前略、僕は君を救えたか

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黒いポスト4

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 言い忘れたが、13日は一人息子の月命日なんだ。じじいはその昔、関東で一番大きい足場工事の会社を経営してた、足場ってあの足場だよ。

 建築現場で建物の周りを覆ってる鉄の棒だな。完成した建物には跡形もないけど、建築には欠かせない役割を持っている縁の下の力持ちのような存在で、誇りをもってやってたとじじいは言ってた。
 自分も足場職人で若い頃に独立して会社を拡大、小さな家のリフォームから公共事業、有名な建築家の工事まで任せられるようになって、仕事だけに情熱を注いでいたって、子供も跡を継げるような立派な職人になってもらいたくて一緒に仕事をしてた。

 そんで作業中に事故が起きた。息子はパイプの下敷きになって死んだ。そこら辺の細かい状況は聞いてない。

 僕も常連のおばちゃんや、さっき来た元弟子のお客さんから耳に挟んだんだ。やれ、体を何本のパイプが貫いて見るに耐えない遺体だったとか、ぐちゃぐちゃに潰されてたとか、打ち所が悪かっただけで無傷だったとか、人によって話が違った。

 ちなみに僕はその息子に少し似ているらしく、初めて店に立った時は皆驚いていた。
 その後色々あって、息子が好物だったナポリタンとプリンでイタリアンの店を始めた。じじいは何て言ってたっけ? 今全力で生きてるから死んでも悔いはないんだっけ? なんか……悲しいな。昔だって今だってあのじじいなんだから、精一杯家族も仕事も愛してやってただろうに。じっと二人を見ていたら、翔子さんと目が合っちゃって、「あ」と彼女は口に手を当てた。

「そうだ梧君は病み上がりなんだから、もう店上がって? 明日も忙しいから」
「そうだな、瞑想でもして明日に備えとけ」
「わかった」

 焦げ付かないように回していたヘラの手を止める、カレーの寸胴に蓋をしてガスを切った。よし帰ろう! もちろんタイムカードなんてないから勤務時間なんて適当だ。でもこの前に給料計算してみたら、いくらか多く貰ってた。だから早上がりだろうとあまり時給に響かないんだな。個人経営のバイトの強みだ。

 エプロンを解いて、そうだ……店の看板はクローズにしたけど、立て看板や植木鉢は広げたままだったなって気付いて表に出た。
 そこにはまだアイドルのファンがいて、早く閉店してすみませんと頭を下げて植木鉢を店に寄せていく、立て看板もしまう旨を伝えても不満を言うファンはいなくて安心してたら…………うわ、その中の一人がタバコを吸っていた。

 まあ吸うのはいい、僕も喫煙者だし、でも道路には灰皿はないし、人通りが多い道だ。しかもよく見たら道の脇に吸い殻がいくつも落ちている。
 僕が朝、掃除した時にはなかった。むしろ毎朝店の周りを掃除しているが、吸い殻のゴミは一度もなかったのに……。客が増えるって事はこういうのも含まれてんだな。舌打ちの一つくらいくれてやりたいが、出来るだけの作り笑顔で、明日も来るかもしれないお客様に僕は言う。

「申し訳ございません、お店の前で喫煙はご遠慮下さい。お持ちの灰皿がなければお店の裏に簡易的な喫煙スペースがございますので、そちらでお願いします」

 にこっとすれば、客はそそくさと店の裏側に移動してくれた。にこっとしたんだぞ? 睨んだんじゃない。だが、じじいが言うには僕の笑顔は怖いらしい。まあ仏頂面が無理矢理作った笑顔だし、体動かすから体格もそこそこだしな。

 でも何が起こるかわからない世の中だ。威圧的に出て刺されても嫌だから、穏便に穏やかに、僕もその場を後にした。
 二人に挨拶をして、裏手にゴミ袋を出せば今日の僕の仕事は終了だ、まだ早いし裏道を探検して帰ろうと、アプリでマップを起動した。
 車輪の直ぐ側を見れば、缶詰の灰皿に吸い殻が増えていて、早急に何か対策を取らないといけないなと思った。

 フードを被って、少し傾いた日の光を浴びなが都会の町の風を切る。すれ違う人は明日も明後日も会わないし、名前も知らずに死んでいく。
 信号の隣で待っている人も、一秒後には顔も忘れる。こんなに人がたくさんいるのに、僕が名前も性格も知っていて会話をするのは両手程の人間しかいない。日本って何億人いるんだっけ。もしかしたら僕はその中の一人にカウントされていないのかもしれないな。まるで透明人間だ、無価値な人間、無関心な人間。

 だって僕を知らなくたって、誰も困らない。僕がいなくたって地球は回る。人は生まれて死んでいく。だから何だって話だけど、そんなちっぽけな僕を生かす為に桔平が死んだのだとしたら、この先の人生が重大すぎて、もうすでに踏み込むペダルが重いよって話。

 大きくなったら……なんて夢を語るには年をとり過ぎてしまった。僕はどうすればまた笑って暮らせるんだよ。心の底から、湧き出してしまうような笑顔で。そんな状況あるのか。
 自問自答しながら道を進んで、ふと迷い込んだきったねー裏路地、僕が大好きな場所。どんな繁華街にも必ずある古びた家屋。廃墟みたいな場所が好きだ。ボロボロで今にも倒壊しそうでkeep outの黄色いテープが巻きつけられてたら尚、最高だ。

 怪しまれないように、ゆっくりペダルを踏みながら、家の周りを周回する。両手程のスペースでもいいんだ、少し自分を残せればそれでいい。
 雑草の生えたプロパンガスのボンベが二本、苔を生やしながら放置されていた。辺りには人はいない。

 夕暮れ、心地いい風の温度、遠くで工事の音。一歩踏み込めば雑草の合間から虫が飛んだ。
 本当はダメなんだ、分かってる。こないだ近場で絵を描いたから、今度は県を跨いで遠出する予定だったのに、今日の僕はおかしい、何かに焦ってる。

 ボンベの横に置かれた消火器の箱を開ければ、記された最終点検日は意外や半月前だった。古びたボンベはひんやり冷たい。
 掠れた文字にべたつく側面を手で擦って質感を確かめて、肩掛けの鞄からマーカーを取り出した。
 毛が逆立つ、一気に心拍数が上がって緊張する。誰か来たらどうしようって、ここで見られたら現行犯だ。握りしめた百均の油性マーカーはこれに描いたらもう使えなくなるだろうが、スプレーアートする程の幅もないし、こっちのが短時間ですむ。深呼吸してぱぱっと三色使って桜を描いて、鞄にしまった。

 見直す前に足早に敷地から出て遠目から確認する。そんで溜め息。
 ありえない、何で今描いた? 深夜以外に初めてした。いつもなら確認するはずの監視カメラも今日は調べていない指紋も拭いてない。

 見つかりたくてやってんのかよって自分に苛立って、直ぐその場から立ち去った。無心で自転車をこいでこいで、到着したのは荒川の土手。自転車を停めて斜面に身を潜めて煙草を吹かした。呼吸を三回煙にしてようやく少し落ち着いた、誰も追いかけてこなくて安心した。でもタバコの味はしなかった。
 風が前髪を揺らして目を擦る、胸にしまった感情は何かと自分に聞く。


 虚しい、


 のだと頭に浮かぶ。心を現す単語の種類は自分の中にあまりない、けど、悲しいや寂しいとは違う、でも物理的に息を吸うと苦しいんだ。だからきっとこの気持ちは虚しい。

 こんなの意味ないって自分が一番よくわかってる。才能がないから、力がないから、悪戯して人の目につこうとしてる、なんて幼稚で愚か者がする行為だろう。
 暴走族と一緒だ。相手にされないから、大きな音出して目立とうとして悪さをするんだ。構ってほしいから。
 だって世界が自分に目を向けていたら、こんな事しないだろ。情けないな、指に触れた草を握り込んで引き千切って投げた。

 土手のグランドで野球をしている小学生、ジョギングをしてるおじさん、散歩しているおばさん。自分だけが理由もなく生きている気がして、見るのも嫌になって芝生のクッションに大の字で寝転がった。
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