パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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27.パウパウのキラキラとお友達 13

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 金色の針がキラキラの摺りガラスのような板水晶は、三人が通るとひとりでに閉まった。
「いいな温泉。贅沢だ」嬉しそうにガルデンが言う。

 深い緑色と獣牙のクリーム色の幾何学模様のタイルの上を、奥の半円の浴槽から溢れ流れたお湯が濡らしている。

 壁は落ち着いた鴇色ときいろに金の筋模様が入るディアルバ石。
所々に、魚のモザイク画のタイルが配置されている。
 
 浴場の壁面、左右均等に何か所かアルコーブが設えてあるのは、もともとは警護や湯殿係の待機場所なのかもしれないと、ガルデンは推測する。

「なかなか良い湯質でな、ばぁちゃんのお気に入りだ」
ミっちゃんが、魚のモザイク画を押すと、隠し扉が開く。
チュンスケがパタタと扉の上に止まった。

「この中に色々入っているから、適当に使ってくれ」
辺りをグルっと見渡して、なにかを見て取ったガルデンは
「あ~もぅ、考えるのは今はナシだ!」と髪をバリバリ搔きむしる。
「よしっパウ坊、まずは掛け湯だ」

 パウパウはガルデンの膝の上に乗せられて、いかつい見た目からは想像できない程に、優しい手つきで洗ってもらった。
 
 ここのお風呂の石鹸水は、いい匂いの白い泡がたくさん出て面白い。
「お家のと違う!」細かい泡が気持ちいい。
「こりゃ、上質の植物系油と蜂の蜜、あと何かのハーブだな。パウ坊のところはサボンの実か?」
「分かんないけど、こんな白い泡じゃないよ」

 黒い実を入れた桶に、水を入れてかき回すと泡立つのだ。
家では、それでとうさまに洗ってもらうのだと言うと
かぁちゃんと、入るんじゃないのか」事情を知らぬガルデンが何気なく聞く。

「……かあさまは、テレスにぃちゃと、エレーラと入るの」
 
 いつの間にか母と風呂に入らなくなっていた事に、パウパウは気が付いた。

それは、妹が生まれたころからのような気がする。
 エレーラが赤ちゃんだからと言われていた。
 でも、じゃぁテレスにぃちゃは?
 
 パウパウはフワフワのタオルを顔にギュっと押し当てて、今の気持ちをナイナイする。

「パウ坊、ウルジェドと先に行っていいぞ」体を洗っていたガルデンが言う。

 見ると、ガルデンおじちゃんが大変なことになっていた。

「み、ミっちゃん、ミっちゃん!おじちゃんが大変」
子供の声は浴場によく響く。
 アルコーブ状になった陰で、体を洗っていたミっちゃんが、何事かとやって来て

「ガ、ガ、ガルデン!」
大爆笑した。
エルフの笑い声も浴場で響く。

 泡泡だ。
あちこちモジャモジャのガルデンは、大変に泡立ちが良いために、首から下が泡の塊になっていた。

「お、おまえ、ラコフォアオガエルの卵みたいになってるぞ」
 ラコフォアオガエルは水辺の木の枝や、草の根元に泡状の卵を産み付ける。
奇麗な緑色の小さなカエルだ。
コロコロという鳴き声で、ヴィンテの水場のどこかから、声が聞こえることもある。

 ミっちゃんは魚のタイルの物入れから、お湯の魔道具を取り出してガルデンの泡を洗い流す。
「パウパウ、もう一つあるから、手伝って」
パウパウにも、お湯の魔道具を手渡した。

「…シャワーヘッド?」

「魔力を流す……ん~、”気持ちいいお湯が出て”って頭の中でお願いしてくれるかな?」
ん、と頷き、シャワーヘッドを両手で持つ。 
”お湯~気持ちいい、お湯~”と思っていると、シャワーヘッドから滔々とお湯が出てきた。
パウパウは小さいから、後ろに回ってガルデンの背中にお湯をかける。
水遊びみたいで、楽しくなって笑い声が出た。

「お、パウ坊、魔力操作が上手いな」
「二人がかりで世話されるって、どこの王様だよ」
 
 ガルデンを包んでいた泡が、塊になって浴室の隅へ流れていく。
隠れたところに排水口があるのだろう。

「よし、ラコフォ・ガルデン王の誕生だな」
余程に面白かったのか、にやにやした顔でミっちゃんが手を差し伸べる。
「ささ、ラコフォ王、湯舟はこちらでございます」
「やめろ、ササ耳。わ」
ペシリとその手を叩いたガルデンが湯舟に向かうのを二人で追いかけた。

 ミっちゃんに手を繋がれて、向かった湯舟は半円形の巨大な石で出来ていた。
突き当りの壁には、見たこともない魚たちの彫像が色とりどりの石で躍動感たっぷりに彫られ、その様々な大きさの口から、お湯が流れていた。

 お魚が好きなのかな?とパウパウは思ってミっちゃんに聞くと
「石の採取ついでに、魚を釣ってたらしいよ」と教えてくれた。
だから、海の魚も淡水の魚も、混ざって彫られているのだそうだ。

 流線形でどこか気品を感じさせる魚もいれば、恐ろしい牙が口からはみ出している荒々しい姿の魚もいる。腹鰭が長く突剣のような魚、胸鰭が蝶々のような魚。鼻先が剣のように伸びた姿もある。
 どれもパウパウが見たことのない生き物だ。

「ぼくも、釣ってみたいなぁ」
「そうだね。一緒に行こうね」ミっちゃんが笑って言った。
「うん!」
パウパウはきゅっと、ミっちゃんの手を握った。

 
 白に金の筋模様が走る石の浴槽からは、かけ流しの湯が流れている。
金の筋がゆらゆらして、お湯に熔けていくように見える。

「お風呂、おっきいねぇ」
 ヴィンテと、ニワトィさん達。ヤギ一家が入っても大丈夫だと、パウパウは思う。
「階段になってるからね、あまり奥に行くと深いから気を付けて」

 手を引かれて入ると、小さな気泡が体にまとわりつく。
「シュワシュワだ!」
先に入っていたガルデンが
「炭酸塩泉ってやつだな」
「美肌と疲労回復の効果があるそうだよ」

 天井のドームを見上げたガルデンが、また何かを見つけたのか「だろうなぁ…」と呟く。
ドームにも針水晶が使われていて、その金の針が発光し、柔らかい光で湯殿を照らしている。

 ミっちゃんは、パウパウを抱き上げてガルデンの傍らに腰を下ろし、膝の上にパウパウを座らせた。
「それにしても、ここを作ったのは、余程の石好きだなぁ。ここの石材、珍しい物ばかりだ」
「趣味だったんだろうねぇ。ほら、暇な時間が多いから。でも、ガルデンのこだわりも中々だろう」
 あの部屋を思い出してミっちゃんは笑う。

 かなり長寿なハイエルフの一族は、殆どが趣味にのめり込む。
それが、時間の持て余しなのか、それとも、そういう性質たちなのかは分からないが、酷く凝り性で、ある意味一途いちずだ。

 ゆえに狂王などと不名誉な称号を与えられる者や、後ろ暗い趣味の世界に身を投じる者が出たりもする。

「あ~、まぁなぁ。そういやササ耳、おめぇの趣味は何だよ」
問われたミっちゃんは、はたとして
「……趣味?……私の趣味?」

「ミっちゃん、ぼく熱いから出る」と腕の中のパウパウが声を上げた。

「あぁ、うん」心らずな顔をしてミっちゃんはお湯から上がった。
「ミっちゃん、ぼく、降りる」という言葉に、パウパウを抱きおろす。
「おぃ、ササ耳。パウ坊の髪の毛、洗うからな」ほら、とパウパウと手を繋ぎ、ガルデンは「お前…」と呟いたきり黙り込んだ。


 濡れた湯帷子ゆかたびらを体に纏わりつかせたハイエルフは、温まった白い肌を薄っすらと赤く染めて湯舟の縁に腰かけていた。
いつもは研ぎ澄まされた刃のように冷たい美貌が、いまは柔らかい。
 
 
 美神……

 思い浮かんだ言葉を頭から消して、
「おぃ、ササ耳。おめぇは髪、どうすんだよ」と尋ねたガルデンに

「私の趣味……パウパウかも?」

 (いや、まだ前の話を引きずっていたのかよ!)と思いつつ
「あぁ、うん。そうか、あ~とりあえず、髪の毛あらえよ、髪の毛」

 なんだか、居たたまれない気持ちになったガルデンはパウパウの手を引き、洗い場に戻りパウパウと自分の髪の毛を洗った。
パウパウの髪は丁寧に、自分の髪は、ガシャガシャと洗った。
何かを吹っ切るようにガシャガシャ洗った。

 パウパウはともかく、ガルデンは当然、頭がラコフォアオガエルの卵になったが、お湯の魔道具シャワーヘッドでパウパウと二人で何とかした。

 泡まみれのガルデンが楽しかったらしいパウパウが、キャッキャと喜んだので、まぁ、いいかと二人で脱衣所に戻った。

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