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12.パウパウのお昼寝と、父たまのグヌヌ
しおりを挟むミっちゃんは眠るパウパウの髪をそっと撫でる。
さきほど食べさせた黒蜜のせいか、髪の艶が増しているようだ。
こうやって、食べた物が全て力になって行けばいい…そんな想いは祈りに似ている。
増え続ける魔力に負けない体質にするために、どんな素材でも集めよう。
ありとあらゆる知恵も求めよう。
「だが、多分…」
根治には至れない。グーリシェダばぁちゃんも言っていたし、自分でもそう思う。
手を貸してくれている里の者たちからも、色よい返事は届いてこない。
サクリと土を踏むかすかな音に目を開け、門の方を見た。
「ウルジェド殿?」
「いえ、ザッカヤのミっちゃんですよ。ガイアス様」
パウパウ前では、ザッカヤのミっちゃんだ。
「どうして、ここに…あ?」ザッカヤの腕の中で眠る三男を見て、益々ガイアスは分からない顔になる。
パウパウは爆睡中だ。
「パウパウが一人だったので。テレス坊ちゃんが留守番を放棄して遊びに行かれたようで」
スッと右手の人差し指を立て、横に滑らす。
「パウパウには聞こえないようにしましたので、少し、お話をさせていただけますか?ガイアス様」
ウルジェドは無表情でガイアスを見上げた。
先ほどまでパウパウが座っていた椅子を示し
「どうぞ、お掛けください。ウネビ家の庭で、私が言うのも変でしょうがね」と言われ、ガイアスは素直に腰を下ろした。
薬草茶と白玉団子をガイウスの前に置く。
「さきほど、パウパウにも食べてもらったオヤツです。よろしかったら」
嘘だ。
団子は同じ材料だが、かけてあるのは葛を煮詰めただけの、普通の白蜜だ。
赤いガラス小皿の上、白い団子にトロリと薄い銀色の蜜、飾りにミントの葉をあしらった。
見栄えは良いが普通に美味しい、普通の白玉団子だ。
「これは、見事な菓子だな。玻璃の器も素晴らしい。馳走になろう。だが、その前に」ガイアスは立ち上がり
「ウルジェド殿。本来なら俺がそちらに出向くべきところだが、この場で言わせていただきたい。パウパウのこと、いつも気をかけていただいて、本当に有難く思っている」と、頭を下げた。
「お約束しましたので。私にできる限りのことを致しますよ」
「だが、あなたは4年もパウパウのために尽くしてくれた。礼を言わせていただきたい」
何を言うのだ、この男は。
まるで病に目途が着いたかに聞こえる言葉が、ウルジェドを不快にする。
夫婦そろって、パウパウの病の状況を軽く見はじめているのか。
症状が出ていないから、慣れてしまったのか。
たった四年で?
「私ら長命種にとっては、わずかな時間ですよガイアス様。それに」
まだ、治っていませんという言葉は飲み込む。
風が出てきて、薬草畑の花がゆれる。
雲が日差しを抑えはじめたのを感じて、日よけの布を手元に戻した。
パウパウが冷えないように、かけておこう。
まるで宝物を扱うように、腕の中の三男坊を世話するエルフをガイアスは無言で見た。
見事な染めの一枚布を無造作にかけられて、パウパウは夢の中だ。
幼子を柔らかく見つめていた瞳をあげてウルジェドは言った。
「もうパウパウは要りませんか?ガイアス様」
銀色の髪が風にフワリと揺れる。
こちらを見る青紫の瞳は底光りするように冷たい。
「な、なにを」飲もうと持ち上げかけた白磁のカップをガイウスは下ろした。
「エリーラ嬢様がお生まれになってから、ますますエリアナ奥様はパウパウが病にあることを、お忘れのようだ」
白磁のカップを持ち上げると、中の薬草茶はすっかり冷めていた。
ならば、捨ててしまおうか。
ウルジェドはカップを傾け、冷めた茶を地面に捨てた。
「いや、そんなことは…
「女児は貴重ですものね。奥様は以前から熱望されていた女児を得られてからは
「ウルジェド殿!それは違
「黙れ」
風すらが止まった。
「私が話しているのだ。ガイアス」
これは誰だ。ガイアスは瞳だけを動かしてエルフを見つめる。
昔から変わらない美貌のエルフ。
辺境の村に一軒だけの雑貨屋で、客の来ない小さな宿屋も営んでいる。
子供のころガイアスも仲間たちと飴などを買いに通っていた。
かつて、賢者と呼ばれていたらしいことも知っている。
いつも優し気に微笑んでいた。
ここ数年は息子のために駆けずり回る日々を送ってくれていた。
おかげで、パウパウは日々を暮らしていけている。
有難いことだ。
何度も礼とともに金品を渡そうとしたが、物腰柔らかに誓約ですからと断られていた。
はずだ。
それが、
これは誰だ。なんだ。
何が起こっている。脂汗が額に滲む。俺はなにか間違えたのか。
「間違えましたガイアス様。失礼」ふっ、とエルフが笑う。
空気がゆるみ、風がそよと吹き、また銀の髪をゆらした。
「テレス坊ちゃんが、お小さいとき寂しかったのは分かります。だからパウパウへの対応が強いこともありましょうね。」
空のカップにポットから薬草茶を注ぐ。白磁のカップに湯気が立つ。
「そ、そうだな、テレスには我慢をさせたこともある」
ガイアスは恐る恐る声を出す。声が出て内心、安堵した。
「ですが、この子が寂しい思いや辛い気持ちを持つのは違いましょう?
奥様が大事な娘子を溺愛するのは結構。
奇麗に育てて都へ上げて、貴族の嫁子になされるも、それが”ウネビの道”だというなら私には関係のないことです。」
少し顎をあげながら、こちらを見下ろす視線のエルフは、まるで物語にある傲慢な王のようだ。
ガイアスは思う。
確かに、辺境のこの地で生まれたエリアナは都に憧れてはいるのだろう。領都は遠い。帝都はもっとだ。
エリアナは一度も行ったことはない。ましてや女性だ。旅などできるわけがない。
この村から出ることなく生きてきたから、なおのこと都への憧れは強いのだろう。
まだ小さいエリーラが長男のように呼ばれ、選ばれて帝都に上がるのを夢見ているのも知ってはいる。
それこそ、物語にあるように”珍しい女の子が優れた都の若者と恋をして幸せになる”のだ。
だが、それは田舎の集落で世話役をしている家の奥方の、ほんの小さな夢想だともガイアスは思っていた。
「テレス坊ちゃんもエレーラ嬢も、呼ばれることはありませんよ。ご長男とは違います」
ウルジェドは白磁のカップに口をつける。
片手に幼児を抱いているのに、一幅の絵のようにだ。
「なにを…」
「彼らは貴男ほど魔力が育ちません」
どこを見るでもない眼差しで、うっすらと微笑むエルフを目にして今、ガイアスは、
美しいと恐ろしいは同じなのだと知った。
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