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月
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中学生の時の私はどうしたんだっけ、驚きでしばらく立ち尽くして心臓が破裂しそうで……だって友達に借りた物からやっと手に入れたCDから……サインが入った本まで全部全部……。
肩で息して、お母さんの声なんて耳に入らなかった、でももうこれ以上失いたくなくて、言われた事には全て頷いたっけ。
謝れとも言われて何故か謝った。
お母さんの姿が階段に消えて声を出して泣いて、ドアも開けたままで泣いた。
お兄ちゃんが帰ってくる頃には涙は枯れていたけど放心状態だった。
「何考えてんだ、あのクソババー」とお兄ちゃんは私の肩を支えながら言って私は、
「自分の事だけでしょう」
と腫れた顔で力なく答えた。
今日の涙は直ぐに止まった、もうあの日の私とは違うから。
それはもちろん、一番の支えは辰巳さんだ。
でも今日、仕事中尾台さんに聞いてみたんだ。
「ねえ尾台さん私が一千万円貸して下さいって言ったらどうしますか」
「え?」
大きな目を見開いた後、瞬きをして直に。
「貸すよ! 貸す気持ちはあるよ! しかし貯金足りないな! え? 何? 寧々ちゃん変な事しちゃったの?! うちにおいで!」
「何寧々たん、FXにでも手出して親の貯金でも溶かしたか」
「違います、私の人生を生きるために必要で」
「ふぅん? 良くわかんないけど、切羽詰まってるの? あ、そうだ袴信って袴田信用金庫にご融資願えないか聞いてみる? 頭取の審査めっちゃ厳しそうだけど、お願い! ってする毎に私が一枚ずつ服を脱いでいったら一千万位貸してくれそうな……」
「今から早退していいならもってきてあげましょうか、一緒に来るか?」
「…………冗談です、変な事言ってすみません、でも……嬉しかったです」
帰りに企画部に寄って袋を受け取った時つくしちゃんは言ってくれた。
「何度も言ってますけど、寧々氏の母殿キチ入ってますから、家出するならつくしの家に来て下さいね」
そして電車に乗る時に財務経理課長の優子さんから、
「ごめんね、うちの部下が何か言ったんだって? 月曜日シメとくね。何かあったら直ぐ言って」
とメッセージが着ていた。
社会人になってからは交友関係にまでは口を出されなくなって、私には心の支えになってくれる人達がたくさんできた。
部屋を見渡してお母さんに背を向けたまま言葉を投げた。
「それがお母さんの話したい事?」
「これだけじゃないけどね」
「そうわかった、部屋ありがとう」
荷物を持ち直して振り返る、ありがとうの言葉を聞いたからかお母さんは満足そうな顔をしていた、だから続けて言った。
「今日家を出て行こうと思ってたから、片付ける手間が省けて良かった」
「は?」
「そのままの意味だよ、次私がこの家の玄関を出たらもう二度とこの家には戻ってこないから」
「またそれ? あなたみたいな」
「そう私みたいな人間でも好きになってくれる人がいるの、お金を返せというなら明日指定の口座に言われた額を振り込む、行く宛ならいくらでもあるから」
「そうやっていつまでも反抗ばかりして私はいつになったら楽になれるの! こんなに寧々の事だけを考えて身を削ってるのに、お母さん間違えた事言った? いい学校に正社員に、後は良い人見つけられたら皆幸せになれるじゃない。人生に関係のない空想の同性愛なんか見続けて、ありもしない妄想ばかり書いてて幸せになれるの? もう現実を見ないといけない年でしょう」
「だから、今直ぐに楽にしてあげるよ、そんないるだけで苦しい思いする娘なんか家にいない方がいいじゃない。私がいない方が身を削らずにすむでしょう? ねえ、そんなに結婚が幸せなんだったら尚更私はいない方がいいね。お母さんを幸せにしてくれたお父さんとこれからは二人きりで死ぬまで暮らしていけばいい」
「本気で言ってるの」
「お母さんも失ったら気付くんじゃない」
袋が揺れれば部屋の空気に不釣り合いな苺の芳醇な香りが鼻を掠めて、私はもうこれ以上話す事もないから部屋を出ようとドアに向かった。
ドアに寄りかかるお母さんに近付いて、
「生んでくれありがとう、お陰でたくさんいい人に出会えた。最後まで期待に応えられない不出来な娘でごめんなさい。もう二度とお母さんの前には現れないから」
分かっていたけどそこまで言い切ったらお母さんは今までにない位顔をしかめた、ギリギリと奥歯を噛み締めて子供に向けているとは思えない形相で私を睨む。
昔の私はこのお母さんの歯ぎしりが聞こえるだけで怯えていたけど、そっか私にも少しの自信……みたいのがあるのかもう引かないって決めた分その音も雑音にしか聞こえない。
「いいかげんにしなさい! 育ててもらった恩も忘れて自分勝手な事ばかり言ってそんなの許さない!!」
激しい剣幕と怒鳴り声、いつものヒステリックなお母さんは私の肩を掴んでベッドに押し倒した。
「何するの」
「こんな身近にいる親の気持ちを察すれない親不孝でバカな娘が結婚なんて出来る訳ないでしょう。私はあなたに感謝される事はあっても反発される事はしてない。たくさんお金を掛けて何不自由ない生活してきたでしょう、もう一度よく考えなさい! 世間から見てどちらが正しい事言ってるのか」
お母さんは私をそのままにドアを閉めて、初めて聞いた金属音がする。
え、何? 急いで立ち上がって、ドアノブを捻っても……開かないし。
「お母さん出掛けてくるから、そこで反省しなさいね。冷静になって自分が可笑しかったと謝ればその苺だって貰ってあげるから」
「…………」
「本当は朝の事を謝るつもりで買ってきたんでしょう? 部屋を見てカッとなったのは分かるけど、こんな事で頭に血が上っていたんじゃ姑とは上手くやってけないわよ、あれは地獄だったわ」
気配が遠ざかって玄関が閉まる音がして、私はドアの前にしばらく立ったままだった。
外鍵を取り付けてるなんて思わなかった、昔折檻に使われていたのは物置だったから……まさか自分の部屋に閉じ込められるなんて。
冷たいドアに触れて迎えてしまった現実に溜め息とほんの少し涙が出た。
私が本気で家を出ると分かればあのお母さんだって、そこまで追いつめてごめんなさい…………て言葉……。
なんて……私に対して申し訳ない気持ち………………そんなの彼女の中にある訳ないか。
それで、ああ……もう本当におしまいなんだなってポスターの痕を眺めて思った。
これのどこが私のためなんだろう、こんな先に幸せがあるって本当にお母さんは思ってるのかな。
うん、そう思ってるんだよだってそれは私の幸せじゃないから、自分の幸せだから、私がいう事聞くのがお母さんの幸せだもんね、そしてそれが私の幸せでもあるって思ってるもんね全部正しいのは自分。
倒れた拍子に転がった苺を拾って、この切ないような気持ちはなんだろう。
でもそういう人っているじゃんね、会話が全く出来ない人、何言っても噛み合わないの、始めから最後まで首傾げちゃう位何にも話が進展せずに一方的で終わる人、要は世間で言うお触り禁止の人……それがお母さんだなんて、やっぱり悲しいな。
さて、どうしようか……ブレーカー落とされてて電気も点かないし……お腹も……空いたな……。
部屋は窓からの月明かりだけであまりよく見えない。
けど、机には朝捨てたお見合いの写真と転職のフリーペーパーが置かれていた、しかも所々見ろと言わんばかりに折られてるし。
全部まとめてゴミ箱に捨てて何もないクローゼットをもう一度見た。
拳を握り込んだ、頬に伝わらないように唾液と一緒に涙を飲み込んだ。
ベッドに倒れ込んで、真っ白になった天井に思い浮かべるのは私を天使と呼ぶ男の人の顔だった。
辰巳さん……会いたい、閉じ込められちゃったけど言いたい事は言えたんだよ、私頑張ったんだよ。
決心が鈍るから見ないでいた携帯をポケットから出そうとしたら。
コツンっと窓に何か当たる音がして…………ええ……そんなってベッドから起きる。
気のせいかと思ったら、またコツンって窓に何か当たって、そんな経験ないから恐る恐る窓に近付いたら、ちらっと金色が見えてしまった。
一回隠れて涙を拭いて、笑顔を作って窓を開けた。
「月が綺麗ですね、Angel」
「………死んでもいいわ、Darling」
笑ったその先に辰巳さんが煙草を吹かしながら車に寄りかかって私の部屋を見上げていた。
肩で息して、お母さんの声なんて耳に入らなかった、でももうこれ以上失いたくなくて、言われた事には全て頷いたっけ。
謝れとも言われて何故か謝った。
お母さんの姿が階段に消えて声を出して泣いて、ドアも開けたままで泣いた。
お兄ちゃんが帰ってくる頃には涙は枯れていたけど放心状態だった。
「何考えてんだ、あのクソババー」とお兄ちゃんは私の肩を支えながら言って私は、
「自分の事だけでしょう」
と腫れた顔で力なく答えた。
今日の涙は直ぐに止まった、もうあの日の私とは違うから。
それはもちろん、一番の支えは辰巳さんだ。
でも今日、仕事中尾台さんに聞いてみたんだ。
「ねえ尾台さん私が一千万円貸して下さいって言ったらどうしますか」
「え?」
大きな目を見開いた後、瞬きをして直に。
「貸すよ! 貸す気持ちはあるよ! しかし貯金足りないな! え? 何? 寧々ちゃん変な事しちゃったの?! うちにおいで!」
「何寧々たん、FXにでも手出して親の貯金でも溶かしたか」
「違います、私の人生を生きるために必要で」
「ふぅん? 良くわかんないけど、切羽詰まってるの? あ、そうだ袴信って袴田信用金庫にご融資願えないか聞いてみる? 頭取の審査めっちゃ厳しそうだけど、お願い! ってする毎に私が一枚ずつ服を脱いでいったら一千万位貸してくれそうな……」
「今から早退していいならもってきてあげましょうか、一緒に来るか?」
「…………冗談です、変な事言ってすみません、でも……嬉しかったです」
帰りに企画部に寄って袋を受け取った時つくしちゃんは言ってくれた。
「何度も言ってますけど、寧々氏の母殿キチ入ってますから、家出するならつくしの家に来て下さいね」
そして電車に乗る時に財務経理課長の優子さんから、
「ごめんね、うちの部下が何か言ったんだって? 月曜日シメとくね。何かあったら直ぐ言って」
とメッセージが着ていた。
社会人になってからは交友関係にまでは口を出されなくなって、私には心の支えになってくれる人達がたくさんできた。
部屋を見渡してお母さんに背を向けたまま言葉を投げた。
「それがお母さんの話したい事?」
「これだけじゃないけどね」
「そうわかった、部屋ありがとう」
荷物を持ち直して振り返る、ありがとうの言葉を聞いたからかお母さんは満足そうな顔をしていた、だから続けて言った。
「今日家を出て行こうと思ってたから、片付ける手間が省けて良かった」
「は?」
「そのままの意味だよ、次私がこの家の玄関を出たらもう二度とこの家には戻ってこないから」
「またそれ? あなたみたいな」
「そう私みたいな人間でも好きになってくれる人がいるの、お金を返せというなら明日指定の口座に言われた額を振り込む、行く宛ならいくらでもあるから」
「そうやっていつまでも反抗ばかりして私はいつになったら楽になれるの! こんなに寧々の事だけを考えて身を削ってるのに、お母さん間違えた事言った? いい学校に正社員に、後は良い人見つけられたら皆幸せになれるじゃない。人生に関係のない空想の同性愛なんか見続けて、ありもしない妄想ばかり書いてて幸せになれるの? もう現実を見ないといけない年でしょう」
「だから、今直ぐに楽にしてあげるよ、そんないるだけで苦しい思いする娘なんか家にいない方がいいじゃない。私がいない方が身を削らずにすむでしょう? ねえ、そんなに結婚が幸せなんだったら尚更私はいない方がいいね。お母さんを幸せにしてくれたお父さんとこれからは二人きりで死ぬまで暮らしていけばいい」
「本気で言ってるの」
「お母さんも失ったら気付くんじゃない」
袋が揺れれば部屋の空気に不釣り合いな苺の芳醇な香りが鼻を掠めて、私はもうこれ以上話す事もないから部屋を出ようとドアに向かった。
ドアに寄りかかるお母さんに近付いて、
「生んでくれありがとう、お陰でたくさんいい人に出会えた。最後まで期待に応えられない不出来な娘でごめんなさい。もう二度とお母さんの前には現れないから」
分かっていたけどそこまで言い切ったらお母さんは今までにない位顔をしかめた、ギリギリと奥歯を噛み締めて子供に向けているとは思えない形相で私を睨む。
昔の私はこのお母さんの歯ぎしりが聞こえるだけで怯えていたけど、そっか私にも少しの自信……みたいのがあるのかもう引かないって決めた分その音も雑音にしか聞こえない。
「いいかげんにしなさい! 育ててもらった恩も忘れて自分勝手な事ばかり言ってそんなの許さない!!」
激しい剣幕と怒鳴り声、いつものヒステリックなお母さんは私の肩を掴んでベッドに押し倒した。
「何するの」
「こんな身近にいる親の気持ちを察すれない親不孝でバカな娘が結婚なんて出来る訳ないでしょう。私はあなたに感謝される事はあっても反発される事はしてない。たくさんお金を掛けて何不自由ない生活してきたでしょう、もう一度よく考えなさい! 世間から見てどちらが正しい事言ってるのか」
お母さんは私をそのままにドアを閉めて、初めて聞いた金属音がする。
え、何? 急いで立ち上がって、ドアノブを捻っても……開かないし。
「お母さん出掛けてくるから、そこで反省しなさいね。冷静になって自分が可笑しかったと謝ればその苺だって貰ってあげるから」
「…………」
「本当は朝の事を謝るつもりで買ってきたんでしょう? 部屋を見てカッとなったのは分かるけど、こんな事で頭に血が上っていたんじゃ姑とは上手くやってけないわよ、あれは地獄だったわ」
気配が遠ざかって玄関が閉まる音がして、私はドアの前にしばらく立ったままだった。
外鍵を取り付けてるなんて思わなかった、昔折檻に使われていたのは物置だったから……まさか自分の部屋に閉じ込められるなんて。
冷たいドアに触れて迎えてしまった現実に溜め息とほんの少し涙が出た。
私が本気で家を出ると分かればあのお母さんだって、そこまで追いつめてごめんなさい…………て言葉……。
なんて……私に対して申し訳ない気持ち………………そんなの彼女の中にある訳ないか。
それで、ああ……もう本当におしまいなんだなってポスターの痕を眺めて思った。
これのどこが私のためなんだろう、こんな先に幸せがあるって本当にお母さんは思ってるのかな。
うん、そう思ってるんだよだってそれは私の幸せじゃないから、自分の幸せだから、私がいう事聞くのがお母さんの幸せだもんね、そしてそれが私の幸せでもあるって思ってるもんね全部正しいのは自分。
倒れた拍子に転がった苺を拾って、この切ないような気持ちはなんだろう。
でもそういう人っているじゃんね、会話が全く出来ない人、何言っても噛み合わないの、始めから最後まで首傾げちゃう位何にも話が進展せずに一方的で終わる人、要は世間で言うお触り禁止の人……それがお母さんだなんて、やっぱり悲しいな。
さて、どうしようか……ブレーカー落とされてて電気も点かないし……お腹も……空いたな……。
部屋は窓からの月明かりだけであまりよく見えない。
けど、机には朝捨てたお見合いの写真と転職のフリーペーパーが置かれていた、しかも所々見ろと言わんばかりに折られてるし。
全部まとめてゴミ箱に捨てて何もないクローゼットをもう一度見た。
拳を握り込んだ、頬に伝わらないように唾液と一緒に涙を飲み込んだ。
ベッドに倒れ込んで、真っ白になった天井に思い浮かべるのは私を天使と呼ぶ男の人の顔だった。
辰巳さん……会いたい、閉じ込められちゃったけど言いたい事は言えたんだよ、私頑張ったんだよ。
決心が鈍るから見ないでいた携帯をポケットから出そうとしたら。
コツンっと窓に何か当たる音がして…………ええ……そんなってベッドから起きる。
気のせいかと思ったら、またコツンって窓に何か当たって、そんな経験ないから恐る恐る窓に近付いたら、ちらっと金色が見えてしまった。
一回隠れて涙を拭いて、笑顔を作って窓を開けた。
「月が綺麗ですね、Angel」
「………死んでもいいわ、Darling」
笑ったその先に辰巳さんが煙草を吹かしながら車に寄りかかって私の部屋を見上げていた。
応援ありがとうございます!
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