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生と死と7
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どこの文字から泣いていたかなんて、覚えてない。頬を伝って顎に溜まって、ボタボタと太腿を濡らした。ジーパンのシミが広がってく、いやだ、こんな手紙。
いつの間にかテレビの音が消えていた、文章をまだ理解できていないのに怖くて読み返せなかった、そしたらふわっと僕の頬をティッシュが掠める。
「何て声をかけていいかわからない」
「うんそうだよね」
「ごめんって言いたいけど、さっき言わないって約束したから」
「…………僕もごめんって言いそうになったよ」
目を強く押えて涙を止めた、一人なら訳も分からず色んな事思い出して泣いて叫んで目を腫らしていただろう、恩田さんがいたから冷静でいられる。
「それが手紙なのね?」
「うん、そう……きっとその……例のポストから届いた」
「届いた?」
「届いたって言うか……何だろ、郵便って意味じゃなくて僕の手元に届くって意味、まさかいつもの短歌がこんな風になってるなんて思わなかった。いつだって開ける機会はあったのに、本当に不思議、今朝お金確認しようとして、めんどくさいからしなかった。してたらどうなってたんだろう」
恩田さんは僕の手元にある手紙をじっと見つめて何度か瞬きしていた、唇が動いて視線が文字を追っている。途中で鼻を啜って涙を拭った。
「会った事ないけどさ、苦しい。遺書とはまた何か違うね」
「うん、自殺……とは僕も思ってない、そういうんじゃない」
「わかるよ、でも……そっか烏丸君も……」
「どんなタイミングでこれを書いたんだろう、僕だけ何も知らなくて、でも事実だけがここにある」
「気付かないだけで、捨ててしまった手紙の中にこういうのが紛れ込んでいたりするのかな。毎日たくさん人は死んでて……その人達がもし……」
「何も……何も、わからないね……」
二人同時にため息が出た。もっと泣きたかったし誰かに一緒にいてほしい気持ちはあった。正直足が重いけど、今は助けに行きたい人がいるから、僕は恩田さんと連絡先を交換してホテルを出た。
恩田さんを残してしまった感じになったけど、これでいいんだあれ以上二人でいても会話はなかったから。
タクシーに乗り込んで、池袋に向かう、向かう途中でお金を渡し忘れたと気付いたけど、今はメッセージを送るのをやめておいた。
というか、彼女と別れて、一人になって疲れと色んな感情が押し寄せて、眩暈がして携帯を見られなかった、ひどい頭痛にこめかみを押えて、静かに目を閉じた。
どのくらいかして肩を叩かれて、いつの間にか寝ていたんだと気付く、「お兄さん、お兄さん」と運転手に肩を叩かれて、目を開ければ、窓の外に店があった、でもそれはいつもの朝見たままの……。
びっくりして、飛び起きて、よく見ればそれは僕の家で……。
「あれ……僕、池袋って……」
「言われたよ、でも規制されてて進めなくてね。この先どうすればいいのか聞いたら、やっぱりこっちにって言われたから」
「……そう、ですか」
言った記憶はないけど、酔っぱらってタクシーで帰る時も会話まで覚えてないから、いつもこんな感じなのかな。
けど、今日の目的地は実家じゃないからってもう一度池袋に戻ろうとしたら。
「あれ? 家から誰か出て来たよ」
「ん?」
「お兄ちゃん……」
玄関から白杖を持った桜が出て来て、口元が僕を呼んだ、仕方ないかと諦めて運賃を払うと桜が来る逆の方のドアを開けてもらった。
直に反対に回って、こちらに来る桜にストップと声を掛ければ細い足はピタリと止まった。
「まだ起きてたの」
「車の音が聞こえたから、お兄ちゃんだと思った」
「思っただけでこんな時間に外に出るな」
「でも」
「でもじゃない、危ない」
「…………ごめんなさい」
桜の手を取って肩に乗せて、ゆっくり先を歩く、桜は納得いかないそうに唇を噛んでいたから。
「あの、桜」
「何」
「僕もごめん、急に電話を切った」
「うん、生きてるって分かってても眠れなかった」
「そうか」
「お母さんも起きてるよ」
「うん」
肩に乗った手がぎゅっと服を握り込んで、
「ずっと怒った声でお経唱えてる」
「わかった今直ぐ止めるように言う」
そのまま背中にしがみ付いて来た。
「家にいて? お兄ちゃん、怖いよ」
「いるよ、ずっと一緒だって約束しただろ」
「うん」
当たり前だけど、その夜は眠れなかった。
朝起きて、シャワーを浴びて鏡に映った僕はひどい顔をしていた。寝不足ってこんな疲労感がでるものだっけ。
朝、火事のニュースがトップで流れた。出火元となった飲食店は全焼、近隣の住宅も二軒が半焼したと。負傷者は二名、飲食店店長、山田 陽一郎(60歳)が死亡、妻、翔子(63歳)が軽傷との事だ。
火災の原因は放火、裏手にあった灰皿に火の点いたままのタバコを放置、隣にあったゴミに引火、そのままお店に燃え移り、木造三階建ての店舗兼住宅は数分で炎に包まれたと。
犯人は野次馬の中にいて、直に逮捕された。犯行の動機は
【何度来ても閉店だと追い返されて、腹が立った。ボヤ騒ぎでも起こしてやろうと思った。殺すつもりはなかった】
タイミングが悪かったと言うか、僕等も人を見て店を閉めていた訳じゃないけれど、あの中に犯人がいたのか。
怒りと悔しさ、感情にやり場がなくてテーブルを殴ってしまった。
「わッ! 何? お兄ちゃんどうしたの?」
「梧ッ」
「ごめん、何でもない」
頭を掻き毟って、ただただ自分に腹が立つ、立つけど、これが決められた運命なのか。
桜に聞こえないように拳を強くにぎっていたら、不意に家の電話が鳴った。痺れた手を振りながら「僕が出るよ」と受話器を取る、警察だった。
犯人は逮捕されてるけど、署に来てお話を伺えませんか、との事だった。
何も隠すものはない、快諾して、でも先に翔子さんに会いたい旨を伝えると、面会できるかわからないが、搬送された大学病院を教えてくれた。
ずっと二人が不安そうな顔で僕を見ていた、受話器を置いて、大丈夫だと伝える。きっとこの後現場検証に立ち会ったりもするだろうけれど、泣かずに耐えられるか不安だ、なんて言えなかった。
だって一夜明けて、明るみに出た店を見て、既に泣きそうだったから。
翔子さんの入院している病院は池袋にある大学病院だった、入口に報道陣や警察はいない。面会の受付で事情を話して、警察から場所を教えてもらったと強調すれば、少々お待ちくださいと待たされた。
数分後、五階の病棟にどうぞと案内されて、ナースステーションに寄れば、そこにはスーツの男が二人と男性医師が話をしていた。頭を下げて看護師を呼ぶ、翔子さんの名前を出せば、三人は僕を見た。
いつの間にかテレビの音が消えていた、文章をまだ理解できていないのに怖くて読み返せなかった、そしたらふわっと僕の頬をティッシュが掠める。
「何て声をかけていいかわからない」
「うんそうだよね」
「ごめんって言いたいけど、さっき言わないって約束したから」
「…………僕もごめんって言いそうになったよ」
目を強く押えて涙を止めた、一人なら訳も分からず色んな事思い出して泣いて叫んで目を腫らしていただろう、恩田さんがいたから冷静でいられる。
「それが手紙なのね?」
「うん、そう……きっとその……例のポストから届いた」
「届いた?」
「届いたって言うか……何だろ、郵便って意味じゃなくて僕の手元に届くって意味、まさかいつもの短歌がこんな風になってるなんて思わなかった。いつだって開ける機会はあったのに、本当に不思議、今朝お金確認しようとして、めんどくさいからしなかった。してたらどうなってたんだろう」
恩田さんは僕の手元にある手紙をじっと見つめて何度か瞬きしていた、唇が動いて視線が文字を追っている。途中で鼻を啜って涙を拭った。
「会った事ないけどさ、苦しい。遺書とはまた何か違うね」
「うん、自殺……とは僕も思ってない、そういうんじゃない」
「わかるよ、でも……そっか烏丸君も……」
「どんなタイミングでこれを書いたんだろう、僕だけ何も知らなくて、でも事実だけがここにある」
「気付かないだけで、捨ててしまった手紙の中にこういうのが紛れ込んでいたりするのかな。毎日たくさん人は死んでて……その人達がもし……」
「何も……何も、わからないね……」
二人同時にため息が出た。もっと泣きたかったし誰かに一緒にいてほしい気持ちはあった。正直足が重いけど、今は助けに行きたい人がいるから、僕は恩田さんと連絡先を交換してホテルを出た。
恩田さんを残してしまった感じになったけど、これでいいんだあれ以上二人でいても会話はなかったから。
タクシーに乗り込んで、池袋に向かう、向かう途中でお金を渡し忘れたと気付いたけど、今はメッセージを送るのをやめておいた。
というか、彼女と別れて、一人になって疲れと色んな感情が押し寄せて、眩暈がして携帯を見られなかった、ひどい頭痛にこめかみを押えて、静かに目を閉じた。
どのくらいかして肩を叩かれて、いつの間にか寝ていたんだと気付く、「お兄さん、お兄さん」と運転手に肩を叩かれて、目を開ければ、窓の外に店があった、でもそれはいつもの朝見たままの……。
びっくりして、飛び起きて、よく見ればそれは僕の家で……。
「あれ……僕、池袋って……」
「言われたよ、でも規制されてて進めなくてね。この先どうすればいいのか聞いたら、やっぱりこっちにって言われたから」
「……そう、ですか」
言った記憶はないけど、酔っぱらってタクシーで帰る時も会話まで覚えてないから、いつもこんな感じなのかな。
けど、今日の目的地は実家じゃないからってもう一度池袋に戻ろうとしたら。
「あれ? 家から誰か出て来たよ」
「ん?」
「お兄ちゃん……」
玄関から白杖を持った桜が出て来て、口元が僕を呼んだ、仕方ないかと諦めて運賃を払うと桜が来る逆の方のドアを開けてもらった。
直に反対に回って、こちらに来る桜にストップと声を掛ければ細い足はピタリと止まった。
「まだ起きてたの」
「車の音が聞こえたから、お兄ちゃんだと思った」
「思っただけでこんな時間に外に出るな」
「でも」
「でもじゃない、危ない」
「…………ごめんなさい」
桜の手を取って肩に乗せて、ゆっくり先を歩く、桜は納得いかないそうに唇を噛んでいたから。
「あの、桜」
「何」
「僕もごめん、急に電話を切った」
「うん、生きてるって分かってても眠れなかった」
「そうか」
「お母さんも起きてるよ」
「うん」
肩に乗った手がぎゅっと服を握り込んで、
「ずっと怒った声でお経唱えてる」
「わかった今直ぐ止めるように言う」
そのまま背中にしがみ付いて来た。
「家にいて? お兄ちゃん、怖いよ」
「いるよ、ずっと一緒だって約束しただろ」
「うん」
当たり前だけど、その夜は眠れなかった。
朝起きて、シャワーを浴びて鏡に映った僕はひどい顔をしていた。寝不足ってこんな疲労感がでるものだっけ。
朝、火事のニュースがトップで流れた。出火元となった飲食店は全焼、近隣の住宅も二軒が半焼したと。負傷者は二名、飲食店店長、山田 陽一郎(60歳)が死亡、妻、翔子(63歳)が軽傷との事だ。
火災の原因は放火、裏手にあった灰皿に火の点いたままのタバコを放置、隣にあったゴミに引火、そのままお店に燃え移り、木造三階建ての店舗兼住宅は数分で炎に包まれたと。
犯人は野次馬の中にいて、直に逮捕された。犯行の動機は
【何度来ても閉店だと追い返されて、腹が立った。ボヤ騒ぎでも起こしてやろうと思った。殺すつもりはなかった】
タイミングが悪かったと言うか、僕等も人を見て店を閉めていた訳じゃないけれど、あの中に犯人がいたのか。
怒りと悔しさ、感情にやり場がなくてテーブルを殴ってしまった。
「わッ! 何? お兄ちゃんどうしたの?」
「梧ッ」
「ごめん、何でもない」
頭を掻き毟って、ただただ自分に腹が立つ、立つけど、これが決められた運命なのか。
桜に聞こえないように拳を強くにぎっていたら、不意に家の電話が鳴った。痺れた手を振りながら「僕が出るよ」と受話器を取る、警察だった。
犯人は逮捕されてるけど、署に来てお話を伺えませんか、との事だった。
何も隠すものはない、快諾して、でも先に翔子さんに会いたい旨を伝えると、面会できるかわからないが、搬送された大学病院を教えてくれた。
ずっと二人が不安そうな顔で僕を見ていた、受話器を置いて、大丈夫だと伝える。きっとこの後現場検証に立ち会ったりもするだろうけれど、泣かずに耐えられるか不安だ、なんて言えなかった。
だって一夜明けて、明るみに出た店を見て、既に泣きそうだったから。
翔子さんの入院している病院は池袋にある大学病院だった、入口に報道陣や警察はいない。面会の受付で事情を話して、警察から場所を教えてもらったと強調すれば、少々お待ちくださいと待たされた。
数分後、五階の病棟にどうぞと案内されて、ナースステーションに寄れば、そこにはスーツの男が二人と男性医師が話をしていた。頭を下げて看護師を呼ぶ、翔子さんの名前を出せば、三人は僕を見た。
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