前略、僕は君を救えたか

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君。7

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 早く――、
 僕は部屋の電気もつけないで急いで机に向かう。
 早く、早く――、
 机に置かれた写真立てを取るとベットに倒れこんだ。
 早く安心したくて、僕は写真を覗く、笑っている桔平の顔、本当の笑顔で撮った写真だ。
 嘘だ、こんなに鮮明にここにいるのに……だって聞こえるじゃないか、
「ほら、梧! 記念に写真撮ってくれるって、ポーズ決めようよ!」って、

 嘘だ。
 もう話せないなんて。
 もう遊べないなんて。
 もう一緒に帰れないなんて。
 もう君に会えないなんて。
 嘘に決まってる。
 将来の夢はどうなるの?
 死んだなんて――、
 全部、全部ウソだ。
 写真が滲む、震える、揺れる桔平の笑顔が歪む。その理由は分かってる、

「僕…のせいだ……」

 桔平、ごめんって思った瞬間に涙が止まらなかった。
 その後はもう覚えてない、泣きすぎて頭が痛くなって、気持ち悪くなってそれで目が覚めた。
 そうしたらまた妹が一緒に寝てた、布団もかかってた。写真も元の位置に戻っていた。
 体を起き上がらせると、筋肉痛みたいに体中が痛かった。邪魔な妹をどうしようか考えていると、

「無理して学校に行かなくていいよ?」

 母さんがドアを少し開けて顔を覗かせていた。

「ごめんね、桜がどうしてもにーにと寝たいって」

 言いながら、音を立てないように部屋に入ってきて妹を抱き上げた。

「お母さんさ、二人が元気でいてくれたら、もうそれでいいから」

 母さんは妹を片腕に抱え僕の頭を撫で部屋を後にした。学校……皆、どうするんだろう。
 着替えてリビングに行くとスーツに新聞にコーヒーといつもの父さんがいた。
 新聞越しに僕を見て、

「今日は緊急の全校集会があるって連絡網が回ってきた、お父さんかお母さんのどちらかが行くけど、どうする? お前は」
「父さんと行く」

 きっと、父さんもお前は無理しなくていいと、言おうとしたんだろうけど僕は最後まで聞かずに答えた。
 父さんはそうか、とだけ言ってまた新聞に視線を戻した。僕は食欲がなくて冷たい牛乳を一口飲んだ、不思議な事にこんなのでお腹がいっぱいになった。
 僕を見て心配そうに母さんがランドセルを隣の席に置くと、寝癖を櫛で梳かしてくる。

「今日は全校集会だけで、授業はないみたいだよ」
「うん」

 授業なんてあっても何も耳には入らないだろう、そう言えば、起きてから一度も自分の顔を見てないや。
 時々、櫛が絡んで痛い、痛い……。

「う……うぅ」

 気付けば俺はまた泣いていた。黙って父さんから差し出されたティッシュで鼻水を拭き目に押し当てる。
 なあ、今しかないだろ。言わないと、昨日の事、今までの事……今言わないともう言えない気がするから。
 痛いと思っていたのは髪の毛だけじゃなかった。掌に食い込む爪、短く切ったはずだったけど緩めた掌にはクッキリ痕が残っていた。

 気鬱な朝食の時間は僕のすすり泣く声だけが響いてまた何も言えないまま終わってしまった。
 そして、いつもと変わらない通学路を今日は無言で父さんと歩く。いや、この通学路はいつもとは違う、なぜなら角を曲がっても桔平の「おはよう」って声が聞こえないからだ。
 横目で桔平の家を一瞥してみたけれど、ひっそりとしていて何の音も声も聞こえなかった、当たり前だけど、桔平の姿もなかった。

 学校に近づくにつれて人が増えだして、全校集会の目的がわからない下級生の中には非日常を楽しんで騒いでいる子達もいた。
 ランドセルを背負っていない子もいたし、学校に到着すると校門や鉄棒、水飲み場、いたるところで保護者達が輪になって話をしていた。

 僕は父さんと別れて、教室には向かわずに体育館に行った、そこには既に在校生が列を作っていた。
 一際少ない列へと足を進める。普段なら、クラス委員の桔平が先頭で人数を数えてくれるんだ。うるさいと静かにしろよーて注意するけど、今日はその必要はない。
 だって誰も話してないし、数える意味ないくらい僕のクラスの列はスカスカで何人か欠席しているようだったから。

 僕は誰とも口を聞かずに一番最後に並んだ、程なく教頭先生が壇上に上がり保護者に挨拶を始める。
 今日はいつもの「おしゃべりをやめなさい」の一括はなしのようだ。それと、今日はスーツのせいか、しきりに汗をぬぐっていた。
 そして早々に「では、お願いします」と一礼し校長と入れ替わる。校長は足早に壇上を進むと深く頭を下げ口を開いた。

 小さく口を開いて、
 大きな嘘をついた。



「えー……昨夜、緊急連絡網でご一報致しましたが、我が校の生徒が事故に遭い亡くなりました」


 一瞬ざわつく体育館、僕のクラスの列だけは声を上げずに、その発言に体だけ反応させ愕然とした。耳鳴りがする。一つの単語が耳の中に留まって頭の中で反響する。
 事故……?
 校長はその理由を木で遊んでいる最中の転落事故死だとそう述べた。
 胸がざわついた、どんな言葉を待っていたのかなんて分かんないけど、それは違うだろって喉の奥で叫んでる。

 何だって? 今なんて言った? 事故? 桔平が? ずっとずっと耐えていたんだ。毎日虐められて、皆から無視されて、中山に突き飛ばされて僕の変わりに殴られて、親にも殴られて捨てられて、そんで木に登って遊んでたっていうのか? 一人で?

 込み上げてくる何かを噛み殺す、僕は校長先生を見ていられなくなって肩で息をしながら壇上から目を逸らした。
 そうしたら、視界に入ってしまったんだ。沈痛な面持ちで深く頷きながら校長の話を聞く中山の姿を……。

 何だよ、その顔! 全部お前のせいなのに!!!
 また掌に爪が食い込む、視界が涙で歪んだ。悔しいんだ、僕は。情けない、こんな自分が大嫌い、死ねばいいのに。

 その時だった前列から叫声が上がった。皆が前を覗き込むと保健の先生が生徒達を割って走っていく。
 僕のクラスの女子生徒が吐いてしまったようだ、先生に付き添われながら真っ青な顔で体育館を退場するその子は、恩田さんだった。

 体育館がどよめいて動き出す、一斉に言葉が飛び交う、後ろに並ぶ保護者から野次が飛ぶ。低学年の生徒が泣く、いや、発端は僕達のクラスが泣き出したからだ。それが周りに伝わっていく。伝染して感染して張りつめた心が崩れる。足だけ踏ん張る。でも膝が折れてしまう。

 親達がこちらに走ってきた、僕も泣いてた、声は出ないのに嗚咽が出た、皆黙ってる。本当の事、知ってる、皆、真実、言わない。言葉が涙になって流れてしまう塩辛い水になって出ていってしまう、乾かないでくれ。それじゃあ何も伝わらないから、違うだろ、事故じゃない。言えよ、知ってる癖に、どうして桔平が死んだのか。その理由はここにあるだろ、他のクラスの子だって先生だって見てたじゃん。 桔平は毎日何周校庭を走ってた? 何時間廊下に立たされてた? 一日何回謝った? 唇が赤く腫れる程、噛みしめて何を耐えていた? 何度僕等をかばってくれたんだ。ねえ事故なの? 誰か言って、お願いだから、お願いします、桔平を助けてほしいのに、もう何から話せばいいのか分からないから、皆、ただ泣くだけ。

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