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16.パウパウのキラキラとお友達 2
しおりを挟む弟子たちに「片付け終わったら、今日は上がれ」と声を掛けたガルデンは上階の私室にエルフ達を招いた。
「なにもないが、まぁ、入れ。」
ガルデンの頭の上をパっと飛び立ったチュンスケが、壁に掛かった巣箱に入っていった。
随分、大切にされているとウルジェドは少し嬉しい。
ガルデン大匠の手による巣箱だ。住み心地は良いだろう。
ウルジェドはガルデンの私室を不躾に見回す。
寄木細工でモザイク模様の床、四角い陶器のタイルを張り合わせた床、なんの変哲もない板を張り合わせたように見える床は、離れて目をやるとグラデーションを描いている。
小さな色石でモザイク画が描かれた部分。鈍く光る巻貝が石から顔を出している床や、植物を編んだマット状の物を嵌め込んだ部分もある。
何分割かにした部屋の床、それぞれが様々な素材や技術で作られていた。
ところどころに塗料や釉のツボが置いてあるのは実験用だろうか。
持ち手の付いた道具箱が側らに置かれている。
壁に備えつけられた無垢材の、がっしりした棚には、過去の設計図や資料らしき物が無造作に積まれている。入りきらなかった分は床に直置きだ。
その壁もテラコッタタイルが貼ってあったり、キラキラした砂が入った塗料が漆喰風に塗られていたり、ウルジェドが知らない見事な青色のタイルが細かく貼られていたり。
窓も色ガラスや様々な模様の摺りガラスが嵌め込んである。
「これは面白いな。部屋中が試作品か!」ウルジェドが弾んだ声を上げた。
「そういえば、お前を入れたのは初めてか。新しい技術やら、素材やら知ったら試したくなるんでな。まぁ趣味だ」
「はは。モジャーフらしい。いい趣味だ」
この部屋、全部がガルデンの玩具箱だ。
部屋の奥の一角に古い大きな一枚板のテーブルと椅子が置いてあった。
それぞれの椅子には、様々な素材のクッションが置いてある。
これもガルデンの試作品なのだろう。
「座れや。話を聞こう」
目線で促すと、マールシェダが緊張気味に空間魔法から取り出した金属の小箱を机の上に置いた。
「説明を先に」ウルジェドが人差し指をマールシェダ叔父の眉間に置く。
ふっと息を吐いたマールシェダが
「まったく、実の叔父に沈黙の縛りなん…「余計なことは言わないように、いい加減、怒るよ」
掃除、片付け嫌いのウルジェドは、叔父のせいで掃除をさせられて不機嫌だった。
少々、顔色を悪くしたマール叔父は、椅子に座りなおしてガルデンを見て、一礼すると
「先ほどの謝罪は改めて後程、させていただきます。
まず、魔導具についての説明をいたします。
が、なぜ我らハイエルフがこのような物を作る技術を持っているか、また、それに至った経緯については、詳しく語ることは出来ないことをお許しください。」
ウルジェドが開いた金属の小箱を、ガルデンは覗き込んだ。
「触れても?」うなづいてマールシェダが設計図を出す。
「どうぞ、こちらが設計図です」
「グーリシェダばぁちゃんが立案、マール叔父が作成した」
設計図面を確認しながらガルデンが
「素材はなんだ」
「周りのミル打ち部分が”賢者の金”で、中央の石が、俗に云う”神獣の欠片”ですわ」
ガルデンは内心、唸った。
恐ろしいほどの精緻さで打たれた金の粒。互いに触れることなく等間隔で並ぶそれは子蜘蛛の目ほど小さい。
そのツブの一つ一つに回復や魔力制御、防御などの魔法が掛けられている。
眩暈がするほど細かいそれらの魔法付与が繋がり、レースで編んだ模様のように中央の宝石へ集まっているのが、魔力視の力を使うと見えてくる。
真ん中の小さな楕円形の石は、擦り傷ひとつ見えない青紫色のカボションカットで、色抜けもない。
これなら、石の力を完全に発動させられるだろう。見事な研磨だ。
しかも、素材は伝説級の代物。
ただの装飾品としても、魔導具としても国宝級。とんでもない技術の塊。
「パウ坊の魔力が溢れて体を傷つける前に、ある程度をここに集めて肉体の強化と魔臓腑の回復、成長促進に回すのか」
設計図を一つ一つと確認して
「怖いモン、作ったなアンタ」これ一つで城が建つ。
言われたマール叔父は、そこに賞賛の響きを感じ取り、頬を染めて一礼した。
「……魔獣を強制的に強化させるため、他の魔石を喰わせる外法があったと聞いた事がある。
で、魔獣の魔石と人族の魔臓腑が同じだという説は、以前からあった。だが、検証が出来ねぇ噂話みたいなモンだ。……にも関わらず、あんたらは、これが、効果のあるモノだと知っている…と、つまりこれは…」
箱に戻した7つの小さな装飾品にしか見えない魔導具を、ガルデンは見つめた。
「これは、そのような外法ではありません。あくまでも使用するのはパウパウ本人の魔力です」
人に魔獣の魔石を食べさせるわけではない。
媒体として使うだけだとマールは言う。
「狂王の夢か…」
二人は何も答えない。
極上の人形みたいな表情でガルデンを見るだけだ。
これだからハイエルフは怖い。
どれだけの歴史が、その体に染み込んでいるやら想像もつかない。
ガルデンはバリバリと髪をかきむしり
「で、治験はあるのか?設計図を見るに技術的に破綻してないにせよ、子供の命がかかってるんだ。ないなら使えねぇぞ」
「ございます。その、さすがに子供は無理でしたけど…六人に協力をしていただきました」マールシェダが別な資料をガルデンに渡した。
殆どの発症した子供は生きられないからな…の言葉をガルデンは飲み込んで資料を見た。
わざわざ帝国の同盟国ですらない小国で、魔力過多の奴隷を購入して、このレベルではないにせよ劣化版の魔導具で二年間の実験。
だいたい魔力過多の症状が出た奴隷が、生きて六人も居たことが驚きだ。
しかも表に出ている研究者は、人族で町の魔法医師ときた。
「ハイエルフ、こえぇ」
こいつら、やるとなったらトコトンだ。
「魔力過多症の人間自体が少ないから、試した数は少ないが6人全員、効果があった事は確認した」
「ちゃんと協力の謝礼として、奴隷から解放しましたし、生活の援助もいたしましてよ」
予後の症状を確認するための契約までして、このところの健康状態まで確認してある。
至れり尽くせりだとガルデンは笑った。
「わかった。ただ、いきなりの全装着は流石に予測ができん。様子を見ながら1つか2つだな」
魔臓腑への外的手段による強化。
その昔、神話の時代。
ハイエルフの王が人族に行ったという様々な実験。
そこから波及した知識や技術だと知ったなら、今の時代の人族は眉をしかめるだろうか。
「ま、詳しく聞くことはしねぇが、表にゃ出せねぇ話だな」
「だから、町医者の道楽ってことだ。パウパウが助かれば、それでいい」暗黒歴史、黒歴史と、手をヒラヒラさせ、ウルジェドはヘラリと笑う。
あぁ、こいつぁ覚悟を決めたってことだとガルデンは悟った。
「ま、プルワースにゃ気の毒だがな。おぃササ耳、腹ぁ減らねぇか」
「それは、何か食わせろの言い間違いだ」ウルジェドが喉声で笑う。
「おぅよ。あっと、マール殿だったな、多分、下にドーライグが残っているからよ、悪いが呼んできてくれや。あと、酒を持ってきてくれると有難い」
大人しく座ってはいたが、物珍しそうにキョロキョロと大きな青い目を輝かせて、部屋を見回していたマール叔父はガルデンに声をかけられ
「はいっ!」嬉し気に何故か頬を染め、いそいそと下に降りていく。
その姿を見送り、ガルデンはウルジェドの方を見て、
「あのよ…ホント久しぶりに、魔導具で負けたと思ったわ」
勝ち負けじゃぁねぇんだけどなあ…と呟いてガルデンは苦笑した。
ウルジェドはテーブルに叔父の好きな料理を出す。
これだけではガルデン達には足りないだろうからと、他も出しながら、
「…マールジェド叔父上、本当にガルデンに会えるのが楽しみで嬉しくて、いっぱいいっぱいだったみたいでな」
「まぁ、すんげぇ驚いたけどよ」
「今日の服装、あれ、ウチの第三礼装。尊敬、敬愛する人に会うとき用なんだわ」
しかも賢者用。残念ながらハイエルフ以外には伝わらないが。
「あ~そうか、うん……あ~なんだハイエルフってぇのは、やっぱ面倒な決まりがあんのな」
「まぁねぇ、第八準礼装まであるけど、誰に対して着る服なんだろうなぁ」
そのうえ、神殿正装とかあって、もう覚えられないとウルジェドが笑っているところで、マール叔父とドーライグが酒瓶を抱えて入ってきた。
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