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決心
しおりを挟む「ねえお母さん、私の幸せって私が好きな人と結婚する事なんじゃないの」
「それはそうよ、でも焦って無理矢理作った好きな人なんて本当に好きな人とは言えないでしょう。そんな幼稚な考えで結婚なんてしたら人生棒に振るわよ。よくわからない外人と結婚して戸籍に罰なんてついて出戻って来たら、ああーやっぱりダメだったって近所の人に笑われちゃうわ。寧々はそんなんで恥ずかしくないの」
なんてバカな人。
そんな風に私に思わせて本当にバカ。
「未来の話なんて今しても意味ないと思うけど」
「何それ、あの人の受け売り? 絶対ダメよあんなの。大体こないだの電話の時は付き合っていなかったじゃない、いくらも経ってないのに、もう結婚ほのめかすような事言ってて怪し過ぎるわ。まだお互いの事何も分かってないのに家まで押し掛けて誰に話したって止めた方がいいって言われるわよ。国際結婚詐欺だっけ、今流行ってるじゃないの。第一結婚して? 言葉は? 親は? 向こうで暮らしたいなんて言ったらどうするの、私達だって年を取るのに、それに日本でもコミュニケーションが取るのが下手なあなたが海外で」
「それでも、ここに……いるよりは、幸、せだよ」
「結婚はねえ、寧々が考えているような簡単なものじゃないのよ、あなたがいて桂馬がいてお母さんが一日でも休んでる日があった? あなたにこんな事できないでしょう」
ねえ産んでくれって私が頼んだんだっけ。
子供にこんな事思わせて本当にバカ……。
何を期待していたんだろう。
朝、何も言わなかったお母さんを見て、もしかしたら今度こそ認めてくれたのかな、なんて思っていた。
昔からそうだった、あの子より縦笛が上手くなれば、賞に入選すれば、いい点を取れば、いい学校に入れば、成績が上がれば、いい会社に就職できれば。
認めてくれるかもしれない、そうだ……褒めてくれるかもしれないと思っていた諦めてる癖に心のどこかで希望を見ていた。
でも答えは満足気な頷きと次の欲求、その満足はお母さんが満たされただけで私は何も満たされなかった。
お母さんが毒だと知る前までは、ずっとお彼女の顔色を窺って生きてきた。
知ってからは表側は従っても内心は俯瞰して私達の関係を見ているつもりだった、そうこれは償いだと私の意思ではないと思っていた。
でも違うんだ。
部屋に帰ってベッドに座り込む、くしゃくしゃになった見合いのプリントにポタポタ涙が落ちた。
あんな母にでも私はまだ認めて貰いたいと思ってるんだ。
いい人が見付かって良かったね。
その一言が欲しかった…………。
私が不幸になるとわかっていながら、身勝手な幸せを押し付けてくる。
わかってる、お母さんは私が幸せになるのが嫌なんでしょう。
おばあちゃんとの過去もお父さんとの冷めた夫婦間系もお兄ちゃんに嫌われてる事も、自分は結婚が上手くいかなかったし、我慢してきたのに、私が幸せになるのなんて許せないんでしょう。
私なんてお母さんの見栄製造機ぐらいにしか思っていない癖に。
そんな母だと分かっているのに、期待した。
褒めてほしかった笑ってほしかった。
幼い時少しの期間、バレエを習っていた。
バレエの先生は怖かったけど、そこそこ楽しかったんだ。
でもお母さんと絵本を読んでいた途中で連れて行こうとするので、行きたくないと泣いた。
そんな私を見て初めは優しく諭してくれていた気がする、目を腫らして行くのはみっともないから。
でも頑なに玄関から動かなかったら、ついにお母さんは怒鳴った。
「お母さんがこんなに一生懸命やってるのに、そうやって親をいじめる悪い子には鬼が来るわよ! もう泣かないで! 寧々が泣くからイライラしてドアの向こうに鬼が来てる!! 地獄に連れて行かれてもいいの?!!」
必死に口を塞いで涙を拭いて、鬼が怖くて怖くてバレエに行った。
お母さんと一緒にいたかっただけなのに、それは言えなかったバレエに行きたくなかった訳じゃないお母さんといたかった。
得体の知れない鬼という存在は怖かった、泣けば直ぐどこにでも鬼が来ると言われた。
出来の悪い子供だと思われるのが嫌だ。
躾の出来ない親だと思われるのが嫌だ。
子供の事で恥をかくのが嫌だ。
お母さんはいつでもそんな事に一生懸命で昔も今も何も変わってない。
バレエは後から入ってきた子が発表会で私より目立つ配役を与えられたと分かるや直ぐに退会させられた。
夕飯は体調がまだ良くなっていないと言って食べなかった。
ベッドでポーチを抱いて、会いたい会いたいってただそれだけ抱き締めてもらわないと息吸うのも苦しい。
辰巳さんに会いたい。
昨日あのままエッチしてその現場を見られて勘当でもされたら良かったかな。
ポーチに頬を刷り寄せたら辰巳さんの香りがして…………そっかさくらんぼ……チェリー……。
ふふって勝手に口が笑ってたポーチを開けたら下着と一緒に本当にさくらんぼの飴が入っていて、それとハートの紙に
【I treasure you.】
とピンクのペンで書かれていた、ハサミで切りとった歪なハートに涙が少し出た。
私を宝物と言ってくれる人。
メモ帳に静かにキスをした、だって辰巳さん書いた後絶対キスしてからポーチに入れてそうだし。
いなくたって辰巳さんに触れたらこんなにも温かい気持ちになる。
「辰巳さん……」
ポツリと声に出てしまって携帯が光った、出たら当然のように。
【何かありましたか】
とマジでどうやって電波を受信しているのか!
「ちょうど辰巳さんって呼んだ所でした何でわかったの!」
【だって帰り道ずっと連絡を取り合っていたのに急に途切れて……家に着いたのならお母さんに何か言われたかなと】
そ、そっか……お洋服買えてウキウキで連絡してたもんな。
でもさっきあった話……今するのもな……。
「あの……辰巳さん明日のお昼、一緒に食べたいです」
【whoopee!】
「外食じゃなくて……二人で……こっそり」
【ほ? はいわかりました、おにぎり作っていきます】
何だか安心して、深呼吸したらノックが聞こえた。
お兄ちゃんが来たって電話を切った。
「寧々……体調また悪いんだって? 大丈夫か?」
「……お兄ちゃん」
「寝たままでいいよ」
部屋に入ってきて体を起こそうと思ったらお兄ちゃんはそっと肩を押して私の体をベッドに戻した。
ベッドに腰掛けて私の額に手を当てて確認すると頬を撫でてお兄ちゃんは頷く。
「熱はないな。お母さんのせいで体調が悪くなったんだな可哀想に」
「んっと……」
「見合いだろ? 得体の知れない外人に娘をやる訳にはいかない。あの子はまだ子供で人間の見方もわからない、仕方ないから結婚相談所に登録したって揚々と話してくれたよ、まだまだ手がかかって困るって。結局最後はあの子も納得して相手の紙持って部屋に帰ったって」
「納得……」
「してねぇよなぁ、こんなグシャグシャでさ」
お兄ちゃんはシワのついた紙を伸ばしてクルリと目を一巡させて、
「こんなんあのイケメン部長と付き合ってる寧々なんか見向きもしないだろ、どいつもこいつもしけた面してるな」
「失礼だよ、この人達は悪くないでしょ」
睨んだらお兄ちゃんは笑った。
「何だ良かった、元気そうだな…………そっかもう彼氏に慰めてもらったんだ」
「え? ああ……具体的に言った訳じゃないけど少し話しただけ」
「…………寧々」
「ん?」
ポーチを握っていた手にお兄ちゃんの手が重なって。
「お前は充分やってきたよ。だからもう我慢しなくていいよ早く決心しな? このままだと寧々まで狂ってしまう、初めから誰もお前を責めてないんだ、答えなんて俺達の中でとっくの昔に出ていたじゃないか。彼氏さ……あの人なら守ってくれるよ26年一緒に暮らしていた母親よりも寧々の事分かってた」
「………………」
「もう限界だ」
お兄ちゃんは深く息を吸って、これ食って薬飲んで寝ろ。
ってカロリーメイトと水をくれた。
久々に食べたなってカリカリやってたら、辰巳さんからメッセージが来た。
【ちなみに明日も早く出ます。朝一にバイク便に出したい書類があるので】
「一緒の電車に乗りたいです」
【Got it.】
どんだけ! 私どんだけ!! どんだけ会いたいの!
って思うけど、これがあの……尾台さんが言ってた好きな人がいると吸う空気も違っちゃう現象なのだろうか。
携帯を見つめてたら、なんかよくわからない、ひよこの群れがアガペーってしてる謎のスタンプの後に。
【寧々ちゃんの人生は寧々ちゃんのものなんだよ】
誰もが当たり前に知っている事だ、自分の人生が自分のものだなんて、それなのに何でこんなに泣きそうになるんだろう。
滲む視界で返事を送った。
「Yes, My Darling」
次の日の朝、いつもより一時間早く下に降りていった。
お母さんはもうキッチンに立ってた。
「おはよう」
「おはよう」
「ごめん今日早いから朝ご飯いらない」
「あらそう」
お父さんが洗面所で顔を洗ってる音がする。
「それと……」
キッチンに置かれた可燃のゴミ箱の前に立って、
「やっぱり私にこれは必要ない、せっかく探してくれたのにごめんね。でも私が幸せになれる人はもう決まってるの」
罪も何もない人達のプリントを捨てるのは胸が痛んだけど、私はくしゃくしゃのままゴミ箱に投げ捨てて家を出た。
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