29 / 49
黒いポスト11
しおりを挟む
恩田さんはクイッと缶を傾けて聞いてきて、僕は困ってしまった。そりゃそうだ、聞かれると分かっていたのに障りのない答えを用意してなかった。
じっと黒い瞳に見つめられて、ええっと、と頭をかいたら、恩田さんは笑った。
「素直な反応で宜しい」
「いや、あの……あれだよ、斬新? 僕には新しい音楽」
「うん、いいよ気を使わなくて。感想って難しいよね。同調って言うかさ? 日本人は自分の素直な答えよりも周りがどう思ったかを知りたがるでしょ? 自分の感想は周りと同じかな? 皆はどういう風に思ってるんだろうって。でも私そういうの求めて音楽やってないから」
「…………それは」
聞いたら分かる、恩田さんの音楽は直に理解できる曲じゃないし。
「メロディがあって、言葉がある曲ならさ、言いたい事も伝わるし思いも届きやすい、考えてる事がピンポイントでわかるじゃん? サビ作って何度もそこを流すとか、これが言いたいんだ! って直に受け取れる、変に言えば音楽の強制、意識の強制、ねえそれって正しい音楽かな」
「うーんと……」
「やだ、ごめん別に、他の音楽を否定しているわけじゃないの。私も好きだし、取り方は人それぞれだよね、正しいも悪いもなかった。でも私はね曲のこれを、ここを、聞いて! って思っていないの、毎回演奏は違うし音を感じて楽しめればそれでいい、深い所が繋がれれば尚ラッキー。だって音楽って演奏者が主役じゃないから、聞いてる方が主役」
「聞いてる方が主役……」
「ねえ兵藤君、まだ絵描いてるでしょ?」
「ん? まあ、ぼちぼち」
気まずくなって答えを濁すためにジュースを少し飲んだ。。
「なら、同じじゃない? 与えるエネルギーと受け取るエネルギーがぎゅうううっと結びついた時、気持ちいいよね?」
ズキンとお酒のせいではなく、胸が鼓動した。何かに気が付いてしまった気がしたから、ネットで公開してる抽象的な絵は、上手いと言われてもさほど喜びを感じなかった。でも落書きの桜と一緒に写真を撮ってる人を見た時、ドキっとしたのは、犯罪をしている罪悪感や緊張感や焦りや恐怖もあったけど、ちょっとした達成感みたいなものを感じた。いけないのに認められたと思ってしまった。
恩田さんは口の横に開けたピアスを咥内から押して僕に見せてくる、生き物みたいに真っ赤な石が動いて綺麗だけど、何を言いたいのかは分からない。
「どうしたの?」
「ねえ私を非常識だと思う?」
「非常識、とは?」
そんな言葉を犯罪者の僕に言われても。
「こんな顔中にピアス開けて、皆から理解されない音楽やってさ。海外フラフラして就職もしないで二十六歳」
「それを言ったら、不愛想で恋人もいない、未来に当てもないフリーター二十六歳の僕はどうなるの」
「そういう事だよ」
「どういう事?」
「一般的な、常識的な、平凡な、普通の、前例のある物を、見て知って聞いて、驚いたり感動したりする? 笑いや感動が起こるのは、いつも非日常で非常識な時だよ。意味が分からないから気になるの。非常識な事をするから人は笑っちゃうんでしょ。当たり前に誰が興味を持つの? どこにでもある誰にでも作れる物に尊い価値ってある? 可笑しいから面白いから、非常識だから人の目を惹きつけるんでしょ?」
「一理あるね」
だって僕の桜はネットで描いてたんじゃ誰も気づかないから、落書きという非日常な犯罪を背負って花が咲いた。
「だからさ」
「うん」
「自分の常識と戦わなきゃ」
「凄く難しい話をするね」
「私を抑える常識から抜け出せた時、世界が変わった」
「それが才能って奴じゃないの? 僕にはないけど」
分かるようで分からない。
嘘、わかってるけど、僕にはその度胸がないから正当に戦わないだけ。隣にいる細い肩はとても強く大きく硬く見えて僕なんて…………何なんだろう。
「何言ってるの? 兵藤君だってそうでしょ? じゃなかったら妹さんの介護を通じて絵の仕事をしてみたり。福祉の仕事だって、日本の正社員ができるじゃん。でもまだ一人で絵を描いてる。あなたは常識と向き合っているように見えるよ」
「ああ、え? 桜を知ってるの? いや知ってるか」
桜の事故は小学校在学中だし、でも介護関係の仕事は…………そう、桜にお兄ちゃんの未来も消去法だったって負担にさせたくなかったから、僕は好きな事してるって体現してるんだ。
お前の障害は僕の弊害にはなってないって示したくて、してこなかった。
急に苦しくなる、膝が震えてくる。こんな時に止めてほしい。
幼い僕が体から抜け出しそうで必死に食い止める、でも手が届かなくて、桜に呼ばれて幼い僕は振り返ってしまう。
思い出したくない、あの日の事故現場が唐突にフラッシュバックした。ライブハウスの爆音に勝る衝突音が突然脳内に響いて頭が壊れそうで目を瞑った。恐くてどうにもできなくて泣きそうになって、缶を強く、強く握った。
「あっ、兵藤君ごめんなさい」
「違う」
「でも」
「直ぐ、治る」
多分、僕は十数年ぶりに会った同級生を謝らせてしまうような顔をしていたに違いない。
でも、だって桜の血が止まらなくて、何をどうしていいのかわからなくて、お母さんの叫び声が耳から離れなくて、小さな体が動かなくて、僕は何も出来なくて。
声は殺したけど、体の震えが止まらなくて結局涙が出た。幼い子供が被害に遭う交通事故のニュースを見ても最近は涙を我慢できるようになったけど、今日はなぜか無理だった。
だって見知らぬ落合の公園にあの日の事故が目の前で起きてしまったから、それが幻想だとしても。
僕が背負う罪、償いもしてない癖にまた罪ばかり増えていく。
なんて因果な人生なんだろう。涙が出たのは久しぶりだ、ちょっと一滴、でも鼻の奥はツンと痛い。ねえ桔平、お前は自分が死んだ未来がこうなるって知ってたの? それでも僕に生きて欲しかったのか。
じっと黒い瞳に見つめられて、ええっと、と頭をかいたら、恩田さんは笑った。
「素直な反応で宜しい」
「いや、あの……あれだよ、斬新? 僕には新しい音楽」
「うん、いいよ気を使わなくて。感想って難しいよね。同調って言うかさ? 日本人は自分の素直な答えよりも周りがどう思ったかを知りたがるでしょ? 自分の感想は周りと同じかな? 皆はどういう風に思ってるんだろうって。でも私そういうの求めて音楽やってないから」
「…………それは」
聞いたら分かる、恩田さんの音楽は直に理解できる曲じゃないし。
「メロディがあって、言葉がある曲ならさ、言いたい事も伝わるし思いも届きやすい、考えてる事がピンポイントでわかるじゃん? サビ作って何度もそこを流すとか、これが言いたいんだ! って直に受け取れる、変に言えば音楽の強制、意識の強制、ねえそれって正しい音楽かな」
「うーんと……」
「やだ、ごめん別に、他の音楽を否定しているわけじゃないの。私も好きだし、取り方は人それぞれだよね、正しいも悪いもなかった。でも私はね曲のこれを、ここを、聞いて! って思っていないの、毎回演奏は違うし音を感じて楽しめればそれでいい、深い所が繋がれれば尚ラッキー。だって音楽って演奏者が主役じゃないから、聞いてる方が主役」
「聞いてる方が主役……」
「ねえ兵藤君、まだ絵描いてるでしょ?」
「ん? まあ、ぼちぼち」
気まずくなって答えを濁すためにジュースを少し飲んだ。。
「なら、同じじゃない? 与えるエネルギーと受け取るエネルギーがぎゅうううっと結びついた時、気持ちいいよね?」
ズキンとお酒のせいではなく、胸が鼓動した。何かに気が付いてしまった気がしたから、ネットで公開してる抽象的な絵は、上手いと言われてもさほど喜びを感じなかった。でも落書きの桜と一緒に写真を撮ってる人を見た時、ドキっとしたのは、犯罪をしている罪悪感や緊張感や焦りや恐怖もあったけど、ちょっとした達成感みたいなものを感じた。いけないのに認められたと思ってしまった。
恩田さんは口の横に開けたピアスを咥内から押して僕に見せてくる、生き物みたいに真っ赤な石が動いて綺麗だけど、何を言いたいのかは分からない。
「どうしたの?」
「ねえ私を非常識だと思う?」
「非常識、とは?」
そんな言葉を犯罪者の僕に言われても。
「こんな顔中にピアス開けて、皆から理解されない音楽やってさ。海外フラフラして就職もしないで二十六歳」
「それを言ったら、不愛想で恋人もいない、未来に当てもないフリーター二十六歳の僕はどうなるの」
「そういう事だよ」
「どういう事?」
「一般的な、常識的な、平凡な、普通の、前例のある物を、見て知って聞いて、驚いたり感動したりする? 笑いや感動が起こるのは、いつも非日常で非常識な時だよ。意味が分からないから気になるの。非常識な事をするから人は笑っちゃうんでしょ。当たり前に誰が興味を持つの? どこにでもある誰にでも作れる物に尊い価値ってある? 可笑しいから面白いから、非常識だから人の目を惹きつけるんでしょ?」
「一理あるね」
だって僕の桜はネットで描いてたんじゃ誰も気づかないから、落書きという非日常な犯罪を背負って花が咲いた。
「だからさ」
「うん」
「自分の常識と戦わなきゃ」
「凄く難しい話をするね」
「私を抑える常識から抜け出せた時、世界が変わった」
「それが才能って奴じゃないの? 僕にはないけど」
分かるようで分からない。
嘘、わかってるけど、僕にはその度胸がないから正当に戦わないだけ。隣にいる細い肩はとても強く大きく硬く見えて僕なんて…………何なんだろう。
「何言ってるの? 兵藤君だってそうでしょ? じゃなかったら妹さんの介護を通じて絵の仕事をしてみたり。福祉の仕事だって、日本の正社員ができるじゃん。でもまだ一人で絵を描いてる。あなたは常識と向き合っているように見えるよ」
「ああ、え? 桜を知ってるの? いや知ってるか」
桜の事故は小学校在学中だし、でも介護関係の仕事は…………そう、桜にお兄ちゃんの未来も消去法だったって負担にさせたくなかったから、僕は好きな事してるって体現してるんだ。
お前の障害は僕の弊害にはなってないって示したくて、してこなかった。
急に苦しくなる、膝が震えてくる。こんな時に止めてほしい。
幼い僕が体から抜け出しそうで必死に食い止める、でも手が届かなくて、桜に呼ばれて幼い僕は振り返ってしまう。
思い出したくない、あの日の事故現場が唐突にフラッシュバックした。ライブハウスの爆音に勝る衝突音が突然脳内に響いて頭が壊れそうで目を瞑った。恐くてどうにもできなくて泣きそうになって、缶を強く、強く握った。
「あっ、兵藤君ごめんなさい」
「違う」
「でも」
「直ぐ、治る」
多分、僕は十数年ぶりに会った同級生を謝らせてしまうような顔をしていたに違いない。
でも、だって桜の血が止まらなくて、何をどうしていいのかわからなくて、お母さんの叫び声が耳から離れなくて、小さな体が動かなくて、僕は何も出来なくて。
声は殺したけど、体の震えが止まらなくて結局涙が出た。幼い子供が被害に遭う交通事故のニュースを見ても最近は涙を我慢できるようになったけど、今日はなぜか無理だった。
だって見知らぬ落合の公園にあの日の事故が目の前で起きてしまったから、それが幻想だとしても。
僕が背負う罪、償いもしてない癖にまた罪ばかり増えていく。
なんて因果な人生なんだろう。涙が出たのは久しぶりだ、ちょっと一滴、でも鼻の奥はツンと痛い。ねえ桔平、お前は自分が死んだ未来がこうなるって知ってたの? それでも僕に生きて欲しかったのか。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる