。
 勝手にボロボロ涙が出た。








 そしてまた夕飯を食べる。












 そっか、可愛いって言われて私は嬉しかったんだ。
 だったら嬉しかったのなら、ありがとうって言わないとと思った。

 そして、尾台さんは朝またいつも通り眼鏡が可愛いねって言ってくれた。
 これにないチャンスなのに、神様はたった五文字の勇気もくれなくて、私はキラキラな天使を前にぼそっと挨拶を返すだけだった。





 そんでもって辰巳さんは、その後やけに寧々君寧々君言ってくる(怖い)。

 挨拶の時もキラってウィンクしてくるし(キョドる)。
 でも尾台さん曰く、辰巳さん前からあんな感じだったでしょうって言う。

「そんな訳ないじゃないですか!」
「ああ、ごめん寧々ちゃん寧々ちゃんはしてなかったかもしれないけど、挨拶の時はあんな感じのキザなスマイルだったよ?」
「え? そうでしたっけ……」

 そしたら、尾台さんの後ろから久瀬さんが顔を出してきて。

「おやおや~八雲さん少し辰巳さんの見方が変わったんですか~? 何か気付いちゃった?」
「?!!」

 え? どういう意味? それって私が意識してるから、ウィンクに気付いたって?
 い、意識って何? 見方って何? とりあえず恥ずかしい!

 って思って書類で顔隠してたら、尾台さんが今度からもちろん窓口は私だけど辰巳部長にも言える事は言ってねだって。

「はぁあ?!! どうしてそんな死刑勧告みたいな事言うんですか!」
「そんなつもりないよ」

 無理だよ尾台さん以上に信用してる人この職場にいませんから。


 それで出来る分だけの仕事をして毎日が過ぎていった。

 そして金曜日、尾台さんはお昼に美味しそうな手作りのお弁当を食べていた。
 箸で割っている綺麗に巻かれた卵焼きは焦げ目一つなくて艶々で、料理までできちゃうってどうなってんだよこの人って目眩がした。

 じっと見ちゃって目があって食べる? ってくれる。

 ヒッ!


 本当に、ねえ本当に! そんな気ないのにどうしてこんなに胸がドキドキするの!
 いやもうこれは、この気持ち発散するために今度は百合本でも書こうかな!

 卵焼きはしっとり甘くて、顔赤くしながら美味しいですって答えたら尾台さんは直ぐにありがとうって言った。

 それで何か思い出したように、そう言えば今日の飲み会は来るのか聞いてきた。

「飲み会? 何の飲み会ですか」
「名目は決起会だったかな? また新しいアプリ作るみたいで……全部署でやるんだよ」



 飲み会……。
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