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寧々ちゃんとごめんね
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「おい寧々」
「うん」
「あー……っと理由はよくわかんないど、友達にああいう言葉は言っちゃいけないと俺は思うよ」
「分かってる……」
千代ちゃんのごめんねを押し返して、玄関を閉めて目を擦る。
お兄ちゃんはいつの間にか後ろにいて床に散らばったノートを集めると私の顔を胸に押し付けてポンポンしてきた。
「謝りに行くか」
「…………」
「今なら間に合うよ、明日長崎行っちゃうんだろ? 一緒に行ってやるからさ」
そうだけど、まだ罪悪感より裏切られた、約束を破られたって気持ちの大きい私は千代ちゃんにさっきはごめんだなんて言う気になれなかった。
払い落されたクッキーとノートを拾う千代ちゃんは泣いていたかな、そのクッキーの味を私は知らない。
そしてそのまま夏休みが終わって二学期になった。
二学期と同時に千代ちゃんから喪中のハガキが届いた、長崎のおばあちゃんが死んだって。
なんだかもっと話しにくくなってしまって私達はどちらとも声を掛けられなかった。
千代ちゃんに見せたいBLの漫画だけがどんどん増えていった。
五年生になった、まさかの私と千代ちゃんはクラス替えで別のクラスになってしまった。
元々話す機会が少なかった私達がクラスまで違ったらもう視線すら合わなくて、千代ちゃんとの接点は合同で行われる課外授業や体育位になってしまった。
そんなたまにしか会わない体育の授業で初めて見た光景だった、千代ちゃんは転んで足が痛いと座り込んでいた。
運動会もリレーの選手で徒競走では一番で中学校は陸上部に入りたいって言ってたのに、どうしたんだろう。
心配だけどクラスが違うから千代ちゃんの事情は良くわからなくて、理由も聞けないまま時間は過ぎて、千代ちゃんの下駄箱は上履きの日が続いていた。
そして、六年生になった時だ、千代ちゃんのクラスの子から皆で獅子原さんに寄せ書きを書くんだけど、隣のクラスでも仲の良かった子は一言書いてくれないか、と申し出があった。
寄せ書きって…なんでそんな事? って思うけど誰も何も聞かない。
私はあのケンカしたまま千代ちゃんとは仲直りしてない。
でも何か書こうかな……って思ったら、芥川さんから千代ちゃんと仲良かったよね? なんて聞かれてしまって、私は本当に馬鹿だ……嫉妬してイライラして仲良くない、なんて答えてその場を離れてしまった。
芥川さんと千代ちゃんは同じクラスでそういう所も嫌だった、芥川さんがいなければ今だって私と千代ちゃんは仲良しだったかもしれないのに、と思ってしまった。
八百屋さんは相変わらすおばさんが笑顔で店に立っていた。
立っていたけど、おばさんは少し痩せた気がする。
どうしたらいいの、毎日が勝手に終わって千代ちゃん千代ちゃんって心の中で名前を呼ぶ事しかできない臆病者の私が嫌い。
学校に来ない、どうして。
そして、卒業式を控えた頃、担任の先生が狭い視聴覚室に六年生を集めた。
少子化もあって六年生は三十人程度で2クラス、皆体育座りしてクラス替えは2回もあったし皆顔なじみだった。
そしたら隣のクラスの先生が難しい顔をして言った。
「いよいよ、卒業式が迫っています。皆さんと一緒に獅子原さんもこの学校を卒業します」
何で千代ちゃんの話? と思ったら、
「彼女は今癌と戦っていて」
そこまで言って先生は何度も深呼吸をした口から深く息を吐く、その病名には聞き覚えがあった、おじいちゃんが死んだ……病気。
先生は目を抑えて何かを我慢して顔を上げて震えた唇で続ける。
「獅子原さんは今、か…………髪と足がありません、でも皆と一緒にこの学校を卒業する生徒の一人です。決して驚いたりしないで笑顔で獅子原さんを受け入れてあげ……」
の所で先生は泣いて、その後の言葉は覚えていない。
ただ一言、おじいちゃんが病気になった時にお母さんに癌って何? って聞いたら、もう治らない病気と言っていたのを思い出した。
意味が分からなかった。
髪がない? 足がない?
何でよ、野菜を食べれば病気にならないんじゃないの、どうして? 何で?
その頃の私は知識がなさ過ぎて理解が出来なかった、でも誰かに疑問をぶつける事も出来なかった。
卒業式だ。
そこには頭にバンダナを巻いて卒業式に参加する千代ちゃんがいた、可愛いピンクのワンピースで車いすに乗って………フットサポートに乗った足は左足だけ……それでもいつもの可愛い笑顔で皆に話し掛けていた。
やっと会えたのに声……なんてかけたらいいの。
死んじゃえ
って言ってごめんって今更どんな顔して謝るの。
あんなに走るのが好きだったのに……綺麗な髪も……いやだ、千代ちゃんいやだ。
ねえ千代ちゃん、死んじゃうの? あの日に帰りたい。
芥川さんが車いすを押してて、近付く事すらできなかった。
私が話し掛けたらあの日の言葉を思い出させちゃうんじゃないかって視界にすら入れなかった。
死ねって言った友達の顔なんて見たくないよね。
皆で歌った仰げば尊し、最前列にいた千代ちゃんのお母さんは周りの目を気にせず泣いていた。
大人の人の涙と泣き声が体に刻み込まれた、卒業式の思い出はそれしかない。
中学生になった、商店街を挟んで学区が変わってしまう私達は違う中学だったので、千代ちゃんとは更に疎遠になってしまった。
八百屋さんは休みの日が多くなった、開いててもおばさんが店に立つ日が減った。
本当は病院に行きたい、私の書いた漫画を見せて少しでも元気になってくれればなんて思って、でもそれができなくてノートばかりがたまっていく。
ストーリーは全部千代ちゃんが好きなハッピーエンド、ケンカしても離れ離れになっても、必ず二人は結ばれた。
でも違う、やっぱり私はまずあの日の事を謝るのが先だ。
だから手紙を書いた、口じゃ泣いて言えないから。
【千代ちゃん、ごめんね。
また一緒に漫画が書きたいです。】
たった二行、こんな簡単な言葉が言えないで、今まで書けないで本当に自分が嫌になる何でそんな勇気もないの。
書いただけで涙が出たけど、早くこれを…………そうだ今渡しに行こうと手紙を折った、よし行こうって。
そしたら一階から、お兄ちゃんが私を呼んだ。
涙を拭いて顔を出せば、受話器を持ったお兄ちゃんが…………。
「獅子原さんの告別式があるって、出席でいいよな」
それは千代ちゃんと同じ中学校に行った同級生からの電話だった。
待って、待ってください神様。
それだけはダメなの。
もう千代ちゃんに会えない事実に私は絶望した。
もうこの世にいないなんて意味が分からなかった。
告別式は明後日、昨日千代ちゃんは息を引き取ったって、私が呑気にお風呂に入っている間に彼女はこの世を去っていた。
頭が可笑しくなるくらい泣いて、次の日は学校を休んだ。
千代ちゃんの告別式、お兄ちゃんに手を引かれて斎場に行った。
小学校の同級生との久々の再会だったけど、そこに笑顔はなかった。
お兄ちゃんと少し別れて一人になったら急に足が竦んでお線香の匂いに吐きそうになって体がグラつく、そしたら。
「寧々ちゃん? あなたが八雲さんかな?」
とセーラー服のお姉さんが話掛けてきた、頷けば。
「今日は妹の為に来てくれてありがとう、私は佳代、千代の姉です」
真っ赤に腫らした目で柔らかく笑ってくれたお姉さんはどことなく千代ちゃんに似ていて視界が歪んだ。
「千代ね、あなたの事ずっと気にしてて…………これ、元気になったら渡しに行くって結局渡せなかったんだけど……受け取ってもらえるかな」
お姉さんは私に手紙を差し出して、私もポケットの中で手紙を握る、そこには千代ちゃんの字で。
【寧々ちゃん、ごめんね。
また一緒に漫画が書きたいです。】
ごめん、ごめん、ごめんなさい。
たった一言が言えなくて本当にごめんね。
涙が止まらなくて、息が苦しくてこんなに人は泣けるものなのかと思った。
お姉さんは優しく頭を撫でてくれた。
「実はね桂馬君がこっそりあなたの漫画を病院に持って来てくれていたの。千代はそれを読むの楽しみにしてた最後の日まで読んでたよ。千代のために書いてくれてたんだよね? ありがとう今まで本当にありがとう千代からお礼が言えなくてごめんね」
過呼吸になってしまってお焼香はできなくて斎場の外でお兄ちゃんと黙って椅子に座っていた。
そこで初めてお姉さんと高校が同じなんだと教えてくれた。
落ち着いた所で、またお姉さんが来て本当は遺族と親族だけでやるんだけど、寧々ちゃんも一緒にお別れの儀をしないかと誘ってくれた、最後のお別れを一緒に告げてほしいって。
分からないまま頷いてしまって、参列者が退場して千代ちゃんの家族と親戚と私達……葬儀の人に黄色い小さなヒマワリを渡された。
別れ花……千代ちゃんが好きだった花……それを棺に入れるって……。
おじいちゃんの時もしたけど……棺に入った千代ちゃんに一歩近づく度、足に鉛の重りがくっついたように上がらなくなって膝が震えて。
私は花を持ったままお別れしないといけないのに、後退してしまう。
トンと背中がお兄ちゃんにぶつかって目が合って小さく顔を左右に振った、無理無理、お別れなんてできないよ、激しく顔を振って怖くなって私は斎場から逃げ出してしまった。
いつの間にか雨が降っていた、傘なんてどうでも良かった。
棺に入った千代ちゃんなんか見たくない、火葬場の煙が怖い、千代ちゃんが灰になってしまう。
ずぶぬれで家までどうやって帰ってきたか覚えていない、ポケットの手紙も渡せないまま、お別れもできないまま、ごめんなさいも言えないまま。
ただただ泣いた。
ごめん千代ちゃん。
私があの日、死んじゃえなんて言わなければ……。
お兄ちゃんは直に追いかけてきてくれて、私を抱き締めると握っていた花を取ってそれを電子レンジに入れた。
「何をするの」
「押し花にする、こないだイベントでやったんだこうすれば形を保てるから」
「?」
「いいよ、無理しなくていい。でもいつか必ず千代ちゃんにお別れの花を渡そう、急がなくていいから」
「お兄ちゃん」
「ごめん、俺があの時無理矢理にでもお前に謝れって仲直りさせてやれば良かったんだ、その後もいくらでもチャンスはあったのに。でも千代ちゃんの姿を見せるの、俺も躊躇しちゃって…………ごめんな寧々本当にごめん、このままお別れなんて出来る訳ないよな」
「千代ちゃん……」
「大丈夫、寧々の気が済むまで俺は側にいるから」
お兄ちゃんが泣いているのを初めて見た。
しおりを作ってひまわり越しに思い出すのは千代ちゃんの笑顔だった。
そして、家族の泣き顔に嗚咽。
体が引きちぎれそうで、バラバラになってしまいそうで、必死に心臓に引き寄せて人の形を保つ、私はまだ生きている。
私に出来る事をしなければ、生きていた千代ちゃんに何も出来なかったんだこれからは私が代わりに頑張るって。
だから私は千代ちゃんの分も親孝行しようって思った、千代ちゃんが出来なかった分、私がするってどんな要求だって応える頑張る生きている限り。
お兄ちゃんは佳代さんと付き合っててそれを知ったお母さんは癌家系ってあるじゃない大丈夫なのかって言ってお兄ちゃんの拳が壁を貫いた。
時間ができれば千代ちゃんに漫画を描く、千代ちゃんはいい子だからどこにいても人気者だろうけど娯楽もいるよね。
いつの間にかごめんなさいも忘れて何度も墓地から桜を見て、いつの間にかお酒まで飲めるような年になってヒマワリが咲く夏になってまた秋になって雪が降る年もあったよ。
それでも私はこの世界を教えてくれたあなたのために腐った平和を喪に服しながら書き綴る。
毎日千代ちゃんの代わりに町を眺めて歩いた、あなたが生きているように空気を吸った、私なりにだけど、たくさんデートスポットにも行った。
でも、そろそろそれもお終いなのかもしれない。
そう、過去ばかり見ている私と違って千代ちゃんのお母さんはもっと大きな一歩を踏み出していた、新しい命が見たいって今が幸せだって言っていた。
ねえ、決して千代ちゃんを忘れる訳じゃないんだよ、今もこれからも皆あなたが大好きだよ。
でも私も一歩踏み出そうと思うんだ。
千代ちゃんなら応援してくれるかな。
「うん」
「あー……っと理由はよくわかんないど、友達にああいう言葉は言っちゃいけないと俺は思うよ」
「分かってる……」
千代ちゃんのごめんねを押し返して、玄関を閉めて目を擦る。
お兄ちゃんはいつの間にか後ろにいて床に散らばったノートを集めると私の顔を胸に押し付けてポンポンしてきた。
「謝りに行くか」
「…………」
「今なら間に合うよ、明日長崎行っちゃうんだろ? 一緒に行ってやるからさ」
そうだけど、まだ罪悪感より裏切られた、約束を破られたって気持ちの大きい私は千代ちゃんにさっきはごめんだなんて言う気になれなかった。
払い落されたクッキーとノートを拾う千代ちゃんは泣いていたかな、そのクッキーの味を私は知らない。
そしてそのまま夏休みが終わって二学期になった。
二学期と同時に千代ちゃんから喪中のハガキが届いた、長崎のおばあちゃんが死んだって。
なんだかもっと話しにくくなってしまって私達はどちらとも声を掛けられなかった。
千代ちゃんに見せたいBLの漫画だけがどんどん増えていった。
五年生になった、まさかの私と千代ちゃんはクラス替えで別のクラスになってしまった。
元々話す機会が少なかった私達がクラスまで違ったらもう視線すら合わなくて、千代ちゃんとの接点は合同で行われる課外授業や体育位になってしまった。
そんなたまにしか会わない体育の授業で初めて見た光景だった、千代ちゃんは転んで足が痛いと座り込んでいた。
運動会もリレーの選手で徒競走では一番で中学校は陸上部に入りたいって言ってたのに、どうしたんだろう。
心配だけどクラスが違うから千代ちゃんの事情は良くわからなくて、理由も聞けないまま時間は過ぎて、千代ちゃんの下駄箱は上履きの日が続いていた。
そして、六年生になった時だ、千代ちゃんのクラスの子から皆で獅子原さんに寄せ書きを書くんだけど、隣のクラスでも仲の良かった子は一言書いてくれないか、と申し出があった。
寄せ書きって…なんでそんな事? って思うけど誰も何も聞かない。
私はあのケンカしたまま千代ちゃんとは仲直りしてない。
でも何か書こうかな……って思ったら、芥川さんから千代ちゃんと仲良かったよね? なんて聞かれてしまって、私は本当に馬鹿だ……嫉妬してイライラして仲良くない、なんて答えてその場を離れてしまった。
芥川さんと千代ちゃんは同じクラスでそういう所も嫌だった、芥川さんがいなければ今だって私と千代ちゃんは仲良しだったかもしれないのに、と思ってしまった。
八百屋さんは相変わらすおばさんが笑顔で店に立っていた。
立っていたけど、おばさんは少し痩せた気がする。
どうしたらいいの、毎日が勝手に終わって千代ちゃん千代ちゃんって心の中で名前を呼ぶ事しかできない臆病者の私が嫌い。
学校に来ない、どうして。
そして、卒業式を控えた頃、担任の先生が狭い視聴覚室に六年生を集めた。
少子化もあって六年生は三十人程度で2クラス、皆体育座りしてクラス替えは2回もあったし皆顔なじみだった。
そしたら隣のクラスの先生が難しい顔をして言った。
「いよいよ、卒業式が迫っています。皆さんと一緒に獅子原さんもこの学校を卒業します」
何で千代ちゃんの話? と思ったら、
「彼女は今癌と戦っていて」
そこまで言って先生は何度も深呼吸をした口から深く息を吐く、その病名には聞き覚えがあった、おじいちゃんが死んだ……病気。
先生は目を抑えて何かを我慢して顔を上げて震えた唇で続ける。
「獅子原さんは今、か…………髪と足がありません、でも皆と一緒にこの学校を卒業する生徒の一人です。決して驚いたりしないで笑顔で獅子原さんを受け入れてあげ……」
の所で先生は泣いて、その後の言葉は覚えていない。
ただ一言、おじいちゃんが病気になった時にお母さんに癌って何? って聞いたら、もう治らない病気と言っていたのを思い出した。
意味が分からなかった。
髪がない? 足がない?
何でよ、野菜を食べれば病気にならないんじゃないの、どうして? 何で?
その頃の私は知識がなさ過ぎて理解が出来なかった、でも誰かに疑問をぶつける事も出来なかった。
卒業式だ。
そこには頭にバンダナを巻いて卒業式に参加する千代ちゃんがいた、可愛いピンクのワンピースで車いすに乗って………フットサポートに乗った足は左足だけ……それでもいつもの可愛い笑顔で皆に話し掛けていた。
やっと会えたのに声……なんてかけたらいいの。
死んじゃえ
って言ってごめんって今更どんな顔して謝るの。
あんなに走るのが好きだったのに……綺麗な髪も……いやだ、千代ちゃんいやだ。
ねえ千代ちゃん、死んじゃうの? あの日に帰りたい。
芥川さんが車いすを押してて、近付く事すらできなかった。
私が話し掛けたらあの日の言葉を思い出させちゃうんじゃないかって視界にすら入れなかった。
死ねって言った友達の顔なんて見たくないよね。
皆で歌った仰げば尊し、最前列にいた千代ちゃんのお母さんは周りの目を気にせず泣いていた。
大人の人の涙と泣き声が体に刻み込まれた、卒業式の思い出はそれしかない。
中学生になった、商店街を挟んで学区が変わってしまう私達は違う中学だったので、千代ちゃんとは更に疎遠になってしまった。
八百屋さんは休みの日が多くなった、開いててもおばさんが店に立つ日が減った。
本当は病院に行きたい、私の書いた漫画を見せて少しでも元気になってくれればなんて思って、でもそれができなくてノートばかりがたまっていく。
ストーリーは全部千代ちゃんが好きなハッピーエンド、ケンカしても離れ離れになっても、必ず二人は結ばれた。
でも違う、やっぱり私はまずあの日の事を謝るのが先だ。
だから手紙を書いた、口じゃ泣いて言えないから。
【千代ちゃん、ごめんね。
また一緒に漫画が書きたいです。】
たった二行、こんな簡単な言葉が言えないで、今まで書けないで本当に自分が嫌になる何でそんな勇気もないの。
書いただけで涙が出たけど、早くこれを…………そうだ今渡しに行こうと手紙を折った、よし行こうって。
そしたら一階から、お兄ちゃんが私を呼んだ。
涙を拭いて顔を出せば、受話器を持ったお兄ちゃんが…………。
「獅子原さんの告別式があるって、出席でいいよな」
それは千代ちゃんと同じ中学校に行った同級生からの電話だった。
待って、待ってください神様。
それだけはダメなの。
もう千代ちゃんに会えない事実に私は絶望した。
もうこの世にいないなんて意味が分からなかった。
告別式は明後日、昨日千代ちゃんは息を引き取ったって、私が呑気にお風呂に入っている間に彼女はこの世を去っていた。
頭が可笑しくなるくらい泣いて、次の日は学校を休んだ。
千代ちゃんの告別式、お兄ちゃんに手を引かれて斎場に行った。
小学校の同級生との久々の再会だったけど、そこに笑顔はなかった。
お兄ちゃんと少し別れて一人になったら急に足が竦んでお線香の匂いに吐きそうになって体がグラつく、そしたら。
「寧々ちゃん? あなたが八雲さんかな?」
とセーラー服のお姉さんが話掛けてきた、頷けば。
「今日は妹の為に来てくれてありがとう、私は佳代、千代の姉です」
真っ赤に腫らした目で柔らかく笑ってくれたお姉さんはどことなく千代ちゃんに似ていて視界が歪んだ。
「千代ね、あなたの事ずっと気にしてて…………これ、元気になったら渡しに行くって結局渡せなかったんだけど……受け取ってもらえるかな」
お姉さんは私に手紙を差し出して、私もポケットの中で手紙を握る、そこには千代ちゃんの字で。
【寧々ちゃん、ごめんね。
また一緒に漫画が書きたいです。】
ごめん、ごめん、ごめんなさい。
たった一言が言えなくて本当にごめんね。
涙が止まらなくて、息が苦しくてこんなに人は泣けるものなのかと思った。
お姉さんは優しく頭を撫でてくれた。
「実はね桂馬君がこっそりあなたの漫画を病院に持って来てくれていたの。千代はそれを読むの楽しみにしてた最後の日まで読んでたよ。千代のために書いてくれてたんだよね? ありがとう今まで本当にありがとう千代からお礼が言えなくてごめんね」
過呼吸になってしまってお焼香はできなくて斎場の外でお兄ちゃんと黙って椅子に座っていた。
そこで初めてお姉さんと高校が同じなんだと教えてくれた。
落ち着いた所で、またお姉さんが来て本当は遺族と親族だけでやるんだけど、寧々ちゃんも一緒にお別れの儀をしないかと誘ってくれた、最後のお別れを一緒に告げてほしいって。
分からないまま頷いてしまって、参列者が退場して千代ちゃんの家族と親戚と私達……葬儀の人に黄色い小さなヒマワリを渡された。
別れ花……千代ちゃんが好きだった花……それを棺に入れるって……。
おじいちゃんの時もしたけど……棺に入った千代ちゃんに一歩近づく度、足に鉛の重りがくっついたように上がらなくなって膝が震えて。
私は花を持ったままお別れしないといけないのに、後退してしまう。
トンと背中がお兄ちゃんにぶつかって目が合って小さく顔を左右に振った、無理無理、お別れなんてできないよ、激しく顔を振って怖くなって私は斎場から逃げ出してしまった。
いつの間にか雨が降っていた、傘なんてどうでも良かった。
棺に入った千代ちゃんなんか見たくない、火葬場の煙が怖い、千代ちゃんが灰になってしまう。
ずぶぬれで家までどうやって帰ってきたか覚えていない、ポケットの手紙も渡せないまま、お別れもできないまま、ごめんなさいも言えないまま。
ただただ泣いた。
ごめん千代ちゃん。
私があの日、死んじゃえなんて言わなければ……。
お兄ちゃんは直に追いかけてきてくれて、私を抱き締めると握っていた花を取ってそれを電子レンジに入れた。
「何をするの」
「押し花にする、こないだイベントでやったんだこうすれば形を保てるから」
「?」
「いいよ、無理しなくていい。でもいつか必ず千代ちゃんにお別れの花を渡そう、急がなくていいから」
「お兄ちゃん」
「ごめん、俺があの時無理矢理にでもお前に謝れって仲直りさせてやれば良かったんだ、その後もいくらでもチャンスはあったのに。でも千代ちゃんの姿を見せるの、俺も躊躇しちゃって…………ごめんな寧々本当にごめん、このままお別れなんて出来る訳ないよな」
「千代ちゃん……」
「大丈夫、寧々の気が済むまで俺は側にいるから」
お兄ちゃんが泣いているのを初めて見た。
しおりを作ってひまわり越しに思い出すのは千代ちゃんの笑顔だった。
そして、家族の泣き顔に嗚咽。
体が引きちぎれそうで、バラバラになってしまいそうで、必死に心臓に引き寄せて人の形を保つ、私はまだ生きている。
私に出来る事をしなければ、生きていた千代ちゃんに何も出来なかったんだこれからは私が代わりに頑張るって。
だから私は千代ちゃんの分も親孝行しようって思った、千代ちゃんが出来なかった分、私がするってどんな要求だって応える頑張る生きている限り。
お兄ちゃんは佳代さんと付き合っててそれを知ったお母さんは癌家系ってあるじゃない大丈夫なのかって言ってお兄ちゃんの拳が壁を貫いた。
時間ができれば千代ちゃんに漫画を描く、千代ちゃんはいい子だからどこにいても人気者だろうけど娯楽もいるよね。
いつの間にかごめんなさいも忘れて何度も墓地から桜を見て、いつの間にかお酒まで飲めるような年になってヒマワリが咲く夏になってまた秋になって雪が降る年もあったよ。
それでも私はこの世界を教えてくれたあなたのために腐った平和を喪に服しながら書き綴る。
毎日千代ちゃんの代わりに町を眺めて歩いた、あなたが生きているように空気を吸った、私なりにだけど、たくさんデートスポットにも行った。
でも、そろそろそれもお終いなのかもしれない。
そう、過去ばかり見ている私と違って千代ちゃんのお母さんはもっと大きな一歩を踏み出していた、新しい命が見たいって今が幸せだって言っていた。
ねえ、決して千代ちゃんを忘れる訳じゃないんだよ、今もこれからも皆あなたが大好きだよ。
でも私も一歩踏み出そうと思うんだ。
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