前略、僕は君を救えたか

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生と死と13

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「ん?」




「もしあの時、僕がこっちで暮らしたいって言ってたらどうなってたかな」

 父さんは白髪交じりの薄い顎髭をかいて。

「当然、皆で暮らしてたよ。子供の意見を優先しようって方針だったから。そうだな……四人でここで暮らしてたら、どんな生活だったかな。学校はいきなり全校生徒五十人の小学校になってしまうけど、その分全員と友達になれて」
「うん」
「まあできる事は限られるけど、こっちはこっちでまた面白い生活できたと思うよ。釣りに行ったり自給自足みないなの楽しそうだろ」
「うん」


「それで……美鳥ちゃんも他の人と結婚して今頃子供がいたかもしれないな」


「そっか……」
「そんな未来もあったのかな」


 父さんはゆっくり庭に視線を戻してお茶を一口啜った。鳥が鳴いてシンとして、昔ここで散歩の後昼寝をしたなって思い出した。
 始めて来た場所だったのに懐かしい感じがして、走り回って喉乾いてスイカ食べて、ゴロゴロしてたら寝ちゃったんだ。背中叩かれて、蚊取り線香の匂いと風鈴、扇風機の風、気持ち良かった。
 持って来たゲームなんて一度も電源を入れなかった。




 僕が言わないといけない事、後一歩だ。


「あのさ父さん」


「ん?」

 父さんは僕の方にまた視線を向けたけど、僕は父さんの顔を見ないで真っ直ぐ庭を見たまま続けた。

「僕さ……僕、本当はこっちで暮らしたかったんだ。うん、ここに居たかった。あの時は……色々あって素直に言えなかった」

「うん」
「ごめん、言えなくてずっと後悔してた」
「そうか」
「父さんが癌だから気を使って言ってるんじゃないよ」
「わかってるよ」
「ならいいけど」






「わかってる……そうわかってた、わかってたんだよ俺だって……だってお前はここであんなに楽しそうに笑ってたもんな。ごめんな謝らないといけないのは父さん達の方なんだごめん、すまなかった。ごめんなさい」
「もういいよ」




 父さんは顔を手で覆った。その手の下がどうなっているのか分からない。僕は泣きそうになって、最近泣き過ぎてるなって思い出して無理矢理涙を引っ込めた。どうしてあの時言えなかったんだろうな。帰りたい。

「なあ梧」
「うん?」
「思いってさ、声に出さなきゃ伝わらないし」
「うん」
「声に出さないなら、考えてないのと同じなんだよ」
「たくさん考えても、そう思われちゃうのは悲しいね」
「今更だけど、梧はそういう所あっただろ? もっと俺に話したい事たくさんあったはずだ」
「あったよ、もう何から話していいのかわからないけど、何だろう……ずっと言えなかったのに言葉にしたら十秒だった」

「そういうもんだよ。今まで言えなくて後悔してきたなら、これからは言いたい事はちゃんと言葉に出して」
「そうだね、この年で言われる話じゃないけど」

「何歳だって構わないよ。物事の善し悪しは三歳でも分別がつくけど、八十歳になったって善い行いばかりできる訳じゃない。百歳になっても人は嘘をつくよ。人間なんてそんなものだろ、何歳ならどうって話じゃない」
「うん」
「表現するのも大事だよ、でもまず伝えたい事は声に出さないと」
「善処します」


 笑顔で頷いたら、頑張れよって背中を叩いてくれた。そうだ、と思い出してお尻のポケットから煙草を取り出した。

「吸う?」
「おお煙草か……いいね、夢でたまに吸ってるけど、どうも味がなくて」
「肺には転移してるの」
「それどころじゃないから」

 お道化た笑いを含ませながら、父さんは煙草を一本取り出した。咥えて火を点けて軽く吸って眉間をしかめる。

「美味しい?」
 僕も隣で火を点ける、父さんはゆらりと昇る煙を見つめて、目を細めた。
「うまいよ、息子から貰った煙草がまずいはずないだろ」
「へえそう、僕はいつもと変わらないかな」
「はいはい」

 強がってみせたけど流されて、二人でまた煙草を吹かした。風が吹く、いい風だった。せっかく壁がなくなったのに、何で死ぬんだよ。
 ふと、あのポストは代わりに病気になれたりるのだろうか、なんて考えてしまった。いや、僕が代わりに病気になって死んでも父さんは喜ばないか。首を振ったら背後から声がして。


「あ、煙草吸ってる」


 振り向けば、桜が壁を伝いながら戻って来てた、眉を寄せて嫌な顔。

「止めなよ、体に毒だよ」

 悪い、と父さんは直に消したが、僕は一本吸わせてもらう、そして妹が生意気なので一応言い返しておく。

「桜知らないの? ストレスって一番体に悪いんだよ、禁煙のストレスって半端ないからお父様の寿命を縮めるんじゃない」
「あっそ、じゃあ副流煙吸わされるストレスで今直ぐ死にそう」
「だったらあっちいけよ」
「お兄ちゃん知らないの? 煙草の煙って最低七メートルまで届くんだよ。今からそんなとこまで私に離れろって? どんだけ鬼畜?」
「もう桜は言われっぱなしじゃなくなったんだなあ」
「いや、ほのぼのする所じゃないでしょ、煙草止めさせてよお父さん」


 父さんに煙草を取られて携帯灰皿に潰されて、見えてない妹を睨む、桜は見えてない癖にどや顔で兄を見下していた。
 煙が消えて満足した桜は肩にかかる髪を手首に付けたゴムで結わいて。


「そろそろお腹空いてきた」
「じゃあご飯を作ろう、簡単なもの。夕飯は美鳥ちゃんが何か持って帰ってくるから…………ああ、まだいるだろ? もう帰る?」

 聞かれて、桜と顔を見合わせたら、桜は僕が見ているのを分かっているかのように首を横に振った、僕も同じだ。
「まだ帰らないよ」

 桜が続ける。

「だってここ居心地いーもん」

 父さんは良かったと恥ずかしそうに眼鏡を直した。

「ちなみにさ、ああっと……今の状況って母さんは知ってるの? その病気の事」
「いや、言ってない……うん、そのお祈りに拍車がかかったら困るなって」
「やだお父さん、今ね誰かさんのせいでお母さんお祈り、いつも以上に熱心になっちゃって、修行まで行っちゃったんだよ」
「え、何で?」
「おい桜」

「何よ、私を置いて逃げようとした癖に」


 ツンと妹は顔を横に向けて、クソ幼稚な怒ってるアピールをされてイラッときたが、父さんが美味しい物食べれば機嫌もよくなるだろうと、諭してくれた。
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