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生と死と4
しおりを挟む恩田さんはどこまでも恩田さんで今ここででっちあげたストーリーなんて通用しないなって思った。だから偽りなく教えた。
でもヨミミさんの話しだけてもいまいち、犯罪を犯すに至る動機には足りないと思ったから、父さんがいなかった事、母さんが新興宗教にハマった事、僕が心の拠り所にしていた彼に裏切られた気持ちがあった事、細かく言えば朝になるから、かいつまんで説明した。
恩田さんは僕が話してる間、一度も口を挟まなかった、頷きと僅かな相槌、たまに瞳が僕の口元を見たり手を見たりしてたけど最後まで聞いてくれた。
「どう? あまり立派な理由じゃないでしょ?」
「兵藤君が何を立派だって思ってるのかわからないけど、納得できた。だから「僕はここにいる」メッセージが出てたんだ」
「そんなの出てたかな」
「うん、兵藤君はバレた時の罰則を最小限に留める為、人目に付かない所に描いていたのかもしれないけど、それが逆に埋もれてしまった場所を見つめ直すというか、場所も含めて私達を忘れないでってメッセージになってたよ」
「そっか、狙っていたような狙ってないような、微妙な感じ」
「だってほら、目立ちたいだけなら、国会議事堂や富士山、皇居に描けばいいじゃん」
「いや無理でしょ」
二人で笑って、僕は手を付けなかったチーズを恩田さんはもうお腹いっぱいだからって、種類を説明しながら進めてくれた。冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを飲みながら初めて見たチーズを食べる。
「僕が食べてるチーズと全然味が違う」
「美味しいよね? これでワイン一本いけちゃうから、普段は飲む時はご飯食べないよ」
「ダメだよ、お酒とチーズしか摂取しないって事でしょ? 体壊したら恩田さんの音楽を聞けなくなって悲しむ人がたくさんいる」
「そうかな? じゃあ気を付けるね。それでそれで、期待のらくがき魔さんは今度どこに桜を咲かせる予定なの?」
首を傾げて聞かれて、僕は静かに首を横に振った。
「もう描かない」
「え?」
「色々理由はあるんだけど……正直捕まるのが怖いのもある。だからこれからは細々と自分の絵を信じて、いつか奇跡を見ながら描いてくよ。バカみたいなプライドにこだわらないで、自分の中で百点の絵を描けるように頑張る」
「…………」
これにない決意表明だ、嘘だってついてないんだけど、恩田さんはさっきのリズムで相槌を挟んでくれなかった。むしろ納得いかないような顔で下唇をきゅっと噛んだ。
「どうしたの? らくがきの僕の方が輝いてたかな?」
「ううん、違う……兵藤君の常識を考えていただけ」
「僕の常識?」
「何でもないよ? うん、いいと思う、兵藤君がそう思うなら、描けって言われて描くもんじゃないもん。音楽だってそう」
僕は音楽をした事がないから、それに頷くのは勇気がいったけど、ここは肯定する以外の選択肢はないなって頷いた。
「兵藤君」
「うん」
「桜の絵ってさ、本当にないの? 実を言うと帰国して、神奈川県の寂れた映画館に咲いた桜は見たんだ」
「確か喫煙所の足元に小さく咲かせた」
「そう、たまたま通ったから思い出して、写真も撮ったけどやっぱり今ここで見たい」
それは何だろう……僕が本物かどうか確かめたいって意味なんだろうか、少し答えに間ができたら恩田さんが、
「ねえ、人間ってね三秒あると損得を考えるんだよ」
「そんとく?」
「そう、そして得よりも、損しないかなって考える。兵藤君は今何を思った? 私に絵を見せて損したらどうしようって思った? バラされたらどうしようって」
「ああ……そういうのじゃない。だってもしも僕を警察に突き出したいなら、らくがき魔が僕かなって顔が浮かんだ時点で警察に言えばいいわけだし。僕も素人だよ、指紋とか? 犯人隠蔽を徹底してる訳じゃないからさ。調べられたら一発だよ、部屋のゴミ箱にカラースプレーの入ったリュックがある。でも恩田さんも同級生も……そう、谷口だってニュースくらい見てるだろうに誰も何も言わない……そりゃ僕等は見て見ぬ振りが上手かったけど、そこは疑ってない」
「じゃあ何に躊躇してるの」
「…………躊躇はないよ。うん、ゴメン。不快にさせて、どの桜を見せようか迷っていただけだ」
「不快とは思ってない」
結局、恩田さんが絵を見たがる真意は分からなかった、携帯に入っている桜を見せようと思ったら、繋げて? とパソコンと携帯を繋ぐケーブルを渡されて、パソコンの画面で二人で桜を見た。
一本桜巡りをしていた時に心に刺さった、岩手の桜。
写真を撮って描くと模写になってしまうから、心のシャッターを切りまくって、興奮が冷める前に描いた桜。見ただけでそれまでの道のりや出会った人を思い出して自然と口元が緩んだ。
恩田さんはそんな僕を見て、早くして! て腕を叩いてきて、もう隠さなくていいのだから、むしろ聞いてほしいとでも言う様に桜を見せて、当時の話をした。
不思議と一枚見せたら、こっちもこっちも見てほしくなって……話を聞いてほしくて頼まれなくても僕から絵を見せた。恩田さんは何も言わずにただ頷いて話を聞いてくれた。
自分の話をするなんて何年ぶりだよ、そうか僕にも自分を知ってもらいたいって感情あったんだ。
恩田さんはいつの間にか顔のピアスを外してて、笑った顔はそれだけで印象が変わった。
「お酒飲んで寝ると顔を枕に擦りつけたりしちゃうから外すの」
「そっか、泥酔した時は大変そうだね」
「良かった」
「ん?」
「兵藤君がやっと笑ってくれたから」
ふふふ、と目を細めた後、恩田さんは疲れたぁーーーってベッドに飛び込んだ。“笑う”なんてずっとしていたと思うけど、そんな夢中な表情してただろうか、僕は恥ずかしくなった。
携帯を見れば時刻は十二時を過ぎてる、このホテルがどこにあるかわからないけど、終電があるかわからない。
僕はこの後どうするんだろうって現実に戻る。恩田さんは大の字になった体を横に丸めて僕の方を見た。
「ねえ兵藤君」
「うん?」
「楽しいお話ありがとう」
「ありがとうって言ってもらえて安心した」
「それでさ」
「うん」
「さっきのさ、黒いポストの話」
「うん」
「ポストに関してあれ以上進展はないけど、ポストを探す時に私達が話していた好きな子の話に関しては興味はないの?」
「え」
枕を抱えながら恩田さんは意地悪そうにシーツに顔を摺り寄せる、ここは興味ないって格好つけたほうがいいのだろうか、いやもう充分に格好悪い姿をさらしてるんだから、食い気味に気になる気になる! って突っ込んだ方がいいのか。
むしろ恩田さんのあのポーズはなんだろう、小さい声だと聞こえなくて近くに寄れば僕もベッドになだれ込む流れになるのでは?
「私の好きだった人知りたくない?」
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