前略、僕は君を救えたか

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手紙5

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 撮影はランチラッシュを外した二時、いつ来るのかしらって翔子さんは何回も化粧を直していた。じじいも無意味に髪型を気にしていた。

 本日もイタリアン ヤマダはそれなりに混んで、常連のおばちゃん達から看板を褒めて頂いた。ラッシュが一時的に引いた頃合い、入り口にクローズの看板を下げておく。撮影中は店は貸し切りにするので最後の客が帰った後は、もう一度床掃除をしておいた。

 時間になって、思ったより大所帯の撮影クルーが来店した、翔子さんとじじいは驚いてる。ちょうどその時、店の電話が鳴った。
 入り口まで出迎えた二人は編集者と会話してるし、僕が電話を取る。おお……このタイミングで出前の注文だとよ。
 うちの店は馴染みの客や近所にはたまにデリバリーや
ってんだよ。箱代二百円に足代五百円、謎の三百円、の計千円の上乗せになるけど、それでも来てくれって人には配達してる。
 だいたい僕がいなきゃ受けないんだけど……二人を見ると、なんとクルーはビデオカメラまで出してきて、公式ブログやプライベートDVDで使用する動画も撮影したいんだって。映り込んだら嫌だから、デリバリーに行くしかないな。

 新規だったけど、配達できる範囲の場所だった調理して行って帰って三、四十分か? ちょうどこの場を抜けるにはいい時間だろう。しかも注文が作り置きのハンバーグにカレーだったので僕は快く承った。
 電話を切って、小鍋に一人前のカレーを温めていたら、翔子さんが首を傾げながらこっちに来た。

「あれ? 梧君、どうしてカレーなんて温めてるの?」
「ああ……っと出前の注文が入って」
「え? 受けちゃったの? 今撮影来てるのに!」
「来てるからですよ、普段ならこの時間でもそこそこお客さん入ってるでしょう? 今実質利益0じゃないですか、ちょっとでも食事売ってこないと」

 と、もっともらしい意見を言って不満げな翔子さんを宥めておく。配達の準備をしながら、外を見れば看板の横に座って、件のアイドルが写真を撮っていた。
 うわ、そんなアップで撮るのかよ。大丈夫かな、でもまあよくあるチョークアートの技法だ、文字のデザインや絵柄からじゃ落書き犯とは結びつかんよな。とりあえず僕に興味を持たれる場面は避けたいから、もし看板の事を聞かれたら業者に頼んだと言ってくれ、とじじいに言って店を出た。

 自転車に鞄を固定して、安心のグーグルマップを起動、配達先までは十分そこらで到着って距離だ、歩いて来たってさほど時間もかからないだろうに、少しくらいは家出ろよって元も子もない文句を心の中で呟いとく。

 で、だ。到着したのは、二階建ての木造のアパートだったインターホンを押して名前を言えば、はい、とは言ったものの、受話器を切る前に「え? 山田? はええ!」と聞こえた。そりゃ飛鳥山で脚力鍛えてるからな、坂もなかったし楽だったぞ。
 ドタドタ中から玄関に走ってくる音がして、僕は不本意ながら笑顔を取繕った。鍵を開ける音がして、少し隙間が開いた瞬間に。

「お待たせしました、イタリアン ヤマダです」
「あ?」
「え?」

 住人は僕を見て瞬きをして、眉を潜めた、そして。

「いや、イタリアン兵藤じゃん」

 と言われて僕は作り笑いを止めた。
 それで、玄関先のお客様を改めて見れば、ボサボサの髪に無精ひげにパジャマ、こんな奴知らん。のだがそいつは表情を明るくさせて、

「え? マジで? こんな偶然ってある?! 覚えてる? 俺塾で一緒だった」
「おお!! あの英語塾のッ」

 誰だコイツ、全く記憶にない。奇跡的邂逅かもしれないが、そういうのは異性としたかった訳で同性とは何年振りでもそこまで感動はないな。でも話を合わせておくかって思ったのに。

「嘘だよ、小学校でクラスが同じだったろ? 兵藤 梧君」
「マジか、何で同級生を一回泳がせる必要があったんだよ」
「誰だお前、みたいな顔してたからだろ。腹立つな、瞬時に思い出せよ」

 返す言葉もない、電話の時にメモった紙を見て、

「えっと……ああ、谷口か…………、そっか覚えてるよ。へえこんなとこに住んでんだ。ああ悪い意味とかじゃなおくて、僕同窓会にも行かないし。それに、うちのクラスは中学でバラバラになったから同級生の所在って一切分からなくて」
「まあ……そうだな……色々あったしな。っつかお前見た目あんまり変わってないのな?」
「そうか? 僕妖精なのかな」
「可愛くない妖精なんてどこに需要があるんだよ」

 谷口は嫌な顔しながら、商品を受けとって数十年ぶりの同級生との会話は楽しいもんだなって思った。
 あんな事があったから顔を合わせないようにしてたけど、六年間学校生活送ってきたんだし、波長みたいのが合うんだな、特に気も使わずに話してる僕がいる。

「谷口は今何しえてるの?」
「こう見えて看護師よ。夜勤明けの二日酔いなう。普段マスクしてるからヒゲ剃ってない」
「へえ」
「お前は……ってイタリアン兵藤してんのか、実は何回か店に食いに行ってるんだよ。多分お前もいたんだろうけど、接客はおばちゃんがしてくれてたから気付かなかったな。食ってる時に出前の注文受けてたから、持って来てくれんなら頼もうかなって」
「そうか、ちょうど今、店抜けたかったから助かったよ」
 答えれば、谷口は財布を開けながら、差し出した伝票と小銭を見比べながら気まずそうに笑って。
「こんなんで力になれたのなら良かった」
「ん? うん」

 それは何か棘のある言い方で意識してなくても勝手に胸に刺さる。黙っていたら、谷口は、ふっと何かを思い出したように伝票から視線を上げて。

「ああ!! そうだ」

 僕にお金を押し付けて部屋に走って行った。ドアの奥から、「え? どうしたの?!」と声が聞こえる。足元にはハイヒールがあるし、女性がいても驚きはしないけど、何だ? その背中を目で追っていたら、谷口は見て見て!! と何かを振りながら戻って来た。それはヒラヒラと風に靡いてる。

「赤紙?」

「は? 難易度高すぎてそのボケ返せねえわ」

 谷口は僕の前に何枚かの紙を差し出してきた、紙……というか封筒。

「これ…………」

 胸の鼓動が緊張の速さに変わる、知ってる、記憶の奥底に眠っていた封筒だった。


「覚えてるか? タイムカプセル」



「タイムカプセル……」
 その単語にズキっと心臓が嫌がる。
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