パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

文字の大きさ
12 / 88

12.パウパウのお昼寝と、父たまのグヌヌ

しおりを挟む
 
 ミっちゃんは眠るパウパウの髪をそっと撫でる。
さきほど食べさせた黒蜜のせいか、髪の艶が増しているようだ。

 こうやって、食べた物が全て力になって行けばいい…そんな想いは祈りに似ている。
 増え続ける魔力に負けない体質にするために、どんな素材でも集めよう。
ありとあらゆる知恵も求めよう。

「だが、多分…」
 根治には至れない。グーリシェダばぁちゃんも言っていたし、自分でもそう思う。
手を貸してくれている里の者たちからも、色よい返事は届いてこない。

 サクリと土を踏むかすかな音に目を開け、門の方を見た。

「ウルジェド殿?」
「いえ、ザッカヤのミっちゃんですよ。ガイアス様」
パウパウ前では、ザッカヤのミっちゃんだ。

「どうして、ここに…あ?」ザッカヤの腕の中で眠る三男を見て、益々ガイアスは分からない顔になる。
パウパウは爆睡中だ。
「パウパウが一人だったので。テレス坊ちゃんが留守番を放棄して遊びに行かれたようで」

スッと右手の人差し指を立て、横に滑らす。

「パウパウには聞こえないようにしましたので、少し、お話をさせていただけますか?ガイアス様」
ウルジェドは無表情でガイアスを見上げた。

 先ほどまでパウパウが座っていた椅子を示し
「どうぞ、お掛けください。ウネビ家の庭で、私が言うのも変でしょうがね」と言われ、ガイアスは素直に腰を下ろした。

薬草茶と白玉団子をガイウスの前に置く。
「さきほど、パウパウにも食べてもらったオヤツです。よろしかったら」

嘘だ。
 団子は同じ材料だが、かけてあるのは葛を煮詰めただけの、普通の白蜜だ。
赤いガラス小皿の上、白い団子にトロリと薄い銀色の蜜、飾りにミントの葉をあしらった。
見栄えは良いが普通に美味しい、普通の白玉団子だ。

「これは、見事な菓子だな。玻璃の器も素晴らしい。馳走になろう。だが、その前に」ガイアスは立ち上がり
「ウルジェド殿。本来なら俺がそちらに出向くべきところだが、この場で言わせていただきたい。パウパウのこと、いつも気をかけていただいて、本当に有難く思っている」と、頭を下げた。

「お約束しましたので。私にできる限りのことを致しますよ」
「だが、あなたは4年もパウパウのために尽くして。礼を言わせていただきたい」

 何を言うのだ、この男は。
まるでかに聞こえる言葉が、ウルジェドを不快にする。
 夫婦そろって、パウパウののか。
症状が出ていないから、慣れてしまったのか。



「私ら長命種にとっては、わずかな時間ですよガイアス様。それに」
まだ、治っていませんという言葉は飲み込む。

 風が出てきて、薬草畑の花がゆれる。
雲が日差しを抑えはじめたのを感じて、日よけの布を手元に戻した。
パウパウが冷えないように、かけておこう。

 まるで宝物を扱うように、腕の中の三男坊を世話するエルフをガイアスは無言で見た。
見事な染めの一枚布を無造作にかけられて、パウパウは夢の中だ。

 幼子を柔らかく見つめていた瞳をあげてウルジェドは言った。

「もう?ガイアス様」
 
 銀色の髪が風にフワリと揺れる。
こちらを見る青紫の瞳は底光りするように冷たい。

「な、なにを」飲もうと持ち上げかけた白磁のカップをガイウスは下ろした。

「エリーラ嬢様がお生まれになってから、ますますエリアナ奥様はパウパウが病にあることを、お忘れのようだ」
白磁のカップを持ち上げると、中の薬草茶はすっかり冷めていた。

ならば、捨ててしまおうか。

 ウルジェドはカップを傾け、冷めた茶を地面に捨てた。
 
「いや、そんなことは…
「女児は貴重ですものね。奥様は以前から熱望されていた女児を得られてからは
「ウルジェド殿!それは違



 風すらが止まった。
 
「私が話しているのだ。ガイアス」


 これはだ。ガイアスは瞳だけを動かしてエルフを見つめる。

昔から変わらない美貌のエルフ。
辺境の村に一軒だけの雑貨屋で、客の来ない小さな宿屋も営んでいる。
子供のころガイアスも仲間たちと飴などを買いに通っていた。
かつて、賢者と呼ばれていたらしいことも知っている。

いつも優し気に微笑んでいた。
ここ数年は息子のために駆けずり回る日々を送ってくれていた。
おかげで、パウパウは日々を暮らしていけている。
有難いことだ。
何度も礼とともに金品を渡そうとしたが、物腰柔らかに誓約ですからと断られていた。
だ。

それが、

 これはだ。
何が起こっている。脂汗が額に滲む。俺はのか。

ガイアス様。失礼」ふっ、とエルフが笑う。
空気がゆるみ、風がそよと吹き、また銀の髪をゆらした。


「テレス坊ちゃんが、お小さいとき寂しかったのは分かります。だからパウパウへの対応が強いこともありましょうね。」
空のカップにポットから薬草茶を注ぐ。白磁のカップに湯気が立つ。

「そ、そうだな、テレスには我慢をさせたこともある」
ガイアスは恐る恐る声を出す。声が出て内心、安堵した。

「ですが、この子が寂しい思いや辛い気持ちを持つのは違いましょう?
奥様が大事な娘子を溺愛するのは結構。
奇麗に育てて都へ上げて、貴族の嫁子になされるも、それが”ウネビの道”だというなら私には関係のないことです。」

 少し顎をあげながら、こちらを見下ろす視線のエルフは、まるで物語にある傲慢な王のようだ。

ガイアスは思う。

 確かに、辺境のこの地で生まれたエリアナは都に憧れてはいるのだろう。領都は遠い。帝都はもっとだ。
エリアナは一度も行ったことはない。ましてや女性だ。旅などできるわけがない。
 この村から出ることなく生きてきたから、なおのこと都への憧れは強いのだろう。

 まだ小さいエリーラが長男のように呼ばれ、選ばれて帝都に上がるのを夢見ているのも知ってはいる。
それこそ、物語にあるように”珍しい女の子が優れた都の若者と恋をして幸せになる”のだ。

 だが、それは田舎の集落で世話役をしている家の奥方の、ほんの小さな夢想だともガイアスは思っていた。

「テレス坊ちゃんもエレーラ嬢も、呼ばれることはありませんよ。ご長男とは違います」
ウルジェドは白磁のカップに口をつける。

 片手に幼児を抱いているのに、一幅の絵のようにだ。
「なにを…」
「彼らは貴男ほど魔力が育ちません」

どこを見るでもない眼差しで、うっすらと微笑むエルフを目にして今、ガイアスは、
美しいと恐ろしいは同じなのだと知った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

始まりの、バレンタイン

茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて…… 他サイトにも公開しています

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

子持ちオメガが運命の番と出会ったら

ゆう
BL
オメガバースのblです。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~

なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。 一つは男であること。 そして、ある一定の未来を知っていること。 エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。 意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…? 魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。 なんと目覚めたのは断罪される2か月前!? 引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。 でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉ まぁどうせ出ていくからいっか! 北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)

処理中です...