パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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36.パウパウのキラキラとお友達 22

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 温室はガラスで出来た、テストドリクガメの甲羅のような形だ。
一番高い部分は50mくらいある。
かなり大きな建造物だ。

ズズズズ……と、また足に振動が伝わって来た。

「三角と六角形を組み合わせているの?」
「おぅ、こんなの出来てたとは、知らなかったなぁ」
「…ハニカ…ん?……ジオデシック?」
パウパウが首を傾げながら呟く。
ミっちゃんが聞き返そうとしたとき、

「わ、わしのギンちゃんがぁ~」
「ちょ、学、学長、落ちる。落ちるから」
背負われていたクリュッシ学長が、涙目でジタバタ暴れる。

ガラスドームの中に植えられた植物が緑色のシルエットとなって、ここからでも見える。
「パウパウ、ここかい?」
ミっちゃんの腕の中で、じっと温室を見ているパウパウに声をかける。
「ん。ミッチャン、あれ」
ズズズ……
ズズズズ…
ビリビリと温室が震えた。
時折、バキバキ、メシリ、メシリという生木が無理やり折られるような音や、ドーンと大きな何かが倒れる音も響いてくる。

 うなずいた幼子がじっと見つめる先、ゆっくり、ゆっくりと大きな木が動いていくさまがガラス越しに見えた。
「木が動いている…」
「これは、共振してんのか」
ガルデンが興味深げに呟く。

「ウルジェド殿、あれです」
学長を無視して、温室の中を移動する木をフレーケン教授が指す。
「……暴れるというより、歩く木ですよね」
「トレント種じゃなさそうだし、なんで歩いてるのかしら」
「あのね、ミっちゃ

「反抗期じゃ!わしのギンちゃんがぁ~グレてしもうたぁぁぁ」
学長の悲痛な叫びが、幼子の声をかき消した。
そのデカイ声で続けて
「行くのじゃ、ギンちゃんの元へ」
「いや、危ないですから!あぶな、落ちる、落ちるから!学長ぉ」
 自分を背負っている男性の頭をペチペチ叩き、老人とは思えぬバネで、水揚げされた魚のようにビチビチと跳ね暴れ、とうとう背中から滑り落ちた学長は、まるで何かの虫の様にシャカシャカシャーと温室へ去った。

学長用の紺のローブを両手でたくし上げて、シャカシャカシャーである。
「え…」
学長を背負っていた男が呆然とする。
「は?」
いまだに回復していない教授陣と、学生達も固まった。

「速いっ!シキンデラハンミョウ並じゃない!」
 ケラケラと笑うマールジェド。
 ちなみにシキンデラハンミョウは大変に美しい虫で時速300kmで走る。お肉大好き肉食虫である。
 狙われたら最後、骨しか残らない。

「さっきの死にそうな爺さんは、何だったんだよ」
ガルデンは髪の毛をワシャワシャさせ、チュンスケは頭上でしている。
(カンキョーフカニヨルシンカソクシン?)
パウパウの中に言葉が湧いたが、何なのか全く分からなかった。

「まずい、学長が温室に入るぞっ!」
フレーケン教授の声に、学長を背負っていた男が
「ウルジェド殿、すみませんが学長を、学長を助けてください」

「パウパウは…」
「や!」
ギュッと首に抱き着かれたミっちゃんは、
「危ないから、離れないでね」

(ナイナイ袋の加護もあるだろうけど…)
溜息を吐きながらもパウパウに念のため物理防御の結界を張った。

「ウルジェド、先に行っていいわ。はい、じゃ私が飛ばすね~、先着15名様くらいでぇす」
マールジェドが軽く言った言葉に教授陣と学生、合計13人がイヤイヤと首を振る。
「マールちゃんと変な木観賞会。欠席は認めませぇん」
「いや、我々は関係な……」「私は魔獣研究…」「ぼ、ぼく、ただ単位を…」
口々に何かを言い出し、同行を回避しようとする面々。


「ガルデン、すまんが来てくれるか」
「当然だな、構造物の共振、そばで見なくちゃならん」
「すみません、ウルジェド殿、私も御一緒させてもらいたい」
フレーケン教授が頭を下げ同行を申し出た。
何て事は無いと笑ったガルデンと共に、学長の消えて行った温室へと転移した。

それを見送ったマールは、逃げないように全員に軽く”拘束”を掛ける。
何気に行いが外道だ。
怖がらせるように、わざとらしく全員の周りを丸く、ゆっくりと歩いてまわる。
「いや、ほんと関係ないんです」「温室には無関係な学部でぇ」「勘弁して……」
涙目で懇願する面々に、ニッコリと毒の花の様に笑って

「答えは聞ぃ~かないっ!」
マールジェドも転移する。
当然、教授や学生達を悲鳴も一緒に巻き込んで。


 開けっ放しの入り口の扉を抜けた途端、まとわりつくような湿度と、むっとする土と鼻の奥がざらつく緑の匂いが押し寄せてくる。
 確かに彼らが””と喜んだ場所に似せてあるのだろう。

足元の振動が、無くなった。どうやら動くのを止めたらしい。
「おぉ、あれが動いてたのかぁ。何て木だろうな」
20m程の高さだろうか。
 これより遥かに大きな木は大森林にでも行けば幾らでもある。
だが、帝都の建造物の中で、これだけの木にお目にかかる事は、ここでしか出来ないだろう。

 灰色と緑色が混じったような不思議な色合いに、白い裏葉がガラスを通した陽光を受け、銀色に光る。
ここからでは、まだ根元は見えないが中々に威風の漂う姿である。

 動き回った辺りは惨憺さんたんたる状態だが、止まった今は、立派な木でしかない。

「なるほど、ギンちゃんね」
「学長が、勝手につけた愛称だよ、新種って事らしいが、専門外だから詳しくは分からない」
フレーケン教授が、すまないねと苦笑する。

「ミッちゃん、泣いているの、あの木」
早く、早くとパウパウがミっちゃんの肩を叩く。
「あの木が泣いてるの?パウパウ、分かるのかい」
「うん、あのね、と
「ギンちゃんよぉ!もぅ、そこで大人しくしておくれぇぇぇ」
またも幼子の声を掻き消す絶叫。

「おぅササ耳。とりあえず爺さんの保護だな、脳の血管が切れたらかなわねぇ」
「そうだな、それに、巻き込まれても危ないだろう」
 叫び声のした方へと進むが、ギンちゃんが動いた後の修復は進んでなく、あちらこちらと土が掘り起こされ、めくれ上がったままで足場が悪い。
 なぎ倒され、ひしゃげた他の植物が憐れだ。

「あ、バナナ」
「ん?ムサの実だね、赤いのはパラディシって言うんだよ」
「折れちゃって、可哀そうだね」
「そうだね」
(これ、甘くて美味しんだよなぁ、勿体ない)
パウパウに食べさせたかったと思いながらも、それらを掻き分け、まだ無事な樹々を回り込み、背の高い草を分けながら進む。

「あの木、どうやって動いているんだろうな」
「地面の振動からすると、根っこを動かしているんだろうよ」
ガルデンは温室の曲面を眺めて、建築素材を見る。

「亜魔鋼のフレームか」
 六角形のガラスの枠は亜魔鋼。
純魔鋼と違って柔らかく、加工しやすい素材だ。
ある程度の衝撃にも強い。

「大学の建築学部が作ったそうでね」
フレーケン教授が説明をしてくれる。
「……さすがに、ここ全体に重量軽減は無理だったか」
上部のガラスには付与されているのを認めたガルデンが呟く。
「全部は、さすがに。魔法技術科の総魔力でも無理だったようで」

(ササ耳か、マールなら一発だろうがなぁ)
彼らハイエルフなら、このドーム全体に重量軽減を掛けるのは容易いだろう。
ガルデンはそう思いつつ、フレーケン教授の話を聞く。
 建築だけではなく農学部や理学部、魔法錬金部に薬学部など、様々な学部と研究室の総力を結集したのが、この温室らしい。

「ところで…ウルジェド殿、先ほどから気になっていたのだが……」
何故か意を決したようにフレーケン教授が立ち止まり、ミっちゃんの抱き上げているパウパウを見た。

「君の腕の中に居るのは””だね?」
ズビシッと音が出るような切れのある動作でフレーケン教授はパウパウを指差した。

「は?」
「ん?」
「へ?」
何を言い出したのだ、この人は?三人で首を傾げる。

「いや、私にしか見えていないのかとも思ったのだが、君、話しかけていたし、それだよね。その黒妖精、何処で捕まえたのかね?群れからのなんて、珍しいなんてものじゃない。記録に残っているのでも200年ほど…」
立石に水。
滔々と堰を切ったようにフレーケン教授がパウパウを、じっと見つめたままで語りだした。
まばたきをしていなくて怖い。
そして、圧が凄い。

(あ、これ、アレだ。魔道具話をするときのマール叔父上と同じ匂いがする)
直訳すれば””である。

 ミっちゃんは、パウパウが見えないように抱き直して肩口に幼子の顔を向ける。
「警戒されないように見えていないフリをしていたんだよ~。しかし、やはり妖精族というのは言い伝えどおりに美しい姿をして……おい、希少種なんだよ。もっと見せてくれないか、ケチくさい」
「ケチって。いや、この子、普通の人族ですよ」

「はっはっは。まったまた~」
「あ~、とりあえず、あの木のそばまで行かねぇか」
ガルデンが割って入り、フレーケン教授が渋々とパウパウから目を離す。
と、

「ぎゃぁぁぁ!こんな近くに木ぃぃぃ!」
「はい、と~ちゃ~く。皆さま、こちらが動いちゃう木のギンちゃんと、なんか泣き伏している学長でぇっす」
多くの悲鳴とともに、滅茶苦茶ご機嫌なマールの声が響いた。
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